トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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前借り

《残り1200を過ぎました!距離的には折り返しですがバ群に目立った動きは見られません!

相変わらず先頭にミカドグラファイト、多少離れてタカヒラダークネス、そのほぼほぼ隣にエンターノット、位置取りには勝利した模様!オオタグレイスはやや後退気味、本日1番人気のナリタジョウエノキミは少しずつ進出しています!》

 

半分が過ぎた。相変わらず私は気持ちいいほどに先頭の景色を満喫している。ひゅうひゅうと耳元を撫ででゆく風が心地いい。

 

後方からの足音は少しずつ大きくなってはいるが、これも想定の範囲内だ。

 

最終直線に入るかどうかのところでナリタジョウエノキミに先頭を明け渡し、他に抜かせずにゴールイン。これが今日のプランだ。なんせそのためにあんな無茶な走り方をして、折れる心を折れないようにしてきたのだ。

 

《最後のコーナーにミカドグラファイトが突っ込んでくる!ミカドグラファイト先頭で最終直線か!

ああっとしかし後方から、後方からいつの間にかナリタジョウエノキミが先頭集団に居た!ナリタジョウエノキミ!ミカドグラファイトを交わして先頭に立ちました!

ミカドグラファイト懸命に追うがどうか!1バ身ほどありますがその差は縮まるような雰囲気ではありません!ナリタジョウエノキミ先頭で最終直線に入ります!》

 

心の中でガッツポーズ。いい感じに先頭を明け渡せた。後ろはまだダンゴ。このまま1バ身を付かず離れず維持すればいい。

 

更にギアを上げるナリタジョウエノキミに付いていくべく、私も全力疾走の心持ちで芝を踏み込んだ。

 

そのとき、

 

いや、後ろからの気配があったわけじゃない。

 

足音が聴こえていたかなど、もはや今となってはわからない。

 

だが、私の横を一瞬だけ何かが駆け抜け、

 

12

 

と書かれたゼッケンが私の前に躍り出た。

 

《エンターノットが!エンターノットが音もなく2番手に躍り出ました!!!先頭はナリタジョウエノキミこれはカタい!2番手、日本ダービーの優先出走権はエンターノットかミカドグラファイトか!後方オオタグレイスまで4バ身!このふたりのどちらかに絞られました!》

 

そんなバカな。

 

少なくともえーちゃんは、こういう芸当ができるような娘じゃない。音もなく、いつの間にか、しかし最初からそこに居たかのように私を抜いていった。

 

―待て。

 

できるような娘じゃないと思い込んでいたのは、もしかしたら私だけか?

 

彼女も、えーちゃんも、私の日本ダービーと同じように、

 

ここを走るためだけのナニカがあったとしたら?

 

寒気すらした。吐き気すら催した。レース前に彼女の言っていた

 

「ベストを尽くそう」

 

という言葉が頭の中で繰り返し響く。

 

ベスト。

 

ああ、ベストだろうとも。

 

今日ここで、私を超えるために隠してきた爪が、こんなに気持ちよく突き刺さったのだから。

 

《2番手争いはエンターノットか!半バ身の差は離れも詰まりもしません!ミカドグラファイトここまでか!》

 

彼女を、えーちゃんを抜かなければ日本ダービーは無い。いや無いことはないが、私の成績では出られないだろう。

 

そんなことが許されるわけがない。

 

アイツ―ヴィオラブライトは、私のこの走り方を「本気ではない」と断じた。

 

しかし、しかしだ。今私はこうして現に息を切らしている。

 

これはこれで本気なのだ。《逃げ》という走り方における私の限界なのだ。

 

ここまで逃げてきてしまった以上、私にこれ以上のスピードは求められない。私の出力はこれ以上上がらない。

 

しかし。

 

しかしだ。

 

私は覚悟したはず。

 

日本ダービーを獲る為なら、悪魔に魂を売ったって構わない、と。

 

えーちゃんは1バ身差から変わらない。時期に残り200のハロンもやってくる。通り過ぎてしまった。

 

迷っている時間など無い。

 

日本ダービーで私は魂を悪魔に売り渡す。

 

これ以上差し出せるものは考えられない。

 

考えられないが。

 

やがて大きなツケを払わされるとしても。私はそれに縋ってえーちゃんを抜かなければならない。

 

それを覚悟で、私は悪魔にナニカを借りた。

 

視界が赤く染まる。知ったことか。

 

筋肉の断裂する音が聴こえる。だからどうした。

 

鼻血が吹き出る。関係ない。

 

それでも、だとしても。私はえーちゃんを抜いて、えーちゃんに勝って、ダービーに行く。

 

「 エ ン タ ー ノ ッ ト お お お お お お お お 」

 

何の意味も無いのに吠える。吠えただけウンミリでも差が縮まるのならばいくらでも吠えよう。

 

気迫で、圧で、足音で。それが縮まるなら、抜けるなら。私は何でもしよう。何にでも願おう。何であっても支払おう。

 

 

だからお願い。

 

 

 

 

 

 

数瞬の後。ゴールまで100あるかというところ。エンターノットがこちらを見た気がした。視線がバッチリ合ったから分かる。その瞳は明らかに迷っていた。

 

そしてそのさらにコンマ数秒。エンターノットは、まるでずっと止めていた呼吸を再開したかのようにアタマを上げ、急激にペースを落とした。

 

《あぁ―と!エンターノットの頭が上がった!ゴールまであと数十メートルを残して限界がきたかエンターノット!

横をミカドグラファイトが駆け抜けていく!4番手は5バ身後ろ!これは決まったか、2着はミカドグラファイト!ミカドグラファイトです!日本ダービーへの優先出走権を手にしました!》

 

いったいエンターノットに何があったのかとか、そんなことを考える余裕なんて無くて、私はただ走り抜けるしか無かった。

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