トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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互助精神

「ほとぼりが冷めるまでルドルフを匿ってはくださいませんか、理事長」

 

声こそあげないもののエアグルーヴは驚きのあまり目を剥き、ナリタブライアンも肩をぴくりとさせて反応した。

 

「言っていることが無茶苦茶なのはわかってるわ。けれど、さっきも言った通り状況によっては必要以上にあの娘が周りから非難を受けるかもしれないの。学園にいた頃ならいざ知らず、独り立ちした今の私はただのひとりの女でしかないわ。あの娘を守るだけの力は無いの。だからどこかか、誰かかを頼るしかないんだけど―、ここ以外に考えられなかったの」

 

大事な話を聞くときは目と扇子を閉じるのが理事長の癖だ。それに今回は机に腕を置いて扇子で腕をぺしぺしと叩いている。眉間に刻まれた皺は深い。

 

「―し、しかし、仮にそれが世間にバレてしまっては、最悪この学園までもがその標的になってしまうのではありませんか?」

 

恐る恐る進言するエアグルーヴ。同じ意見だったのかナリタブライアンもそれに倣った。

 

「これはあくまで一連の話が表ざたになってしまったときの話よ。URAから送られたそれが、そこで止まってくれるぶんにはルドルフは身内以外からの影響は何も受けることはないわ」

 

「しかしその送り先には各競バ場も含まれているのでしょう?我々やウマ娘の施設はあのお方のことを多少なりわかっているのでそこに書かれていることは外部に漏らすことなど無いでしょうが、競バ場もそれと同じようになるとは―」

 

一緒に走り、競ってきたウマ娘たちには競争本能とは別に仲間意識もあり、こういったことには敏感に反応する。各施設の決まり事としても、このようなことは基本的に口外しないなどということが定められている。

 

が、このような情報を楽しみ、拡散する性質をもつヒトについてはまったく別の話である。誰かのちょっとしたミスや不祥事が、インターネットを介して瞬く間に世界中に共有され、あたかも犯罪者のように指をさされ、嗤われ、嘲られるのだ。現代社会の光と闇のジレンマを如実に表す事例といえよう。そのような「ヒト」に“そんな”情報が流れてしまっているというのが大きなリスクであった。

 

「あの娘を守りたいなんて私のわがままであることは百も承知よ。そしてそれが誰かを頼らないといけないってことも、凄く自分に腹立たしいし情けなくも感じる。けれどそれが現実なんだってあの娘を見て思い知ったわ。だから私にできることは、こうして頼れるところに頭を下げることしかないの。どうか―」

 

そうしてマルゼンスキーはまた頭を下げる。もう何度目か数えるのも億劫になるほど。

 

沈痛な沈黙が室内を支配する。自らで身を滅ぼした結果だ。本来なら取り合う必要のない話だ。しかしその当事者がこの学園の関係者であり、さらに言えば多大な実績を持って貢献したウマ娘。手を差し伸べる理由は探さずとも向こうからやってくる。

 

「テイオーはどう思う?」

 

これまでほとんど話に入ってこなかったテイオーを不思議がりエアグルーヴが話を振った。テイオーにしては珍しく難しい顔でうんうん唸ってアタマを動かしているようだ。

 

「ボクは―、ボクとしてはなんとかしてあげたいと思ってるよ。ボクたち対立していたように見えるけど、目指してる場所は同じなんだからそんなことはない。意見の違いにすぎなかったんだ。だから、同じ場所を目指す仲間がこうなっているのを見逃してはいられないって思うんだけど―、…ほらボク、アタマそんなによくないからさ、そうしたらどうなるかっていうのが考えられなくて」

 

にへ、と笑ってごまかす。

 

「同意!私もそう思っているのだが―、その、本人が受けてくれるだろうか…」

 

アタマの堅いシンボリルドルフのことだ。先のことを後ろめたく思ってこちらの意思にかかわらず固辞されることも充分に考えうることだ。

 

「そんな―、そんなことはさせません。首の根―尻尾の根を捕まえてでもここに連れて参ります。その件、理事長にご承認いただけるのでしたら、どんな手段でも使う覚悟です」

 

