桜が空を彩る4月。私は中央トレセン学園の正門前に仁王立ちしていた。ひとえに此処に入ろうと思っても、同年代のウマ娘の中でも上位、その中のさらに上澄みしか入学を許されないほどにその倍率は高いらしい。己惚れるわけじゃないけど、ちゃんと試験を受けて、私はその門をくぐることを許されたのだ。
1年半―と少し前のことだけど、いまだに昨日の出来事かのように夢に見ることがある。当時学園の高等部にいたお姉ちゃんから聞かされた“クラシック存亡の危機”。私はまだ本格化も始まっていない未成熟な身体だったけれど、物心がつくかどうか、というときに初めて見たレース、私に走るきっかけを与えてくれた日本ダービーで走ることにすべてを賭け、なにもかもを捨てて取り組んでいた私はそれはもう大きなショックを受けた。
ダービーがなくなる。
じゃあ私は、私の今までは何だったの?
失意に捉われ、所属しているウマ娘クラブの練習にも行くことができずにあてどなく街をさまよっているとき、遠くで騒いでいるような声が聞こえてきた。エアグルーヴにナリタブライアン。テレビで見たことのあるウマ娘ばかり。そしてその陰から、あるウマ娘が顔をのぞかせたのを私は見逃さなかった。
トウカイテイオー。
お姉ちゃんからは、URAから提唱されたクラシック不要論にただ一人反対して、それを守るために動いているウマ娘だと聞いていた。それから私はトウカイテイオーについてたくさんのことを調べていた。日本ダービーも勝っている。そのビデオをクラブの先生から借りて視聴したとき、まさに目の覚めるような走りが私の眼前に広がった。
荒れたバ場も何のその、後ろ脚で強く地を蹴って跳ねるように走る“ストライド走法”は、今まさに私が身に着けようとしている走法のそれで、それを会得しレースで勝ってみせた彼女はヒーローのように映っていた。
トウカイテイオーが最後に走った有マ記念。声を枯らして応援した。ビワハヤヒデとの一騎打ちのときには、もう何を叫んでいたかすらも記憶の彼方。この日から、私にとってトウカイテイオーはヒーロー然としたものから明確に”ヒーロー“になっていたのだ。
群衆の中に憧れのトウカイテイオーを見つけた私は、気が付くと彼女たちのところへ走り出していた。ニンゲンたちが彼女たちの周りで騒いでいるのを押しのけて、私はうまくトウカイテイオーの目の前に飛び出すことができた。
「と、トウカイテイオーさんですよね!」
はあはあと息を切らしながら、私は目の前のウマ娘と視線を交わした。エアグルーヴが時計を見ながらトウカイテイオーを急かすそぶりをする。
「いいよ、大丈夫だよ。―どうしたのかな?」
トウカイテイオーは片膝をついて、わざわざ私に視線の高さを合わせてくれた。話を聞いてくれるようだ。
「私、おぉお姉ちゃんが中央の学園にいるんですけど、この前聞きました!クラシックがなくなるかもって…。まさかトウカイテイオーさんに直接会えるなんて思っていなかったから、私…!」
このままでは憧れのウマ娘に遭遇して有頂天になっているだけだ。言いたいことが全然伝えられていない。
「そうだね。ボクたちは今からその話をしに行くところさ」
ふと周りを見れば、URAの本部が入居している六本木ヒルズがすぐ先に聳えていた。ぎゅっと両の拳を握り、緊張と興奮からくる震えを抑えて、私は言葉を続ける。
「クラシックをなくそうっていう話に、トウカイテイオーさんだけがそれに反対したって聞きました!あの、私―、私、日本ダービーに出てみたいんです!一生に一度でいいから、本気で走りたいって思えるなにかが、あのレースにはあるんだと思っています!だから!―だから!」
思いのたけをぶちまけている途中で感極まって、涙と鼻水で顔を濡らしてしまった。途中から私にも何を言っているのかわからなくなっていたが、それでもトウカイテイオーは最後まで真剣な表情で私の話を聞き、アタマを撫でてくれた。
