トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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マルゼンスキー

母校からの電話を切り、受話器をゆっくりと置いたマルゼンスキーは、その顔がにやけそうになるのを堪えていた。同僚の名前もよく覚えていないヒトや、レースで見かけたことがある程度のウマ娘たちが不思議そうにこちらを見ているが、今はそのようなことが気にならないくらいに彼女は高揚していた。

 

「面白くなってきたじゃない。」

 

シンボリルドルフの計画の話は、彼女がまだ学園にいたころから頻繁に聞かされていた。まさかURAに入ってすぐそれを実行に移すとは思わなかったが。自分もURAに入ると聞いたときのシンボリルドルフの顔は今でも昨日のことのように思い出せる。

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

「―な、なにを言っているんだマルゼンスキー!君のその脚はまだ輝いている!君だって上のレースに進む気満々だったじゃないか!」

 

シンボリルドルフを追ってURAに行くという話をしたマルゼンスキーは、それを聞いて酷く狼狽するシンボリルドルフに、いたく驚いていた。

 

「何を思ったのかは知らないがもう一度よく考えてくれ!マルゼンスキー!まだ君は戦えるはずだろう?!彼のミスターシービーを!私でも届かなかった彼女をマイル上で捉えられるのは君だけなんだ!」

 

確かにそうかもしれない。皇帝にも得意不得意はある。シンボリルドルフが“比較的”苦手としているマイル戦上ではミスターシービーの方がより高いパフォーマンスを発揮し、身体を完全に使い切ることができる。そうなれば、そのミスターシービーとまっとうに戦えるかもしれないのは、一つ下のトゥインクルリーグとはいえマイルの女王と呼ばれている、マルゼンスキーだけになるのだ。

 

「私はあなたの夢じゃ情熱の代行人じゃないわ、ルドルフ。私は決めたのよ。あなたに着いていくって。力をもったあなたをひとりにしたら何をしでかすかわかったもんじゃないもの。」

 

「な、ならば私もドリームリーグへと進もう。君をレースから降ろしたりなど絶対にさせないぞマルゼンスキー。」

 

自分のせいでマルゼンスキーの将来を曲げていると思ったシンボリルドルフは、今度はシンボリルドルフ自身の将来を曲げて、マルゼンスキーをレースに引き戻そうとした。―しかし、そうするには、シンボリルドルフはあまりにも長い期間レースから離れすぎていた。

 

「ドリームリーグに戻る?あなたが?その脚で?―笑わせてくれるわね、ルドルフ。あなた、レースを走るどころか、もう碌なトレーニングすら積んでいないじゃない。今その状態だとG1はおろか重賞を入着できるか、すら怪しいと思うわ。そんなんでドリームリーグに来ようなんてお笑いもいいところよ。―いいえ、あなたのことですもの。きっとスカウトはたくさん来ているのでしょう。しかしどのスカウトを受けたところで、ものの数か月できっとこう言われるわ。“期待外れ”、“皇帝は過去の遺物にすぎない”ってね。あなたはその七冠を握りしめて、おとなしくURAで後進のために動いていたほうがいいのよ。」

 

ぎりっと歯噛みするシンボリルドルフ。実際マルゼンスキーの言うことは本当だった。自分のことは自分が一番よくわかっている。最後の冠を頂戴した頃の自分とサシでレースをしたところで、間違いなく大差では済まない大敗北をすることは間違いない。しかし、それを他人からわかったような口調で言われ、諭されることがシンボリルドルフのプライドを容赦なく削っていく。

しかし、それでも退けないのがシンボリルドルフ。自らより他人を優先してきたことしかないから、逆に他人に、それ自身より自らを優先されたことのない故の不器用さなのかもしれない。

 

「言っておくけど、あなたを優先したわけじゃないのよ。私は私なりに考えて答えをだしたの。私は私のやりたいことをするまでよ。勘違いしないでね。」

 

くるりと背を向けて去っていくマルゼンスキーを何も言えずにただ見送るほかなく、シンボリルドルフはしばらくそこに立ち尽くしていた。

 

 

〇〇〇

 

 

 

「―なんてこともあったわねえ。」

 

今では特殊法人ということで公務員となんら変わりない待遇のURA職員新米同期。先輩の指導や上司の小言に耐える、昔読んだバブリーなOLモノの漫画のような社会生活が始まる―、と思っていたが、シンボリルドルフは入庁してすぐに例のプランにむけて動き出した。先輩の指導や上司の小言もろくに受けず―正確には言えることがないらしいのだが。このプランは特に秘匿しているため、知らないものが見れば、特に仕事を与えられもしていないのにもかかわらず、彼女はいったい何を忙しそうにしているのか、という疑問を持つことになる。そのせいで多少周りからは“皇帝なのは立場や実績だけでなく気質もか”と白い目でみられている。それでもシンボリルドルフは、周りからどう見られていようと、どのような評価を下されていようと、自らの理想を―、すべてのウマ娘への幸福、という途方もない願いを叶えるために必死に藻掻いていた。

