トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

51 / 66
前の作品を掘り起こすのも気が引けたのですが新しいアイディアがなーーーーーーんもうかばんし、書かないとヘタクソになりそなので許してください。


本編に関する話
シンボリルドルフが見つけた可能性


人生の主人公はそれを生きる自分自身。それは揺るぎようのない事実だ。―しかしながら、その人生をすべて“自分自身のため”だけに使うことができるとは限らない。例えば、結婚して家庭を持てば、必然的にそれを維持するために本意に背かねばならないことだってある。そうでなくても、どこかに属したり、なにかを守ったりするとき、損得勘定から自分自身を抜いてまでせねばならないことも往々にしてあるものだ。

 

それも含めて本人の選択であり本人の歩む道である。いつだってその中心にいるのはそれを歩む者でしかないのだが、その本質は別のところに行ってしまうのだ。自らの意志に関係なく、そう動かされ、ほかの誰かが得をする。世の中はそうして回っていることが多い。

 

「ふう…―」

 

シンボリルドルフはそういったジレンマにここ数年悩まされていた。すべてのウマ娘の幸せのために。そのような大層な夢を掲げ、自らの立場がそうなることは当然、覚悟の上ではあったのだが、人間換算でいえばまだ高校生。多感な時期にそのようなことではいくら皇帝といえ疲弊することだってある。シンボリという大きな家に確かな才能と“ルナ”という名を持って産まれ、強い気質から頭角を現し、圧倒的な成績をもって“ルドルフ”の名を新しく与えられ中央へ乗り込んだ。

 

その中央でももはや誰も止められるものなどおらず、進むがままにGIクラス7勝。クラシック3冠、春の盾、ジャパンカップ、そして二度の有マ記念。緑色の勝負服に勲章として輝くその経歴は、ほかの誰もが畏れ、敬い、ときに崇拝されるまでになった。

 

学園の生徒会長という要職にも就いた。文武ともに著しく秀でておりまさに“唯一抜きんでて並ぶものなし”の言葉を自身でもって体現するようになった。次第に“皇帝”という言葉が独り歩きをしだし、いつしか彼女は何処にいても生徒会長、あるいは皇帝であることが求められ、その存在は偶像と化しつつあった。

 

生徒会の仕事に縛られ、気付けば夜も更けた。休憩がてらに紅茶を淹れ、カップ片手に窓を開け放つ。夜の闇に冷えた空気が風になって彼女の顔を撫でていった。サッシに半身腰掛け、柱を背もたれ替わりにして体重を預ける。少々品性に欠けるが、シンボリルドルフはこの窓から見る月がお気に入りだ。今宵は三日月、彼女の前髪にある誇りと同じ。

 

白い湯気がゆらめくカップを傾けて紅茶をすする。キレのある苦みと花の香り、後に残るわずかな甘みが身体を温めてくれる。ほうと吐き出した息が白く虚空に消えていくのを見て感じるは諸行無常。変わらないものなど無いのだと自らに言い聞かせる。

 

生来、彼女はわんぱくで負けず嫌いな性格であった。もともと人よりも筋力のあるウマ娘である。それが年相応に暴れたりなどすればその被害は計り知れない。やんちゃしたり、なじみのウマ娘―特にシリウスシンボリ―に揶揄われたりするたびに、彼女の部屋や家の壁や床はそのストレスをすべて受ける羽目になっていた。

 

ときおり駄々をこねることもあった。ある日両親に連れられて訪れたデパートで見つけた水色のピアス。その底知れぬ輝きに一目惚れした彼女だったが、とても自身の小遣いで買えるような値段ではなかった。引っ張られてそれを見た両親ですら目玉の飛び出るような価格であったが、まるで人間の幼稚園児のようにひっくりかえって四肢を投げ出し泣きわめき暴れ散らかし、半ば呆れられながらも買ってもらったのだ。それは“ルドルフ”となった今でも、彼女の右耳にささやかな輝きを添えている。

 

感傷にふけり、右耳に手をやるとチャリ、という音を立ててピアスがじゃれてくる。今ではこれが、“ルドルフ”が“ルナ”であったことの唯一の名残のようなものになってしまっていた。感情の波にのまれてしまい耳が動いたとき、かすかに耳元で鳴るこの音が、ルドルフをぎりぎりのところでルドルフとしてとどめておいてくれる。“ルナ”を殺し“ルドルフ”を演じるための鍵でもあるのだ。