シンボリルドルフも大概だが彼女もまたそれに向けて意固地になりすぎている節がある。しかし、長年青春を共にしてきた、互いに数少ない、同じステージでモノを話せるような仲からしてみれば、そう思うのも無理はないのかもしれない。しばし考え込んでから理事長は重い口を開いた。

 

「―承認。シンボリルドルフの社会的地位の失墜はウマ娘の未来に多大なる影響を与えると考え、学園は特例で彼女を保護する。保護までの委細について―、具体的には本人がここに来るまでについては理事長権限である程度の実力を行使することも辞さない。マルゼンスキーには彼女の潜伏先を教えてもらい、学園の者を向かわせて迎え入れるカタチをとる。マルゼンスキーもそれに同行するもの。それから、各ウマ娘関連施設にはURAより送付された書類のいかなる情報も外部に漏らさないよう私から働きかけよう。それでいいか?」

 

理事長が決めたことだ。誰も異を唱えることなく、その日の話し合いは終了した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

翌日、思ったよりも早くシンボリルドルフは学園の黒服とマルゼンスキーに囲まれ、理事長室へ連れてこられていた。いつもの席で仁王立ちしている理事長や、微笑を湛えているたづなら、加えてエアグルーヴら生徒会対峙し、神妙な表情で立ち尽くしている。

 

「歓迎!まずはよく来てくれたシンボリルドルフ!君の身の安全は私と学園が約束しよう!」

 

すくなくとも今ここに、シンボリルドルフを学園で匿うことに悪い反応を示している者はいない。にもかかわらず、この世の終わりを見てきたかのような悲愴を湛え、お心遣い痛み入りますと一言、昨日のマルゼンスキーと同じく、深く深くその腰を折りアタマを下げた。

 

「そう気にするな!“すべてのウマ娘の幸せのために”という考えは君と私と一致していたはずだ、そうだろう?確かにここ数か月でいろいろあったが、我々が見ているものは同じだ」

 

「まして貴女はその脚で学園の名をあげ、そのふるまいでここの生徒はおろかすべてのウマ娘にとって模範とは何か、というものを示してきた方です。私たちが貴女から受けた恩はあまりにも大きい。それをようやく返せるときが来たと思うのです」

 

理事長とエアグルーヴの言葉を聞いたものの、シンボリルドルフは視線を床に落としたまま顔をあげることはない。そのまま、ぽつりぽつりと話し出した。

 

「私は―、私は、井の中の蛙だった。この学園でウマ娘として成功し、レースに勝ち、気が付けば生徒会長などという席にまで至った。私が名前を出せば大抵のことは私の思うとおりに動いた。私が黒だといえば白いモノも黒く染まるほどだった。私が訪問すればそれはそれは厚い待遇で迎え入れられ、“7冠”の重さを感じたものだ。それが―、学園を巣立った今、何の役にも立たないことに気付いた、気付かされた。私には何もなかった。今まで私が“そう”あれたのは、その肩書に伏していたのみであって、それから降ろされた私など何の力も持たないただの小娘にすぎなかったのだ」

 

およそその通りであると断ざるを得ない。ヒトの世界に置き換えても、例えば高校時代にインターハイで三連覇を果たし、そのままその競技の運営に関わるような企業や組織に入ったところでただの下っ端に過ぎない。スケールの違いはあれど、学生時代の実績などほとんどの場合何の意味も為さないのだ。ましてそのような者が勘違いを起こし、その競技の根幹に関わるようなことを言い出したら―。

 

「過ぎたことは仕方がない!今日がダメでも明日はいいことがあるかもしれない!反省はその後の成長を大きく助けるがいつまでも後ろを向いていてはそれも叶わない!どうかここにいる時間を有意義なものとし、もう一度自分をみつめ、新しく進む道を決める一助として欲しい!」

 

しかし、とシンボリルドルフが反論をしかけるが、理事長はそれを手で制した。

 

「しかしもかかしもない!ここに来た以上君にその意思があると我々は見做している!準備はすでに整っているから心配はいらない!」

 

「しかしもかかしもあるのです!」

 

一瞬言葉を飲み込みかけたシンボリルドルフであったが、覚悟を決めた眼差しと強い口調で返した。

 

「理事長はご存じないのですか。私に課された処分は解雇、G1レースの降着に伴う勲章の剥奪、この学園からの除籍、そして来年からすべてのウマ娘関連施設への出入りの禁止と、関係者への接触の禁止。私は今までのすべてを失い、ウマ娘界から追放されるのです!それを今さらかくまったところで何の意味もない!」

