トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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女帝の苦悩

夜の間に形づくられる樹氷の映える朝。新学期も始まり間もなくではあるものの、登校してくるウマ娘たちで校門付近はごった返している。

 

アスリート気質な彼女たちは、このような寒空の下でも朝早く―日の出前から(門限を破り)トレーニングに励む場合が多い。

場合によっては街なかや公園、果ては山や海でそれを行う者も居るが、設備、環境すべてが整っている学園という環境に慣れていると結局物足りなくなり、こうしてみな一様にやって来ているのだ。

 

―のだが、今日の校門はいつにも増してピリピリしていた。

 

「貴様なんだそのリボンは!!そのような結び方を許可した覚えはないぞ!」

 

「朝練の後であろうと登校するときは制服だと言っているだろうが!」

 

「 ス カ ー ト が 短 い ! 」

 

エアグルーヴによる‘’検問‘’が行われているのだ。しかも、いつもより厳しく。

 

この学園において服装や頭髪、アクセサリに関する規定は殆ど無い。トレーニング中も決して指定の体操服を着なければならない、というわけでもないし、望むならジャージも私物を着ていたっていい。

 

しかしながら、制服だけは、厳格に決められた企画に即して着用しなければならないと定められている。

 

そしてそれらをすべて暗記している‘’歩く校則‘’ことエアグルーヴが、定期的に検問を行っているというわけだ。

 

それを知っていて、あえて制服を着崩してやって来る輩も居ないわけではない。たとえば―、

 

丁度、姉に従いやって来たその輩に、エアグルーヴのコメカミが引きつり痙攣する。全く想像だにしない、有り得ない姿の‘’同僚‘’に対する怒りに震えていた。

 

「 ブ ラ イ ア ン ! 貴様…、貴様それはなんだ!リボンは無い、前のボタンも無い!貴様それが誇り高き生徒会副会長の姿か?!」

 

うるせえなあ、とナリタブライアンは顔をしかめて姉であるビワハヤヒデ―、の髪を盾にして、くどくど、くどくどとしつこい鬼の追撃から逃れながら校門をくぐった。

 

「おい―、おい!ブライアン!何処へ行く?!お、覚えていろ貴様、後で生徒会室で絞り倒してやるからな―っ!!」

 

そんな物騒な捨て台詞には全く堪えず、クチに咥えた枝で返事をする。―当のエアグルーヴには見えないのが玉に瑕だが。

 

「今日の副会長、明らかに苛立っているように見えるな。抜き打ちの検問だなんて前例がない」

 

少し離れたところで、ビワハヤヒデが話しかけてきた。相変わらず枝をモゴモゴしながらナリタブライアンは思案する。

 

「仕方ないといえば仕方ないな。あれは殆ど八つ当たりみたいなもんだ。なんせ―、」

 

会長の落とした核爆弾級のひとことを、奴は飲み込めていないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の生徒会副会長はトウカイテイオーだ」

 

次々と校門へやって来る生徒たちの不備を叱りつけながらも、エアグルーヴのアタマの中ではシンボリルドルフのその言葉がずうっと響いていた。

 

別にトウカイテイオーを嫌っている訳ではない。シンボリルドルフの云うように、怪我を乗り越え栄誉を手にしたその不屈の精神には感服している。

天真爛漫な性格に振り回されることも多かれど、可愛げのある後輩という認識は確かに彼女に強く芽生えているのだ。

 

―しかしながら、そのトウカイテイオーが、他の生徒の上に立つ姿を彼女にはどうしても想像が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エアグルーヴは、中等部の最後の年、敬愛するシンボリルドルフがその椅子に座った後すぐに自ら志願して生徒会入りを画した。―のだが、それは他ならぬシンボリルドルフの言葉によって棄却されてしまった。

 

「君は今年ティアラへ挑む年だろう。今までのことは感謝しているが、君にはレースに集中して欲しい」

 

去年クラシックを走ったあんたも同じだったろうとエアグルーヴは思った。

シンボリルドルフは、中等部―トレセン学園に入学してすぐ、その走りで周りを黙らせ、宿願がどうのと宣い、いつの間にか生徒会の雑務要員という位置にいた。

 

