「なにいいいいっ?!?!?!?!」
トウカイテイオーから事の顛末を聞いたトレーナーは、それはそれは驚いた。
「生徒会副会長にィ?!」
うん。
「お前がァ?!」
うん。
「よりにもよってシンボリルドルフの推薦でェ?!」
そうだよ。
「んなことあるわけ無ェだろ!第一お前まだ中等部じゃないか!」
こんな突拍子もない話をして、にわかに信じられるとは思っていない。
「本当だもン!さっきカイチョーから直接言われたんだよ!」
本当に信じられない。目の前に立っているこの小娘。マジに手のかかるガキのように思っていた―現に手がかかっているが―にもかかわらず、生徒の模範たる生徒会の、しかも副会長になるとは。一体どこに何を見出したんだ、シンボリルドルフよ。
「中等部のうちに経験しておけば、何もかもが判るようになってから動ける時間が長いからいいんだって!あとなんかね、ボクの学園生活に、なんだかとっても感動してたみだいだよ!だから直接ボクを指名したんだってさ!」
「学園生活ぅ~?」
言いながらテイオーの頭をぐりぐりする。
「あだだだだだだだ!痛いよぅ!やめてよぅ!」
ぐりぐりしながらしばし思案する。
確かに、幾度の怪我による挫折を経験し、それを乗り越え、結果として栄冠を掴んだウマ娘はそういない。(ね゛えーっ!痛いんだけどおー!)まして、生徒会室に出入りし、トレーナーの真似事をし、それらの視点から学園を、ウマ娘を、トレーナーを見れるほどの逸材で、シンボリルドルフの秘蔵っ子ともなれば、確かにテイオーしかいないのも充分にうなずける。(も゛おー!やめてってばあ!)
うまくすれば確かに学園にとってよい影響を及ぼすのは間違いない。だが、本当にそれでいいのか。脚の具合はかなり長くかかるにしても―、走れなくなるわけではない。時間をかければ、その分だけ、全力に近い速さで芝を駆けることができるようになるはずなのだ。
「なあテイオー。生徒会に入るってことがどういうことか知ってるか?シンボリルドルフみたいな奴は例外中の例外。あとの連中も化け物ぞろいだから、実績を残しつつ仕事もこなせたんだ。並みのウマ娘じゃあその仕事に忙殺されてトレーニングどころじゃねえ。エアグルーヴだって、生徒会に入った年からレースは天皇賞とジャパンカップ、それに付随するものだけにとどまってんだろ?二兎を追うものは一兎も得ず。シンボリルドルフクラスの化け物じゃなきゃ、二兎は得られねーんだよ。」
―わかってるよ―。
ぐりぐりの間、両こめかみを真っ赤に染めて、それでも視線だけは強く、テイオーは言い切った。
「ボクね、カイチョーにどこまでも見透かされていたみたいなんだ。実は有マ記念で燃え尽き気味だったこと。最近は、今やってることもこれはこれで面白いと思ってること。そして今度は、ボクじゃない誰かを、あそこまで導いてやりたいって思ってること。―ぜんぶ言われたうえで、その場所を用意してやるって言われたんだ。断れるわけ、ないじゃん。」
―なるほど。いつか菊花賞を走らせてくれとねだってきたときと同じ眼をしている。
こうなったトウカイテイオーはてこでも動かない。
「―お前、本当にいいんだな?レースみたいに《やっぱり出るのやめます》ってのは通じないんだぞ。俺はお前に、―次の秋、天皇賞を獲ってほしくて…。」
大丈夫だよ。テイオーは言い切った。
「ボクは帝王。皇帝の名を継ぐモノさ。半年くらいなら―、頑張れるよ、ボク。トレーナーに、最後で最高のプレゼントを届けるよ。約束する。」
「お前菊花賞の時も同じこと言ってたよな。俺は忘れてねえぞ。」
むくれるトウカイテイオーにデコピン一発。
「むぅーっ!なんだよそれえ!1年半も前のこと引きずるなんてトレーナーも女々しいよぅ!」
「話は最後まで聞け馬鹿野郎。」
もう一発。あぅっ、と顔を絞るテイオー。
「まあ、だからその、なんだ。次はしくじるなよ。」
次はしくじるな。
その言葉の意味するところ。次は勝て、と言われたようなものだ。
「うん、わかった。ありがとうトレーナー。ボク、頑張るから!」
