トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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こたえあわせ

5月の風が耳を撫でていく。

 

トレセン学園屋上。本来生徒の立ち入りは禁じられているが、物理的手段に訴えて私はここの風を浴びている。

 

太陽はまだ高い。

鳥のさえずりや、外界の音。ヒトの社会の周る音がする。ウマの耳はそれを余すことなく拾って、私の孤独を紛らわせてくれた。

 

えーちゃんに書き置きを残したはいいものの、なんだか居てもたってもいられなくなって、午後の授業は無断で欠席した。

表ヅラは委員長キャラやってたから、ここに来てからは初めての不良行為だった。

 

指定は放課後。手紙を渡した―、えーちゃんがもし来るなら、あと1時間半はこうして待つことになる。

 

 

 

―備え付けのベンチでぼけっとしていると、ギイ、と鉄製の扉の軋む音。小石をを踏みしめる音と共に、待ち人は存外早く現れた。

 

「―サボりか。よくないね、えーちゃん」

 

えーちゃんは申し訳なさそうに会釈だけして、私の隣に腰掛けた。

 

あの日から、明らかに私を避けているように思えたし、なんだか終始おどおどしている。

 

「なに、少しお話しようと思っただけだよ」

 

卒業生の《誰かが》遺して行った冷蔵庫。冷やしておいた特濃はちみーをふたつ取り出して、えーちゃんに寄越す。

まずはこちらに敵意が無いことをわかってもらう必要があった。

 

パン、と小気味よく閉まる冷蔵庫。《GOLDSHIP》ときったない字で書き殴られていた。

 

ちう、とえーちゃんがはちみーにクチを付けるのをみて、私は本題に入った。

 

「―ンまあ、こないだのこと、なんだけどさ」

 

聴いて、えーちゃんの目の色が変わる。悪い方向に。はちみーを投げ捨てて土下座でもしてきそうな勢いだったので思わず手で制した。

 

「いや、いいんだってそれは。その―さ、私も、えーちゃんに、謝らなきゃいけないこと、あってさ」

 

明確に疑問符を浮かべながら、えーちゃんが上目遣いで私を見た。

 

「あの日えーちゃんは、私にベストを尽くそうって、そう言ってくれたね」

 

こくんとえーちゃんのアタマが揺れる。

 

「実はあの日私は、最初から―、それこそデビューのときから、ベストを尽くしたことなんて無かったし、その日もそんなつもりは無かったんだ」

 

「私が日本ダービーを獲りたいって話は、何回もしたと思うんだけど。あれはね、えーちゃんの思っているより何倍も、私はそう思ってるの。それこそ、その為なら悪魔に魂を売ったっていいくらいに」

 

ぎょっとした表情のえーちゃんの。しかし話を聴いてくれる気はあるようだ。

 

「だから私は、日本ダービーの日まで、他の優秀なウマ娘の影に隠れることにした。似合わない脚質で、似合わない走り方で、何とかギリギリ掲示板を取れるかどうか。―そういうレベルのウマ娘を、演じていたんだ」

 

「そしてあの日も、そうした」

 

べこ、とはちみーの容器をヘコませ、私は尚も続ける。

 

「日本ダービーの前に誰かから目をつけられるわけにはいかない。けれど出走権の為にはある程度の成績は必要。だから私は最も単純かつ調整のしやすい、逃げて垂れる走り方を選んだ」

 

だから、あの日は正直、ナリタジョウエノキミしか見ていなかった。

 

えーちゃんとの約束なんて、もうどっかにいっちゃってたんだ。

 

「そんなとき、驚いたよ。突然えーちゃんが私の前に出てくるんだもん。私も必死に、それこそ死ぬ気で追ったよ。だけど、届かなかった…。―あとは、まあ、結果の通りかな」

 

話を終えると、再び自然や社会のざわめきが私たちを包んでくる。長ければ長いほど、緊張は高まっていく。

静かであれば静かである程に、私の心は痛みに震えた。

 

はちみーを吸うのを忘れて、えーちゃんは下を向いてしまい表情は伺い知れない。

 

「だから私は、あの日、えーちゃんを確かに下に見て、ベストを尽くす気概もなく、レースを終える予定だったんだよ」

 

ざあーーーっと、ケヤキの代わりに植えられた桜が風に撫ぜられていく。

その音に掻き消えてしまいそうな、しかしはっきりと、

震えるえーちゃんはひと言だけ絞り出した。

 

「―それは、…、酷いね」

 

えーちゃんの言葉に私は何も返さない。返せない。だから、必然的にえーちゃんの言葉を待つほかなかった。

 

「でも、結局みーちゃんを下に見た私も、酷いのかも」

 

か細いながらもはっきりと聴き取ることができた。

 

「ンまあ、おかげで私はこうしてダービーを走れる訳だし、それに関してはネガカナ(※)だけどね」

※ネガカナ=願ったり叶ったり

 

だからさ、結局私たちは、お互いがお互いを下に見て、手を抜いて、まともなレースなんてしなかったんだよ、あの日。

 

「ふふっ…、そうかもしれないね」

 

微笑むえーちゃんの目に曇りはなくなった。

 

「―でさ、それをやり直す機会が、あンだけど」

 

自嘲気味な笑みを讃えてはちみーを握っていたえーちゃん。やり直す機会、という言葉にいまいちピンと来なかったらしい。

しかし、少しずつコトの真意を飲み込めたのか、とんでもないカオで視線を上げた。

 

「まだ10日程ある。えーちゃんの成績なら多分滑り込める」

 

いやいや、とえーちゃんがかぶりを振るが私はそれを許さない。

 

今日の今日まで貫いてきたやり方を、何を今更、と思うかもしれない。

 

本当はこのままえーちゃんを眠れる獅子にしておいた方が、ダービーを獲れる確度は上がるのかもしれない。

 

しかし、それとは別に精算しなければならない欺瞞と、裏切りと、そして友情があった。

 

そのどれも求めてはならない程、私はまだ堕ちていないはずで、総てを求めて良い程、私は傲慢でいいと思う。

 

あのときの間違いを正すために。

 

「今度こそベストを尽くせる場所がある。本当の私を惜しげもなく見せられる場所がある」

 

「だからえーちゃん」

 

ダービー、行こう。

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