日本ダービー。主に中距離以上を主戦場としているウマ娘たちが競い合う、人生で一度しかない、日本一を決めるレース。時は移ろい勝負には絶対はないのだが“ダービーウマ娘”ということはすなわち“日本一”の称号そのものなのだ。クラシック三冠のうち格式としては最も高く、皐月賞や菊花賞を回避するなり、他のレースに代替するなどしてまでしてここに賭けてくる連中も多い。
ひとたび競バ場に入れば耳にあふれんばかりの歓声が―、
生徒会室、テレビのスピーカーから鳴っていた。そう、彼女らには見に行きたくてもそれが叶わない事情があった。翌日に控える生徒総会である。とはいえ、その資料等はすでに準備してしまい、追い込まなければならないという訳ではない。
―より良いものに昇華させていくに越したことはない―ということで、行事としての“クォリティ”を上げるために原稿を読み込んでみたり、スクリーン上に出すプレゼンをブラッシュアップするなどして、各々発表を磨き上げる作業にあたっている。
しかしながらやはり日本ダービーの魔力は絶大。ときおり、それに完全に見入ってしまい手が止まる者、体裁上は画面を見ているが両耳がテレビを向いている者、それでは足らずにちらちらとテレビを見る者と、三者三様のそぶりを見せていた。
<<―今回の一番人気!皐月賞ウマ娘、ミホノブルボンです!>>
スピーカーから聞こえてくるパドックの”ミホノブルボン“という言葉にその場の全員が耳だけ反応する。ちなみに今回の”予想“は、
エアグルーヴがライスシャワー
ナリタブライアンがミホノブルボン
トウカイテイオーがマチカネタンホイザ
をそれぞれ挙げていた。
「―少し休むか。」
パソコンのモニタを切り、エアグルーヴがほかのふたりに提案する。テイオーもぐぐっと伸びをしてそれに応えた。
「いいね。しっかりこの目で見届けようじゃないか。」
「ああ、そうだな。まったく集中できやしない。」
集中するもなにも、最初からテレビの前にソファーを持ってきて陣取っていたナリタブライアン。早々に仕事する気などもはや無かったようだ。
全員がゲートに入り、ファンファーレと共に日本一を決めるレースが始まる。
果たして、その展開は皐月賞に続きおよそ一方的なものだった。
スタート直後から逃げに逃げるミホノブルボン。かろうじて後続ライスシャワーが2番手で追うも、その背中はなかなか大きくならない。
中盤になって先行集団がざわつきだしても、前しか見ていないミホノブルボンには関係ない。特に何も考えずに最初っから最後までひたすら気持ちよく飛ばし、最終直線でさらに加速。2着ライスシャワーに4バ身の差を着ける強さでクラシック二冠目を掻っ攫っていった。
ミホノブルボンはともかく、ライスシャワーが2着についたという事実はファンや報道を大いに沸かせた。彼女は直前のG2レースで9番人気8着と奮っておらず、皐月賞においてもミホノブルボンに8バ身差をつけられている。正味ノーマークもノーマークであったところだ。
それがここ日本ダービーになっていきなり2着。彼女のバ券の価値は290倍以上になり、1着でないにも関わらずウイニングライブの最前席はライスシャワーのバ券によらなければ座ることすらできないという事態になってしまった。
これを偶然と一笑に付すか、無敗の二冠バを4バ身まで捉えたと見るかは、今後の予想に大きな影響を及ぼしそうな雰囲気ではあった。
「かー、やっぱ強いね、ミホノブルボン。」
参りましたと言わんばかりに両手をひらひらさせてテイオーが降参する。その実テイオーも腹の底ではミホノブルボンが勝つんじゃないかと思っていた。それでもマチカネタンホイザを推したのは直前のG2での好調もあった。それ以上でもそれ以下でもなかったし、このレースでも4着は決して悪い着順ではなかった。
「やはり、届かないか…。」
エアグルーヴも画面を見ながら悔しそうに歯噛みしていた。2着。皐月賞や直前のレースと比べれば大健闘、万バ券も生み出したのかもしれないが、それでも勝者は別にいるのだ。どんなに健闘しようと、いくらファンを沸かそうと、どんなに高い配当があろうと、1着でなければ総て水疱なのだ。
