トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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アタマのいい話になってくるとだんだん自分の教養を超えた領分になってくるので、リアリティを出せずに終わっていないか非常に心配になりますね。


シンボリルドルフと老婆

“URAの重鎮と接触する”にあたってシンボリルドルフがやることはみっつ。ひとつは、自身の胸の内を直訴すること。そしてもうひとつは、それを呑ませ、URAの方針としてそうさせること。最後に、中央へ何かしらの抑制をかけ、謀反の芽を摘むこと。

 

お目通り自体は驚くほどすんなり事が進んだ。桐生院葵とはお互いに顔の知れた仲であったので、それを利用して何とか直接取り合ってもらい、その翌日の午前中には、シンボリルドルフとマルゼンスキーはその重鎮にあてがわれている個室へ案内されていた。

 

きい、と蝶番が軋む音を立てて、普通より少し分厚い扉が開き、部屋の中へ通される。正面の大きな窓から光が差し込み、逆光でよく見えないが、一人の老婆がそこに鎮座していた。

 

「あんたがシンボリルドルフか。」

 

ここまで案内してくれた人が壁のスイッチを押すと、遮光カーテンが表れて窓を覆う。それに従って、この部屋の全貌が見えてきた。

 

「はい。横に居るのは同期のマルゼンスキーでございます。」

 

無駄に大きい机に両肘を立て、組んだ両手で口が隠れている為にその表情までは伺い知ることはできない。白髪をオールバックのように後ろへ流し、肩の下あたりで緩く纏めているのが見える。

 

「葵が世話になっていたようでのう。」

 

“冬の面接以来ご無沙汰しております”と、シンボリルドルフとマルゼンスキーはアタマを下げた。

 

「そんなこともあったかの。よいよい。七冠という伝説を作りつつ、学生の長としてすべてのウマ娘に道を示さんとする皇帝とマイル最強のウマ娘から乞われれば、それに応えぬというわけにはいくまい。」

 

かつかつかつ、と愉快に笑い、老婆は卓上の扇子をとり、開く。学園にいたとき、どこかで誰かがやっていたことそのまんまの光景である。意外と話の分かるお婆さんなのかもしれない、と気を抜きかけた。

老婆は左腕を肘から卓上に預け、右に持つ扇子で口元を隠し、さっきまでの朗らかな印象とは違う鋭い目つきでシンボリルドルフを射抜いた。

 

「―わざわざ葵をダシに使ってまで、この私に話したいことがあるそうじゃの。もしそれがつまらん戯言だったときには、お前さんたち、わかっておるだろうな?」

 

これだけで並の人間は尻尾を巻いてしまうそうだが、こと彼女らはこの程度では揺るがない。無論、この老婆と比べれば彼女らなど赤子も同然だが、然るべきところで圧を放つという行為そのものは彼女も経験があるからだろう。

 

「よかろう、話してみなさい。」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「―ふむ。言いたいことはわかった。お前さんたちの目指す、およそすべてのウマ娘が満足に競技に参加でき、ケガや故障のないままにやり切って学園や施設を去れるという未来。確かにそれは理想のひとつとして数えられるだろう。それを実現しようとするこれまでの行動力、はこの私を以てしても称賛に値する。―しかしだ。わざわざそれをURAの決定として舵を執ったところで、URAは何を得られるのだ?我々は非営利団体や慈善事業者などではない。出せるカネにも限界と限度があり、それも含めて利にならなければ、どれだけ高く尊い理想であっても現実として叶わぬモノなのだ。」

 

一連の話を黙って聴いていた老婆は、年相応にしわがれた、しかしよく通る声で、冷静に、感情を悟られないように、シンボリルドルフを詰めてくる。

 

「ご安心ください。これが実現されれば、毎年の雑多なタイトル争いはなくなり、それそのものは“URAファイナルズ”に一本化されます。これまでURAの運営のもとで行われていた様々なレース。歴史は競争名と競バ場にて紡がれておりました。しかし今度からは我がURAが直接、その歴史にページを増やしてゆけるのです。今後生まれるであろう伝説的なレース。ドラマチックな逆転劇。ここ、と決めたウマ娘たちのすべてを懸けた戦い。それらすべてに“URA”の名が入るのです。」

 

なるほど、と老婆は少し姿勢を変えて応じた。

 

「主要タイトルをURAの名のもとに統一し、そこに名前を出したがる企業からカネをタカると、そういうことかの?」

 

