トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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年内はこれで最後になるかもしれません。


理事長室での攻防

エアグルーヴら生徒会の頑張りもあり、今年のトレセン学園夏合宿は特に目立ったトラブルもなく終了し、生徒諸君は無事に学園に帰ってきた。それを理事長は大いに喜び、その礼として生徒会役員と各寮長に一週間の休暇を与えて報いた。

 

―が、彼女らにとって休暇とはそれすなわち休みというわけではない。何を言っているかわからないと思うがつまりはそういうことだ。これを機にエアグルーヴとテイオーはナリタブライアンや各寮長、メジロマックイーンにその業務を任せ、かつてシンボリルドルフがやったのと同じように、各地の学園や施設に連絡して、意識の調査と講演をする段取りを組んだ。実際に赴くのはテイオーの天皇賞を待ってからになりそうだが、むしろそのほうが都合がよい面もいくらかある。

 

「―よし、これで主要な施設にはすべてアポを取ったな。少なくとも二週間は全国を文字通り飛びまわることになる。覚悟はいいかテイオー。」

 

「わかってるよ。天皇賞で周りの感情を動かす走りをしないとそれもかなわなくなるからね。ボク、トレーニングしなくちゃ」

 

まだ時間はある。シンボリルドルフが何を考えているのかまではわからないが、あるいは樫本に任せっきりにしているのか知らないが、“向こう”はあれ以来目立った動きはない。電話を置いたエアグルーヴと共に、それに伴う移動費や宿泊費などの試算をし、ちょうどそれが紙になったところで、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

 

「エアグルーヴ!テイオー!」

 

焦った表情のナリタブライアンが息も絶え絶えに飛び込んできた。

 

「い、今すぐ理事長室へ行くんだ!大変なことになったぞ!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

ノックする暇も無く、理事長室の扉を開け放つ。テイオーの眼前には、苦悶の表情で立ち尽くす理事長と、それに相対する樫本の背中。両者の視線は、卓上に置かれた1枚の紙に注がれていた。

 

「エアグルーヴ―、テイオーもか」

 

扉の音に気付いた理事長が視線だけエアグルーヴらを捉える。鮮やかなサファイア色の瞳は、なんだかひどく濁っているように見えた。

 

「―ああ、あなたたちもいらしたのですか」

 

それに釣られた樫本も背後に迫る気配を感じ、扉の方を振り返った。

 

「ちょうどいい。あなたたちも来なさい」

 

これまでにないひどく冷たい口調で、樫本はエアグルーヴらを机に寄せる。いわれるがままに机に寄った彼女たちが見たものは、かつてみんなで力を合わせて作ったシンボリルドルフへの宣戦布告。その紙束がそこに置かれていた。

 

「中を見てみるといい」

 

いまだ苦悶の表情の理事長に促され、テイオーがそれを取り、ページをめくっていく。―違和感はすぐに生まれ、それはページをめくるごとに確信に変わっていった。

 

「―なんだよ、これ」

 

進むごとにテイオーの手が震える。横からのぞき込んでいるエアグルーヴも沈痛な表情を湛えている。

 

「―なんなんだよ、これは!」

 

ついに何かがキレたテイオーは激情に駆られるままそれを床に投げつけてしまった。バチンという音をたてて資料が叩き付けられる。

 

「見てのとおりよ」

 

叩き付けられた資料を拾い、ほこりを払って乱れを正す。すぐに元の状態に戻った。

 

「例のシンボリルドルフプランに対して、我々日本ウマ娘トレーニングセンター学園はこれをもって賛同します。これは私が私の権限で決めたことです」

 

改めて突き付けられた現実にテイオーのボルテージはますます上がっていく。

 

「そんなっ―、そんなこと通るもんか!ここで一番エラいのは理事長なんだぞ!理事長はこないだ反対だって言ってたんだ!なんでそれが今になって覆るのさ!」

 

その言葉に反応した理事長の肩が跳ねる。たしかにこの学園の最高権力者は秋川やよい理事長その人なのは間違いない。しかしそれはあくまで“立ち位置”の話であり、実際は少し異なる。たとえば、幹部扱いとはいえ階級としては少なくとも理事長よりは下である樫本はURAからの出向を命ぜられている人物。つまるところ、この学園の運営に金銭面で大いなる影響があり、それと同じくらいURAにも影響力のある“桐生院”の力と向かい合っているも同義なのだ。学園内での立場は理事長のほうが上であっても、樫本を押さえつけることはできない。

 

「通りません。あなたたちに大人の汚さを見せるようで少々心苦しいのですが、私はもともとURA―、桐生院の御婆様よりそう仰せつかっていますから。これが私の仕事なのです。悪く思わないでください」

 

「悪く思うにきまってるじゃないか!それに、こんなやりかたじゃダメだよ!―そりゃあ、最後はどうなるかわかんないけどさ!カイチョー…シンボリルドルフだって“最後はウマ娘の意思による”って言ってたじゃないか!おねえさんのやりかたはそれに反してるよ!」

 

