トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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これで長いの2本目になるんですけどやっぱりどうしても終盤しりすぼみぎみになっちゃうんですよね。1本目のときも課題だなって思ってたんですけど。精進。


意地

帝王と皇帝の一騎打ちは向正面のロングストレッチにさしかかった。テイオーはスタート直後から皇帝の後塵を拝したまま先行できずにいる。一対一のレースに先行も何も難しく考える必要はない。ただ、逃げるか差すかに二極化されているにすぎない。

 

先行策を積極的に取り入れていたテイオーはあまり後方から差した経験はない。その理論で考えれば、テイオーは対処するには難しい状況に陥れられたと思われる。必死でペースメイク権を奪取しようとシンボリルドルフを追い回すが、2歩、3歩と届かない。このまま追いかけているだけでは埒が明かない。苦手な後方という檻に囲われたまま、自分の力を出せずにこのまま敗北に向かってひた走るだけなのか。

 

「―ッ!」

 

そんな考えが浮かんだが、ぎゅっと目を閉じて振り払う。逆に考えれば自分は2番手なのだ。前には逃げウマ1人しか見えない。そのように考えれば、作戦として前目につけることの多いテイオーにとってこれ以上の僥倖は無い。ものは捉えようだなと心の中で苦笑し、テイオーは冷静さを取り戻し、息をひそめてシンボリルドルフの後方に潜むことにした。

 

 

 

逃げるシンボリルドルフもまた、自らがおよそ取らない戦法をとったことで、後ろからいつやってくるやもしれないテイオーの幻影に常々気を遣わされることになっている。最初ほんの少しだけ無理をして獲った先頭。あとどれくらい無理をすればいい?あとどれくらいエンジンをふかせばいい?彼女にはなにもかもがわからなかった。きっとこのままバカみたいに逃げ続けるなんてことになればスタミナは持たない。彼の皇帝といえど、1年以上もまともなレースから離れトレーニングすら積んでいなければこうもなろう。

 

「く―っ!」

 

わずかに重くなる脚、冷たくなる手先を感じながら、それでもシンボリルドルフは前を目指す。

 

生まれてこの方挫折というものを味わったことがなかった。シンボリ家という名門のもとに生を受け、強くなるべくして育てられそして強くなった。鳴り物入りで中央の学園に入り、そのまま三段跳びでクラシック三冠。そして気付けば唯一抜きん出て並ぶ者などいなかった。自分の言う事に誰として異を唱えない。自分が黒だといえば白が黒く染まり、冗談半分でコインの額面の書かれている面をオモテだと言ったら、翌日ではそれが学園の常識になっていた。シンボリルドルフは誰から畏れられ、敬われ、信仰されてすらいる、ある種偶像のような存在になっていた。それはとても居心地の良いものだったが、かえってシンボリルドルフが「シンボリルドルフ」であることを見失わせるきっかけともなった。

 

本当は疲れている。本当は人並みに落ち込んでいる。本当は気分が乗らない。激情に身を任せてしまいたいと思ったことさえある。生徒会などくそくらえと一体何度思ったことか。しかし周りがそれを許さなかった。―いや、彼女はその鋼の意志で「皇帝」であろうとし、そういった思いを押さえつけてきたのだ。

 

それから彼女は「シンボリルドルフ」がどう思おうが関係なく「皇帝」として、誇りと契った。今いるウマ娘らが少しでもよい環境でのびのびと走れるように、悔いなく学園を去れるように。新しい道を見つけられるように、生徒会活動を通じて働きかけてきた。

事実多くのウマ娘がそれに救われた。有終の美で現役生活にピリオドを打てるウマ娘などたかが知れている。そんな肉体的にも精神的にもすり減りボロボロになった彼女たちに救いを差し伸べられることは、当事者、学園両者間の負担の軽減につながった。

 

 

ただ一人を除いては。

 

 

自分ではない誰かのために、それも両手ではとてもとても数えきれない。それらすべてに救いの道を示すには、自分自身を諦めなければならなかった。

 

生来朝には弱かった。しかし、皇帝はそれを許さなかった。

 

三冠のかかったレースに逃げ出したくなるほどのプレッシャーを感じた。が、皇帝は逃げることを許さなかった。

 

