トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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ツケ

赤く染まる視界。ものすごい速さで通過していくゴールゲート。そして芝。

 

そのあと私が見たものは、白い天井と無機質な蛍光灯だった。―病院らしい。

 

寝返りを打とうとすると痛みが走る。その後すぐわかったことだが、身体の何処を動かすにも、何かしらの痛みを伴うらしい。

 

右手は内出血で赤黒い斑点が幾つもできており、映画とかでよくある、ウイルスに感染したなりかけのゾンビみたいになっていた。

 

(…ゾンビか)

 

結果私は青葉賞で日本ダービーへの権利を手にした。

 

だが、どうしても気になる点がひとつだけある。

 

エンターノット。えーちゃんは何故、あのタイミングで、《私を見て》脱落していったのか。

あれだけ綺麗な抜き方をしておいて、そんな無責任な事はない。

 

あの時私は確信したのだ。敗けると。

 

そうしていち度死んだに等しい私が、今こうしてダービーへの権利を手にしている。確かにゾンビもいいところだ。

 

本人に会って話をしないことには解決しないとして、さしあたりナースコールを押すことにした。

 

数分待って、やって来たのは看護師でもトレーナーでもなかった。

 

「やあ」

 

今いちばん見たくない顔だった。

 

「あんた―」

 

アイツ―、ヴィオラブライトは、私の問いに何も答えないままに、ベッドのヘリに腰掛けた。

 

「全身に内出血。筋断裂はまあ―、少し酷い筋肉痛みたいなもんで、1週間もすれば元通りだって、お医者さんはそう言っていた」

 

その言葉に少しだけほっとする。あのとき、ものの10数秒だったにも関わらず、私は身体を使いすぎた。

 

悪魔にチカラを借りたツケとすれば、軽いものだったかもしれない。

 

「委員長は」

 

突然ヴィオラブライトが詰め寄ってきた。私、ソッチの気は無いんだけど。トレーナーにさえそういう気持ちにはなったこと無いし。

 

しかしヴィオラブライトの紫色の瞳は私をずっと射抜いていて、私は動けなかった。

 

「あれが委員長の《本気》なのかい?」

 

またその話だ。とうの前に決着が付いているというのに。

 

「―そうだよ。あれが私の本気。G2のレースで掲示板に入れるかどうかっていうのが、今の私の限界」

 

「とてもいつもの君の走りには見えなかったけど?」

 

「何もかもかなぐり捨てて勝ちに行かなきゃならないときは誰でもああなるって。あんたにはわからない話かもしれないけど」

 

そうか―、とヴィオラブライトは離れた。途端、にわかに冷たい空気があたりに漂いはじめた―ような気がした。

 

「委員長は、もっと上までやってくると思っていたよ。―日本ダービー、よろしくね」

 

―――――――――っっっ!!!

 

目だけをこちらに向けたヴィオラブライトはとても冷たく、恐ろしい表情をしていて、それだけ呟くと音もなく部屋から出て行ってしまった。

 

そのすぐ後にトレーナーが血相を変えて飛び込んできた。

ここまで身体を酷使した私を責めることなく、ただ目の前の現実を受け入れていた。それでも走るという私を、どうすれば少しでもよいコンディションで送り出せるか、そういう話をした。

 

 

1時間ほどそうしていただろうか。トレーナーとの話はまだ終わっていなかったが、唐突に扉が叩かれる。

トレーナーと顔を見合わせるけれど、訪問者は見当もつかない。頷きあい、トレーナーが扉を開けてやると、えーちゃんがひとりいた。

 

「みーちゃん…」

 

えーちゃんは泣きそうな顔で私を見ている。今にも逃げ出してしまいそうな、そんな危うさがあった。

 

「えーちゃん、今日は…」

 

私がそう言いかけたところで、えーちゃんは少しヒステリックに声をあげた。

 

「私…っ!私―!みーちゃんに謝らなきゃって思ってここに来たの…!」

 

はあ?と私の脳内にクエスチョンマークが浮かんでは消える。浮かぶほうが多いのでいつか飽和するだろう。

 

「な、なに言ってんのえーちゃん、今日はいいレースだったんじゃないの…?」

 

返す言葉は心にも無い。何がベストだ。自分で言ってて恥ずかしくなる。

 

「私…!怖くて…、あのとき、どうすればいいのか、わからなかったの」

 

あのとき?

