ミスターシービーはシンボリルドルフやマルゼンスキーのひとつ上、エアグルーヴやナリタブライアンはそのひとつ下、ということになっています。だので、ミスターシービー→シンボリルドルフ→ナリタブライアンの3年連続クラシック三冠が成り立ちます。
「チカラで敗けた。それ以上でもそれ以下でも無い。それだけだ。―わかった。わかったからそんなに膨れたツラをするんじゃない」
トレセン学園恒例の夏合宿までもう間もなく、生徒たちはにわかに沸きだっている様が伺える。それを影で支えるべくしてある、昼下がりの生徒会室。
ナリタブライアンは、眼前の膨れたウマ娘に心底辟易していた。
このウマ娘のことは憶えている。いつかシンボリルドルフとクラシック、ティアラをの存続を賭けたすったもんだの最中に、トウカイテイオーに談判しに来たウマ娘だ。
1年とちょっとして、誰かと同じようにトウカイテイオーに憧れトレセン学園に入学、そして誰かと同じようにトウカイテイオーに懐き、そして誰かと同じように生徒会室に入り浸るようになり、そして誰かと同じように、トウカイテイオーがU-NION運営本部へ仕事の邪魔をするのに着いてくるようになった。
「もぅ。せっかく来てくれたんですから、ちゃんと話してくださいよ、ナリブの姐さん」
ナリタブライアンが奢ってやったパックジュース―中身を吸い尽くしてぺたんこであったそれが、がふたたびパンパンになった。同じくらい、茶髪のボブが嫌に似合うそのウマ娘はわかりやすく膨れツラをしている。
「その呼び方は辞めろと何度言えばわかる」
《ナリブ》という呼ばれ方を、ナリタブライアン本人は―格好がつかない―あまりよく思っていない。しかし、しかしである。《姐さん》と言われるのは存外悪い気はしないもので、もはやこの受け答えは形骸化したに等しい。
「まだ言ってんですかぁ?もう1年半経つんです、いい加減慣れてくださいよ、姐さん」
《姐さん》という言葉にどうしても耳が揺れる。ながらく姉と呼ぶ立場にあった故に、呼ばれる側の悦が全くないと言えば嘘だ。が、それはそれとしてどうにも、眼の前のウマ娘に転がされているような気がして釈然としない。
「―お前の期待するほど面白い話はできんからな」
自分用に―勝手に淹れた、生徒会副会長メジロマックイーン特選の紅茶をひと口すすり、ナリタブライアンはぼふんと音を立てソファに座り直した。
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《妹は大丈夫だ!妹は大丈夫だ!ミスターシービー、シンボリルドルフに続きなんと3年!3年連続のクラシック三冠ウマ娘でありますナリタブライアン!7バ身差!あまりにも圧倒的!シャドーロールの怪物であります!》
秋の京都。大歓声の中にナリタブライアンは居た。トレセン学園に入学してから2年半。ひと学年400は居ると言われている同校の同世代、ひいては全国でみたとて、彼女を止められる者などもはや存在しないに等しかった。
1年次―ジュニアマイル王者を決める朝日杯で頭角を現すと1年の沈黙。3年次に満を持して参戦したクラシック路線で、こうもあっさりと三冠を獲ってしまったのである。
その年の有マ記念に1.2倍という圧倒的一番人気に推され出走し、次点のヒシアマゾンに3バ身つけての圧勝。世代どころか現役最強を証明した。
「アタシは強かった。現にこうしてトゥインクル現役最強になったんだしな。だが、世間の声は変わらなかった」
ふた口目の紅茶をすすり、ナリタブライアンは少し苦い表情。―まあ、今思えばアタシもガキだったからな、と話を続ける。
確かに本年の有マ記念の勝者はナリタブライアン。これはブレようのない事実であり結果である。しかし世間はこう云うのだ。真にトゥインクル最強なのはシンボリルドルフだと。
どういうわけかシンボリルドルフは本年の有マ記念に出てこなかった。もともとシンボリルドルフと他、というくくりでここ2、3年ほど見られていたのだ。その《他》が争ったところで、というのが世論の大半を占めた。
これにナリタブライアンは憤慨した。なぜアタシの勝利はこうも祝福されないのかと。なぜアタシの強さを認めてくれないのかと怒り、そのままの勢いで年明け直前、生徒会室へ単身殴り込んだのである。
