テイオーステップ強そうだなって思って短距離テイオー考えてるんですけど
短距離のスタミナで春天とか無理くないですか???????????
URA本部。樫本は久しぶりにその部屋を訪れていた。桐生院の老婆とを隔てる扉が開かれ、約二か月ぶりに対峙する。
「こんな朝っぱらから客人かと思えば樫本か。事の首尾はどうなっとるのか?」
相変わらず、顔の前で手を組んでいるためその表情をうかがい知ることはできない。とはいえ、ギラリと欲深く光る瞳が樫本を捉えているらしいということは、樫本が受けている威圧感から察することができた。
「はい。向こうの中心となっているウマ娘は生徒会副会長のトウカイテイオー。彼女の求心力は私が想定していたよりもずっと強く、いまや学園全体が「クラシック撤廃に反対」している状況といえます」
中央の生徒会長はエアグルーヴというウマ娘だった。前年度はシンボリルドルフのもと副会長職に居たということもあり職務の習熟度はアタマひとつ飛び抜けている。比べて現副会長のトウカイテイオーは正式にその任を引き継いでからまだ4ヶ月そこそこ。いくら本人の実績とシンボリルドルフ直々の推薦という後押しもあれど、昨年度より引き続き現職のナリタブライアンや会長職へ進んだエアグルーヴらに比べるとどうしても2歩、3歩劣る。
が、当のトウカイテイオーには寮長にも、ナリタブライアンにも、ひいてはエアグルーヴも持ちえなかった“カリスマ”がある。学園から巣立っていったシンボリルドルフ。後に残った現職らが唯一得られなかったものを彼女は持っている。きっとトウカイテイオー自身はそれを気にもしていなかっただろうが、今回の一件でその才覚はその花弁を開き始めた。どう転んでも、トウカイテイオーというウマ娘の器は大きくなる。そんなことを樫本は予感した。
げに恐ろしいのはシンボリルドルフである。そうなることを“予測して”、あえてトウカイテイオーを生徒会に引き込んだのだろう。実際、彼女が在位していたときの生徒会といえばシンボリルドルフであった。彼女が白といえば学園は白く染まり、彼女が黒といえば、他のすべてが白であったとしても真っ黒になった。それが彼女の“カリスマ性”だった。事実シンボリルドルフの”鶴の一声“で決まったことも多ければ、彼女が決めたことに盾突くものなど誰一人居なかった。シンボリルドルフは”生徒会長“で”皇帝“であった。
そしてシンボリルドルフは考えた。自らがこの学園から旅立った後、それを引き継いでくれる者はいるのか、と。エアグルーヴやナリタブライアンは確かに優秀な右腕左腕だったかもしれない。しかし、シンボリルドルフにとっては“そこまで”で、“それ以上”まで踏み込んでは来なかったエアグルーヴらになにかしらの“物足りなさ”を覚えていたのだろう。そこで、その“足りない”部分を補える存在を探していたときに、ある意味では非常に特殊な立ち位置にいたトウカイテイオーの存在が目に留まった、ということらしい。―以上、アグネスデジタルの生徒会室談義から抜粋。
「―なるほど。秋川が信頼を寄せるだけのことはある」
「そうして、一度大胆にURAの力を振りかざして方針の撤回を求めたのですがこれも秋川理事長により却下されました」
ふうー、とキセルの煙を吐き出し、桐生院の老婆は背もたれに上半身を預け天井を仰ぐ。
「その話は秋川からすでに聞いている。お前さんもまだ青いの。周りの信頼も得ずにそのように大きく出てどうする。ただでさえ中心人物からは不信感を抱かれているのに、更に大きくしただけだ。順番を間違えちゃいかんよ、順番を」
申し訳ございません―と樫本は頭を下げた。あの行動はあまりにも突飛で、早計で、慢心もいいところだったとさんざ自身を戒めていたところだ。至極当然、あたりまえの言葉が樫本の心を次々に射抜いていく。
「まあ―、過ぎたことをとやかく言うてもしょうがあるまい。ついでに言っておくがの、これはURAがどうのという話にはまだなっとらんのだ。今のところはあくまで私の我儘という範疇に収まっているということを忘れてはならんぞ。目先のことだけ考えて権力を振りかざすのは誰にだってできる。―しかし、それから一手先、二手先を抑えたいのなら。最後に笑っていたいのなら。勝ち方を考えなきゃならん。そしてそれを考えるのは私の役目だ、樫本」