その位置に居ながら、クラシックを総なめしてみせたのである。

それどころか、あれよあれよと当時の役員全員をターフに沈め、その圧倒的な‘’力‘’を持って、高等部進学と同時に―正しくは中等部第三学年の冬から、生徒会長の椅子に座ったのだ。

 

ルドルフに出来てエアグルーヴに出来ない道理は無い。

 

エアグルーヴは本気でそう思っていたし、それをルドルフに示してみせようと、連れ立ってターフへ出た。

 

特に記すべくもなく、エアグルーヴは敗北を喫した。

 

「私と君は違うからな。距離適正だって違えば得意強化も違う。そうだろう?いくら君が私を追っても、全く同じ景色には至らない。めいめいに、今できることをやればいいのさ」

 

その言葉は、ターフの上で完膚なきまでに叩き潰すということでチカラを以って物理的な枷となり、シンボリルドルフはエアグルーヴを縛った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして一年が経った頃には、トレセン学園始まって以来の盤石かつ柔軟、学生の領分を遥かに超えた自治権すら持つ生徒会が組織された。

 

絶対的決済者とするシンボリルドルフ。

その右腕、頭脳と風紀を司るエアグルーヴに、

左腕としてチカラを司りターフで決着をつけるナリタブライアン。

寮長をつとめるフジキセキとヒシアマゾンを含め、この政権が3年間維持されることとなった。

 

エアグルーヴは生徒会という組織を高尚なものとして捉えている。更には、自らの理想であるシンボリルドルフに付き従えることに喜びさえ覚えていた。

シンボリルドルフと同じ道を歩むことこそ当時の彼女の理想であり、同時にプライドでもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリタブライアンの云うように半ば八つ当たり気味の検問を終え、上気させた頬のまま生徒会室の扉を開くと、部屋の主はいつものごとく着座していた。

 

「会長」

 

諸々片付けをするもエアグルーヴは冷静さを取り戻せない。ついにその捌け口を失い、直接シンボリルドルフに詰め寄ってしまった。

 

「おはようエアグルーヴ。どうにも血気盛んのように見えるが」

 

あくまで普段通りを貫くシンボリルドルフにいよいよ辛抱溜まらなくなったエアグルーヴは、その机に両手をついて対峙した。

 

「会長。昨日の事ですが、本当にお気は確かですか。私も決してテイオーのことは嫌っていません。ですが―、ですが本当に、貴女のように、私のように、他の皆の上に立てる存在だと、そう思われるのですか」

 

気は確かか―、と、エアグルーヴがシンボリルドルフへ申すには強すぎる言葉を使ってしまったが、それでもエアグルーヴは彼女に問いたかった。

 

「テイオーは良いヤツです。他のウマ娘を損得なしに助けることができる。それでいて、ヒトの懐に飛び込むのが上手い。走りの才能に嫉妬する者がいたとしても、アイツの人となりに触れればまたたく間に友人となってしまうでしょう。しかし―、」

 

「それもまた稀有な存在だということを忘れてはいけないよ、エアグルーヴ」

 

冷静さを欠き、感情に任せてまくし立てるエアグルーヴをシンボリルドルフは手で制した。

 

「君は昨日テイオーが言っていたことを覚えているかい?」

 

昨日―、おそらく生徒会室でのやり取りだろうと感じたエアグルーヴは回想する。

 

「テイオー、その、もどかしくはないのか?」

 

「え?そんなことは無いよ」

 

「確かに今のボクは走れないし、最初の頃はこの気持ちをどうすればいいかわからなかったけど、トレーナーの手伝いや、チームのみんなの為になることをやってて、ボクはそれはそれで楽しいって思うかな」

 

そのようなことを言っていた気がする。

 

