「その身勝手で自己矛盾に満ちた行動が!URAの評判を地の底まで引きずり落そうというのにまだ気づかんのか!」
老人のあげた年齢に合わない大きな怒号に一瞬たじろぐが、それで終わるシンボリルドルフではない。これしきの圧力、後ろから感じていたプレッシャーや気迫に比べればまだ楽なほうだった。
「なぜ私がそのような真似を疑われなければならないのですか!繰り返しますが私はそちらの桐生院様と計画を練りに練り、レースを走るウマ娘らのリスクを軽減する策を打ち出し、より発展できると信じてここに立っているのです!」
売り言葉に買い言葉、という感じでシンボリルドルフもいきり立ち自らの使命を強く述べる。学生の時分から、こうなると彼女は曲がらない、折れない、譲らない。―が、客観的に場を見ている者がもし居るのならば、ズレているのは彼女のほうだと言うだろう。
「落ち着かんか。喧嘩をしに来とるわけではなかろう」
シンボリルドルフの正面―おそらくこのなかで最も力のあると推察される老人が間に入り、両者の鉾をおさめさせる。アタマに血が昇りはしたものの、双方に事を荒立てる意思はないので、素直にそれに従って着席した。
「―さて」
引き続き正面の老人が仕切り始める。
「君がここにいる理由に、我々との認識に相違が生じておる。どういう話をするにせよ、そこは解決せねばならん。―先に、なぜ君がここにいるのか、君が思っていることを話してはくれんか」
やっと話の分かる老人をみつけたと、緊張しきっていたシンボリルドルフの表情はいくらかやわらぎ、いつもの余裕をほんの少しだけ取り戻した。
「お心遣い誠にありがとうございます。まず私は、まだ今年度入庁したばかりの身ではございますが―、積年抱いていた現在の競バ界に対する懸念、憂慮を取り除くべく、学生の時分よりずっと温めておりました計画を実行に移しました。詳細はその冊子に。―あなた方のお手をわずらわせるといけませんので、先に現場の賛同を得て、確実のものとしたのちに申し上げる手はずでございました。ただし、そうさせるだけの”力“はどうしても私ひとりでは及ばず、そちらの桐生院様の助言をいただき、事を進めてまいりました。そしてそれがすべて整ったのがつい先日。それを見て桐生院様よりお呼び出しがあり、今ここに立っているものと認識しております」
シンボリルドルフが話し終え、部屋をごく短い沈黙が包む。相変わらず右方の老人はいきり立ってシンボリルドルフを睨み付けているが、正面の老人は目を閉じて話を噛み砕いているように彼女には思えた。ほんのわずかながら入ってくる隙間風がシンボリルドルフの三日月をわずかに揺らしている。
「―だ、そうだが。そのあたりはどうなのだ、桐生院」
正面の老人は事実関係の確認を左の―、桐生院の老婆に取るべく話を振った。パイプの煙を燻らせ、その行く末を見守っていた老婆は、そのままの姿勢で答えた。
「ああ、何も間違っちゃいないよ。すべてそいつの言う通りさ」
ほら見たことか、とシンボリルドルフは増長して、ついいつもの尊大な態度で老人らを見下ろす。お尋ね者は自分であることはアタマのどこかに追いやってしまったようだ。
「では、次に我々がなぜ今ここに居るのか。そこに話は移るわけだが―」
「そんなもの決まっている!URAを騙り、クラシックを潰すなどという訳のわからんことを日本全国津々浦々ウマ娘に関係する施設という施設に宣い、どういうカラクリかは知らんが当事者たるウマ娘の意思の介在せぬところでそれを決定し、唯一それに反抗した中央の学園に至ってはその意思を無理矢理捻じ曲げを試みるという、どこをどう切り取ってもウス汚いヘドロしか出てこない、およそシロアリかネズミと同レベルの輩が居るという話を聞いて、ワシらはここに座っておるのだ!そうであろう桐生院!」