「わかった。キミの想いは確かにボクに届いた。―ボクもキミと同じだ。ウマ娘たちが輝ける舞台を守りたい。一生に一度の煌めきを守りたいんだ。キミだけじゃない。心の内に同じような想いを秘めたウマ娘もきっとどこかに居るはずなんだ。ボクはそんなキミたちの想いを絶対に無駄にはしない。いつかキミが日本ダービーを走るところを楽しみにしているよ。」
最後にぽんぽんと軽くアタマをたたかれ、トウカイテイオーは立ち上がった。
「ごめんねエアグルーヴ。待たせちゃった。」
トウカイテイオーの対応を見て、エアグルーヴもナリタブライアンも完全に口がふさがってしまったようだ。
「さ、行こうか。」
そうしてトウカイテイオー一行は去っていった。すでにあれから1年半が経過している。成長の速いこの時期の1年半などもはや記憶のモズクになっていることがほとんどだ。にもかかわらず、私には昨日のこと、ついさっきあったことのように明確に思い出すことができる。
それからなんやかんやあってクラシック制度は存続し、トウカイテイオーは次の年からトレセン学園の生徒会長に就任したと、卒業したお姉ちゃんから聞いている。私はトウカイテイオーにひと言お礼が言いたかった。もう一度、私のヒーローに会いたかった。
一連の話をお姉ちゃんに聞いてから、このままウマ娘クラブに所属しつつ日本ダービーを目指すという予定を変更。クラシックに相当する年齢になるまでに中央トレセン学園に入学し、トウカイテイオーの前で日本ダービーを走ることが私の目標になった。倒れるまで走った。意識がなくなるまでトレーニングを重ねた。頭がパンクするほどに知識を詰め込んだ。ライバルはすべて後方へ置いてきた。そして、もはや身内に敵は無いと云われ始め、ランドセルを降ろす頃、私は中央の入学試験を受けたのだ。そうして無事に合格し、今に至る。
だだっ広い講堂に、新入生約400が詰め込まれる。入学式を目前にして、私は歓喜に打ち震えていた。ようやくここまできた。やっと、憧れ焦がれてやまなかったトウカイテイオーと同じステージに立つことができる。粛々と進行されていく行事など全くアタマに入らなかった。
「続きまして、生徒会長より挨拶です」
待ちに待ったプログラム7番。わかっていたとはいえ心臓は跳ね上がり、心拍数の影響で身体が熱を持つ。最後に残ったなけなしの自制心で尻尾を抑え、後ろの級友に迷惑をかけないことだけは守った。えらい。
生徒会長席に座っていたトウカイテイオーは音もなく立ち上がり、ステージ下中央で来賓にむけ恭しくお辞儀をした。ポニーテール、辞めたんだ。何のしばりもないロングヘアが絹のように床に向かって垂れ、それでありながら額の三日月は力強くその存在を主張している。
す、とアタマを上げ、階段を経てステージへ至るわけだが、その所作ひとつひとつが洗練されていて、私にはきらめく宝石か何かが動いているかのように見えた。
演台に立つ生徒会長トウカイテイオー。なんだか私たちのことをはじからはじまで見ているような、そんな錯覚に襲われちゃう。演題のヘリに両手をかけて、トウカイテイオーはようやく口を開いた。
「“僕”はテイオー。トウカイテイオー。生徒会長さ。“君”たちの入学を、在校生、生徒会を代表して歓迎するよ」
最初の一言が、ハウリングとともに私の脳を侵しにかかる。ああ、だめだ。どうしても舞い上がってしまう。尻尾がばったばったと舞っているのがわかる。後ろで“ちょ、ま、ええっ?”という級友の困惑した悲鳴が聞こえてきたが、今はどうでもいいのだ。
