「―なにかな?」
ぴんと伸びた右腕の主、トウカイテイオーに向けて、シンボリルドルフは歓喜にも似た笑みを口元に浮かべながら問うた。
(うわっ、気づかれちゃったよテイオー!今からでも遅くない、早くその手を下ろすんだ!)
(おいテイオー!聞いてんのか!今ここでシンボリルドルフとタイマン張っても何にもならねえだろ!いくらなんでも分が悪すぎる!)
フジキセキとヒシアマゾンが実力を以てまでしてテイオーを抑え込もうとしているが、それでもその場から一歩も退かない。目線だけは強い光でステージ上を射抜いている。
「テイオー!」
この騒ぎに乗じて生徒会席からやってきたメジロマックイーン。
「流石にあんまりですわ。テイオーを離しなさい。」
テイオーに枷として繋がれていたフジキセキやヒシアマゾンの腕がメジロマックイーンによってひとつひとつ剥がされる。テイオーは自由の身になった。
「いくら突飛な行動とはいいましても、それはいけませんわ。お二方も生徒会関係者ならよく覚えておいてくださいまし。」
メジロ家のお嬢様、丁寧な口調ではあるが、その裏には確かな怒気が感じられた。二人はおずおずとテイオーに謝罪し、各々の席へ帰っていった。
「さて、テイオー。」
振り向いたメジロマックイーンの瞳にも、テイオーを見定めるような光が宿っている。いつか一緒に走ったときと同じような、ライバルの力を測るような目つきだ。
「貴女、本当にこれでよろしいんのですね?私には貴女の言いたいことまではわからなくとも、貴女が今から何処へ向かおうとしているのかは解っているつもりですわ。」
見つめられるテイオーもまた、強烈な眼力でマックイーンを見つめ返している。きっとテイオーは、ここを分岐にシンボリルドルフとは別の道を往き始める。そしてそれは多くの敵を作ることになるかもしれない。マックイーンは聡く、そのあたりは理解していた。そして、たとえそうなろうとしても、自身はトウカイテイオーを終生のライバル、そして唯一無二の友として最後の最後まで信じぬく覚悟でいる。それを言葉に乗せて伝えたのだ。
「うん、そうだねマックイーン。ボクは大丈夫だよ。そしてこれからも。ボクは誰かの代わりになんかならない。ボクはボクだ。」
それを聞いたマックイーンは“なら好きになさったらよいのですわ。貴女はほかの誰でもない、トウカイテイオーなのですから”と激励し、席に帰っていく。
「―さて。」
一部始終を演台から眺めていたシンボリルドルフ。その成り行きをみてテイオーに何を感じたかはわからないが、その目はわが子を見るように細くなっていた。ざわめきが収まるのを待って、自ら事に乗り出した。
「進行のフジキセキ君。さっきのウマ娘さんに発言の許可を与えてくれ。」
「は、はい!―と、トウカイテイオーさん、マイクを渡しますので、どうぞ。」
いまだに慌てているフジキセキからテイオーはマイクを預かった。“ありがとう”とフジキセキの肩を数度軽く叩き、これまでの謝罪と慰労を兼ねたものとした。
改めてマイクを握り直し、シンボリルドルフの方へ向き直る。遠くからでも感じる「シンボリルドルフ」という威圧感を覚えながらも、一歩も退かない姿勢を視線に乗せて伝える。
「―トウカイテイオーです。」
キィンとしたハウリングと共にテイオーの声がスピーカーから講堂に響く。
「トウカイテイオー君か。幾度のケガと骨折を乗り越えて有マ記念を制したウマ娘。話は私の耳にも入っているよ。」
何を言うか。気になって中山競バ場にその脚を運びあまつさえ涙さえ流した生徒会長は何処の誰だったかテイオーは知っているのだ。
「それをナマで見て涙した生徒会長が居たって聞いたんだけどネ。どこの誰だったかなあ。」
お互いに軽いジャブを打ち合ってけん制する。この時点で、テイオーが今から呈しようとする意見が、シンボリルドルフのそれに頭から賛同するわけではないことがわかる。それだけに、フジキセキとヒシアマゾンは目を白黒させ“なあ、アイツあんなにアツいヤツだったか?”という問いに対し”知らないよ。彼女と接点ができたのは今年に入ってからだ“というような密談がされていた。”そういうの、よろしくないですわよ“と制しながら、メジロマックイーンは方唾を呑んでテイオーを見つめている。
「それで、君は私にどんな話をしてくれるのかな?」
あくまで平静を保ってテイオーを促すシンボリルドルフ。それでいてその眼差しは強い。
臆さずにテイオーは言葉を続けた。
「カイチョ...シンボリルドルフさんは、ここにいるとき、“すべてのウマ娘の幸せのために尽力する”って言ってたよね。」
「ああ、そうだ。私はこの志を持ってから、ただの一度もブレたことは無い。」
それを聞いて何を思ったか、テイオーはふっと目を閉じ、その口角が上がる。これから始まる戦いの予感に、ウマ娘の本能のざわめきをアタマの裏で覚える。あがりたての帝王の、既に完成された皇帝へ、最初の挑戦だった。