 

がちゃり、と生徒会室の扉のノブが回る音がする。シンボリルドルフは慌てて窓枠から降り、さも最初からそうしていたかのように壁に体を預けて紅茶をすすっているフリをした。―入ってきたのは、エアグルーヴだった。

 

「会長―」

 

見回りの帰りかついでか、懐中電灯片手に訝し気味に入ってきた彼女は心底驚いたような顔でシンボリルドルフを見た。

 

「やあ。こんな時間に、どうしたんだ」

 

特に疑問符を浮かべるでもなく、シンボリルドルフは淡泊に質問を投げつけた。先のようにエアグルーヴの持ち物からおおかた察しはつくのだが、話のネタというやつだ。

 

「え、ええ。見回りをしていたのですが、途中この部屋の窓が開いているのが見えまして。何者かが侵入しているのではないかと思い確認に来たのです」

 

エアグルーヴもまた、淡々とそれに答えた。

 

「だとすると見回りはまだ終わっていないな?私も手伝おう」

 

備え付けの懐中電灯を取り、若干着崩れた制服を正し、―その上から1枚羽織り、見回り中の副会長と共に行こうとするシンボリルドルフを、エアグルーヴは止めた。

 

「やめてください、会長。だいたい今日もこんな時間まで何をなさっていたんですか。たづなさんや理事長さえ今はお休みになっているのですよ」

 

そのキツめな目つきでシンボリルドルフを睨―むにはちょっと勇気が足りなかったか、それでも目線は逸らさずにエアグルーヴは諫める。

 

「そ、そうか―。…では、後を頼む、エアグルーヴ」

少し困惑したような顔つきになったがすぐに直り、労をねぎらわんとばかりにエアグルーヴの肩をぽん、ぽ、と叩いて、シンボリルドルフは奥に引っ込んでしまった。

 

彼女が毎日遅くまで生徒会室に残っているのを、エアグルーヴはいつも見ていた。何度も手伝うと申し出たが、そのすべてをやんわりと断られてしまった。いつもそうして冗談ではない時間になり、ナリタブライアン、マルゼンスキー、そしてエアグルーヴとひとり、またひとり部屋を出て、最後に一人残るのは決まってシンボリルドルフであった。

 

エアグルーヴは、生徒会長、皇帝として君臨するシンボリルドルフにもはや崇拝に等しい感情を抱いており、それに仕えているという事実に喜びを覚えていた。シンボリルドルフの右腕左腕となり奔走することに何の苦も覚えなかった。同時に、こうしてシンボリルドルフが一人で根を詰めているときに全くと言っていいほど頼られないことにどうしようもない苛立ちの感情も少しずつ膨らんでいる。ぷるぷると首を振り感情のもやを霧散させると、彼女はいつもどおりの表情に戻って、見回りを続けた。

 

「―今日は何をしていらっしゃるのですか」

 

それでもなお生徒会室から漏れていた明かりは消えず、されどもそれを流すほどエアグルーヴは薄情でもなく、再び生徒会室を訪れた。シンボリルドルフは書類の山に埋もれている。

 

「ああ、エアグルーヴか。見回りは終わったのか?私はな―、入学以来の宿願がようやく叶いそうで、動いていなければ落ち着かないんだよ。つい、“あと1件、もう1件”となってしまってな」

 

それは大変結構なことですが、と、来る途中自販機で購入したあたたかいポタージュを投げてよこし、エアグルーヴも席に着く。並べられている資料をぴら、と一瞥するに、なにかしらの規約の草案のようだ。

 

「会長がお休みになられていないと我々も安心して休むことができません。仕事が順調で会長のお気持ちもわかりますが、ここは私たちのためを思って、ちゃんと休みの日には休む、時間外はほどほどにしてください。私たちは社会人ではなく学生なのですよ。学生の、特にここに通うウマ娘の本分は会長もご存じのはずです。たまっている疲労が身体に出る前に、しっかりとお休みになってください」

 

諦めたのか、“そ、そうか―”という力のない返事とともに、シンボリルドルフは卓上に散乱している紙をまとめ始めた。

 