やや食い気味に右の老人ががなり散らす。正面の老人が口を挟まないあたり、おおかた間違ったことは言っていないのだろう。それだけに“シロアリ”扱いされたシンボリルドルフは流石に冷静ではいられない。耳と尻尾は逆立ち、肩は怒りにわなわなと震えてきた。ぎゅっと閉じていた瞳が抑えられずに見開かれ、“皇帝”の圧が全力全開で室内に放たれた。それを見た秘書たちはあまりの剣幕に思わず後ずさってしまい、壁に背中から激突してしまう者もいた。
「“シロアリ”だと…?!いくらあなた方でもウマ娘に言われなき非難をする権利などないはずだ!そもそもおかしいとは思わないのですか!双方の話にはどちらも桐生院様のお名前が出ており、双方まったく逆の行動をしておられる!」
この際右の老人は無視し、中央の老人に訴えかけるシンボリルドルフ。果たしてそれは届いた。
「―そうだな。…どうなんだ、桐生院」
あくまで冷静に、正面の老人は桐生院の老婆に話を振る。目の前の白熱には目もくれずに煙ばかり追う老婆は、さっきと同じように答えた。
「いいや、何も間違っちゃいないさ」
「は…?」
桐生院の老婆が何を言っているのか理解が追い付かず、シンボリルドルフの口から間抜けな疑問符が漏れ出る。口にこそ出していないものの正面の老人も概ね同じような反応を示していたし、右の老人に至っては驚きのあまり椅子から前のめりに落ちそうになっていたのを秘書に助けられていた。
「ぜーんぶ、ワシじゃよ。そこにいる小娘焚き付けて全国回らせたのもワシ。それでは足りぬというので“力”を与えたのもワシ。そしてURAを、競バ界を内側からブッ壊しかねない、骨組みを喰らうシロアリを見つけたと報告したのもワシ。ちなみに、お前さんがせっせと準備した資料は既にワシら全員見とる。―おい、机を片付けろ。―それで、何か質問はあるか?」
指示を受けた秘書が卓上の資料―シンボリルドルフの半生と同義ともいえるそれを乱暴に回収し、手当たり次第ゴミ箱にブチ込んでいる。あまりのことにシンボリルドルフは立ち尽くしたまま言葉が出てこない―何も言えない。一体この老婆は何を言っているのか。つまりシンボリルドルフはどうなっていて、どう思われていて、これからどうなるのか。彼女の脳は、それを知ることを本能的に拒否して、すべての思考を真っ白に塗りつぶした。
「―双方の立場はわかった。そしてこれは双方早急に対応せねばならぬ事態だと考える」
正面の老人は、やっとこ右の老人が椅子に収まったのを横目で見届けると、穏やかな口調でその場の全員に語り掛けた。シンボリルドルフを除いて、肯定の反応を示す。
「では議題はふたつ。ひとつ、今ここにいるシンボリルドルフとやらが提唱する今後の計画の可否。ふたつ、それに伴う身勝手な行動、そしてそれにより被るURAの損害を鑑みての本人の処分。―まあ、ひとつめについては既に答えは出ておるがの」
いったん言葉を切り、周りの反応を伺う老人。中央のひとりを除いては、そのまま話してくれという雰囲気でまとまった。
「では続けよう。シンボリルドルフ。君の提唱についてだが、URAとしては“ウマ娘の意志”に基づいてこれを棄却する。君も最近の動きは知っているだろう。ウマ娘たちによるウマ娘の為の連合組織、あれをURAは先日認可した。―これも桐生院の推薦だったのう。…ともかく、そういった組織が諸手挙げて“クラシック撤廃反対”などと言うておるのだ。URAとしてそのような真似はとてもできん。よしんば強行したとしても、誰も着いてこない。そうだろう。君の作ったその“賛同施設一覧”は桐生院の息のかかった者だけがそうしているのだからな」
唖然としていたシンボリルドルフだが、ここにきてようやく喋る元気を取り戻し、反論を口にしだした。