ノックもせずに開いた扉の向こうには、玉座におわす生徒会長、そして見たことのあるツラがふたつほど並んでいた。
「君は―」
いきなり無造作に開かれた扉に多少面食らったかのような表情。シンボリルドルフはナリタブライアンをしばし見つめ、柔らかく笑った。
「くくく、そうか。やはり類は友を呼ぶか。」
何か得心したようで笑い出すが、ナリタブライアンには関係の無い話であろう。ツカツカと中へ押し入り、シンボリルドルフの居る机を叩いて威嚇した。
「そんなことはどうでもいい。アンタ、シンボリルドルフだな?アタシと勝負するんだ。今すぐグラウンドに―、」
「いきなりやってきて随分な物言いだね、キミ。まずは名乗るところからじゃない?」
昂っていたナリタブライアンを、明らかに険を孕んだ色を持った声が制した。その主はやはり訝しげな視線をこちらに送ってくる。アルファベットのふたつ並んだ白い帽子が特徴的だった。
「まあいいじゃないか、シービー。彼女は私に用があるようだ」
あかんべをして、そのウマ娘―ミスターシービーは引き下がる。それを視線で見届けたシンボリルドルフは、改めてナリタブライアンに向き直り問うた。
「ナリタブライアン。本年のクラシック三冠ウマ娘であり、先の有マ記念の勝者。本年の年度顕彰バまったなしの様子。いつか折を見て話をする機会が欲しかったが―、君はいずれ此処にやってくるものだと思っていた。ふむ。まずはその見当が当たり嬉しく思うよ」
それで、要件は何かな?―と、僅かながら眼光を鋭くし、生徒会長シンボリルドルフはナリタブライアンを見据えた。
「先にも言った。アタシと勝負しろ」
「どうしてかな?」
「納得がいかないからだ」
なるほど、とシンボリルドルフは黙り込んだ。
「今年アタシはクラシックを総て獲った。先日の有マ記念にだって勝利してみせた。だのに、世間はシンボリルドルフこそ現役最強だと云うてやまない。どういうわけかレースに出すらしなかった皇帝が、その虚像が、必死こいて走ってきたアタシたちより、勝利したアタシより強いと、速いと云う。それが納得いかない。アタシは強い。もう誰もアタシの前を往けない。ただひとりでその可能性を残しているのはアンタだけだ。アンタを斃してアタシは真に現役最強になる」
ちょっと待って、とミスターシービーが割って入ってきた。
「それってさァ、つまりキミにはアタシすら眼中に無いってことだよね?一応これでもルドルフの前の年に三冠獲ってんだけど?」
ハンと鼻で笑う。
「シンボリルドルフに叩き伸されて生徒会長の座を明け渡し、挙げ句ドリームトロフィーリーグなどというエンタメに走るようなヤツに興味はない」
バッサリと切り捨てた。
「この―ッ!」
キレたミスターシービーが詰め寄るが、もうひとりのウマ娘の腕がその胸の前に伸びた。
「やめてください、シービーさん。彼女の言ってることは間違ってないわ。残念ながら、私たちではルドルフには勝てない」
「マルゼンスキぃ…ッ!」
とはいえ、と、マルゼンスキーといわれたそのウマ娘が、ナリタブライアンを視線で刺す。
「いきなり押しかけてきて、そちらの都合ばかり宣って、あんまり気持ちのいいものじゃあないわね。ルドルフ、受けることはないわ」
当のシンボリルドルフはその一部始終を沈黙し目を閉じたまま流していた。マルゼンスキーの言葉の後数秒の沈黙。その数秒がナリタブライアンにとっては嫌に長く感じ、シンボリルドルフが目を開いたのに歓喜さえ覚えた。
「君が求めるものは何だ」
「アタシが求めるものは最強の証明だ」
「私に勝つということを求めているわけではないのか」
「くどい。アンタを斃すのはあくまでその手段にすぎない。例えばその為にミスターシービーを斃さればならないなら、アンタなど眼中になく迷わずそうする。いま、この瞬間、誰がいちばん強いのか。その証明をするために此処に来ている」
ふむ、と再びシンボリルドルフは思考に耽った。
「君は傲慢だな」
暫くして皇帝は呟いた。
「クラシック三冠、そして た か が 有マ記念をいちど獲っただけで最強を気取るか」
あからさまに7冠をひけらかし上からモノを言うシンボリルドルフ。対してナリタブライアンは耳ひとつ動かさない。
「ここにいるだけでクラシック三冠ウマ娘は3人だ。そう珍しくもない。そして有マ記念など一体何度開かれていると思っている。君はその数多の勝者のその一部に、その栄光の末端に名を連ねただけに過ぎないというのに」