「すまないな、エアグルーヴ。いつも苦労をかけて」

 

一緒になって資料をまとめてくれているエアグルーヴに礼を述べる。

 

「いいえ。会長の任期もあとわずかなのですから。いい加減私たちだけで仕事がこなせるようにならなければいけませんからね」

 

高等部にあがってから3年間。シンボリルドルフが会長職に就任してから長いが、その初日からエアグルーヴは彼女の傍らに居た。彼女が学園を完全に理解するまでには1年と半年を要した。それまでに出してしまった客観的に見ていささか理不尽、横暴ともいえるような政策―学生レベルでの―や、直近のウマ娘らにとってはあまりよいとはいえないようなやり方でも、何一つ異を唱えず、シンボリルドルフを信じ、不満や異論を唱えるモノたちを説得して回り、白かったものを黒くし、生徒会の―シンボリルドルフの筋を通してきた。今やシンボリルドルフはウマ娘の間はおろか、その関係者ですら知らぬモノは無いという程にまでその影響力を蓄えているが、常にその右隣にはエアグルーヴ―女帝の姿があった。

 

シンボリルドルフにはそれがよくわかっていた。自身の今があるのは彼女の頑張りがあってこそだと痛感していた。だからこそ、自分にできることはできるだけ他人の手を借りることなく片付けたかった。それ以外のことで神経を減らしているエアグルーヴやナリタブライアンの負担を少しでも減らしてやりたかったのだ。

 

同時に不安でもあった。付き合いの長い彼女たちは優秀だった。シンボリルドルフの思うことは、それを言葉にする前に揃えてくる。非常によくできた副会長たち―なのだが、それまでなのだ。あまるに長いつきあいであったがゆえに、彼女たちは“副会長である”ことその極致へと至った。が、シンボリルドルフが次に求めるモノ―、自らに並び立つ存在とはならなかった。

 

次期生徒会長はエアグルーヴ。公表はしていないもののシンボリルドルフの心中ではもう決まっており、これに納得しないものなど居ないはずだ。しかし、ヒトを助けることしか知らぬモノにヒトを導く力があるだろうか。シンボリルドルフには大いに疑問だったし、自らが進んで悪者になるというエアグルーヴの癖もあり、学内での評判もまた不安要素になり得た。

 

ほぼ間違いなく次の生徒会は、今ほどの求心力は持たない。エアグルーヴやナリタブライアンが悪いのではない。シンボリルドルフがあまりにも全能すぎたのだ。神は二物を与えないとはいうが、ことシンボリルドルフに限っては三物も四物も与えられている、と様々な人やウマ娘はそう云うのだ。―尤も、それは彼女の尋常ならざる努力の末に裏打ちされたものにすぎないが。

 

故にシンボリルドルフは、自らと同じく絶対的な優位性を以てこの座に君臨するであろうウマ娘を探し求めていた。レースという、ここトレセン学園に所属しているウマ娘にとって学生業と同じ、下手をすればそれ以上に重要なものから一線を退き、学園に規定されている在籍年数を最長まで引っ張って探し続けて、ついぞ彼女の前にそれは現れなかった。しかし時間はそれを待ってはくれずに過ぎ去ってゆく。年が明け、シンボリルドルフもあと2ヶ月と少し経ったころには学園を去っているのだ。秋川理事長からことあるごとにせっつかれているが、答えはまだ出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようカイチョー!今日はいい天気だよ!」

 

エアグルーヴとのあれやそれの翌日。特に理由もなく生徒会長の椅子に座るシンボリルドルフと、朝の風紀チェックに出発しようと準備を進めるエアグルーヴ、それを眺めながらあくびをするナリタブライアンというなんとなく締まりのない生徒会室にトウカイテイオーが現れた。

 

「ああ、おはようテイオー。いい天気だな」

 

うん、と力いっぱいうなずいて見せるこのウマ娘は、シンボリルドルフに憧れ、慕い、彼女を目指して進み続けている。先の有マ記念でビワハヤヒデとの死闘を演じた際に再々再々度脚を壊し、しばらくの間は療養しなければならないらしい。

 

「ストップウォッチ、借りてくね!」

 