「さて、おやつが欲しい時間になってきたなあ?」
そして今回も“予想”を的中させたナリタブライアン。やはりミホノブルボンに感じた強さは本物だということがこのレースで証明された。おそらく彼女は次の菊花賞も獲りにかかる。そして勝つはずだ。ノーマークだったライスシャワーが4バ身まで追い上げてきたのは偶然に過ぎない。彼女に差しの脚質は無い。
「―そうだな、着順で考えよう。テイオーは購買で1000円分、エアグルーヴは2リットル分のにんじんジュースでも買ってきてもらおうかな。」
ちっ、覚えてろ―、という捨て台詞、あかんべーのもと、エアグルーヴとテイオーはそれぞれ“景品”を買いに走るのだった。もちろん、自分自身のも。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねえエアグルーヴ、このスライドなんだけどさ。」
おやつタイムもそこそこに仕事にかかりだした三人。テイオーは、生徒からの要望を整理するプレゼンに悩んでいて、何度も作り変えてはその出来にしっくりこないようなそぶりを見せていた。
「なんだ。ああ―。これはだな、スライド1枚に対して載せる情報の量が多すぎるんだ。ちょっとここから見てみろ。ほら、この位置でも字がぼやけて見えんだろうが。こういうものは左上に大きい見出し、その下に小さい見出し、そこから分岐するかたちで箇条書きを加えると見やすくなる。―無論、項目の数は少ないほうがいいがな。」
言いながらさくさく項目を整理していくエアグルーヴ。こういうあたり、ちゃんと経験を積んできた会長なんだなと改めてテイオーは思う。
「あんまり多い場合は2枚や3枚にわたっても構わん。テイオーの場合は項目ごとにスライドを設けてもいいかもしれんな。―とにかく、見る者に飽きさせない工夫をしつつ、見やすく、わかりやすくその情報を伝えることがスライドの役目だ。あとは原稿でいくらでも補完できるからな。」
へえーーー!、と、見る見るうちに整理され見やすく洗練されていくスライドに目を輝かせるテイオー。自分ではどうしてもしっくり来なかった最後のピースが、ここにきてパッチリハマったような気がした。
「ありがとうエアグルーヴ!これでやってみるよ!」
尻尾を振り、ふんふんと鼻息を鳴らしながらテイオーは画面に向かいキーを叩く。その呑み込みの早さと素直さに目を細め、自らの画面に目を向けると、右下にメッセージの通知が来ていた。送り主は―、ナリタブライアンだ。
|随分と可愛がるな>>
むっとして買い言葉を返す。
<<バカ言え。訊かれたことに最大限成果が出るよう答えただけだ|
|そういうところさ。なんだかんだ後輩ってのは可愛いもんだ。そこに皇帝の思惑が絡んでいようとな>>
<<たわけ|
<<テイオーはあくまでテイオーだ。会長と同じ道は見つつも会長そのものに溺れているわけではない。会長が見ている未来がテイオーの創るそれならば、私はそれが少しでも良いものになるように尽力するだけだ|
|そこにお前さんの理想ってもんは無いのか?それじゃお前さんはシンボリルドルフにとってただの都合のいい傀儡でしかないぞ>>
|ここは今お前さんのモノであってシンボリルドルフのモノじゃない。お前は、エアグルーヴはこの学園をどうしたいんだ?>>
<<やかましい、とっとと仕事にかかれ|
「ねえ、エアグルーヴ、なんかすごい顔してるけど。どうしたの?」
気づかないうちに激情がカオに出ていたらしく、若干引き気味でテイオーが彼女に話しかけた。
「ぅ―、ぁ、すまない。私は今日はこれで終わる。ブライアンたちも適当にあがっててくれ。」
そう言って脚早に生徒会室を去るエアグルーヴ。かつ、かつ、と廊下を叩く音が結構は速さで過ぎていった。
ナリタブライアンと顔を見合わせるテイオー。
「なんだったの、あれ。」
素知らぬ顔をして天井を仰ぎため息を吐くナリタブライアン。
「エアグルーヴはな、お前が可愛くて可愛くてしょうがないんだよ。」