トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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トウカイテイオー、カイチョーに流される?

URAファイナルズ。

 

年内に点在する権威の高い賞を撤廃し、有マ記念の後に距離別に統一したタイトルレースを行うという趣旨だ。志半ばでケガによる引退や長期離脱などするリスクを減らすと共に、タイトルを簡潔化、明確化することにより「その年で一番強いのはだれか」という終わりのない問いに対しひとつの答えを出すことにその狙いがある。

 

それにしても、シンボリルドルフである。前々から思い描いていた絵だったにしても、この学園を卒業し、URAに入ってからわずか2ヶ月と少しで、ここまでの資料を作るのもさることながら、まだ下の下である彼女が上とどのように話をつけて今ここにいるのか。あらためて彼女の底知れなさに恐ろしさを感じた。

 

目の前にばらまかれた資料をひとつひとつ凝視しながら、エアグルーヴの眉が少しずつ歪んでいく。

 

「お話はわかりました。―し、しかし会長。そのようなことになれば、廃止されるレースの主催はともかく、競バ場が黙らないのではありませんか。そのようなレースの売り上げ見込みは莫大なものになります。それがなくなるとあれば、各競バ場の経営は大きく方向を転換せざるを得なくなるでしょう。いささか強引ではありませんか―?」

 

シンボリルドルフは全く動じない。慣れた手つきで机上にある別の紙をエアグルーヴに流しながら説明を始めた。

 

「それはこれだ。そうなることによる各競バ場のその時期にあたる収入の減りと、URAファイナルズ決勝を開催したことによりみこまれるそれを試算したものだ。いずれも、各賞の入りよりもURAファイナルズのほうが、平均して約1割強の増収が見込めることとなった。収入の入る時期そのものは後回しになるかもしれないが、結果としては利益になる。」

 

びっしりと、しかしわかりやすく組まれた試算表。テイオーもそれを見て“ボクにもわかる…!”と目を丸くしている。

 

「―それで。」

 

眼を閉じ腕を組んだまま微動だにしていなかった理事長がようやくその口を開いた。

 

「この話はどこまで進んでいるのだ?君の目的、目指す未来はおおいによくわかった。しかし―、正直なところだな、いくら君とはいえ、組織に入りたてのいわば新人だ。その新人が、云えば競バの根幹を揺るがしかねないような議題をもちかけて上が許すはずもない。社会人として正しい段階を踏むならば、この話はその善し悪しによらずに上で握りつぶされて然るべきものだ。君はこの絵の周りをどこまで埋めてきたんだ?」

 

よくぞ聞いてくれたといわんばかりにシンボリルドルフは姿勢を正す。カッキリとセットされた鹿毛と対照的に白い三日月が揺れる。

 

「理事長の仰る通り、私はURA内では新人もいいところです。まだ新任研修も終えていないところですから。しかしながら私は先に申し上げた現状に対しては誰かが一刻も早く動かなければ何も変わらないと思っています。いち社会人として正当な手段を踏んでいくことももちろん考えました。しかしながら、先ほど理事長が仰ったとおり、要件によっては上で握りつぶされることは必至。私にそこまでの力は今ありません。―私は日本に生まれ日本に育ちましたが、日本式の社会というのはいささか合わないように感じています。私はこれ以上、志半ばで散っていくようなウマ娘を出したくない。たとえ結果実らずとも、精いっぱいやりきって、無事にトレーニングセンターを去ってほしい。ですから、―多少強引であったとしても、まずは私の足で主要なトレーニングセンターを巡り説明と説得、そして競バ場への交渉。それらがすべてまとまった後に、私のみの意見ならず業界の総意として、URAという組織に嘆願するつもりでいます。」

 

用意周到といえば用意周到である。しかしながらその手段は非常に強引で、対象に首を縦に振る以外の選択肢を与えぬように囲い込んでいく。それがシンボリルドルフだ。目の前の理事長も何度それにやられて逃げ道をなくしたことか。―が、それはシンボリルドルフに”生徒会長“という立場と力があったからだ。今のシンボリルドルフは―組織の後ろ盾もない、力もない。それを彼女がどう思っているのかは知らないが、その態度からするに、彼女にとってはさしたる問題ではないのだろう。さっき言った通り、彼女は日本的な社会規則に則って段階を踏むつもりなどなく、動くべきと思ったモノが動く、たったそれだけのこと。従って、”君、でしゃばりすぎなんじゃないかね?“などという忠告は通じないのだ。

 