シンボリルドルフ目当てで生徒会室に入り浸り、もはや顔は割れているのをいいことに、生徒会室の備品を引っ手繰って部屋を飛び出そうとするトウカイテイオー。エアグルーヴですら制止をあきらめているのか、一瞥もくれずに自分のなすべきことを進めていた。

 

「今日はどうするんだ?」

 

ストップウォッチを3つも握りしめているトウカイテイオーを見てさすがに気になって、シンボリルドルフは訊いてみることにした。

 

「うん!今日はスズカのスプリントを計りながら、スペちゃんの2000、ゴルシの2200を見るんだ!特にスズカは前哨戦が近いから、誰かついてないとあぶなっかしいからね!」

 

トレーナーの手伝いも板についてきたらしい。笑顔を湛えてトウカイテイオーは答えた。

 

「そうか。―お前はその、もどかしくは感じないのか?」

 

トウカイテイオーは走れない。にもかかわらず、トレーナーを手伝い、“走れる”ウマ娘たちのために今もこうして道具を借りに来ている。いくら事実として走れないということはわかっていても、やはり目の前でサイレンススズカのように気持ちよく駆け抜けられると複雑な気持ちになってもおかしくはないはずだ。弱い自分を恨むかもしれない。けがをさせるようなトレーニングをさせたまわりを恨むかもしれない。―しかし、トウカイテイオーから帰ってきた言葉は意外なものだった。

 

「うーん。確かに最初のころはそう思ったこともあったかな。誰も悪くないのはわかってるし、だからこそ湧いてくる怒りや悔しさ、悲しみをどこにぶつければいいかわからなかった。だけどこう、何回もこうなるうちにさ。トレーナーの手伝いをして、誰かにアドバイスしてさ、それで速くなってるのを見ると、これもいいもんだなって思えてきたんだ。だからねカイチョー。ボクは今のこの状況に悲観はしてないよ。もちろん治ったら全力で走りたいけど。でも、今は今で楽しいよ、ボク」

 

まるで雷にでも撃たれたようだった。幾度の怪我、挫折を経て勝利を手にしたトウカイテイオーは、同世代の、いや、ウマ娘が競技をしている間は決して至ることのない領域へたどり着いていた。走ることはウマ娘の本能。それを物理的に阻害されるストレスを、他人へのアドバイスやトレーナーの手伝いというカタチに昇華している。さらに副産物として、競技する側からではわからない、自らの経験をなぞった客観的かつ現実的にモノを見られるようになった。そうできるだけの精神力をトウカイテイオーは手に入れていたのだ。

 

“じゃあ、行くね!”と部屋を出て駆けていくテイオーを、シンボリルドルフはぽかんとして見送るしかなかった。再び静まり返る生徒会室。何か得心したような晴れ晴れとした表情でシンボリルドルフは席に着いた。

 

「なあ、いちど座ってくれエアグルーヴ」

 

腕章片手に生徒会室を出ようとしていたエアグルーヴを制止し、今一度椅子に座らせた。今までそのようなことはなかったので、不思議そうな顔をして着席し、シンボリルドルフの言葉を待った。

 

「ずっと保留にしていた次期生徒会の話だが。今やっと決めることができた」

 

その言葉に、半分寝ていたナリタブライアンも耳と視線が反応する。エアグルーヴもすぐ表情に出た。

 

「か、会長まさか、まさかですよね?」

 

そしてこれから言わんとすることを察したのかエアグルーヴは激しく狼狽える。おそらくエアグルーヴは自らの身の程を理解している。シンボリルドルフのようにはなれないとわかっている。しかし、それでもなお次期生徒会長という肩書の前には気持ちの昂ぶりを抑えられずにはいられなかった。と同時に、シンボリルドルフが今こうして、己に並び立たんとするモノ―エアグルーヴの上に立つモノを見つけたことに言いようのない苛立ちも覚え、同時に困惑していた。

 

「次期生徒会役員は選挙ではなく指名を以て組織する。寮長は続投。生徒会長はエアグルーヴ。副会長はナリタブライアンと―」

 

これから言われる言葉を理解して頭を抱えるエアグルーヴと、新しい時代を予感して瞳がギラつくナリタブライアン。双方といまいちど視線を合わせて、シンボリルドルフはそれを唱えた。

 

「トウカイテイオーだ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。