今日は例のシンボリルドルフプランに対する生徒それぞれの回答の期限日だ。日没までには、自分で決めたことを生徒玄関前の箱に投函しなければならない。無論匿名であるし、“行動を起こさない”こともまたひとつの答えだ。この日、各クラスは時間をずらし、座学の授業を1時限潰してそれを検討する会を開く。そしてそれら総てに、このシンボリルドルフプランに待ったをかけた張本人であるトウカイテイオーが改めて回答を促しに来る、ということになっている。
この検討の時間は朝から夕方までみっちり流れるように組まれており、その為テイオーは生徒会権限で本日の座学を全欠。理事長の快諾もあり、その戦いに身を投じるに至った。
午前9時。最初にテイオーが訪れたクラスはまさにクラシックまっさかりの中等部のひとつ。テイオー自身を目指し入学してきたキタサンブラックと、それを追うようにして来たサトノダイヤモンドが在籍しているクラスであった。
「きりつ!―れい!」
学級委員長のキタサンブラック。彼女の合図に従って、礼を交わす。授業の時間に教壇の上に立つのは、講師に当てられて黒板にその答えを書くとき以外では初めてだった。
「―ここからの景色も悪いモンじゃないネ。」
眼前の生徒たちは椅子の上で固まっている。緊張をほぐすために、そうテイオーはおどけて見せた。―あまり効果はなかったのかもしれない。サトノダイヤモンドが苦笑している。
時間もない。さっと切り替え、人懐っこく、親しみやすく、可愛げのあるトウカイテイオーは、唯一皇帝に反旗を翻したときの雰囲気を再び纏った。
「僕はテイオー。トウカイテイオー。生徒会副会長さ。もうみんな知ってると思うけど、こないだの生徒総会で暴れちゃった張本人だよ。みんなは真似しないようにしてネ。後で死ぬほど怒られるからね。―笑っていいとこなんだよ、今。… … まあいいや。じゃあさっそく始めるね。先に言っとくけど、今ここにカイチョ、シンボリルドルフはいないから、ボクだけの思想を押し付けるのはフェアじゃない。だから、シンボリルドルフプランをもう一度説明したうえで、ボクの意見を改めて言わせてもらうね。それを踏まえて、よく考えて結論を導いてほしいかな。もうすでにアレに投函してしまってるよって娘がいたらなごめんね。でももし今日この話を聞いて意見が変わったのなら、そう書いてくれればボクたちのほうで処理するから、安心していいよ。」
そうやって、この間の出来事を再び説明する。黒板に絵を描いてみたり、身振り手振りで表してみたり。準備期間などなかったも同じ。なら、今できることに全力を尽くすべきと、テイオーは素の状態でこれに挑んでいた。たまに飛んでくる質問にはできるだけわかりやすく答え、どちらかに対する反論や意見が出たときは、それを説き伏せるのではなく理解を示し、そのうえで対案を述べるという、半年前の自己中心的で良くも悪くも子供だったテイオーとは思えない建設的かつ、相手や第三者の立場に立った客観的な話の組み立てであった。
無論そのうえで自らの主張を推すのは当然の権利だ。最後は協力を呼び掛けるというカタチでその主張を通すこととなった。
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「だあー、もう疲れたよぉ゛!」
昼休み、生徒会室。昼食もそこそこにテイオーは机に伏していた。それに呆れたエアグルーヴがコーヒーを淹れて彼女に供する。
「貴様が自分で始めたことだろうが。最後まで責任もってやり遂げろ。」
テイオーの向かい側に座り、自らもコーヒーを啜るエアグルーヴ。一瞬眉間の皺が深くなった。―ちょっとだけ苦かったらしい。それに倣い、テイオーも一口。揺れるコーヒーには、すこしだけ疲れた自分の顔が映っていた。それに苦笑して、ミルクを足す。
「ボクにはちょっと苦かったよ、これ。」
「つべこべ言わずにさっさと飲め。」
冷たいエアグルーヴにも、そっとミルクを置いてやる。ぎょっとした表情を見せるが、すぐにいつもの目つきでテイオーを一瞥。からかわれていると思ったのだろうか。
「子供には無理だよ、これは。」
そうだな、とエアグルーヴは諦めてミルクを入れ、一気に飲み干した。
「あとどこのクラスが残ってるんだ。」
飲み干したカップをそのままシンクへ持って行って洗う。彼女はいつも、自分で出したものは自分で片づけるタイプのウマ娘だ。
「うーん。あとは高等部ふたつかなスペちゃんのところと、スズカのところ。」
こちらに背を向けるエアグルーヴはそれには答えない。黙々とカップを洗い、棚に戻して、テイオーの向かい側に戻ってきた。
「どうしたのさエアグルーヴ。今日ちょっとヘンだよ。さっきボクが喋りにきたときもずっとボクのこと睨んでたでしょ?」