「過去の話などどうでもいい。今年の有マはアタシが獲った。現役最強はアタシだ。アンタを斃してそれを証明する」
ふふふ、あはははは!!とシンボリルドルフは高笑いした。その様にマルゼンスキーは目を剥き、ミスターシービーに至っては慄いて後ずさった。
「いいだろう!君のその傲慢さに免じて、このシンボリルドルフ、全力で相手をしよう!今すぐにと言ったな。いいだろう。マルゼンスキー、至急総務課にグラウンド貸切の手続きを。ああ、今からだ。シービーはグラウンドの人払いを頼む」
何も言わずただ頷き、ミスターシービーとマルゼンスキーは生徒会室を飛び出していった。
高笑いしながら椅子を立ち、シンボリルドルフもふたりに続こうとするが―、
そうだ
と立ち止まりナリタブライアンを見やる。
「最強を賭けて戦うのだ。勿論、己のプライドもぶつけ合うのだろう?」
不敵な笑顔と、カツン、カツンという靴音を残して、皇帝はその居城を後にした。
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グラウンド貸切の手続きは直ちに行われ、その場に居た生徒たちは強制的に退去させられた。どうにもシンボリルドルフが生徒会長権限で貸し切ったらしいという情報はは数十分のうちに広がり、そうまでしてグラウンドで何が行われるのかと、授業のないことをいいことに、グラウンドの周りはごった返していた。
「みなさん!静かにしてください!落ち着いて!」
騒ぎが大きくなりすぎた。ことを聞きつけた理事長の命により大人たちも出張らずを得ず、全身緑色の女性がメガホンで何かを叫んでいる。しかしそれでも押せよ退けよの雑踏は収まらない。
どのくらいそうしていただろうか。まさに阿鼻叫喚とされるそれが、はたと静かになり、全身緑色の女性は何事かとグラウンドを見やった。
シンボリルドルフだ。
勝負服だ。
それを見た皆は圧され、物言わぬカカシとなる。シンと静まり返ったグラウンドの中央に皇帝は陣取り、腕組み、仁王立ちで固まった。
固まったシンボリルドルフは、歓喜に打ち震えていた。
かつてここまで己に食って掛かってきたモノが居ただろうか。彼女には持ち得なかった傲慢さがナリタブライアンにはある。皇帝の宿願にナリタブライアンは不可欠であると、あの問答を以て判断した。聞く限り実力も申し分ない。あとは実際に走って確かめるだけ。オグリキャップも、ミスターシービーもなし得なかった、《シンボリルドルフに並び立つ存在》となる可能性を秘めたウマ娘に、皇帝は燃えていた。故にこの戦いは負けられぬのだ。
暫くして、にわかにギャラリーがざわつき始める。誰しもが気にしていた、皇帝に《挑む者》。それがようやく現れたのだ。驚く者、興奮して叫びだす者、得心した者。様々な反応の渦を一直線に、シンボリルドルフのもとへやって来た。
「そちらから頼んでおいて、待たせるとはな」
「アンタ、こうして待ち構えてるのが好きなんだろう?合わせてやったんだ。感謝して欲しいくらいだね」
トレーニング用ゲート装置の配置を終えたマルゼンスキーが、やや疲れた様子でふたりのもとへ駆け寄ってきた。
「はあ、はあ…。全く、疲れるなんてもんじゃないわ、これは」
ほんの数瞬だけシンボリルドルフを視線で刺すと、マルゼンスキーは事務的に語りだした。
「芝、2500、右。グラウンドは平面なのでコースそのものの再現は不可能だけれど、回り方は有マ記念と同じ。これが、アナタとルドルフが走る条件。もしこれが呑めないようならルドルフは走らないわ」
異存なしとふたり約束を交わす。それじゃ、と先導するマルゼンスキーに従い、ゲートに収まった。
チキチキチキチキ………とゲートオープンへ向けてのタイマーがまわっていく。このタイミングはランダムになっており、いったいいつ開くのか、セットした本人すらもわからない。
ヒシアマゾンの言葉を借りるならタイマン。逃げも先行も差しもあったもんじゃない。前と後ろ。思惑が重なりハイペース、もしくはスローペースになるか、割れてうまく収まるかの3つにひとつ。ぐるぐる考えても仕方がない。手前のやるべきことやるだけだと、ナリタブライアンは思考を止めた。
チキチキチキチキチキ―………、パシュン!