「すでに地方の学園や施設からは賛同の意見をいただいております。さすがに総てが総てというわけにはいきませんでしたが、ここ中央トレセン学園が賛同したとなれば他の施設や学園も倣っていただけるでしょう。どうか理事長、ご一考いただけませんでしょうか。」

 

閉じた扇子を頭にあてがい、とん、とんと軽くたたきながら試案する理事長。眉間にはこれ以上ないほど深く強くシワが刻まれ、口はへの字、机に前のめりになってうんうん唸っている。彼女が扇子で頭を叩く音とエアグルーヴが紙を捲る音がなければ、時間が止まっているとすら錯覚してしまいそうなほどの沈黙。さしものトウカイテイオーも、さすがに何か口にするのは憚られることとなった。資料をとっかえひっかえしては百面相をしているエアグルーヴ。彼女も彼女で、今目の前で起こっている想定外も想定外の事象に対し必死に頭を動かして対処しようとしているのだろう。それでも処理しきれない分は、頭を抱えて逃がしているように見える。

 

「―わかった。」

 

ついに理事長の口が動いた。その表情は今までにないほど迷いに満ちており、一文字に結んだ口も綻びが見受けられる。

 

「君の言う未来の話もわかる。実現すれば競バ界を根幹から変えかねない。きっとウマ娘たちはよりよい未来を歩むこととなるだろう。」

 

その言葉にすこしだけシンボリルドルフは表情をやわらげた。

 

「ご理解いただけたようで―、」

 

「しかし。」

 

それを扇子と強い声を以て遮り、理事長は話を続ける。

 

「彼女らの未来の選択は、いつだって彼女ら自身に委ねられる。我々が我々だけの判断で決めることではない。そうだろう?そこに私の―、いや、当事者たるウマ娘の感情以外のモノが入る余地は無いのだよ。思惑も、カネも、すべてそうだ。学園側から、URA側から“こうなりました”と通達さえすれば彼女らは従うさ。しかしそこに彼女らの意思はあるのか?彼女らはすべてにおいて優先されなければならない。君もそこは同じ考えのはずだと思うのだが?」

 

理事長にしては大概キツい眼つきでシンボリルドルフを見据える。しかし彼女は動じない。

 

「ええ、承知しております。ですから、今日この日を選んで推参したのですから―。」

 

忘れかけていたが、今日はこれから生徒総会が行われるのだ。そしてきっとシンボリルドルフは知っている。知っていてこの勝負を賭けてきたのだ。絶対に一般生徒からは意見は出ない。ということは生徒会からの通達は大体通る。つまり、この話も同じということ。そこまで狙って彼女はやってきたのだった。

 

「―最終的に事を決めるのは私の感情や君の思惑でもなく、実際に芝やダートを走るウマ娘たちだ。そこを忘れるなよ、シンボリルドルフ。」

 

最後に強くシンボリルドルフに釘を刺した理事長は、奥の部屋に引っ込んでいった。

重苦しい沈黙が生徒会室を再び支配する。

 

「―時間だ。どのみちこの資料を今からコピーしている時間はない。カネの話を抜いた要点のみを生徒たちに話す方向でよろしいですか、会長。」

 

エアグルーヴが席を立ってシンボリルドルフを促す。

 

「ああ、それで構わんよ。―読んでくれるのは、誰かな。」

 

私がやります、とエアグルーヴ。特に異を唱えず皇帝も席を立ち、ジャケットを羽織った。

 

「―では、あとは来賓席で見させてもらうよ。」

 

やはりどうにも見慣れない格好のシンボリルドルフだったが、気にもせずにカツ、カツとハイヒールを鳴らし生徒会室を去っていった。残されたエアグルーヴとテイオー。互いにしかめ面で卓上の資料に目をやる。

 

「… …カイチョー、なんだか暴走してない?」

 

「わからん。ただ、ようやく自らの理想に手がかかるところまできて、詰めるのに焦っているのかもしれないな。」

 

「ボク、カイチョーの言ってることはすごくよくわかるンだけど、だからといってクラシックのレース廃止はちょっとやりすぎだと思うんだよね。」

 

「世の中には伝統という言葉がある。会長は今、その伝統を断ち切り、新しい歴史を作ろうとしているのだ。遅かれ早かれ、誰かが同じ問題に直面する。それが今だっただけだ。―と思いたいな。」

 

“伝統”などという日本的な言葉などで歩みを止めるシンボリルドルフでないことはエアグルーヴが一番よくわかっていた。ふたりしてため息をひとつずつ吐き、簡単に卓上を整理してから生徒会室を施錠、それぞれの原稿と資料を小脇に抱え、生徒総会の行われる講堂へむかうのだった。

 

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