皇帝という鎧を脱ぎ捨てて、もとの「ルナ」に戻りたいと何度思ったことか。しかし、自ら掲げたその使命が、その誇りが、それを許さなかった。

 

皆から敬われ尊ばれる「生徒会長」であり「皇帝」であるために、シンボリルドルフはルナを殺したのだ。

 

そうしてまで進めてきた「クラシック廃止論」と「ウマ娘競技者連合」。前者は上層部から袋叩きに遭い棄却、後者に至ってはクラシック廃止論で異を唱えていたトウカイテイオーらによって始動し、いまや実質的な創始者たるシンボリルドルフの声は届かない。実に皮肉なものだった。

 

桐生院の老婆の手のひらで踊らされ、シンボリルドルフは挫折を思い知った。自分は力を持つ存在だったなどと思い上がっていた。今まさに昔年の理想が叶わんとし、その眼前、指のかかるところまできたところで地の底まで叩き落されたのだ。生まれてこの方味わったことのない喪失感と、どこにぶつけたらいいかすらわからない怒り、そしてなにより悔しさが彼女を支配した。

 

対立していたはずの学園にも助けられた。返しようのない借りを作ったと本人はそう思っている。この情けなさは何だと、その怒りはすべて自らにその刃を立てた。

そんな折に彼女が杖としていたのが、意地と誇りだった。決着はついた。それは認めよう。しかし私はまだ負けていない。私が私である誇りは挫けていない。

 

あれから、ここに至るまで膝など何度もついてきた。自分の無力さになにもかも投げ出したくなることさえ数え切れぬほどあった。しかしそれでもこの意志だけは、この夢だけは、この誇りだけは決してその土で汚すことはなかった。

 

その弱っちい意志をかかげて、自らの勇気を問い、決意を問い、そして挑む。どれだけ泥臭い意地でも、きっとどこかで誰かが見てくれていると。

 

客観的に見てこの競走は無意味だ。どちらが勝っても事実は覆らない。今こうしてシンボリルドルフがテイオーを抑えて走っているのは“意地”だ。その運命も過去も苦しみも苦痛もすべてを振り翳して、自らの誇りにかけてただ走るだけだ。

 

 

 

結局のところ、ウマ娘同士がその思いを通わせるのに最も有効な方法、ものごとを決めるのに最も有効なそれは「一緒に走ること」につきる。それはテイオーも理解していた。シンボリルドルフはこうして競うことでテイオーに何か伝えたいことがあり、また自らも区切りをつけたいところがあるのだろう。

 

カイチョーは一体何を伝えたいのか。何を思って走っているのか。言語化されていない何かを感じる。

 

―それ以前に負けてやるつもりなどサラサラない。こちとら遠のいているとはいえ現役なのだ。いくら皇帝シンボリルドルフといえど、一年まるまるブランクのある相手に負けるわけにはいかない。それに、ここで勝たなければ、なんだか本当の意味でシンボリルドルフに並び、超えた気がしないのだ。

 

ストレッチを抜け、3コーナーを抜け、4コーナーに入るかどうかというところでテイオーはスパートをかけた。あらん限りの力で地面を抉り、サイレンススズカがやっていたように転倒する寸前まで体を前傾させ、加速することでそのバランスを保つ。これが、今のテイオーにできる“脚の負担を極力減らしつつ加速する”最大限の手段だ。

 

2バ身程あった差はみるみるうちに縮まり、最終直線で並んだ。まだ脚は残っている。そのまま抜き去ろうとしたところで、まるでそれを待っていたかのようにシンボリルドルフは加速した。―互いに頂点を極めていた者だからわかる。テイオーの加速もキレ味に欠けるし、シンボリルドルフのそれは最高速度で見劣りする。両者が両者の衰えを感じ、“イケる”と思ってしまう。

 

シンボリルドルフが大きく息を吸う音がテイオーの耳に入る。その次の瞬間、彼女から溢れるパワーとプレッシャーが異常なほど膨れ上がったように感じられた。呼吸を止めたまま筋肉の衝動に任せ遮二無二加速してゴールを目指すシンボリルドルフ。テイオーも堪らなくなり例の走り方を捨て、今自分が一番速く走れると思うフォームで力の限りそれを追った。

 

ただ目の前の相手に勝ちたい、逃げ切りたい、自らの意地を貫き通したいという本能に任せて。

 

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