ちょっとヘンなのは最近のテイオーもそうなのだが、それを知ってか知らずか、エアグルーヴはテイオーを注視することが明らかに増えた。シンボリルドルフに対する感情が全くそこに絡んでいないといえば流石に嘘になるが、彼女なりにテイオーのことを気にしているのかもしれない。
「持って生まれた見てくれだけで怖いなどとは、副会長も終わったものだな。」
そういった複雑な想いから、ふいに憎まれ口がこぼれてくる。―彼女がその険しい目つきを気にしているのは事実だ。その眼力は小さいころから健在で、自分にはそのつもりなんてないのに、多くの友人や、これから友人になろうというモノたちを遠ざけてきた。―両親を除いて、最初に見た目ではなくエアグルーヴというウマ娘として見てくれたのがシンボリルドルフだったということだ。
「そ、それは悪かったよ。ごめんね。でもどうしてボクのことばっかり見るようになったのさ。」
そう、それではテイオーの疑問の本質までは解決に至っていない。
「なあテイオー。今のこの問題だが、提議したのはもちろんお前だ。しかしこれは生徒会預かりということになっている。その生徒会長は私だ。しかしながら私は、それに自らの一票を投ずる権利もある非常に複雑な位置にいる。―だから私は、やろうと思えばお前が今までしゃべってきたことを総て取り消し、無理矢理あの方に従わせることだってできる。そこにお前の意思など関係ない。そういう“立ち位置”に収まってしまうだけの話だ。」
難しいこと抜きでいいかな。ボク疲れてるんだけど。―テイオーは机に肩ひじを突き、ゆがんだ頬に潰されていない方の瞳でエアグルーヴを見据える。
「ああ―。私はなテイオー、正直どちらの意見によればいいのか迷っているのだ。あの方の言うことはおそらく正しい。長い目で見ればウマ娘たちはよりケガや故障での引退のリスクが減り、最後の最後まで走りぬいて往くことができるだろう。しかしそれでは興行として成り立たなくなる可能性があるというお前の意見もよくわかる。“一瞬の煌めき”というのは美しい。しかしそれは観客席のエゴでしかない。それを取り除けばウマ娘たちは安全に共通の道を目指せるのかもしれない。しかしそれでは“一本に懸ける姿”というものは見ることができなくなるだろう。私は―、何が正しいのか、わからなくなってしまったんだ。」
「本当は同じ生徒会に属する、しかも長としてテイオーの背中を押してやらないといけないのに私は―、あの方の幻影を、いまだに追い続けているのか… …。」
そんなことないんじゃないかな、とテイオーは席を立ち、2杯目のコーヒーを淹れに行く。
「エアグルーヴがいてくれたから、ボクがこうやって好き勝手できてるところはあると思うんだよネ。ボクが生徒会長なんかやってたらきっとこうはいかなかったヨ。生徒会長の意向=学園のそれみたいに思われるからさ。」
今度はミルクを淹れずに、ぐいっと一気に飲み干す。
「うえー、苦っ。―今日、“テイオーさんって意外と伝統を重んじるんですね”みたいなことを言われたよ。昔から続くクラシックの制度を守ろうっていうことはつまりそういうことなんですか、みたいな。でもボクにとって伝統はどうでもいいんだ。あんまり好きな話でもないし。よしんば触れることがあったとしても、たまたま昔から続いているんだ、みたいな印象しか抱かないよ。ボクはそんな形式ばったつまんないモノを守りたいんじゃない。そこで輝くウマ娘や、それに夢を見るウマ娘たちを、その姿を、その道を守りたいんだよネ。」
食器をカチャカチャさせながらテイオーは呟くようにして話す。
「そうか、お前もいろいろ考えるようになったんだな。テイオー。」
聞いたエアグルーヴは、いつの間にかどこか憑き物の落ちた柔らかい表情になっていた。
「私も私なりに、もう一度よく考えてみることにするよ。―疲れているところ悪かったな。」
「いいよ、これも副カイチョーとしての仕事だしね。」
「会長の補佐も副会長としての役目だと思うのだが?」
ま、まあ、そこはおいおい―。都合の悪いことになったと気づいたテイオーは、急ぎ資料をかき集めて、逃げるようにして生徒会室を後にした。
その日の放課後、日没後。年に一度あるかどうかというレベルの数、学園に所属するウマ娘、そのほぼ全員の票がここに集まった。役員総出でこれを回収、集計し、議論に議論を重ねて、最終的な答えを導いていく。
翌朝の陽が昇ろうとするころ、そのすべてが終わった。ヘロヘロになった面々の中央にある封筒には、URAに持っていく報告書が入っている。その中には、簡潔かつ具体的にまとめられた中央トレセン学園全員の総意。
その中身には―、“否”の一文字が書き込まれていた。