トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

22 / 66
カチキレたので年明けまでウマ娘はさわらないことにしたのですが、さわりたくなってくるもんなんですよね、これが。


トウカイテイオーとエアグルーヴ

日差しの色が少しずつ夏の色に変わりつつある6月も半ば。シンボリルドルフとの会合も控えているが、それとは無関係に日常はいつも通りに過ぎていく。授業もあるし、トレーニングだってある。この日テイオーは、同じチームのサイレンススズカが末週に宝塚記念を控えているということで、2200メートルの模擬レースを組まれていた。

 

サイレンススズカは勿論のこと、中距離に適性のあるトウカイテイオー、スペシャルウィーク、ダイワスカーレット、ウオッカがスタートラインに並んでいる。

ゴールドシップはスタート係、未だに不安を取り除けないメジロマックイーンはタイム係だ。

 

「いいかお前ら!これはあくまで模擬だからな!つまんねェ意地張ってケガすんじゃねえぞ!特にスズカにスカーレットにウオッカ!いいな!」

 

直線の向こう側からトレーナーがメガホンを使ってウマ娘たちに呼びかける。並んでいる彼女らの半分以上が名指しで注意を受けた。―沈黙を肯定と見做し、トレーナはスタート係のゴールドシップに合図を送る。

 

「それじゃいくぞぉ!」

 

空へ向けて高々と掲げられたゴールドシップの右腕。しばしの沈黙。5人のウマ娘たちは、それに全神経を研ぎ澄ます。そよと吹いた風がスペシャルウィークの前髪を撫でていった。

 

「―オルァア!」

 

手刀の如く振り下ろされた腕を合図に、5人ほぼ同時に飛び出した。

 

まずは先頭を獲ることに異様な執着をするサイレンススズカがギアを上げてトップに躍り出る。それを見たダイワスカーレットが2番手で追い、トウカイテイオーはその後ろ。スペシャルウィークとウオッカは後方4、5番手で差しの脚だ。―しかし、距離が伸びてくれば伸びてくる程に、その“力量”の差が如実に表れてくる。勝負勘とかそういうセンスの問題ではなく“物理的”な肉体の成長度の差が、じわりじわりと先頭からの距離というカタチであらわれてくる。サイレンススズカのペースに合わせて逃げを打っていたダイワスカーレットは1200を過ぎたあたりで徐々に垂れ始め、トウカイテイオーやスペシャルウィークの射程内にまで下がり、ウオッカはアガッてきたスペシャルウィークに食らいつくので精一杯というところ。たったひとつの年齢の差が、この時期は発育に大きくかかわってくる。

 

1500時点で、先頭サイレンススズカ、3バ身置いてトウカイテイオーとスペシャルウィーク、その6バ身程後ろでウオッカとダイワスカーレットがひいひい言いながら競り合っている。そうこうしているうちにサイレンススズカがスパートをかけた。それを見てトウカイテイオーとスペシャルウィークも脚を伸ばして追いすがる。一時は1バ身と半あたりまで迫ったものの、サイレンススズカの末脚が再度伸びたことにより追いつくことは叶わなかった。

 

一着、サイレンススズカ。るんるんでトレーナーの元へ駆け寄っていく。とても骨折の経験があるとは思えないほどにぶち飛ばしてくる。おそらく彼女をまともに捉えられるウマ娘はトゥインクルリーグにはもはや存在しないだろう。

 

二着、スペシャルウィーク。シニア1年目ながらサイレンススズカに2バ身差まで迫る末脚と根性は世代最強の証。今後の成長に最も期待の持てるチームのエース候補だ。

 

三着、トウカイテイオー。幾度の故障を経ての有マ記念優勝。足の調子が気になるところではるが、今回の走りを見るに順調に回復しているようだ。

 

四着、ダイワスカーレット。クラシック級の中堅はシニアのペースに振り回されて本来の力を発揮できなかったようだ。半分をすぎたあたりというあまりにも早いタイミングでスタミナを切らし、レースから離脱してしまった。

 

同、ウオッカ。サイレンススズカのあまりにもぶっ飛んだ巡行ペースにも惑わされず、垂れてきたダイワスカーレットを延々付け回した。自らのペースでレースを運ばなかったことが災いして後半の加速にしくじり、前を目指すことはできなかった。

 

「ぜえ、ぜえ、ぜえ、なんだよあの3人はよ!バケモノかよ!」

 

「はあ、はあ、まあ、私たちとはまる1年身体の完成度が違うから。しょうがないといえばしょうがないのよ、これは。」

 

ウオッカとダイワスカーレットが芝に倒れ伏して身体全体で呼吸している。テイオーやスペシャルウィークも倒れるまではないにしても膝に手をつくなりしてそれなりに疲弊している。それにもかかわらず、サイレンススズカという慮外のバケモノはまるでジョギングでも流してきたかのような表情だ。走ることに関する本能がほかのウマ娘とくらべても明らかに突出しているとはいえ、それとスタミナは別の話だ。

 

「なんでいつもスズカさんはピンピンしてるんでしょう。」

 

腰に両手を当て、身体を逸らし空を仰ぎながら息を整えるスペシャルウィークが漏らした。当然の疑問である。

 

「走ることが好きだからよ。」

 