ゲートが開いた。同時にスタートするふたり。ほんの20メートル程ナリタブライアンが前に出たように見えたが、シンボリルドルフ先頭、2バ身程空けてナリタブライアンというカタチに収まった。
やはりか、とシンボリルドルフは内心笑みを浮かべている。確かにナリタブライアンは強い。速い。が、その強さ速さを推している要素として《恐怖》の存在は大きいと推測する。
では何に対する恐怖か。
影である。
それの何に恐怖しているかは本人に聞かなければ分からないが、あの鬼気迫る様子からして間違いない。
後方から迫る影から逃れたいが為。それが彼女のあの速さの一端。だから今回もナリタブライアンは、無意識に《影に追われなくてもよい》後方を選んだのだとシンボリルドルフは考察した。
この時点でシンボリルドルフは考えを違えていた。残り800、ナリタブライアンが仕掛け、外から皇帝を綺麗にパスする。シンボリルドルフも合わせて追走した。
いつか私の影を認めて集中が途切れるはずだ。そこを狙って―!
切れない。
ナリタブライアンは集中したままだ。
並んでみる。
切れない。
ナリタブライアンの集中力が切れない。
後方から影を見せてもまるで意に介さない。なぜだ。逆に付けられた2バ身を詰めることができない。
そう。
いよいよ直前に入る頃、シンボリルドルフは自らが違えていたことに気づいた。
ナリタブライアンは影に恐怖しているのではない。
影と《戦って》いるのだ。
最強とはただひとり。つまりライバルなど居もしない。孤高とは孤独であり、そんなナリタブライアンと唯一マトモに張り合えるのは、彼女の影くらいのものだった。
自らが加速すればするだけ、あちらもまったく同じ動きで着いてくる。当然のことながら、それがナリタブライアンの闘争本能を刺激する。それは今日この瞬間も例外ではなかった。
これはかの皇帝といえど認めざるを得ない。
ナリタブライアンは強い。
が。
それはそれとして。
私の方が強い。
その実力に敬意を表し見せてやろう。
皇帝の神威を。
シンボリルドルフを2バ身後ろに置き、自らの影と本能のままに争っているナリタブライアン。その脇を緑色の何かが猛然と抜き去っていった。次の瞬間には、ナリタブライアンのもう3バ身ほど前にシンボリルドルフが躍り出ている。
全く想定していなかった光景に、ナリタブライアンは唖然とした。
最終直線で先頭を明け渡すこと自体初めてであるのに、こんなにもあっさり後塵を拝すとは。負けじと脚を回すもその差は縮まる気配を見せない。
己と、その影すら一瞬のうちに抜き去っていった皇帝の後ろ姿を拝まされ、ナリタブライアンは確信した。
どうあっても勝てない。
結局その3馬身は広がりも縮まりもしないままに、2500のハロンを踏み越えるに至った。自身の影以外に敗かされる屈辱を、ナリタブライアンは初めて味わった。
挑みかかった立場で敗けるというのはなんともバツが悪い。結局のところナリタブライアンですら「シンボリルドルフと他」の「他」のひとりであったのだ。自らはそうでは無いと思い込み心を律していたが、その張本人によって叩き潰された。
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「さて」
レース終了と同時にグラウンドの貸切は解除された。せっかく設置された練習用ゲートを使いたいという申し出があったので、特に後始末もせずに預けてきた。よって彼女らは、スムーズにナリタブライアンを生徒会室へ連行することに成功したのだ。
シンボリルドルフの命令で、ミスターシービーとマルゼンスキーは部屋を空ける。今いちばん顔を見たくないヤツと、ふたりきりにさせられた。
「実のところ私にとっては何の身にもならなかったよ。君の言う「皇帝とその他」の図式は今後しばらく崩れることは無いだろう」
ぐうっと唇を結んだナリタブライアンがシンボリルドルフを睨む。敗者に口無し。何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない。
「双方にメリットのない取引は嫌いでね。ナリタブライアン。敗けたからには、君にひとつ私の命令を聞いて欲しい」
この傲慢さ溢れる態度すら、敗者には咎める権利はない。勝負服を着た、プライドを賭けた戦いとはそういうものである。
「君は春から高等部だったな。そこのミスターシービーは3月で卒業する。その穴を君が埋めるんだ」
「はァ?」
素っ頓狂な声が出た。生徒会だと?このアタシが?
