この ウララに あの娘の ように
白いスキル つけてください
中京の坂に 登山家広げ 差して行きたいよ
ブロックのない 自由な大外へ 直線一気はためかせ 往きたい
9月。樫本はあれ以来、生徒会の担当としてその活動の“助言”を行うという立ち位置に収まった。エアグルーヴらが何かしらの行動を起こすたびに、樫本はそれに付いて回る。―ということは、彼女らの一挙手一投足はURAに―桐生院に筒抜けも同然なのだ。今日も、寮長含め役員全員が集まる生徒会室の隅で樫本はキーボードを叩いている。
「テイオー、少しいいか」
エアグルーヴが席を立った。少し遅れてフジキセキもそれに倣う。
「え?ああ、うん」
誘われるがまま、テイオーはふたりと一緒に部屋を出た。隣の空き教室へ連れていかれる。ガチャリ、という音と共に、フジキセキは入った扉に鍵までかけた。
「ず、ずいぶん手の込んだお誘いだね。ボク、なにかしたかな?」
肩をすくめてエアグルーヴはため息をついた。
「バカ。ふざけてる場合か。―実はな、定期的に行われる各施設や学園の交流会みたいなのに私とフジキセキは出たことがあるんだ。全員とまではいかないが、それに参加していた生徒の連絡先を控えていたんだ」
「へえ、それで?」
エアグルーヴは頭を抱えてそれきり喋らなくなってしまった。仕方なしにフジキセキがそれを引き継ぐ。
「テイオー…。まあそれでね、こないだの宝塚記念でエアグルーヴと一緒に芝に降りたら久しぶりに再会したものだからさ、昔話に花が咲いてね。そこで今の問題について訊いてみたんだ。そしたら驚き。その娘は、そんなことになっているなんて知らなかったんだ」
テイオーは首をかしげる。
「知らなかった―って、どういうこと?カイチョーは日本全国津々浦々、施設と学園を回って賛同の意見をもらってきたんじゃないの?」
こめかみを押さえつつではあるが、エアグルーヴが会話に戻ってきた。
「それはたぶん間違いないだろう。問題はそのやり方だ。以前桐生院トレーナーが言っていた“ほぼすべての施設、学園に桐生院の息がかかった者がいる”ということが事実ならば、会長の“お話”を受けたのはそういった人物だけだという可能性がある。彼らからしても、わざわざURAが使者まで寄越してしてくるような話だから、秘匿に秘匿を重ねて内密に事を済ませることだって十分にあり得る」
「だから、私たちはその生徒や、連絡先が残っている他の生徒たちに口頭やメールでその問題のことを話して、周りの認識をもう一度聞き取りで洗いなおしてもらったんだ。まずこの問題を知っているかどうかと、それについてどう思うかっていう意見を集めてもらった。すべての答えが返ってくるまでにそれなりの時間はかかったけど、昨日やっと出そろったんだ」
フジキセキがスマホの画面をテイオーに見せてきた。
「全員に聞き取れたわけじゃないらしいから正確な割合まではわからないけど、まず100パーセント言えることは、クラシック存続の問題自体を生徒が把握していなかったことだね。これはほかの施設や学園の私たちみたいなポジションにいるウマ娘ですらそうだったらしい。それで肝心の生徒たちの意向だけど、これもココと同じだね。大体8割くらいがクラシック廃止に反対している。理由も似たようなものだった。もちろんこれはただのメールで、正式なものではないしそれを作る時間もない。けれど―」
「それをもとにURAを突くことはできる。そうだろ?」
エアグルーヴの問いかけに、テイオーは力強く肯いてみせた。
「そうだね。こんなやりかたじゃあURAの指標の“すべてのウマ娘のため”にならないからね」
「ああ。我々競技する側の想いを無視してはならないからな。だが、それを強く伝えるにはもうひとつ足りない。我々はあくまで“個”であるからだ。その足りないものを補うために―、“ウマ娘の総意”を施設や学園によらずに強く表すために、より施設間、学園間のつながりを強固にしたほうがいいと思われる。いちばん良い方法として―、」
これだ、とエアグルーヴは懐から数枚の紙を取り出しテイオーに差し出した。
「日本、ウマ娘競技連合―」
最初のページにはそう書かれてあった。数ページに及ぶそれをテイオーはさっと読み上げる。
「会長が生徒会に入ったときからずっと進められていた計画だ。URAから下される判断は所詮URA目線でしかない。そこで、私たちは私たちで、私たちのためによりよくなるよう競技、トレーニング、生活の環境を見直していこうという趣旨で、会長はそれを立ち上げようとなさったのだ。色々あって結局会長の任期中にその発足は叶わなかったが、すでに準備はほぼほぼ完了している。他の施設学園への根回しは昨年会長がすべてなさっている」
―日本ウマ娘競技連合―
URAや施設学園によらず、実際にレースを走るウマ娘で構成された連合で、設立された暁には各施設、学園の生徒会役員に相当するウマ娘たちがそれに属することとなる。彼女らは、自分たちが走るレースやそれに至るまでのトレーニング等の環境を様々な面から観察し、改善できそうな点を出し合い、各施設、学園の長やURAに上申することをその役目とする。性質上、連合の意思は即ち競技に携わるウマ娘の総意ということになるので、各員は自身の属する組織内で常に意見の調査等を行い、漏れや虚偽のない報告をしなければならないという責任が負わされる。
