トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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決戦

東京競バ場。爽やかな風の吹き渡る、感動するほどに澄んだ青空。

今日、これまで10のレースが開催され、満員、それ以上に押しかけたファンのボルテージも上がりきっている。

 

それをも更に上回り、当事者も観客も熱狂に狂う大一番が、今から執り行われる。

 

東京優駿、通称日本ダービー。

 

皐月賞を《最も速いウマ娘が獲る》とするならば、

日本ダービーは

 

《最も運の良いウマ娘が獲る》

 

とされるのが通説。

 

クラシックロード専用のウイニングライブではこれを《宿命の旋律》と謳う。たった18人のウマ娘にのみ許された舞台。熾烈な争いの中で僅かひとりが、旋律を引き寄せ、高らかに謳い上げる。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

トレーナーとの最後の打ち合わせも済んで、私はパドックへ繋がる地下通路へと場所を移していた。ここを出てしまえば最後、お立ち台での問答が終わったら、あとはゲートへ入るだけ。

 

あと1時間もすれば、すべて終わっている。

 

モノトーン調の勝負服。派手派手のキワキワまで責めるウマ娘もいるにはいるが、私がこの服に込めたのは憧れ。

 

かのシンボリルドルフやトウカイテイオーのようなフォーマルさと共に、黒鉛で塗りたくったかのような鈍く光る黒を纏う。

 

私はグラファイト。ダイヤモンドにはなれなくても、それでも輝こうとする者だ。

 

割と早く来すぎていたのもあって、そんな気はなくても、パドックへ出ていくウマ娘たちを見送る立ち位置になってしまった。青葉賞を獲ったナリタジョウエノキミと目が合ったが、彼女は明らかに緊張していて焦点が怪しかった。

 

そして、今日最大の障壁がやってくる。

 

「―やあ、委員長」

 

いつもの調子、まるで学園にいるかのように、アイツは話しかけてきた。

 

「ケガの具合はどうかな」

 

わかりきってるくせに。白々しい。

 

「お陰様でね。完治したよ、完治。ちゃんと全力で走る準備もしてきた」

 

そうか、とアイツは満足げに頷いてみせる。本当に、クラスで雑談でもしているかのような雰囲気だった。

 

しかしそれは一瞬で氷点下まで下がり、アイツの瞳には確かな冷気が宿った。

 

「前にも言ったかな。それでも勝つのは私だ。委員長には悪いけど、たとえ委員長の準備が万全だったとしても、私は私以外の誰も見ていないからね」

 

真紅の飾緒(※片方の肩から腕にかけて装着されるマントのようなもの)をバサリとたなびかせ、アイツは大歓声の向こうへと消えていった。

 

アイツの勝負服は騎士調。白と幾重にも明暗を変える不思議な紫をベースに、シルバーが全体を引き締める。

クラシックロードを突き刺す槍にでもなったつもりか。傲慢な。

 

しかしその傲慢さも許される程に、アイツは強い。認めざるを得ない。

 

こんな姑息な手を使うほかない時点で、私はアイツより、ヴィオラブライトより下だ。

 

 

アイツが歓声の向こうに消えた後。次の次が私の番なので控えていたら、もうひとりの、《私にとっての》キーパーソンがやって来た。

 

「みーちゃん…」

 

エンターノット。―今更過去の話をするのは嫌だからもう振り返らない。大事なのは、今日えーちゃんがここに居るということ。それだけ。

 

「応えてくれてありがとうね、えーちゃん」

 

何方からともなく抱きしめ合う。

 

「似合ってるよ、勝負服」

 

えーちゃんが初めて着る勝負服は、赤とピンクのいい感じに同居しあう、熱を思わせるデザインをしていた。

 

「みーちゃん、私、ちゃんと整えて来たから。あの時みたいなことにはならないから、覚悟しててね」

 

言っていることはさっきのアイツと大差ないが、こちらには明らかな暖かみがある。ただの級友と親友はこうも違うものよ。

 

「そうだね―。私も、総てを懸けて走るから」

 

えーちゃんの手を見て閃いた私は、おもむろに自分の左の手袋を外したら。

 

「私はコレに誓って、今日という日を全力で駆け抜ける。―決闘じゃないから、捨てないけど。よかったら受け取ってよ」

 

差し出された手袋にえーちゃんは目を白黒させていたが、やがて自らも左の手袋を外した。

 

かくして私の右手には黒い手袋、左手には赤いそれが着用されることとなった。

 

互いの誓いである。

 

「―じゃ、行ってくるね、えーちゃん」

 

「うん―、また後で」

 

私はゆっくりと、輝きの向こう側へ進んだ。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

あれだけ焦がれていた日本ダービーの出走ゲートも、入ってしまえば何のことはない。ホープフルや青葉賞と変わらない、狭くて無機質なゲート。

 

かえってスタートへ向けて気持ちを安定させることができた。

 

逃げを打たない私を見て周りは、アイツはどう思うだろうか。えーちゃんは大丈夫だろうか。

 

そんなことがアタマをぐるぐる回るが、今は一旦それらを振り払い、スタートへ向けて気持ちを練り上げていく。

 

やがて夢にまで見たファンファーレが、私たちの為に吹かれ始めた。本当にもう間もない。ものの数分後にはもう全てが決している。―私の総ての結実。すべてに、決着がつこうとしていた。

 

 

 

■□■□■

 

――――がしょん!

