シンボリルドルフとの邂逅から数日、今後の方針を互いに相談しながらも、概ねいつも通りの日常を過ごしていたテイオーたちだったが、ある日の昼下がり、校内放送で突然に理事長から呼び出された。
「―それで、どうして私まで含まれておりますの?」
そのメンバーはエアグルーヴ、ナリタブライアンにトウカイテイオー。さらにメジロマックイーンも遅れて理事長室に入ってきた。
「 情 報 ! このような事情に詳しいと思ったのだ!」
扇子広げていつものポーズをとる秋川理事長だったが、幾分覇気に欠けるように思えた。しかめっ面をしたまま理事長は席に戻る。珍しくアタマを抱えておいでのようだ。その小さい手には例の資料のコピーが握られている。
「君たちが今取り組んでいるコレについてなんだが…。」
理事長は例の資料を軽く掲げてみせ、話の焦点を暗に示す。表情は暗く、あまり良い話ではないのかもしれない、ということは面々いも理解できた。4人のウマ娘たちは神妙な面持ちで理事長の言葉を待つ。その間にも理事長は“ふぅ”だの“はあ”だのため息を吐いたり息を入れたりで、情緒的にも不安が見受けられた。
「学園としての決定が、書き換わってしまうかもしれない。」
えっ、とテイオーはつい声を漏らしてしまった。
「ど、どういうことなのさ理事長!」
半ば机に身を乗り出して理事長に詰め寄る。思わずエアグルーヴも立ち上がりテイオーを制するがそれでもテイオーの気持ちは逸ったままだ。ついこの間賛成してくればかりじゃないか、と言わんばかりの力強い目が理事長を睨んでいる。
「―それについては彼女から説明してもらう。…入ってきてくれ。」
秘書控室の扉が開き―、桐生院葵が姿を現した。ぺこりと一礼して、葵は理事長の隣に着いた。
「桐生院トレーナー?」
エアグルーヴが驚愕の声をあげる。この学園に入ってきてまだ数年の彼女が、一体何のカギを握っているのか、彼女の後ろにあるものをわかっていながら、エアグルーヴにはにわかに理解できなかった。
「―なるほどな。」
「そう来るとは。さすがですわね。」
反対に、ナリタブライアンとメジロマックイーンはその登場である種得心したようで、驚く様子は見せない。
「それで、一体なにがあったんだよ、ボクわかんないよ!」
それでもなお事態が呑み込めていないテイオーは更に理事長に詰め寄ろうとするが、エアグルーヴが強くそれを制している。彼女の腕の中でもがきにもがきようやくその拘束から解かれ、息を切らしながらも理事長からは目を離さない。
「桐生院の家が動き出したんです。」
葵がぽつりと言った。
「私たちの家系は代々ウマ娘のトレーナーを家業とし、全国でその成果をあげてきました。そうして気が付けば大叔母はURAの極めて重要なポジションまでに上り詰め、そのほか数名の桐生院が要所要所を占めるようになりました。今や桐生院の息がかかっていないウマ娘関連の施設はありません。どこかにかならず、それなりの要職にひとりは、桐生院の家の者か、その関係者がいます。」
あんたもそのひとりって訳だ、とナリタブライアンは質問を付け足す。
「そうですね。私の場合はまだ経験が浅いので平トレーナーのままですが…。」
「では、ここでいう“要職者”というのは誰なんですの?」
さらにメジロマックイーンが追撃する。
「それが、実はいないんですよ。この学園にいる桐生院の関係者は私だけです。秋川理事長が家による支配を嫌い、ご自身で学園をここまで大きく発展してこられたので、URAも強くは言えなかったようです。しかし―。」
「昨日、その桐生院のお婆様から直々に連絡があったのだ。」
言い淀む葵を引き継いで今度は理事長が口を開いた。
「その―、所謂シンボリルドルフプランは桐生院のお婆様もご存じだった。そのうえで、URAの権限により、この学園に桐生院の息のかかった者を幹部として移動させるとの決定を下された。」