テイオーは走り出した。今までとは少し違う、新しい道を。整備されたターフの上を駆け抜けるのではなく、先の見えぬジャングルをゆっくりでも、自分で切り拓くことを選んだ。けれども、トレーナーが見送るその背中は決意に満ちており、こころなしか大きく見えたので、蜃気楼かなにかの所為にしておいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「生徒会、ですか。」
夕刻。陽はそれなりに傾いている。テイオーは、マックイーンを呼び出して、今日あったことを話していた。
「うん。4月から正式に任期が始まるんだけど、それまでにもナリタブライアンからいろいろと教えてもらうんだ。」
そうですの―、と僅か思案し、マックイーンはその視線をテイオーに合わせた。
「でも貴方、秋の天皇賞はいいんですの?そこで勝利して復活するはずでしたのに。」
まあ、聞かれるよね。そう思った。
「秋の天皇賞まではボクも頑張るよ。もともとトレーナーと約束してたしね。それからのことは―まあ、なるようになるさ。」
かっとなったマックイーン。思わずテイオーの肩を両手でつかんでしまった。
「なるようにって―、貴方、レースはどうなさるおつもりですの?!貴方の脚は―、たしかに時間はかかるかもしれませんけど、元の輝きは取り戻せるはずでしょう?!なのに―ッ!」
その腕に次第に力が、彼女のテイオーに対する重いが募ってくる。
「私は―、私は貴方と、もう一度走りたかったのに―ッッッ!!!!」
痛いよマックイーン、という言葉にようやく我を取り戻し、彼女はゆっくりとテイオーから離れた。
「申し訳ございません。頭に血が上ってしまいましたわ。」
大丈夫、気にしないで―、言いながら、着衣の乱れを正している。
「まあ、生徒会に入ることとレースを引退することはそのままイコールってことじゃないよ。カイチョーだって毎年ジャパンカップか有マ記念には出てるし、ナリタブライアンやエアグルーヴも、ココと決めたレースは絶対に調整して出てくる。たしかに一線は退いたような感じになってるような気はするけど、それでもみんなツワモノじゃん。ボクだって、そりゃ今までと比べれば出られる回数は限られてくるだろうし、シニア三冠なんて夢のまた夢になるだろうけど、走れないよりはマシだからね。」
しゅんと耳を折ったまま、マックイーンは話を聞いている。テイオーは、それをあやすように、話を続けていく。
「ボクはねマックイーン。あの有マ記念を昨日のことのように思い出す時があるんだ。ボクが今まで生きてきた中で、あの日ほど燃えたことはなかった。命を、魂ごと燃やし尽くしたあの日。正直言えばね、あの日を最後に、ボクの魂はどっかいっちゃったような気がするんだ。」
「またまたまたまた脚を壊してまともにトレーニングができなかったのはかえってよかったのかもしれないね。リハビリをしながら。トレーナーの手伝いをしながら。生徒会室でカイチョーたちとお喋りしたり、雑用を手伝ったり。まだひと月とちょっとしか経ってないけど、ボクのなかで心の整理をつけるには充分な時間だったよ。やりたいことも見つけたしね。」
やりたかったこと―?
「ボクはカイチョーと同じ道を往く。カイチョーが今まで気づいてきたものを、ボクはボクのやりかたでより良いモノにしていきたい。そう思ったんだ。」
気が付けば下を向いて震えていたマックイーン。しかし、ずびっ、という音とともにその震えは止まった。勢いよく上を仰ぎ見、ふう、と長――――――く息を吐く。
「まったく、しょうがありませんわね。―では、私も秋の天皇賞に出ることに致しましょう。貴方の最後、お互いに全力で。有終の美なんて飾らせませんわ。マックイーンに負けたからもう一度走る、と言わせて見せますので、覚悟あそばせ。」
両手を腰に当て仁王立ち。精一杯の強がりだった。しかしながら、下を向いていた《痕跡》は消えておらず、その胸の内はテイオーに筒抜けかもしれない。
「うん。そうだね。楽しみにしているよマックイーン。―もしボクが勝ったら、そのときはひとつ言うことを聞いてもらおうかな。」
いい度胸ですわ、何なりとお申し付けくださいまし。―長く伸びた、美しい芦毛を翻し、マックイーンはその場を後にした。最初と違い、そのカオには穏やかな笑顔を湛えて。
窓から夕陽の光が零れてテイオーに届く。本来なら外で汗だくになりながら芝を走っていてこれに気付く余裕など無い。だからこそ、テイオーは今この夕陽を心から美しいと思うことができた。