「新しい生徒会副会長はお前だ、テイオー。」
えええええぇぇぇぇえええぇぇええ?!?!?!?!
「なんでなのさカイチョー!びっくりしすぎてボク、言葉がでてこないよ!第一ボク、次の春になっても中等部のままだよ!」
憧れのシンボリルドルフに認められたという嬉しさ半分、その突拍子のない話に対する驚き半分で、トウカイテイオーは反応に困っていた。机で腕を組んだままシンボリルドルフはトウカイテイオーからの言葉を受け入れる。
「ああ、わかっているさ。そのうえで指名したんだからな。―本来なら任期は1月から始まるのだが、問題の解決に時間がかかりこのようなことになった。すまない。」
だからなんでなのさ?!そんなんじゃわかんないよ!中等部ならまだしも、高等部のヒト達の前に建てるモンじゃないよボク!―シンボリルドルフ特有の《なかなか本題に入らない》話し方に、今回ばかりは苛立ちを覚え、尻尾を立ててトウカイテイオーは抗議した。
「ふむ、そうだな―。」
ようやく目の前の会長様は説明してくれる気になったらしい。
「まず中等部の生徒から抜擢することになった理由だが。これは単に生徒会という組織に長く在籍することで、その練度を高めることに狙いがある。私は高等部に入ると同時に生徒会入りしたのだが、3年ではそのやり方を学び、その通りに進めるだけでいっぱいいっぱいだった。もう1年あれば、と悔いたこともある。であれば、中等部のうちに生徒会に入れてしまえば―、もっといえば在任期間を延ばすことができれば、より成熟した視点から、より練られた判断を下すことができると考えたからだ。“もう1年あれば”を現実のものとするためだ。」
ふぅン。―興味なさげにトウカイテイオーは返事する。考え方はよくわかる。トウカイテイオー自身、もう1回、クラシックを走りたいと何度思ったかわからない。そのためならきっとどんなものを失おうと惜しくない。この話も一緒だ。要は性質は違えど「もう1年で得られるものの大きさ」に賭けたカタチになるのだろう。
では、なにゆえ自分が選ばれたのか。本当に彼女が知りたがっているのは、そこだった。
「次に、お前を選んだ理由だが―。これはほとんど私の独断だ。そこにいる―、とくにエアグルーヴに関しては無理やり説き伏せた。…すまなかったな。」
いいえ―、エアグルーヴがかぶりを振って応じる。
「これは私の贔屓目半分―、実績と態度の半分といったところだ。テイオー。お前は私を目指しここに入学し、励んできた。お前の目標はいつだって私だった。クラシック三冠が叶わなくなろうとも、幾多の怪我に見舞われようとも、私の影が霞み揺らごうとも屈さず、お前にできることを精一杯やって、遂には有マ記念まで獲って見せた。私はそれにいたく感動したのだ。」
頬をかきながら視線を反らしてしまう。ここまで褒められると舞い上がる前に気恥ずかしさがきてしまうものだ。
「胸が震えた。涙さえ流した。声を張り上げて誰かを応援したのは幾年ぶりか。私がここまで上り詰める前の、私がいちウマ娘であった頃を思い出させてくれたのだよ。お前のあの走りは―。…という実績から見た点と。」
「… … 点と?」
「黙って聞け。―そうしてお前の脚はまた傷んでしまったにもかかわらず、お前は腐らず、ここの仕事を手伝ってくれていたり、他のウマ娘の指導にあたっているというのは私の耳にも届いている。年上の娘らにも臆さず、感じたことはすべて話す。それがトウカイテイオーであったからこそ、それは広く受け入れられ、お前は走ること以外にも居場所を見つけつつあるはずだ。」
カイチョー、ボクのこととなるとなんだかよく喋るよね。―ニヒヒ、とかわいらしい笑顔と共に歯を見せる。―デコピンが飛んできた。
「うぅ…、痛いよぅ…。」
後ろでエアグルーヴがため息を吐いたのが聞こえた。
「それ以上痛い思いをしたくなかったらそこで聞いてろ。―そしてお前はこうも思ったはずだ。これはこれで面白いと。栄光はすでに自分の脚で掴んでいる。だったら、その栄光へ誰かを導くのもまた面白そうだと。―そして、私たちと一緒に、裏でそれらを支えることにもまた、別の楽しみ、やりがいを感じてくれていると思っている。―だから、私としては、そうしたお前の心情の変化を、最大限いい方向に振ってやりたいのだ。…これが、私の贔屓目半分という理由だな。幾多の挫折を味わい、栄光をもぎとり、後進の指導への意識や裏方の知識もある。そうまで多様な視点を持つウマ娘を私はお前以外に知らない。お前は私には無いものを沢山持っている。どんな立場にいるモノたちの気持ちでも、自らの経験に即してわかってやれる。そんなお前だからこそ、後に続くこの学園を、ウマ娘たちの夢を、預けられると思ったのだ。」
