トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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理想の反対は理想

秋。テイオーは来る天皇賞の為追い込みに入ったので、例のウマ娘競技者連合はおもにエアグルーヴ主導、ナリタブライアンやフジキセキの助けのもとで、あくまで秘密裏に立ち上げられた。前生徒会長のシンボリルドルフが温めていたプランを引き継いだカタチにはなったが、そのおかげで根回しなどはエアグルーヴが思っていたよりもはるかに進んでおり、組織として成り立たせるのに難くなかった。あとは、これに“実なる力”を持たせるために、秋川理事長のお墨付きを貰いに行かねばならない。ナリタブライアンと連れ立って、エアグルーヴは座学が始まる前から理事長室前に居た。

 

「―それで、この“U-NION”という名前は誰が考えたのだ?」

 

その十数分後、理事長室前。少し遅れて来たら、すでに部屋の前に立っているエアグルーヴとナリタブライアン。何事かと招き入れ、神妙な顔つきで紙束を差し出すふたりを前に、理事長はそれを読みながら呟いた。

 

「発案はトウカイテイオーです。私は“日本ウマ娘競技者連合”のままでよいと思ったのですが、なんとなくダサいという言葉を受けまして。―まあ、それを考えたのは私ですが」

 

「何か意味はあるのか?」

 

「頭文字をもじって何かしら意味の通ずる文章にしたつもりはございません。“連合”の意味を持つ言葉“UNION”から”ウマ娘“の頭文字を強調しただけです」

 

理事長の疑問にはエアグルーヴが対応する。去年シンボリルドルフからやる気が下がる程聞かされてきた話だ。まして自らが作り上げた組織、今更何を聞かれたところで答えられぬものなど無い。

 

「―それで、私たちがその名のもとに今回の件―、クラシック存続に向けて動くのはほとんど決定事項なのですが、その、それだけではやはり足りないと申しますか…」

 

ここにきてエアグルーヴは言いよどんだ。理事長にとっては寝耳に水。寝て起きたら部屋の前に面倒な話が並んで彼女を待っていたのだ。これ以上短い時間で理事長のアタマを使わせたくない。そう思ったのだろう。

 

「なに今になって芋ってんだ。どうせ遅かれ早かれなんだろうが。―理事長、私たちが動くのは今すぐにでも動けるけど、現状のままだと何をしたところでそれはウマ娘の我儘にすぎない。人間たちが座り込みやありきたりなデモをしたところで根本的な解決には至らないのと同じだ。そこで、急な話で恐縮なのは恐縮だが、私たちは影響力が欲しい。一番楽に得られる方法は、あなたのお墨をいただくことだ」

 

ぱらぱらぱら、と資料を捲り、その一番最後のページ。代表者であるエアグルーヴのサインが書かれている横を指す。

 

「ここに一筆願いたい」

 

ずいっとそれを理事長の眼前に差し出すナリタブライアン。

 

「ウマ娘の為を思い設立したトレーニング施設をたった一代で全国、いや世界でも稀にみる規模までに拡げてきた彼の秋川やよい氏の後押しがあれば、おのずと後ろは付いてくるだろう。私たちの取り組みが“実”を成すにはあなたが必要だ」

 

秋川は腕を組んで考え込んでしまった。秋川やよい個人としては、トウカイテイオーをはじめとした生徒会の“クラシックを守る”ということには賛成しているし、今すぐにでもそこに一筆いれてやりたい気持ちはある。が、さっきナリタブライアンが言ったように、世界でも有数の規模を持つウマ娘のトレーニング施設の長、という立場が、その影響力が、その直情的な思考にまったをかけている。そもそもの話、そのような立場から見るに、彼女ら“競技者”にそれ自体のことを心配させるほうが秋川にとって心外であり、情けなくもあり、同時に怒りの感情も覚えていた。秋川は、ウマ娘には何も心配せずに目の前のレースやトレーニングに集中していてほしかったのだ。

 

―その数が増えすぎて、最低限の自治をとる必要が出てきたため生徒会という制度を導入しはしたのだが、うまいこと大人とのパイプになっている―

 

だから秋川には、自らがこれにサインを入れてしまうことで、今までそのような難しく、汚く、ずるい世界から遠ざけてきたウマ娘らが、その領域に足を踏み入れてしまわないかという恐怖にも似た感情があった。ウマ娘たちには何の心配もかけたくない、何の不安も与えたくない。そういった彼女の根本的な想いがそれを躊躇わせていた。

 

「熟考!し、しばし待たれ―、」

 

「理事長」

 

その領分のラインを超えるかどうか逡巡する間も、ナリタブライアンは与えてくれない。これに見かねて、エアグルーヴが前に出てきた。

 

「もういいナリタブライアン。これはいただくもので脅し奪うものではない」

 

ぽん、と手を当ててナリタブライアンを下がらせ、エアグルーヴ自身が理事長と相対した。

 

「前会長からこの話は嫌というほど聞かされていました。ですので、理事長のご心配もわかるつもりです。―しかし、これは私たちが自ら踏み込んだことです。どこかの誰かとは違い、全国19すべてのURA公認施設、学園からの後押しを貰っています。つまり今いるウマ娘たちはそのほとんどが“自分たちでその環境を変えたい”と思っているのです。理事長、どうか、あなたのその想いが本物なら、私たちのために、その枷を払ってはいただけないでしょうか」

 