「しかし―、私の計画もまた”ウマ娘の為“だ。双方の思想はまたぶつかり合うだけでは―」
「君と学園では、そうなっただろう。しかし我々はURAの、それも会長と副会長だ。平職員にすぎない君が、我々と対等に話ができるとでも思っているのか?だとすれば君は相当におめでたいアタマをしている。井の中の蛙だ。中央の学園という狭い範囲で王様を気取り、社会を知らぬ小娘が知った風な口を利く。自らの身の程をもう一度弁え給え」
ぐ―、と口を噤んだシンボリルドルフだがこれしきで引き下がれない。もう戻れないところまで来てしまったのだ。進むほかない。
「い、今は反感を多く買ったとしても!数年後、数十年後!結果そうしてよかったと言える時代が必ず来ます!ましてこれが実現すればURAに莫大な資産と権力、影響力が流れこんでくる!あなた方はそれをみすみす捨てる気なのですかッ!?」
「 そ の 口 を 閉 じ ろ と 言 う と る の だ ! ! ! 」
正面の老人の堪忍袋の緒がついにキレた。
「たかが新人がまるで見てきたかのうなことを口にする!いいか、そんなことをすればウマ娘らの反感を買い、URAの“人気”は失墜する!それこそ競バ界の終わりを迎えることになるぞ!そうして走る場所を失ったウマ娘たちは海外にそれを求め始める!貴様の言う数年後、十数年後は来ないまま、わが国の競バ界は終焉を迎え、それに向かって舵をとった我々URAは袋叩きに遭うだろう!」
うまいこと想いが伝わらないシンボリルドルフのボルテージも上がっていく。
「そんなこと、やってみもせずに分かった風な口を利くな!何もしないということは相対的に緩やかな後退を意味する。我々はウマ娘たちにとってすこしでも良い環境を作ることができるように日々前進していかなければならない。なぜそれがわからないのだ!」
ついに左の老人が立ち上がり、その杖をシンボリルドルフの喉元を突く勢いで攻撃するそぶりを見せた。
「だとすれば今ここで貴様の首を撥ねることも大きな一歩となるだろう!つまりはそういうことだ!これは決して消極的選択などではない!“生き残る”為に必要なことだ!」
喉元から顎を杖で突きあげられているのでシンボリルドルフはそれに対し反論をすることが物理的に不可能だ。それを見てか知らずか、正面の老人は話を進める。
「ふたつめの議題だシンボリルドルフ。貴様の処分だ、心して聞け。具体的には背任ということになる。裁量については直属の上司に任されているが、貴様の経歴はあまりにも危険だ。特例でURA会長権限による処分を発表する。―貴様を今日限り解雇する。続いて、XXXX年1月1日よりURAに関わっているすべての施設への出入り、関係者との連絡、面会を禁止し、貴様が過去に獲得したすべてのレースの勲章を剥奪、降着処分とし、貴様の卒業した中央の学園を“除籍”とする」
そんな、あまりにも重すぎます、と反論を試みたいシンボリルドルフ。しかしそれすらも正面の老人からは見透かされていた。
「重すぎる?―バカいえ。貴様はこの組織そのものを壊しかねないほどの問題を起こしたのだ。その賠償を請求しないだけありがたいと思え。何か質問はあるか?」
誰も何も言わないのを見て、正面の老人は音もなく立ち上がった。
「では、これで終いとしよう。各施設や競バ場には折を見て貴様を入れたり、連絡を取ったりしないよう注意喚起を出しておく。残された時間はそれなりにあるな。せいぜい謝罪行脚でもしたらどうだ」
ハイライトの消えた瞳で立ち尽くすシンボリルドルフを背に、2人の老人と3人の秘書がぞろぞろと部屋を出ていく。広くなったそこには、彼女と桐生院の老婆が残された。
どれくらい時間が経っただろうか。シンボリルドルフは動く気配がないし、桐生院の老婆も煙で遊んでいるままだ。