「そうだ。テイオーは…、幾度にわたる怪我に見舞われても腐らず、最終的には有マ記念を制し栄光を手にした。結果また振り出しに戻ってしまったようだが―、彼女はそこで燃え尽きず、復帰へ向けたポジティブな心のままに、今新しい視座を拓こうとしている。競技するウマ娘の本能、悦、苦しみや劣等感と、走りを支える側の苦悩や喜び。その双方を持ち合わせる存在は、私の知る中では彼女しかいない。昨日本人のクチからそれを聞いて、私は本当に驚いたのだ」

 

だからといって今のテイオーに背負わせるのは、と反論しかけたエアグルーヴだが、またしても強く抑えられ、二の句が告げなくなった。

 

「なあエアグルーヴ。私達は走り、その栄誉を手にすることに固執してきた。それがウマ娘の本能だからだ。何の恥ずべきことも無い。しかしながら故に、最も近くで支えてくれたはずのトレーナーの気持ちすら上辺でしか理解できない。そしてそんなウマ娘はこの学園にごまんといる」

 

「テイオーは、その枠から飛び出したと、そう仰っしゃりたいのですか」

 

そうだ、とシンボリルドルフは強く肯定した。

 

「私の贔屓目も充分にあることは否定しない。テイオーに何も与えていない等という嘘など吐けるわけもない。しかし、今こうしてテイオーに芽生えつつある感情は、きっと大きな花を咲かすことになる。その花を生ける場所は必要だ」

 

そこまで言い切って、シンボリルドルフはグラウンドに視線を移した。エアグルーヴもそれに倣う。

いつの間にか時計の短針は横一線から上を指し、日差しも暖かくなっているような気がする。

 

トウカイテイオーとメジロマックイーンが、ランニングともいえるか怪しいペースで、ゆっくりと芝を踏んでいるのが見えた。

 

「すべてのウマ娘の為に。きっとテイオーは、私の理想をより飛躍させてくれる」

 

たかが数学年下のウマ娘に、まるで親のような視線を向けるシンボリルドルフ。エアグルーヴは明確な感情を覚えた。覚えてしまった。

 

そして同時に明らかにされてしまった。本人がそう言った訳ではないが余りにも自明が過ぎる。

 

目の前の―、出会って以降今日この日まで敬愛し付き従い、尊重してやまないこの存在は、自らの‘’後継者‘’として 私 を見ていない。その理想を継ぐ者として選ばれたのはエアグルーヴではなくトウカイテイオーだという事実が余りにも無情に、明確に、エアグルーヴに突き刺さった。

 

ショックを受けたエアグルーヴの中で今起こったことが整理される。この感情は何だ。考えれば考える程に、黒く暗く燃えるこれは一体何と表せばいい。

 

私は貴女のイチバンで有りたかったのに。

貴女の寵愛を受けるのは私ひとりでよかったのに。

 

だのに、―だのに貴女は、私ではなく別の者にその夢を見ると言うのか。

 

それは、嫉妬だった。

 

事実に基づく感情という刃に刺され、斬られ、どす黒い血を吐くような思いをしても、エアグルーヴの中でコトの整理は終わらない。

 

シンボリルドルフの言うことは間違いない。トウカイテイオーに他と違うもの感じたのはエアグルーヴも同じであった。

 

同じでありながら彼女がシンボリルドルフと違ったのは、そこに飛躍と夢を見なかった点だ。きっとこのままテイオーは、走ることに以外にも楽しみを見つけ、そのまま充実した学園生活を送るのだろうと、その程度にしか思っていなかった。

 

敬愛してやまない皇帝はその先を見ていた。そして、そのためにテイオーを生徒会の椅子に縛る覚悟も決めたのだろうということが、その視線や言葉から伝わって来る。

 

論理では理解しうる。が、エアグルーヴというひとりのウマ娘としてのプライドがどうしても受け付けない。テイオーのカオを見るたびに、そのような醜い感情を抱き続けるのか。

 

「エアグルーヴ」

 

言葉を失い立ち尽くしていたエアグルーヴに、シンボリルドルフは若干狼狽える素振りを見せたが、すぐに抱擁感のある視線を取り戻し、彼女を見つめた。

 