レースに限っては他の誰よりも真剣だと自負するが、他のことについてはお世辞にも真面目に取り組んでいるとはいえない。生徒の模範となるなど以ての外だと思っている。
「正気かアンタ…?」
「理由については長くなるから割愛させてもらうよ」
莫迦が。生徒会とかお手本とか、そんなガラではない。受けてたまるか。
「そうか」
皇帝の物わかりはやけによかった。
だが、と皇帝は続ける。
「君が見ている景色は、変わることは無いだろうな」
いちいち癪に触る言い方をする。
「私は君よりも強い。だから、君にはたどり着けない景色だって見ることができる。私と共にあれば。君もそれを見ることができる。そうだろう?」
気が向いたらまた生徒会室へ来るといい、と言い残し、シンボリルドルフは去っていった。
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「それで結局、軍門に降っちゃったんですね」
「敗けたみたいな言い方は止めろ」
「敗けてるじゃないですか」
とうに飲み干したパックジュースの空で遊びながらウマ娘は茶化してくる。
「ーまァ、色々思うところはあったんだよ。ものだけ見れば、強いものに従うもの、動物みたいな上下関係かもしれんな」
「へぇ」
それで、とウマ娘は続ける。
「気が向いたら、ってシンボリルドルフさんは言ってたんでしょ?いつ頃気が向いたんですか?」
「そうだな」
実のところナリタブライアンのピークはあの有マ記念だったらしいと、後々本人は理解した。
あれ以降、GIIIですら勝てるかどうかというところまでナリタブライアンは伸び悩んだ。クラシックで袖にしてきたライバルにすら捲られる始末。
強い立場、狩る立場から、弱い立場、狩られる立場へ回ってしまったことへの気持ちは割り切れるものではない。
いま一度強者へ、とは云わないが、自らの限界を知った今、自分のチカラでは叶わない景色が見られるのであれば。葛藤の末、秋ごろになり、ナリタブライアンは生徒会室の扉を叩いたのだった。
「その頃には既にエアグルーヴも居たな。アイツは当時から筋金入りの会長の手下だった。イチにもニにもシンボリルドルフ。いつの間にか副会長だったマルゼンスキーの仕事を丸ごと奪ってな、あのヒトがシンボリルドルフの秘書みたいになったのはそれからだったな」
言いかけたところで、乱暴に音を立て生徒会室の扉が開かれた。
「誰が筋金入りだって?」
今は考えたくない類の訪問者である。
ぎぎぎ、と音がしそうなくらいにゆっくり首を回すと、トビラの向こうにはこめかみに青筋を浮かべたエアグルーヴと困った顔のトウカイテイオー、その奥には若干不機嫌そうな理事長とその秘書が立っていた。
「ブライアン。私たちは会長から夏季合宿を滞りなく進められるように学園と打ち合わせする任を仰せつかったはずだな。ところがこうしてテイオーや理事長と話をしているのは私だけだった。お前、何をしていた?」
「―ン、まァ、子守りみたいなもんかな」
たわけ!という怒鳴り声が、開けっぱなしの扉から廊下まで響いたらしい。