 

あの“皇帝”が直々に推参したとあれば、大体の競バ場はその門を開いてくれる。そして大抵、今そこにいる者のうちもっとも位の高い人間と話をすることができる。だからシンボリルドルフは、己の実績も、プライドも、コネも、使えるものは僅かな霞でも掴み、交友関係もすべて利用し、ときには切り捨てた。捨てられるプライドはいくらでも捨てられた。アタマなど幾らでも下げた。そうして掴んだ賛同の嵐で、ほぼ全国の競バ場の意見を彼女に倣わせることに成功したのだ。あと少し。中央トレセン学園さえ取り込んでしまえば外堀は完全に埋まる。そして、URAに逃げ場そのものを与えない論じ方でこのプランを押し上げてしまえば、もう勝ったようなものだ。

 

が。

 

「―わざわざ学園から電話をよこしてくるってことは、つまりそういうことなんでしょうね。」

 

エアグルーヴが。いや、トウカイテイオーか。彼女がどうやって学園全体を動かしたのかはわからない。しかし、やがてやってくるであろうその回答に記されている波乱の予感に、マルゼンスキーはその胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「 待 望 ! よく来てくれた!」

 

エアグルーヴとテイオーは、互いに待ち合わせて、夕刻に理事長室にいた。

 

「理事長。すでにURAには連絡をとっていますが、例のシンボリルドルフプランについて、我々生徒たちの総意が出ましたので、ご報告に上がりました。」

 

エアグルーヴはカバンから、URAに持参するものより気持ち厚い紙束を取り出し、理事長へ提出した。秘書のたづなも緊張の面持ちでそれを見つめている。

 

「わかった。確認させてもらおう。」

 

そう言ったきり、理事長は難しい顔で書類に目を通す。3分ほど経ったときにたずなが各人にコーヒーを淹れてくれた。気晴らしにいただくが、テイオーはこの空気に耐えられずに姿勢が崩れている。

 

(バカ、しっかりしろ。)

 

エアグルーヴが脇腹を小突くと、テイオーはわずかにしゃんとした。

 

(うう、眠くなっちゃうよ。)

 

(しっかり目ぇ明けてろ。貴様の領分だろうが。)

 

繰り返しテイオーの脇を小突き、寝ないようにしてやる。―そうしているうちに、理事長が書類を読み終わり、それを机に置く音が聞こえた。

 

「なるほど。反対8割―。きっとトウカイテイオー君の演説がなければ反対派は居たかすら怪しいな。」

 

“同意します“とエアグルーヴ。

 

「主だった反対の意見としては、要約すると“最終的に世代最強となるより、目の前にあるレースに勝ちたい”、“大切なのは来るかもわからないその先よりも現実として表れている今”などがありました。それに対して賛成派の意見は“観客席からみた面白さや感動よりも優先すべきものがある”、“ウマ娘は興行に使い捨てられる存在にあらず”といったものが見受けられます。」

 

理事長はセンスを閉じ、再び感がる仕草に戻った。

 

「なるほど。それで君たちはこれを学園の総意としてURAに提出するわけだが、残り2割の賛成派についてはどうするつもりだ?」

 

待っていましたとばかりにテイオーが立ち上がった。

 

「どうもしないさ。本当に嫌なら声高らかにそれを叫んで、ボクらがURAに行くのを阻止すればいい。誰も何も言ってこないってことは、そこまでして止めたいボクらでもないんじゃないかな。」

 

ぎょっとした顔でエアグルーヴがテイオーの方を見た。

 

「お、お前、なんか排他的になったな… … 。」

 

「前にも言ったじゃん。何もしないやつの意見なんか聞かないって。」

 

「残りの二割も最終的には理解してもらうよ。そうするためには何回だって僕は話もできるし、アタマもさげられるよ。これからに比べればボクのアタマやプライドなんて安いもんさ。」

 

パタンと、長考していた理事長は立ち上がった。

 

「 許 可 ! その資料に書いてあることをわが中央トレセン学園の総意として提出することを認める!」

 

ありがとうございます!とエアグルーヴが頭を下げ、資料をたたんで生徒会室を出て行った。テイオーもそれに倣って出ようとしたところ、理事長に呼び止められた。

 

「テイオー君。君は本当にルドルフと同じことを言うようになったな。」

 

にへ、と笑い、テイオーは先に消えたエアグルーヴのあとを追って行った。

 

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