「雑務時代から数えると4年か。よく私と共にあってくれた。君が居なければ、私の云う黒を君が黒としてくれなければ、間違いなく今の学園と私は無かった。そのうえで、このようなことをクチにするのは本当にすまないとは思っているが、どうか、 ‘’頼む‘’ エアグルーヴ」

 

シンボリルドルフはおもむろに起立し、エアグルーヴに向かい深々と頭を垂れた。

 

きっとシンボリルドルフも理解している。エアグルーヴが、どのような思いでここまで付き従ってきたか。

だからこそ、昨日ポンと現れたトウカイテイオーを心の底から受け入れることが出来ないという葛藤も、その慈悲深い視線にすべて開けっ広げにされているに違いないのだ。

 

「私に、テイオーの踏み台になれと、そう仰るのですね」

 

疑問は確信へと変わり諦観へと移ろい往く。

 

「君の気持ちを知ったうえでこのような事を宣うのは君に対する裏切りに等しい。―しかし、それでも私は、やっと指のかかった理想を掴むために、どうしても彼女のチカラが欲しい」

 

なんと、学外に置いても改革を進めるおつもりか。

 

「勿論、生徒会長は君だ。なあエアグルーヴ。思うにこの学園は―、私に影響力がありすぎた。理事長も、現場に近い私の意見を尊重してくださる。これはつまり、時には理事長をも上回るチカラを私が持ってしまったということだ。そんな私が居なくなることで―、ある意味では学園の運営が正常に戻ることになるんだ」

 

「それでは―、貴女に残された、貴女に依存したままの我々は、いったいどうすればよいのですか!」

 

エアグルーヴの、シンボリルドルフに依存した学園そのものの叫び。だがしかし、それを導くべきは―、

 

「それを導くのが、新しい生徒会長となる君の仕事だ。もう君は私の右腕ではいられない。本体として、自らの理想を掲げ、進まねばならない」

 

ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、エアグルーヴは少したじろいだ。

 

「私にテイオーを育てさせると、貴女の思うようにはいかないかもしれませんよ」

 

「いいさ。テイオーも分別はあるだろうし、いつかは己の理想を見つけるはずさ。そのための種蒔きは惜しまないつもりだよ」

 

ふうー、とエアグルーヴは大きく息を吐いていま一度、シンボリルドルフと視線を合わせた。愛も変わらず、慈悲深い目線が帰ってくる。

 

「私は、独りでもなんとかなってきた。少なからず君からも同じような雰囲気を感じる。君という存在を経て、鬼に金棒を形容できていた」

 

しかし、とシンボリルドルフは続けた

 

「テイオーはそうではない。テイオーひとりだけではきっと何かを成すことはできない。だが―、周りがテイオーを、助け、従い、一緒になることで、パズルのピースが噛み合い、何本も金棒を持った鬼の絵が完成するはずだ」

 

ここまで聞いたうえでもエアグルーヴは納得できない。心が許さない。

 

許すなどという以前に、もともと選択権の無い話だということはハナからわかりきっている。そういう図式でずっとやってきた。

 

皇帝の置土産をなんとかしろというこの話も、そうに違いない。故にエアグルーヴは、理解はせども承服はしかねるという意思を精一杯示す他無かった。

 

「その椅子を禅譲されたとしても、私は貴女の傀儡になるつもりはありません。私の正しいと思うことをやり通します。それはテイオーの今後についても同じです。私の正しいと思ったように導きます」

 

「わかっているさ。私の信じた君の、導く学園がどうなるか、楽しみにしているよ」

 

ようやっとアタマを上げたシンボリルドルフは、にわかに晴れたカオをしていた。

 

「すぐにナリタブライアンを呼んでくれ。私は理事長に話を付けたあと放送室からテイオーを呼ぶ」

 

エアグルーヴの返事も聞かずにシンボリルドルフは生徒会室を飛び出していった。窓の外を見やる。渦中のトウカイテイオーはグラウンドでメジロマックイーンになにやら諫められているようだ。

 

これに皇帝は御執心か、と

 

エアグルーヴはアタマを抱えた。

 

 

 

 

 

第1話へ続く

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