「―あなたが」
「あなたが、すべて裏で糸を引いていたというのか」
茫然自失から徐々に怒りへ変わりつつある感情を必死に抑えながら、シンボリルドルフは桐生院の老婆へ問うた。
「そういうことさ」
その返答に、拳をぎゅううっと握りしめ、老婆をあらん限りの眼力で睨み付けて抗議するシンボリルドルフ。
「一体なぜ、そんなことを―」
どうして、ねえ―なんていいながらパイプを吸い、その煙を行く末を遠い目で老婆は見つめる。
「お前さんが“皇帝”だったからだよ、シンボリルドルフ」
「は?」
およそ予想だにしていなかった答えに、素っ頓狂な声が出てしまう。
「お前さんも知っているだろう。全国すべての施設学園に桐生院家の者、またはその息のかかったものがいることを。ワシら桐生院家は代々、所謂トレーナーとして常にウマ娘と共にあった。そうしてレースに勝ち続け、代を経るごとに桐生院の力は大きくなり、家の実績、それだけでワシがここに座るような事態になるほどだ。ワシがここに座ってからもう30年が経とうとするが、桐生院の力は盤石なものだった。クラシックレースのうち半分は桐生院と何かしら関係のあるウマ娘だったし、ジャパンカップや東京大賞典、有マ記念のも多数の桐生院家の者を送り込むことに成功した。結果として桐生院はますます膨れ上がり、その影響力を増していったのだ。」
いったん話を切り、パイプを吸う。吐かれた煙は一様に上へ向かっていきながら常にその形を変えていた。
「それがどうだ。お前さんが学園に入るなり、お前さんはほぼすべてのレースで勝利を収めた。一体誰がトレーナーになったのかと思えばお前さんと同じくして入ってきた新人。私はどうにかしてお前さんの快進撃を止めるべく様々な場所から様々な方法でウマ娘たちを送り込んだ。そうしてお前さんは悉くそれを跳ね除けてきた。蹂躙してきた。桐生院の家のもと指導してきたウマ娘たちがこうも易々と抜き去られるのは初めてだった。しばらくするうちに、ワシがもっとも恐れていた話がまことしやかにささやかれ始めた。それが”桐生院不要論“だ。これまで桐生院の力で押さえつけられてきたトレーナーやウマ娘が言い出したのだ。”桐生院に頼らずとも勝てる“と。―そうしてそのまま6年間、お前さんはワシらに止められないままに学園から去ってしまった。ワシは正直、桐生院から何もかも奪っていったお前さんを恨んでおった。桐生院家の影響力も、地位も、お前さんのせいで本当に小さくなってしもうた。それはもはや取り戻せるものではない。だからワシゃ考えたのだ。一体どうすればお前さんに吠え面かかすことができるかを。どうすればお前さんを絶望の淵に叩き込めるのかだけを考えてきたのだ。そうしたら、お前さんはなんとURAに入庁してきたではないか。願ってもない好機だった。そしてそれは今日ようやく実を結んだようだ。ワシも時期に、桐生院家の終焉とともにここからも引きずりおろされる。―ああ、その面じゃ。ワシが見たかったのはその面じゃよ!誇りも、プライドも、実績も、勲章もすべて奪われ裸一貫野に放られるという絶望に染まった表情だよ!ケッケッケ、もっと近くで見せておくれシンボリルドルフ!ケッケッケッケッケッケ!!!!笑いが止まらんわ!この戦いにお前さんの勝ち筋など1ミリたりとも存在せんわ!すべてを奪われた地獄の底で閻魔様に土下座でもしてくるんだね!」
唖然茫然愕然のシンボリルドルフを置き去りにして、高笑いのまま老婆は部屋を出て行った。その高笑いはどこまでも残響し、シンボリルドルフをこれ以上ないほど痛めつけていた。
それに至るまでの理由はどうあれ、最初からこういう展開にもっていきたかったのはもっていきたかったんです。うまく書けてるかどうかは別。