 

「ホント言うとね、私、あのまま走り切ることだってできた。2着になることだってできたんだ」

 

うん?

 

「でも、最後にえーちゃんの必死なカオを見たときね、なんだか怖くなっちゃったの。私の我儘で出たレースで、えーちゃんの夢を奪っちゃうって」

 

だから私…、私は…!とえーちゃんは繰り返し嗚咽を漏らしている。

 

言われたことを必死で纏めてみる。つまり目の前の友人―今日からは戦友―はこう言いたいわけだ。

 

《本当はこのままお前に追いつかれることはなかった》

 

《お前の夢のために、その進路を譲った》

 

つまり私は、あの時点では完全に

 

えーちゃんに下に見られていたのだ。

 

「何を―っ!」

 

あまりの事実に全身に血が巡り、カァーっとアタマが熱くなる。自分の意志とは無関係に、えーちゃんの胸ぐらを掴もうと身体が動くが、痛みに襲われてすぐに止まった。

 

「ごめんなさい…っ!ごめんなさい…!ごめんなさい…!ごめん…なさい…」

 

繰り返し謝罪を繰り返すえーちゃんを、私はただベッドの上から見下ろす以外できなかった。

 

いいじゃないか。

 

無事にダービーへの権利も手に入れた。

 

ヴィオラブライトやえーちゃんには、最後まで《隠し事》は通った。

 

想定以上に下に見られているのも都合が良い。

 

条件は揃った。

 

はずなのに。

 

この腹の中で煮えくり返る感情の説明が私にはできなかった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

あとからやってきたえーちゃんのトレーナーに深々と謝罪の言葉を受け、

 

《あくまでもレース中の出来事であり、盤外の事象はこれに関しない》

 

ということで認識を統一し、かくして本件は闇に葬られた。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

そうして1週間が過ぎ、私の怪我はウソのように完治した。

 

内出血にまみれていた全身はシラウオのような透き通った色を取り戻し、

 

差し迫りすぎてボサボサだった髪はキューティクルが再生しツヤッツヤ。

 

隈の出来ていた顔面も誰もが振り向く眉目秀麗に。

 

―少し言い過ぎたか。

 

ともかく、私は完全に再生し、来る日に向けてひたすら走り続けている。

 

同時に、振り払ってしまいたい感情を抱えて。

 

あの日からえーちゃんとはクチをきいていない。目も合わない。クラスからは

 

「えーちゃんみーちゃん解散したの?」

 

とからかわれることになったが、コトがコトだけに、当事者が簡単に茶化して終わりにできる問題ではなかった。

 

次第にクラスメイトも何か察したのか、その件についてクチを挟むものはなくなった。

 

そうしてもう1週間が過ぎ、いよいよ日本ダービーの展望が予想される時期に来た。

 

展望。そんなものあるか。

 

ヴィオラブライトと他。以上。

 

どこも言うことは同じだった。青葉賞1着のウマ娘など取り上げもしない。私やえーちゃんの名前(出走が確定しているわけではない)など欠片も無かった。

 

トレーナーの部屋にばら撒かれた新聞や雑誌、みな同じ。圧倒的にヴィオラブライトを支持している。なんだこの氷の女王って。センスねえな。スミレは春だろ、春。

 

ここにきて私はアイツに勝つイメージが未だに湧かない。よくて五分。アイツが余程私を下に見て、それこそ余程悠長かましてようやく五分。よしんば勝ったとしても、心の底から喜びきれるかと言われるとそうではない。

 

まぐれで勝った、で終わるだろう。

 

こないだまでの私ならばそれでよかった。

 

けれども、

 

この腹で煮えている感情が、それを許さない。

 

決定的な最後のピース。コレが足りていない。

 

これらが全て埋まれば、私は真の意味でダービーから解放されるのかもしれない。

そしてそのピースには心当たりがある。

 

私はその心当たりに

 

《放課後屋上で待つ》

 

という書き置きを残し、無断で授業を早退した。

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