ますますいきり立つ。そのボルテージはとどまるところをしらず、ついにテイオーの顔は真っ赤になり、涙さえ浮かべる。―樫本はその“やり方”については共通の認識がある、というテイオーのいわば“逃げ道”を折にかかった。

 

「反するもなにも。この話はそのシンボリルドルフから桐生院の御婆様になされたものなのです。URAのだれかを学園に送り込み、半ば強制的に、表面だけでもその意見を変えると」

 

「えっ―」

 

テイオーの表情が凍り付く。魂の抜けかけたのを感じたのか、エアグルーヴが横からテイオーの体を揺さぶって現実に引き戻す。

 

「落ち着けテイオー。事の争点は会長の信念がそこにあるかどうかじゃないだろう。話し合うべきことをもう一度思い出せ」

 

その言葉でテイオーはいくらか冷静さを取り戻した。荒くなった鼻息までは収まるのにいくらか時間をかけてしまったが。

 

「―それで。“ソレ”、いつURAにもっていくつもりなのさ」

 

「私の任期は秋―、11月の末になっています。それと同時に提出しますね」

 

11月の末といえば、例の全国行脚を終えたあとになる。様々な伏線も張れるだろうし、存外に時間は残されているようだ。

 

「ですが。その旨の連絡自体はもう済んでいます。決定事項ですから」

 

「んな―っ、」

 

再びテイオーが凍り付く。

 

「待て、待ってくれ」

 

今までじっと沈黙を守っていた理事長がついに口を開いた。

 

「いくらなんでも私を放置して話を進めすぎだ。いいか、この学園の理事長は私だ。ここで最も立場が上なのも私だ。私の判断はそれすなわち学園の判断となる。まずこの資料のURA関連機関への提出を私は認めない。なぜならそれは学園の判断ではなく特定の個人の意思によるものでしかないからだ。続いて樫本理子君。君の立場から理事長である私に事の決定を強要することは越権行為に他ならない。それは君がURAから寄越された人間であったとしても―いや、そのような人間ならわきまえて当然のことだ。確かにURAからは多大なるご支援賜っているが、それと君は何の関係もない。今回の件はURAに正式に抗議させていただく。君の処分については、君の所属先が決めるだろう。―何か言いたいことはあるか?」

 

理事長の言い分も筋は通っている。しかし、そういう認識であるなら、もっと早い段階から樫本の動きは察知できていただろうし、触らせまいとするところは触らせぬことだってできたはずだ。そもそも樫本の着任を拒否することだってできた。だのにそれをしなかった、できなかったということは、やはり組織同士の軋みを嫌ってのところがあったのだろう。が、この学園を、実際にレースを走りもしない大人たちの都合の良い舵取りの材料にされないように、ウマ娘たちが自分で選んだ道を進めるように、こうして口火を切らざるを得なかったのかもしれない。

 

「ぐ―、し、しかし私は、これを職務として―!」

 

狼狽える樫本の喉元を捕らえようと、理事長の青い瞳がギラリと光る。

 

「ひとついいことを教えてやろう。組織を動かすには、まず下の者から好かれなければならない。そうすれば、極端な話ちょっと悪いことでも、“この人になら着いて行っていいか”という気持ちが生まれるものだ。URAだってまさか君がここまで強引に事を進めにかかるなどとは思うまい。君だって最初はそうだったろう。ウマ娘と接したことがないから、この夏だって片っ端からウマ娘たちと話し込んでいたじゃないか。私はそれを見て確かに”話せばわかるかもしれない“という気持ちを抱いたのだ。なのになぜ、こと今日になってわざわざ急ぐような真似をした?」

 

う、と小さく呻いたっきり、樫本は二の句を告げなくなって立ち尽くすほかなかった。

 

「飼い猫に手でも咬まれた気分か?―まあいい。さっきも言ったが学園としてこの資料の提出はしない。依然として、先日生徒会より出されたものを支持する。…樫本君、今日はもう下がれ。待ってるから、一日頭を冷やしてまたここに来るんだ」

 

無言で一礼し、樫本は理事長室を去っていった。ぱたん、と弱弱しい音を立てて扉が閉まる。

 

「―理事長」

 

ふう―と、ため息とともに机によりかかる理事長をエアグルーヴが助け、なんとか元の椅子に座らせた。

 

「すまない。私にできるのはここまででしかない―。もしこの件についてURAから何かあれば私にはなにもできない。今回の樫本の暴走についても何ら苦情を入れることはできない。学園という組織を守るためだ、許してくれ―」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

理事長の戦う姿を見たテイオーの目には光が宿っていた。

 

「ボクたちのすることはもう見えている。あとはそれをがむしゃらにやるだけさ。それがうまくいくまでは理事長に守ってもらわないといけないけどね」

 

にしし、と笑うテイオー。

 

頼もしいな、と理事長も笑みを返す。

 

「私たちが始めたことです。私たちでできることは私たちでやらせてください」

 

という言葉とともに、エアグルーヴは先ほど作った“あいさつ回り”の試算表を理事長に提出した。数か所に分かれて細かいところまでびっちり計算がなされている。

 

「これは、参ったな」

 

学園の最高権力者は苦笑した。

 

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