「君たちに楽しく、悔いなく、ここでの生活を送ってもらうために、僕ら生徒会から3つほどお願いがあるんだ。―ひとつは、自分の気持ちを抱えすぎないこと。もちろん言えないこともあると思うよ。けど、今日から君の周りには先輩が、先生が、そして僕たちがいる。君は一人じゃない。ふたつ、思ったことがあったら深く考えずにとりあえず意見して欲しい。僕たちも万能じゃない。手の届かないところだってあるし、僕たちの目線だけでしか動けないことだってある。そうするとどうしても取りこぼしや、君たちのやりやすいような環境いならないことだってあるかもしれない。そんなときは、遠慮せずに言ってほしいかな。君のその一言で“変わった”と思うのは君だけじゃないしね。…最後に、“ここに来てよかった”という思えるような思い出を作ってほしいかな。正直ウマ娘のレースの世界は厳しい。メイクデビューすら勝てずクラシックも諦め、結局なーんにも得られずに失敗してここを去っていく娘たちが大半。みんなはそれぞれ目指すものがあるかもしれない。でも現実として、“重賞のひとつでも勝てたら御の字”なんだ。そう易々と勝てるわけでもない。たとえば日本ダービーに勝って歴史にその名を刻めるのは、この400人以上居る中のたった1人でしかない。あえて厳しいこと言うけど、君たちのうち殆どはこのあとのトレーニングや模擬レースで、自分自身が抱いていた夢や幻がどれだけ甘かったか思い知ることになると思う。―けれど、それだけじゃない。この学園でやることは何もトレーニングを積むことだけじゃない。ほかのウマ娘たちと交流を深め、競い合い、時には協力して難題に立ち向かい、遊び、門限を忘れて寮長に怒られる。月並みなことかもしれないけど、君たちがここで過ごす6年間は、きっとその先ずっと忘れられないような体験をさせてくれるし、君たちの未来を支えてくれる杖になると思う。もし志半ばで学園を去ることになっても、それは変わらない。ライバルが、仲間が、思い出が、君を強くしてくれるはずだよ」
しん、と静まる講堂。トウカイテイオーは今一度息を吸った。
「実は僕、まだ高等部2年なんだ。よっぽどのことがない限りは来年もきっとこの学園に居ると思う。だから、今ここに居る君たちが、来年どれだけクラシックに進むのかわからないけれど、冠を賭けた戦いを見られるのを楽しみにしています。以上!」
礼をして足早に去っていくトウカイテイオーに、割れんばかりの拍手がささげられていた。私も、両手が破裂するくらいの勢いで手を叩いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
式典も終わり、生徒会役員や教職員の紹介もそこそこに私たちは寮に集められ、ルームメイトとの顔合わせを行った。鹿毛のロングヘア、若干ジト目がかった瞳をしていたルームメイトの彼女は、夜空に輝く一等星と同じ名前をしていた。
挨拶を手短に済ませ、荷物を放って私は外に出る。生徒会室は何処だ。初日くらい―初日だからこそ。トウカイテイオーに入学の報告をしておきたかった。通りがかった先輩らしきウマ娘を適当に捕まえて、生徒会室の場所を訊ねることにした。
「せ、生徒会室ですか?え―と、右手側の階段を1階まで下って、理事長室のふたつ横にありますよ」
瞳に桜の模様の入った、いかにも脚の速そうなウマ娘。私に場所を教えてくれると、“バクシンバクシンバクシーン!”という謎の呪文を繰り返しながらグラウンドへ向かっていった。
「ここね―」
理事長室のふたつ隣。ほかの教室とは作りの違う、けれど理事長室並みの年季がある木造の扉をしていた。
コン、コンと扉をノックする。
「こんにちは!今日入学したので挨拶にきました!」
どうぞ、という声が聞こえたので扉を開く。すらりとした、しかし身長はそれほど高くない感じの芦毛のウマ娘が出迎えてくれた。さっきステージでトウカイテイオーの横に並んでいた、生徒会副会長メジロマックイーンだ。かつて最強のステイヤーと呼ばれていたということだが、度重なるケガによりレースを退き、トウカイテイオーと共に学園のために動いているらしい。