「そ、そうですか…。」

 

スペシャルウィークは理解した。走ることに関してサイレンススズカと身になる話はできない。あきらめて目を閉じ、自分自身も芝に倒れこんだ。“これは駄目だ。追いつけそうにない“と思った。速さを理解することは、まずサイレンススズカを理解することだとスペシャルウィークは悟った。

 

若干息が整ってきたテイオーに、サイレンススズカが寄ってきた。

 

「テイオー。あなた、私の走り方を真似したわね?」

 

目ざとい。

 

「ちょっとね。トレーナーに訊いてみたんだ。ほらボク、あんまりヒザに負担かけるような走り方したくないし。スズカの加速には前々から興味はあったしね。」

 

サイレンススズカもテイオーと同じく脚を壊した身。損傷部位に負担のかからないような走り方になるのは自明で、それがあの雪だるま式の加速につながっているのなら、真似してみる価値は大いにあるのだ。

 

「そう。―お互い脚を壊しているものね。」

 

微笑んで、サイレンススズカは“また”ターフを駆け抜けていった。

 

まったく、どこにその元気が残っているんだか。そう思いながらテイオーはグラウンドを見渡すと、エアグルーヴの姿があった。珍しく体操服を着こみ、芝の直線コースを全速力で駆け抜けては戻り、を繰り返している。正直、ここまで真剣に自主練するエアグルーヴを見るのはテイオーは初めてで、興味をそそられてつい彼女のそばへ近寄った。

 

「珍しいじゃんエアグルーヴ。マジにトレーニングなんてさ。」

 

膝に手をつき喘ぐエアグルーヴに声をかけた。

 

「ああ―。宝塚記念が近いからな。―いい加減私も追い込まないと、勝負になるものもならないと思って、数日は走り込みに専念するつもりだ。」

 

「エアグルーヴも宝塚記念出るんだね。ウチからもスズカが出るよ。」

 

さすがに前年覇者と戦って勝てるなどとは思っちゃいないさ、と女帝は肩を竦める。

 

「―ただ、まあ、なんというか。戦わずして終わるのは、それは敗け以下だと思ってな。やれることはやることにした。“こっち”が忙しくてろくにトレーニングが積めていないのはよくわかっている。私の脚ではもうティアラには届かない。時期的にも、私はここで終わるべきなのだ。」

 

なるほどね、とテイオーは返す。テイオーの中で“復活”の意味を持っていた秋の天皇賞はいつしか“終わり”としてその意味を持ち始めたのと同じように、エアグルーヴも自らの終着点を宝塚記念に定めている。最後まで闘志の炎を絶やさずに。

 

「そうなんだ、邪魔して悪かったね。じゃあボクは生徒会室に―。」

 

待て、テイオー。という言葉に、生徒会室へ向けられていた脚が捕まった。

 

「―な、なにかな?」

 

「ちょうどいいじゃないか。ちょっと付き合ってくれ。」

 

コースへ手招きするエアグルーヴ。それが意味するところが、テイオーには理解できた。

 

「ボク、さっき2200を走ったばかりなんだけど。」

 

「わかっている。同じ生徒会のよしみだ。一本くらいいいじゃないか。」

 

うへえ、と嫌な顔をしながらも、テイオーはコースへ戻った。

 

「ホントに一本だけだからね?!」

 

腱を再度伸ばし、トントンと軽くジャンプしながらテイオーは改めてエアグルーヴに忠告する。

 

「貴様もしつこいな。わかっていると言っているだろう。私もそれなりに追い込んで疲労はたまっているからな。これを最後にする。」

 

「わかったよ、しょうがないなあ。じゃあ、タイミングは―。」

 

ちょうど彼女らの延長線上に、地上を闊歩しているハトを認めた。

 

「あれが飛ぶと同時にスタートだ。いいな?」

 

テイオーから無言の肯定を受ける。ふたりして身構え、その時を待つ―。

 

・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・。

 

・・・。

 

「!!!!!!」

 

ハトが飛び立つど同時に、2人のウマ娘も土を蹴り上げて加速した。約650メートルの直線。登りも下りもない平坦な道。

 

結果として、テイオーがエアグルーヴの存在を感じていたのは最初の数秒のみ、というところだった。途中から悲しくなってペースを落としたにもかかわらず、エアグルーヴとの差は1秒程度にもなった。膝に手をつき息も絶え絶えの彼女に対し、先に2200を走っていてなお、テイオーの体力はその余りを残していた。

 

「―やっぱり、誰かと走らないと自分の立ち位置などわからないものだな。」

 

ぜいぜいと肩で呼吸し、どこか諦めのついた表情でエアグルーヴは独り言のようにつぶやいた。

 

「エアグルーヴ…。」

 

何という言葉をかけられるでもなく、テイオーもその場に立ち尽くしていた。初夏の心地よい風が、ふたりの間を気持ちよく吹き抜けていく。

 

「きっと私は無様な着順を晒すだろう。掲示板に載るかすら怪しい。女帝と呼ばれたころの走りとは程遠いものとなるかもしれない。―それでもいいんだ。私の闘志を、魂を燃やし尽くせればそれでいい。後進が育つとはそういうことだろう。何せ、私はここから始まるためでなく―。」

 

終わりに往くのだから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。