「は、はい」
のど元に刃物を当てられたような冷気めいたものを感じ、樫本の姿勢は自然と正される。
「わかったら学園へ戻れ。お前さんはもっとウマ娘と触れあったほうが良い。なぜシンボリルドルフがああまでして己の宿願を果たしたいのか。なぜトウカイテイオーがそれを阻むのか。それをしかと理解したらまたここへ来るがよい」
樫本の深い一礼とともに、老婆の部屋を隔てる重厚な扉は閉ざされた。樫本を見送った老婆は、扉が閉まると同時に秘書課へ電話を掛けた。
「シンボリルドルフを呼んでくれんかの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「シンボリルドルフさんがいらっしゃいました」
朝独特の空気に眠気を誘われていた桐生院の老婆だったが、秘書からの声掛けでその意識を取り戻した。どんな人間でも、時間というものがある限り老いから逃れることはできないのだ。
「入れてやれ」
開かれた扉の向こうに立っていたシンボリルドルフは、始業前に呼び出されたにも拘らずぱりっとした身なりをしており、先ほどの老婆のような眠気など全くないような振る舞いだった。
「おはようございます。桐生院相談役」
一歩前進し部屋へ入って、びっ、と音が鳴るかのような動作で一礼するシンボリルドルフ。それは非常に洗練されていて、ため息すら漏れるほどの美しさだ。
「すまんの、突然呼び出して」
「いいえ、私は常に始業の一時間前には来ておりますので」
そんな時間に来て何をするというのか。ふんと鼻で笑い、朝の挨拶もそこそこに桐生院の老婆は本題を切り出すことにした。
「そうか、感心するのう。―それで、例の件だが」
シンボリルドルフの表情がすこしだけ硬くなった。
「学園に潜り込ませていた樫本の奴が暴走してしくじってな。まあ引き続き学園内に潜らせてはおくのだが―。秋川の意思は存外に硬い。正直なところ、いくら桐生院といえど中央の方針を曲げるのは難しくなってしもうての。次の手を考えねばならなくなってしまった」
「そうですか―」
想定外のバッドニュースにシンボリルドルフは少しだけ動揺した。捻じ曲げられると思っていた中央の意思がそうはならない。桐生院の力をひけらかして迫れば“話の分かる”理事長はすぐに折れると思っていた。なににしても学園を守るためにそう判断すると思っていた―のだが、理事長は覚悟を決めているらしい。桐生院の思惑に反してでも、自らの教え子の意思を尊重し、それを守るつもりのようだ。
「極論になってしまいますが、具体的に中央へ何かしらの制裁を加えるなどといったことはできないのですか?」
吸い切ったパイプを灰皿の上に置いて桐生院の老婆は笑った。
「バカを言え。そんなことをしたら中央のウマ娘たちはどうなる。我々の“すべてのウマ娘のために”という根本の存在意義を忘れてもらっては困るぞ」
「そうでした―」
苦笑するシンボリルドルフ。
「では、どうなさるおつもりで?」
老婆は新しくパイプに葉を詰め、その煙をたっぷり吐き出した。
「お前さんの思い描く理想への時間的な猶予は無いのだろう?だったら、当時の“全施設、学園の賛成を得た”のではなく、“9割の賛同を得た”などにしてURAへ持っていく他なかろう。時間はない。お前さんや私たちが中央を引き入れようと時間をかければかけるほど、向こうも他の施設学園を味方につけようとするはずだ」
最適解といえば最適解だった。どのような意見にしろ、全国的な賛同が9割という時点でURAの審議に掛けるに足りうる。残り1割の影響力は大きいのかもしれないが、絶対数で見れば1割は1割にすぎない。だったら、その1割を無視してしまえばいいじゃないかという話だ。URAとしてもとりあいはしないだろう。
「そうですね―。どのみち、URAの決定というところまで漕ぎ着けさえすれば同じですから」
「そういうことさ。樫本には中央の生徒会が不穏な動きをしないか監視させておく。お前さんはそれを紙にするのを急ぐんだね」
「はい。秋の盾までには、必ず」