「テイオー!お客様ですわ!」
メジロマックイーンの視線を追うと、その先には、私が会いたくて会いたくて仕方のなかった、クラシックを守ってくれたヒーロー、トウカイテイオーが、椅子に座って窓を眺めていた。
「君は―、確か新入生の娘だね。どうしたんだい、急に」
あの頃とは少し違う、トウカイテイオーの穏やかな視線が私と交わる。本当に私の目の前にトウカイテイオーが居る。それだけで私のアタマはショートし、心臓はオーバーヒートを起こしそうだ。
「自己紹介がまだだったね。僕はテイオー。トウカイテイオー。生徒会長さ」
そんなことはいちいち聞かなくてもわかっている。
「姉がお世話になっていましたから。トウカイテイオーさんのことはよく存じ上げています。あれ以来、あなたは私の目標であり憧れであり、ヒーローでしたから」
お姉さん、とトウカイテイオーは顎に手を当てて考える風なそぶりを見せる。
「―もしかして君は、あのときの…!」
どうやら思い出してもらえたようだ。
「ええ。あのときあなたが膝をついてまでその話を聞いてくださった、小さなウマ娘です。約束を果たしに来ました。トウカイテイオーさん」
そうか―、とトウカイテイオーの顔が緩んだ。しかし、どこかその瞳には悲しげな雰囲気がある。
「あら、あなた方お知り合いでしたの?」
台所に引っ込んでいたメジロマックイーンが再度姿を現し、私の前にカップを置いてくれた。湯気から漂ってくる甘い香りは紅茶のものだろう。ありがたくいただく。
「そんな大層なモンじゃないよ、僕は」
その悲しげな光を瞳に浮かべたまま、トウカイテイオーは目を伏せた。
「あのとき、僕ひとりでは何もできなかった。自分の思うことだけ騒いで、放ったらかしにしてたんだ」
トウカイテイオーが言うには、自分がクラシック廃止論に反対したはいいけれど、実際に事を企てて動いたのはエアグルーヴら先輩で、自分自身はその象徴にしかなりえなかったらしい。それでもトウカイテイオーなりに覚悟を決めて生徒会長になったはいいけれど、本人を除いては生徒会のことは右も左もわからない素人。前任者やその更に前任、シンボリルドルフというウマ娘がやっていた量の仕事は到底捌くことなどできなかったらしい。
そりゃそうだ。ここに入る数か月前にやっとわかったけれど、ここの生徒会―特にシンボリルドルフは彼女自身が力を持ちすぎだ。ヘタにオトナが動くよりも余計強い為にこうなったところもあるのだろう。
そもそもクラシック存続の件についても学生の領分を大きく超えている。学園のオトナたちは一体何してたのって、調べが進むにつれて思ったものだ。その大きすぎる力のせいで、彼女らが行っている活動はもはや自治に近しいものだった。
まるっと代替わりした生徒会にそんな大きなことが最初からできるわけもなく、トウカイテイオーはついに理事長に助けを求め、“ウマ娘の範疇”に収まることは彼女らで、それ以外の金銭や物件の管理など彼女らの専門外のことについては職員がその責を負うこととなり、生徒は生徒、オトナはオトナでそれぞれ学園の発展に寄与するという、ある種正常な姿勢に戻った。
前任の生徒会長が主導して発足した“U-NION”なる《ウマ娘による自らの競技環境改善のための連合》も、本部であるここの生徒会の回転が悪くなったことで、その運営権を秋川理事長に移譲。“学生本部”はそのままに、“運営本部”を設けることで問題を解決。実質生徒会の決済組織としての立ち位置を確かなものとした。
もろもろを孕み、生徒会の求心力、生徒からの興味関心は薄れつつあるが、それでもトウカイテイオーの経歴を知る者は彼女にそのすべてを預けられるという者も少なくない。また、常にグラウンドに出てウマ娘やトレーナーとの交流を図る様子を見て、それを支持するという動きもある。