「なるほどねえー、カイチョーはそこまで考えてたんだ。―でも、仮にこれができても、クラシック存続については意見を集めないといけないんじゃない?」
おそらくシンボリルドルフによって書き足されたであろう手書きのメモを見つけて微笑しながらテイオーは話を進めていく。そう、使えるものはこのさい何でも使ったほうがいいのだ。
「それはさっき見せたメールの内容でなんとかなるでしょ。まあ二割の撤廃賛成の意見に関しては―、どうにかしなきゃいけないけど」
個人の益より全体のそれを取る選択のほうがいいに決まっている。そう考えれば、少なくとも競技する側からすればクラシックは継続すべきという認識に統一されるのは明らかだ。しかしながら、その残った“個人”のことを考えると、テイオーはなんだかよくわからない気分になるのだった。
「―わかった、やってみよう」
それでも前に進まなければ事は動かない。力強くテイオーは頷き、エアグルーヴもそれに応えた。
「よし、では私とフジキセキ、ナリタブライアンで全国の施設学園に連絡を取り、明日までに代表者を決めさせる。話自体は昨年会長が通しているはずだ。昨年の生徒会長が居ないような施設や学園も、説得が難しいということはない。それがそろったら―」
全国といってもちゃんとURAから公認を得ている施設や学園は15程度しかない。そこに属していなければレースに出ることは叶わないので、連合とは実質15の施設や学園の代表からなる組織となる。
「了解だよ。―それで、ここの代表とかはどうするのさ?」
「そうだな。中心となるのはここになるのは間違いないだろう。だから、全体の代表はここの生徒会長である私がやる。次いで、中央の生徒代表としてテイオー、お前が入ればいい」
そう、わかった―、とテイオーは頷いて、席を立った。
「そろそろ戻らないと樫本さんに怪しまれちゃうね。―あとさ、その“連合”っていうのダサくない?」
先に扉に向かおうとしていたエアグルーヴだったが、その言葉を受け、呆気にとられて固まってしまった。
「なんかいい名前、考えておいてよ」
扉の鍵を開け、テイオーはいちばん乗りに生徒会室へ戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―ああ、そうだ。だから明日、最悪明後日までに代表者を決めてくれないか。急な話ですまないが、よろしく頼むよ」
その日の暮れ、エアグルーヴとナリタブライアン、フジキセキは生徒会室に残り、各々に割り当てられた施設や人物に電話をかけていた。直接かけたり施設学園を経由したり、とにかくいろいろな手段でそこの生徒のトップと話をした。昨年のシンボリルドルフの根回しは成功していて、設立するならば協力は惜しまないという嬉しい回答に恵まれた。
受話器を下ろし、ひと呼吸入れるエアグルーヴ。ナリタブライアンもほぼ同時に受話器を置いていた。
「意外とすんなり進むもんだな」
背もたれに寄りかかり、椅子の前足を浮かして遊びながらナリタブライアンが話しかけてきた。
「ああ。嬉しい限りだ」
コーヒーを飲みながらエアグルーヴは答える。電話を掛けながら、応援の言葉を貰いながら、いつか見た理想の光が、彼女の前に再び灯った気がしていた。
「なあ、ブライアン」
「あ?」
「いつかお前は私に“エアグルーヴの理想は何だ”と言ってきたのを覚えているか」
少し考えこんで、ナリタブライアンは姿勢を戻しそれに答えた。
「知らんな。覚えてない」
そうか―、としょげるも、言いたいことを言っていないのですぐにナリタブライアンに視線を戻すエアグルーヴ。
「では勝手に話させてもらうが―。こうやってウマ娘みんなのためになるようなことに力を尽くしていること。それが、理想を失った私の、もうひとつの進むべき道ってやつなんだろうなって、これに感じたんだ。誰かの腕に収まらず、自らの意思で取り組んでいく。あの人はきっとそうしてきたんじゃないか。誰かの影はもう追わない。私はここで、私にやれることに全力を尽くすさ」
シンボリルドルフはエアグルーヴにとって理想だった。
その理想の右腕でいられることこそ、エアグルーヴにとって至上の喜びだった。しかし、時が来て理想はエアグルーヴから去り、右腕は付くべき本体を見失った。そして右腕はそのままに、本体の役目を担ってしまった。本来であれば左腕として存在するトウカイテイオーが、気が付けば左腕のみならない存在感を出し始めていた。そうして本体を錬成したトウカイテイオーの右腕に成り下がるのは、エアグルーヴのプライドが許さなかった。
しかしエアグルーヴは気づいたのだ。自分にもまだできることがあると。今直面している問題に、自らが能動的に動くことができることに。
女帝の輝きは泥の中から咲く誇り。理想を失い、自らが何者かすらわからなくなり、あえぎ、もがき苦しみ、ようやく見つけた光。それが今こうして実を結んだ。自分が何をすべきか見つけたその瞬間、エアグルーヴは誰かの右腕ではなくなったのだった。
「―はン、そうかい。そりゃよかったな」
顔を逸らし、コーヒーをすするナリタブライアンの口角は確かに上がっていた。