それを聞いてなお秋川は躊躇いを捨てきれないでいた。大事な大事なウマ娘が“自ら望んで”その領分に踏み込んで来ようとしている。彼女らも成長したものだと感服する一方で、果たしてこれが手放しに喜んでよいことなのか秋川には測りかねていた。

 

「理事長」

 

秋川は自らの想いに反することは何があっても絶対に通さない人物だ。そしてこの件はその“想いに反する”ものであり、それのみで判断するならば棄却すべき話である。しかしながら、先にもいったように“自ら望んで”来ているので、そのハザマで彼女は揺れていた。

 

「お願いします」

 

改めてエアグルーヴとナリタブライアンが頭を下げる。うんうんと唸りに唸った末、秋川は”ウマ娘の意志を尊重する“ことを選んだ。

 

「―承知! 君たちの話はわかった。同時に感服している。私の個人的な意思とのハザマに揺れていたが、君たちの意志を尊重しよう。今日中にサインはする。それは約束する。―ただし、もう一度中身を改めさせてくれ。何か変な間違いがあってはいけないからな」

 

ふたりのウマ娘は顔を見合わせてほっとしたような表情を浮かべた。

 

「君たちの働きは素晴らしい。きっとウマ娘たちにとって革命的なことがおこるだろう。我々大人と、実際にレースを走るウマ娘らが対等に肩を並べて言葉を交わす日も近いかもしれないな」

 

固い握手を交わし、エアグルーヴたちは理事長室を後にした。直後入れ替わりに、樫本が理事長室へ入ってきた。

 

「おはようございます理事長。エアグルーヴたちとすれ違いましたが―」

 

先のやり取りでだいぶ疲れた秋川は、どかっと理事長の椅子に座り天井を仰ぐ。

 

「ああ。彼女らは、彼女らのための、彼女らによる組織を作ってしまったよ。さっき私の後ろ盾を取り付けにきたところだ」

 

それを聞いてわずかに樫本の表情は固くなった。わざわざエアグルーヴやナリタブライアンが動くくらいだ。そんなもの、その組織とやらが、自らの職務の障害となることは火を見るよりも明らかだった。

 

「君たちURAの思惑は、そう簡単に通りそうにないな」

 

ふうっとため息をつく秋川の顔は、どこかさっぱりとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンド。テイオーはメジロマックイーンの手助けもあって、東京2000メートルを想定した走破トレーニングを繰り返していた。

 

「―ぶはあっ!」

 

今まさに7本目を終え、コースのわきの芝に倒れ込むテイオー。さすがに堪えてきたのか、体中が欲している酸素を少しでも多く取り入れるため、胸を激しく上下させている。そのもとへ、タイムを計っていたメジロマックイーンが歩み寄ってきた。

 

「タイムは2分2秒4ですわ。ここ10年の勝ちウマのタイムには―、一部を除いて到底及んでおりませんわね」

 

ぜえぜえ言っているテイオーににべもなく現実を叩きつける。

 

「今日1日かけて7本走って、2分を切ったのは1本目と3本目。実際にレースに勝ったウマ娘の記録は1分58秒とかですが、レースは練習のように走れません。それを加味しても、さらにタイムを捲らなければ難しいでしょうね」

 

よたよたとテイオーが座る姿勢になって、身体についた芝を払う。

 

「ま―まあ、あとひと月あるんだ。これ以上身体を作るのは難しいかもしれないけど、走り込むことでタイムを縮められはするからね。ボクらの速さになるとあと1秒、2秒がとてつもなく遠く感じるけど」

 

「それが天皇賞の壁というものですわ。あのとき私と貴女が追っていたもの。それにもう一度、貴女は直面しているのですよ。天皇賞の壁、すなわち限界を超えられるかどうか、それがレースで勝つには非常に重要なことなのは貴女もよくご存じのはずでしょう?」

 

「それは―、まあ」

 

ふんと鼻を鳴らし、腰に手を当ててメジロマックイーンがふんぞり返りながら、やっとこ立ち上がったテイオーに飲み物を投げてよこした。

 

「限界を超えるということは、それだけ怪我や故障のリスクが高くなるということですわ。実際にそれで貴女や私は何度も壊れています。しかし、それでも、貴女が指し示す道は―」

 

はし、と受け取った水のボトルを開封しひと口。ふう、と息を吐いてテイオーは空を仰ぐ。

 

「―ま、そうだね。ボクが求めるのは、たとえ怪我や故障のリスクはあっても、限界を超えて、ウマ娘がより強く、より速く、より輝ける世界だ。…結局、どちらかをとるならどちらかを諦めなきゃならない。ボクもカイチョーも、きっと間違ってることは無いんだ。ただ、求めている理想が違うだけで」

 

突然その話をされましてもわかりませんわ、とメジロマックイーンは肩をすくめてお道化て見せた。

 

「そのためには、まず僕がそういう走りをして、みんなの心を掴まなきゃいけないね。―こんなんじゃ全然足りない。まだ走り込まないと」

 

もうひと口水を飲み、ボトルをメジロマックイーンに突き返す。それを受け取り、クーラーボックスにしまいながら、メジロマックイーンは、昨夜トレーナーとした軽い約束のことを思い出した。

 

「じゃあ、もう一本ですわね。―それが終わったらトレーナーさんのところへ向かいましょう。なんでも、テイオーの新しい勝負服ができたとか言っていましたわよ」

 

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