「どうだい、惨めなもんだろ。実際になってみて気が付いたね。僕はあの人みたいな超常的な存在なんかじゃない。どこにでもいる平凡なウマ娘だったんだって」
紅茶をすすりながらトウカイテイオーは俯く。
「仕方ありませんよ。あの方たちが行っていたのは、さっきあなたが言っていたように学生の範疇を大きく超えている。普通に考えてできることじゃないんですよ」
常識的に考えて夜の見回りや予算の交渉諸々諸々、およそ学生がやることではない。私がこの間までいた施設もそういうのはすべてオトナがやっていた。
「理事長はそういう人だったんだよ。よく言えば僕らの好きにしていいってことだし、悪く言えば放任ってことになるかな。それを前の会長やその前の会長は活かせて、ボクには活かせなかったってことさ」
「せっかく来てくれた新入生の前なのに、卑屈になりすぎですわよ、テイオー」
2杯目の紅茶を終えて、メジロマックイーンはトウカイテイオーを窘めている。私はといえば、戴いた紅茶はアツすぎて、最初のひと口以降ロクに口をつけられていない。
「―まあ、確かに、以前と比べてできることは格段に少なくなりましたけど」
今の生徒会のメンバーはふたり。トウカイテイオーとこのメジロマックイーン。規則としてもうひとり必要な副会長は現状空席。その他トウカイテイオーとしては補佐であと
2人ほど欲しいらしいけど、あくまで自ら志願してほしいということでスカウトはしていない。
―だったら。
「私、生徒会に入ります。トウカイテイオーさんを手伝います」
それはやめといたほうがいいよ、とピシャリ言い切られた。
「気持ちはうれしいんだけど、コッチに来ちゃうとレースに支障が出ちゃうんだよね。僕たちはケガで終わったからいいんだけど。君の脚は日本ダービーを獲れるんでしょう?そんな逸材をこんなところで潰すわけにはいかない。レースとこっちと両立できるのはそれこそシンボリルドルフとナリタブライアン、エアグルーヴみたいなバケモノたちだけだよ。今日ここに来たばかりでその選択はあんまり早い。もうすこし自分のことも考えてみな。—時が来たら、もしかしたらコッチから迎えに行くかもしれないね」
その言葉に、一応“目はかけてもらっている”と思った私はもうすっかりのぼせ上がって、ぎりぎり残った理性で一礼し、生徒会室を飛び出した。私の青春は、今日から始まるのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「会長。こちらお願いします。ブライアンも」
「ああ」
東京、渋谷。高層ビルに入居する《U-NION運営本部》。この団体の運営についての権限が中央トレセン学園生徒会から同理事長に移譲されたことにより、秋川はテナントを拝借。学園を卒業すると同時にそのまま就職する意思を持っていたエアグルーヴとナリタブライアン、そして再起への道を探していたシンボリルドルフへの情と、自らの下につけておくことによる抑制の意味もあり、同団体の運営は基本的にこの3人に任されることとなった。
「なあ、アタシらがここに来てから1年、ルドルフも会長でもなんでも無えっつってんのに、その呼び方は変わらねーのか」
エアグルーヴによってうず高く積まれた紙の山から目をそらしつつナリタブライアンは上げ足を取る。
「う、うるさい!仕方なかろう、今更―!」
まあいいじゃないか、とシンボリルドルフはけたけた笑う。
「エアグルーヴに会長と呼ばれる私は今日も快調、絶好調、とな」
… … …。
「アイツのやる気を下げることだけはやめてくれ。帰れなくなる」
無言で頭を抱えるエアグルーヴと、まるで寒いギャグでも聞かされたかのような目つきでナリタブライアンはシンボリルドルフをじっと視線でけん制する。