つまりどういうことだ?と首をかしげるナリタブライアンと、顔を青くして固まっているメジロマックイーンが対照的で少しだけ面白いなとテイオーは思ってしまった。アタマを必死に回したナリタブライアンがひとつの結論にたどり着く。
「つまり―、私たちの動きを監視、抑制しに来たっていうのか?」
皆押し黙って、だれもそれに答えを示さない。―しばらくしてメジロマックイーンが、す、と手を挙げた。
「URAがそのような動きをしているということは、シンボリルドルフさんのプランに乗ったという認識でいいでしょう。URAの決定ともなればそれに弓を引くモノは現れませんわ。本当の問題は―。」
一瞬言いよどむが、一息おいてメジロマックイーンは話を続ける。
「―失礼いたしましたわ。問題はここに桐生院の関係者を、それなりのポジションで着任させようとしているということですわね。そうなればこの学園も、URAにとって他の大勢の学園と大差なくなってしまうでしょうね。実績も、権威も、そのURAから来たっていう人に引き継いで、周りの意見や制止を無視してシンボリルドルフプランへ無理やり賛同の意思を示すことだってできます。その資料自体無効にすることは容易いのですわ。」
悔しそうに歯噛みする理事長。
「私はこの学園の長だ。ここを守る義務がある。ここで暮らすウマ娘たちの自由意志を尊重してやりたい。しかしながら、URAには学園の維持の為に多額の投資を頂いており、それを盾にされるようなことがあれば、私にはなにもできないのだ…。」
「でも!」
テイオーががたっといきり立つ。
「カイチョーはボクたちに事前の通達や話し合いをせずにコトを進めることはしないって言ってたよ!」
いや、それもどうだろうなとエアグルーヴは腕組みして目を閉じた。
「我々が作ったそれすら無為の紙束となるのであれば、あのとき会長と交わした約束も残念ながら無効となるだろう。その資料自体が存在しないことになっているのだから。」
重苦しい沈黙が理事長室を包む。ところで、シンボリルドルフはどうやってURAの重役に取り入ったのだろう。
「いろいろ考えていても仕方がないさ。今起きていることをどうすればいいかだけ考えてりゃいいんだ。」
察してか知らずか、ナリタブライアンはテイオーの肩を叩いて現実世界に引き戻した。
「私たちが執る行動は意外とシンプルだ。その幹部が来ようが来まいが、我々の考えは変わらない。そうだろテイオー?」
ナリタブライアンが出してくれた助け舟。エアグルーヴやメジロマックイーンも頷いてテイオーの方を見ている。
「ボクもそれでいいと思うんだけど。生徒会長はエアグルーヴでしょ?最後はエアグルーヴが決めてよ。」
「そうだな。私たちがやるべきことは決まっている。引き続き生徒からの信頼を得られるよう努めて、より分厚い一枚板になり、すべてに立ち向かうことだ。」
「だね。もう一度自分たちを信じて、賭けるしかない。」
本当の情熱というものは、何があっても貫き通すもの。届かなくても、笑われても、進むだけだ。
「さっきから思ってるんだけど、なんでこの話の中心がボクになってるのさ。もうこれは学園の意思なんだからさ、エアグルーヴが先頭に立ってもいいんじゃない?」
方向性がまとまり、落ち着きを取り戻した理事長室でコーヒーを啜りながらテイオーは疑問を口にする。エアグルーヴがすごい速さで耳打ちしてきた。
「バカが!会長に反乱する話など私やナリタブライアンなんかができるわけないだろう!これはお前が描き始めたんだろうが。最後までっかり描いていけ。何かあれば私たちが助けてやる。」
それでもやっぱりこの学園のリーダーは生徒会長なんだよなあ、と思いながらテイオーは食堂に消えた。