「そういうことでございます。ウマ娘の人気が続く限り、そこに名前を出したがる企業が絶えることはありません。まして大一番ですから。それこそ青天井に釣り上げても名乗りを上げるところもあると存じます。そしてそれを桐生院の―、貴女の功績にしてしまえば、貴女の地位と富は更に強固で豊かなものとなるでしょう。」

 

ふうー、と大きく息をつき、老婆はコーヒーに手を伸ばした。―なかなかどうしてぎりぎり届きそうにない場所にあったので、シンボリルドルフはテーブルにかけより、それを老婆に手渡してやった。

 

「む、気が利くじゃないか―。お前さんたちの話にゃ賛成だよ。実現性という不確定な事以外は突っ込むところが見当たらないくらいには考えているじゃないか。…だが私はこの組織のトップじゃあない。お前たちと同じ、力は持っていても、より強い力から抑えられる存在なのだよ。さすがにURAの決定事項としてコレを扱うのは、私の手にゃ負えんよ。」

 

ずずー、とコーヒーをすする音が嫌に大きく感じられる。少し話の雲行きが怪しくなってきたか。が、それすらもシンボリルドルフにしてみれば、答えを用意しておくべき事柄。まだ彼女らは、この老婆と対等に話をすることができるのだ。

 

「最悪―、すぐにURAの決定事項とする必要はありません。私はこれを当初は、”現場の総意“として上に議題をもちかけるつもりでした。―そうもいかなくなってしまったので今ここに居るわけですが…。―概ねの学園や施設は、これに賛同しています。しかしながら、中央の説得に難儀しておりまして。」

 

「お前さんたちが最近までおったところだの。」

 

「ええ。そこの生徒会に、当時の私のような後輩がおりまして。その生徒と意見が合わずに、先日、中央としてNOを突き付けられました。ついては、些か強引な手段にはなりますが―。」

 

シンボリルドルフは言いよどんだが、老婆にはその意図は正確に伝わっていた。

 

「あそこは秋川がうるさくてな。せいぜい葵を新人として送るくらいに終わっていたのだ。それをいまさら強引に―、ともなれば、秋川も黙っていないのではないか?」

 

「中央の学園の後ろに着いているモノのことを考えれば、おいそれとは行動に移せないはずです。あそこの生命線を握っておられるのは、間違いなく貴女方桐生院の者たちです。その気になれば理事長の首すら挿げ替えることができるのだ、という意味も暗に詰めることとなります。その裏にいるのは貴女ですから―、中央は貴女が掌握したも同然となるでしょう。」

 

会話はなくなったが、シンボリルドルフと老婆の駆け引きは視線で続いていた。シンボリルドルフはそれに想いの強さを乗せ、老婆はそれを値踏みする。十数秒ほどそうしていただろうか。ふいに老婆は視線を外して口を開いた。

 

「数か月前に入ったばかりの新人とは思えぬ肝の据わり様だ。およそ考えとうもない黒い部分までお前さんのアタマは及んでいそうだの。エサのチラつかせ方も心得ておる。―わかった。さっきも言った通りお前さんに賛成しよう。ただし私にも力の及ぶところとそうでないところがある。お前さんたちのところ―、中央トレーニングセンター学園に人を潜らせ、桐生院のチカラをちらつかせて学園の判断を一度白紙に戻し、掌を返すように仕向ける。URAに話を通すのはそれがすべて上手くいってから。これでよいな?」

 

“ご理解いただけたようでなによりです“とシンボリルドルフはアタマを下げた。

 

「“より良い未来”のため、尽力いたします。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。」

 

再度敬礼し、扉を閉めて引き返す。

 

「なんとかうまくいったわね。アタシは立ってるだけでなにもできなかったケド。」

 

喜ぶマルゼンスキーをよそに、シンボリルドルフはどこか晴れない表情をしていた。

 

「カネの話をすれば必ず転ぶとは思っていた。あのお婆様も、組織の利を考えてご決断なさったのだ。」

 

ホントにそうかしらね、とこぼしながらマルゼンスキーは着いていく。

 

「そういえば、テイオーちゃんとの約束はいいの?“事前通達なく事を進めない”って言ってたじゃないあなた。」

 

シンボリルドルフの脚が止まる。

 

「仕方ないさ。すべて白紙になるということは、そういうことだ。」

 

依然として浮かない顔のまま、シンボリルドルフは自身の拠点へ引き返し、マルゼンスキーもそれに倣った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

若いウマ娘ふたりが扉の向こうへ消えるのを見届けると、老婆は卓上の電話機から受話器を引き上げ、番号をいくらか押した。つながった先は、秘書課だ。

 

「―樫本を呼べ。」

 

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