「それじゃあボクも同じ目線に立たせて貰おうかな。要するに”追い込みをかける期間とレース中に己の限界を超えるタイミング“を絶対数として減らして、ケガのリスクを軽くしたいってことと、年末にタイトル戦を設けて、その年、その世代で誰が一番速いのか簡潔に示したいってことだよね?―確かにボクもそれはとってもいい案なんだと思うけど、どうしてクラシッククラスに限るのさ?ジュニアもクラシックもシニアも、それ以外も、あるレースに向けて追い込む姿勢ってのはみんな同じじゃない?それをクラシックだけ撤廃ってのは、ボク不平等だと思うけどなあ。」
帝王が皇帝に反旗を翻した。
「なるほど。では説明しよう。これをクラシックのみにしたのは、主に“皐月賞”、日本ダービー“、”菊花賞“という競争の特異性にある。これらのレースは、クラシックに属している期間のうち一度しか出走の申請ができない。結果走れなくても、だ。統計では、この期間にこれらのレースで勝利することを目指すばかりに、怪我をしたり、精神的に病んでしまったりしてトレーニング施設を去ってしまうウマ娘がほかと比べて多い。その理由としては、ジュニア級においては”追い込む“ほど身体ができていないこと、シニア級においては逆に”追い込みに耐えられる身体“になっているからだ。」
「じゃあ訊くけど、その年末のタイトルレースとやらで明確に順位をつけるなら、それまでのレースはどうするのさ?年末にそうやって順番を決めるんなら、みんな揃って年末に焦点を合わせるよね?そんなことになれば、たとえば直前の有マ記念なんかに誰も出やしないよ。春の競争だってそうだ。みんなそこそこに流して、年末に調子が良くなるように調整してくるに決まってる。そんなレース、見ても面白くないんじゃないかな?」
自分が壇上に立って生徒にキレた手前、テイオーは退くことができなかった。生徒会室で見た資料、今しがた聞いた話をもとに浮かんだ疑問を、テイオーはひとつひとつぶつけていく。そしてそれを最初から想定していたかのように、シンボリルドルフはいなして、を繰り返していく。
「そうならないように、主要なG1レースに勝利したウマ娘は、URAファイナルズの予選を免除するなどしてシード権を与えるつもりだ。現存するG1レースの権威は極力失われないように尽力する。」
「尽力するってどう尽力するのさ。そもそもそのシード権?ってのも一体誰が管理するの?ボクおカネのことはよくわかんないンだけど、それを頼むヒトたちもどこかから引っ張ってこないといけないンでしょう?そのあたりは、ボクらは走る側のウマ娘だから説明はいらないのかもしれないけど。あとやっぱり、さっきも言ったけど年末に全部決めちゃうンならほかのレースなんて極端な話やらなくていいよもう。盾を獲ったって、ジャパンカップに勝ったって、結局そのURAファイナルズとやらに負けちゃえばそれまでじゃないか。各々の賞の重さってのを考えてごらんよ。みんなどこかで自分の限界を超えて、そういったレースに挑んでるんだよ。限界を超えた先の戦いが、ボクたちウマ娘の本能を昂らせ、歴史に残るような出来事があって、後に続くモノたちに夢と道を示すんだ。そうでしょ?もっと云えば走るだけが幸せってのもちゃんちゃら可笑しい話だよ。何が幸せかはみんなが決めることだ。カイチョーはその幸せのカタチをみんなに押し付けてるだけだよ!」
きっとテイオーも、己の限界を超えたシンボリルドルフを見て、それに強烈に憧れ、夢と道を与えられたモノの一人。
そして、先の有マ記念己にて鮮烈に輝き、後に続くモノに夢と道を与えたモノでもある。だからこそ、その輝きが失われそうになることに耐えられないのかもしれない。
自らに湧き上がる衝動を抑えきれないテイオーは登壇しシンボリルドルフに相対する。
「ボクは!怪我を回避してなあなあに春夏を過ごし、秋冬にようやくまるで価値のないレースに出て、年末のたった数本のレースで総てが決まる競争より、常に全力で、常に全身全霊で、そのレースを、それだけのために懸けたウマ娘たちの戦いが大切だと思う!結果道半ば、志半ばでダメになっても!総てを懸けてなお及ばなくても!きっとそれはいつかキミたちの杖になって支えてくれるハズだ!幸せのカタチは誰に決められるものじゃない。キミたち自身で!考えて得るモノじゃないの?」
言いたいことを、キィン、とハウリングを残して言ってしまい、肩で息をするテイオー。重い沈黙が講堂を包み込む。
「わかった。私がこれ以上何を言おうと君の意見は変わらないし、君がこれ以上何を言っても私の意見は変わらない。疑問点があれば都度応えよう。それが無ければこの話は平行線だ。繰り返すがこれを決めるのは私たちではなく実際にレースを走るウマ娘たちだ。この話はあくまで参考程度ということで、あとの判断は彼女らに委ねようじゃないか。」
「そうだね。ガラにもなく喋り倒したからボク疲れちゃったよ。そういうことでよろしく。」
形式上一礼して生徒会席へ戻るテイオー。シンボリルドルフも“凝り返すがこれを決めるのは君達だ。よく考えて決めてくれたまえ。”という台詞を吐いて降壇した。
それをぼけっと見ていたフジキセキだったが、ヒシアマゾンに小突かれ我を取り戻し、進行を再開する。理事長の無駄に熱のこもった講評をもって、生徒総会は、皇帝が幅を利かせ、帝王が反乱するという前代未聞の波乱のままその幕を閉じた。