さあ、どうする?と言わんばかりの眼でトウカイテイオーを見つめるシンボリルドルフ。これはモノを頼む側の眼付きや態度ではない。ここまで言ったのだから入るだろうという、半ば勝利宣言のような顔つきだった。
ふうーーーーーー、と今度はトウカイテイオーが息を吐く。
「あのさ、カイチョーって、よっぽどボクのこと好きなんだね。」
照れるわけでもなくシンボリルドルフは答える。
「私に憧れ、私を目指し、私を慕ってここまで来てくれたのだ。それに報いてやりたいという気持ちは、湧いて然るべきものだと思うがね。」
控えめに見ても贔屓だ。シンボリルドルフに憧れ慕っているウマ娘なんてごまんといる。―まあ、その中でもひときわアピールがあり、近くにいたのがトウカイテイオーだった、ということなのかもしれないが。
トウカイテイオーとしては少し面白くない。いくら自らが憧れ慕い目指してきたシンボリルドルフといえど、こうまで自身の心中を見透かされていたのだ。あまつさえその場を用意してやるから励めと。それはトウカイテイオーとしてのプライドが許さない。しかしながら、こうやって自らが認められたという嬉しさや、今後に対する意欲までもは否定することができない。だから、せめてもの反抗が。
「―いいよ。わかったよ。その話、乗るよ。」
皇帝の顔がぱっと明るくなる。
「そうか。引き受けてくれるか。」
「―だからといって、ボクはカイチョーに染まる気は無いよ。カイチョーの理想を引き継ぐ傀儡にもなるつもりはない。ボクはボクの力で、これから思いつくかもしれないし思いつかないかもしれない、そんなボクの理想を体現するためにしか動かないよ。協力するんじゃない。あくまでボクの道を進むんだ。それでもいいなら。だけどね。」
ああ、おおいに結構だ―、と生徒会長は立ち上がりトウカイテイオーに微笑む。
「私の理想と君のそれが全く同じとは限らない。君は君の理想を求めて構わない。ただし、生徒会長―、この組織の最高責任者はエアグルーヴだ。彼女に背することの無いようにしてくれたまえ。」
右手が差し出される。それを取ってしまえば、もはや後戻りなどできまい。だが、トウカイテイオーに、その選択など無かった。
「わかったよ。よろしくね。」
皇帝から女帝、そして帝王へ。その理想は、脈々と受け継がれていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トウカイテイオーが生徒会室から出ていくと、苦々し気な表情のエアグルーヴがつい漏らす。
「なんだか、皇帝から帝王への引継ぎのアテにされているような気がするんだがな。」
シンボリルドルフ―皇帝はそれを聞いて苦笑い。
「そんなことはないさ。私の次を任せるにあたってはエアグルーヴをおいて他にはいないと思っているよ。」
「お前はいつも変なところで想像を膨らますからな。目の前のことだけ見ていればいいんだよ。」
それまで一切口を挟んでこなかったナリタブライアンもここにきてようやく口を開く。
「う、うるさい!そう思うのも仕方なかろう!」
「―と、いうわけでだ。」
シンボリルドルフが場を仕切りなおした。
「テイオーの正式な任期は4月からとする。副会長職についてはナリタブライアンにその指導を頼みたい。また、続投となっているナリタブライアン、フジキセキ、ヒシアマゾンについてはそのまま各々の仕事を行ってくれ。エアグルーヴは、私が卒業するまでは私付の生徒会長職として行動を共にしてもらう。これでいいな?」
はい!―という返事で、この集まりは解散となった。
最後のナリタブライアンが生徒会室から去った後、ひとり残ったマルゼンスキーが、シンボリルドルフの御前に出ていた。
「なんとか見つかってよかったわね。あなたの後継者。」
遠い目をして、シンボリルドルフは前髪を弄る。三日月の位置がお気に召さないらしい。
「まあな。テイオーはレースで私を追ってくれていたが、そうでなくなっても、彼女は私の背中を追いかけてくれていた。それがわかったとき、私はこのうえなく嬉しかったんだよ。」
そう、よかったわね―とマルゼンスキーも部屋を出て行った。
しんと静まり返る生徒会室。その長たるシンボリルドルフは、それまで背負ってきた重荷を、やっと下ろせたような清々しい顔で立ち尽くしていた。