「―なんだ、お前たち最近つれないじゃないか」
言いながら仕事にかかろうとしたところで、17時30分、終業のチャイムが鳴った。
「ここは我々しかいないから上も下もない。毎日好きに帰れることが利点だな」
早々にナリタブライアンが荷物を片付けにかかる。しかし今日はそうにもいかないらしい。シンボリルドルフはスマートフォンと取り出しなにやら連絡をとっているようだ。
「あと数分で着くらしい」
「店はもう決めているのか?アタシは腹が減っていてな」
自分の荷物を片付け終えたナリタブライアンはその腹をさする。そうしている間に、オフィスの扉がガラガラッと引かれた。
「ごめん!遅くなって!」
制服姿のテイオーが息を切らしながら扉にしだれかかっていた。
「いや、私たちも今仕事を終えたところだ」
パチリ、とカバンのロックをかけつつシンボリルドルフは答え、なにそれ、デートみたいだね!とテイオーは笑う。
「今日は未成年者もいることだしアルコールは無しだぞ、エアグルーヴ」
「な…ッ!貴様私を酒乱のように!」
ナリタブライアンにけん制されたエアグルーヴはカッと顔を赤くして反論する。シンボリルドルフはともかく、彼女がアルコールを摂れる年齢になってから数日しか経っていない。しかし、ナリタブライアンの様子からして大変なことがあったらしい。
「ところで、今日入学式だったんだろ?お前の目に留まるウマ娘はいたのか?」
「うーん、ひとり居たけど、彼女はその前にレースかなって“ボク”思うよ。なかなかこっちとの両立なんてできたもんじゃないからね」
そうだな、とシンボリルドルフはうんうんと頷く。そのどちらも両立させてみせた慮外のバケモノは自身だということを認識しているのだろうか。
「ボクたちのこと見限って海外に行っちゃったウマ娘たちに、”日本もまだやれるぞ“っていうところも見せて安心してもらわなきゃいけないから、大変だよ」
可能な限り表に出ないようにしていたとはいえ、完全に情報を抹消することなどできない。どうしてもどこからか一連の事件の話が漏れ、海外に活躍の場所を求めるウマ娘も少なくなかった。それぞれのカテゴリのエースを欠いた状態で開催されるレースはいわば“華に欠け”、投資してくれるスポンサーも少しずつではあるが離れていった。低迷とまではいかないが、どうにも面白みにかけてしまったそれを元通りにするのもまた、彼女たちの使命であろう。
「一番近いところから意見が聞けるのはお前だからな、テイオー」
エアグルーヴがテイオーの肩を叩きながら労いつつ激励する。社会を経験した年長者の雰囲気をテイオーはそこに感じ取った。その温かみに若干の名残を覚えながら、2歩、3歩先まで彼女たちの先を行った。
きっとこれから様々な困難が待っていることだろう。心を折られることもあるだろう。しかしテイオーはひとりではない。倒れてしまいそうなとき、折れてしまいそうなとき、それを支えてくれる仲間が、きっとどこかにいる。そうしてたくさんの支えのもと、テイオーは立っている。芯を支えるテイオーが崩れないように、他の者で支え、絶妙なバランスで安定する。それを正しい道に導くのが、まずひとつテイオーの使命だ。
「―できるさ」
「ボクはテイオー!トウカイテイオー!生徒会長だ!」
完
やく3ヶ月にわたりお付き合いいただきありがとうございました。pixivで見た、トウカイテイオーが生徒会長してるイラストを見たのが初めてでした。着地点は大きくずれたし各登場人物に見せ場作るっつってたのに作れなかったし課題は課題としてたくさんあると思いますが、とりあえず終わらせられたことに今は安心しています。
ここまでお付き合いいただいた方、感想やコメントを戴いた方も本当に励みになりました。ありがとうございました。