 

《スタートしました!xxx回目の初夏、日本ダービー無事にスタート!

まずは先頭ハナを獲りましたシノダリフレイン―シノダリフレインっ?!今日はシノダリフレインがレースを作ります!

続いてシンセサイザノルンとアインスレイブが激しくポジションを争っています!ここまでで逃げの集団といってよいでしょうが、ミカドグラファイトの姿がありません!》

 

門の開く僅かな音を察知し、抜群のコンセントレイトで前に出たミカドグラファイト。しかしすぐに先頭を他のウマ娘に譲ってしまった。

 

自身は5番手から7番手あたり。差しの脚質にしては少し前めのヴィオラブライト、その2バ身前をキープ。そこからつきも離れも、付かれも離しもしない。

 

《ミカドグラファイトここにいた!出遅れてしまったのでしょうか?6番手あたりをうろうろしています!それに対して後ろからヴィオラブライトが、ヴィオラブライトが圧をかけます!》

 

先行に打って出たミカドグラファイトに、ヴィオラブライトでさえ少なからず動揺した。何より不可解なのが、

 

今日初めて採ったはずの先行策が、妙に堂に入っているということ。

 

付け焼き刃の悪あがきにしては出来すぎていた。

 

《1コーナーから2コーナー下り坂へと入ります!ハナのシノダリフレインは後続を寄せ付けない走り!3バ身ほど空いてシンセサイザノルンとアインスレイブほぼほぼ並走!キリハラドライブが後方から加速してきて現在5番手、その斜め後方にミカドグラファイト6番手、順位をひとつ下げてヴィオラブライトは8番手でコーナーを回っていきます!》

 

ミカドグラファイトが普段と違う走り方をしている。それに対する観客の反応は乏しい。

 

これが自分自身なら、今頃ここはとんでもないどよめきに溢れていただろうとヴィオラブライトは考えていた。

 

傲慢である。傲慢であるが、それが許され、誰も文句を言えない強さも同時に持ち合わせている。

 

ウマ娘にとって芝やダート上での強弱は、そのまま実生活の序列に等しい。

今や誰も、同世代でヴィオラブライトに意見するウマ娘は居ない。

 

実績と優位性を以て選出されてきた学園の生徒会役員、その地位も最早確実とまでいわれている。

 

強者たる自覚。強者たる確信。強者たる責務。

 

ヴィオラブライトは強者である。そして強者は間違いなくそのチカラを磨いて、研いでいる。

 

その磨き研がれた彼女の強さが、ミカドグラファイトの奇行を捉え、そのうえで

 

勝ち切れる

 

と判断した。

 

瞬間、いよいよヴィオラブライトのマークするウマ娘はヴィオラブライトそのひとのみとなり、傲慢が過ぎる強者は、また傲慢の過ぎる強者を求めた。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

ミカドグラファイトは、ひとまず良さげなポジションに落ち着けて内心胸を撫で下ろしていた。

 

6番手。

 

集団に埋もれている感は否めないが、そこからアタマでも出していれば周りはよく見える。

 

自分の《奇策》に対する会場の反応は殆ど無い。盛り上がっているかも、逆に冷ややかなのかすらも判別できない程に微々たるモノだ。

だが彼女にとってはそれで良かった。ここで下手にざわつこうものなら、耳のいいウマ娘のことだ、《何かある》と思わせてしまう。

 

唯一後方のヴィオラブライトだけがこの違和感を捉え、暫く圧をかけられていたがそれも霧散。今ここにきて、ミカドグラファイトが今日まで総てを懸けてきた欺瞞は明確に功を奏したのだ。

 

あとはもう走り切るだけだが、彼女には超えなければならないもうひとつの壁がある。

 

ミカドグラファイトが今日まで本来の戦法を欺いてきたのは、他の意表を突き、レースを壊し、立て直される前に先んじる為。それだけでもウマ娘の歴史に大きな蹄跡を残すだろう。

 

だが彼女は勝利を欲している。

 

懸念される要素はひとつ。欺瞞も何も全ての前提が無くなり、ただただ速い者にのみ女神の微笑む最終直線。

 

個々の能力である。

 

彼女が欺瞞に総てを懸けてきたのはなにも裏をかく為だけではない。こうして他を動揺せしめ、崩し、

己の能力による劣勢を覆すこと。ここに真の意味がある。

 

彼女は賢い。今の自分が他と正々堂々戦ったところで、掲示板に入る事すら至難の業ということを理解している。

 

皆、何かしらの《ダイヤモンド》を磨き続けてここに立っているのだ。彼女にはそれが無かった。

無いものを作り出すのでなく、有を無に帰すことを彼女は選び取った。そしてそれが有効である時間は非常に短い。

 

その間に勝ち切れるかどうかが、彼女の運命を左右する鍵なのだ。

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