 

「 そ ん な こ と は 関 係 な い の だ ! 」

 

バン、と両手でテーブルを叩き理事長はシンボリルドルフを強く制する。

 

「さっきも言ったが、少なくとも君は多少なり私たちを頼る意思があって此処にいる!そして私たちには君を助けたいという意思を示している!それ以上何も言うことはない!―君がURAから受けた処分については日を改めてまた話し合いをしよう。遠路疲れただろう。君の部屋は職員寮の最奥だ。今日のところは体を休めてくれ」

 

無言で再度一礼し、シンボリルドルフは下がっていった。

 

「―ひどいよ」

 

扉が閉まるなりテイオーは震えだし、握りしめた拳を膝の上に叩きつけた。

 

「こんなのって無いよ!なんだよ勲章の剥奪って!出入り禁止ってなんだよ!まったく見えないみんなのこれからにカイチョーが必要だってどうしてわからないんだ!」

 

「お前の云う“みんな”よりも“自分たち”にとって会長は不要だと判断した結果、ということになりそうだな。ウマ娘たちのこれからよりURAそのものの未来を重く考えたのだろう」

 

怒りに震えるテイオーとは別に、エアグルーヴは努めて冷静に現状を分析していく。

 

「確かにな。私たちウマ娘とURAはもちつもたれつだ。どちらかが欠けても成立しない。会長がウマ娘界に残ることが、URAにとって危険だと、より重く見られたんだろうな」

 

シンボリルドルフを解雇するのは確定事項として、下手に界隈に残られると今後もURAにとっての障害になりえる為、事実上の追放を言い渡した、という説も頷ける。

 

「それでも、学園の除籍とG1レースの降着はやりすぎだと思うがな」

 

「賛成!確かにシンボリルドルフの一連の行為は明らかに越権行為であり、厳正なる処分が課されてしかるべき件であるが、それによって過去の功績を否定される謂れは無い!そして今後必ず彼女の力が必要になるときが来る!―これについては後日また話すが、私の方からURAに処分に対する不服の申し立てを行うつもりだ」

 

椅子に浅く腰掛け天井を仰ぎながら理事長は言った。

 

「理事長、それ、私たちもお手伝いできませんか」

 

エアグルーヴが席を立って、前のめりに理事長に詰めた。

 

「ど、どうしたエアグルーヴ」

 

「U-NIONの活動趣旨は“競技するウマ娘を守る”ことを主としています。そしてそれは “過去に競技したウマ娘”を守ると拡大解釈をとることもできます。とすれば、過去に7冠を達成した威風堂々たるシンボリルドルフを守ることもできるはず。あの方の名誉は私たちで守りたい。それが私たちにできる、あの方への恩返しのひとつです」

 

あっけにとられていた理事長も、その言葉の裏にあるエアグルーヴの決意を感じたのか、笑顔で同意した。

 

「いいだろう!では不服の申し立ては私単独ではなく、U-NIONとの連名で出すことにしよう。本人の許諾なしには筋が通らないので、後日通達の後に行うものとしよう!」

 

手帳を開き何事かメモを取る理事長。ナリタブライアンが席を立ち背伸びをする。

 

「またURAとやりあうのか。ここにいると退屈しなくていい」

 

退屈しのぎのためにやってるんじゃないぞ―とエアグルーヴが窘めた。けっ、という捨てセリフを残してナリタブライアンは理事長室を後にしていった。

 

「ボクたちも頑張らないとね」

 

テイオーは、力のみなぎる返事をするエアグルーヴともども席を立ち、一礼ののち理事長室を出た。

 

「彼女たち、頼もしくなりましたね」

 

閉まる扉を見つめながら、たづなは思ったことを口にした。

 

「同意。生徒会はもはやトウカイテイオーを中心に回っているものだと思っていたが―、エアグルーヴもまた自らの道を見つけ、皆を導く存在となったな。しかとトウカイテイオーに背中を見せ、トウカイテイオー本人もきっとそれを感じているはずだ」

 

彼女たちの成長が楽しみですね、とたづなは卓上のカップやらコースターやらを片付けだし、理事長は上機嫌で奥に引っ込んでいった。

 

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