トウカイテイオーは生徒会副カイチョー   作:橋本みちか

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白い部屋にて

彼女はずっと言っていた。

 

「日本ダービーを獲るためなら、私は悪魔に魂を売ったっていい」

 

と。

 

そして現実に彼女は悪魔に魂を売り、常識では理解できない速度をもって、それを制した。

 

代償として、全身を襲う引き裂かれるような痛み。今すぐにでもバラバラに四散してしまいそうな、そういう痛みだと訴えていた。

 

トレーナーとしては、病室のベッドの上で悶え苦しみ、耐え忍ぶ彼女に対して、側に居ること以外に何もしてやることができなかった。痛みの和らぐ術も、知識も、目の前の事象があまりに未知すぎて手を伸ばすことができなかった。

 

傷もないのに血が出たり、風邪を引いているわけでもないのに乱高下する体温。

 

医療では何の判断も措置できない現状がそこにはあり、苦痛を少しでも和らげるためのごく簡単な行為しか施されなかった。

 

どうすれば彼女を止めることができただろうか。後悔ばかりがアタマの中で渦を巻き、思考を混沌が蝕んでゆく。

死にたがりの彼女を文字通り死ぬまで走らせ、死に場所へ案内してしまったのではないか。

トレーナーとウマ娘は二人三脚で歩むもの、という前提を彼女は否定し、長く苦しんだ。

 

 

 

2週間もしたころ、ようやく全身の包帯がとれ、日常会話くらいはできるようになった。彼女自身が面会を望み、その予定はすぐに埋まることとなった。

 

そして今日、日はまだ高いが、ひとり目の面会を控えている。

 

控えめなノックが部屋に響く。まだ動くことのままならない彼女に目配せをして、同意のもと、来客を入れてやった。

 

「やあ、委員長。久しぶりだね」

 

先の日本ダービーで2着。彼女に敗れることとなったヴィオラブライト。

並の女子なら一発でノックアウトされそうな甘い笑みを称えているが、その唇はほんのわずかに震えていた。

 

「やられたよ。完敗だ。あのときの君には、今の私なら逆立ちしたって敵わないだろうね。―いろいろと訊きたいことはあるんだけどさ」

 

と話を切り、ヴィオラブライトは一歩下がって、深々とアタマを下げた。

 

「すまなかった。以前、委員長の本気を侮った発言を撤回させて欲しい。君の努力や戦術の話はエンターノットさんからすべて聴いた。私は―、君のそれらを否定し、侮り、下に見ていた。謝意を言葉に表すのは非常にむつかしいが―本当に申し訳ないと思っている」

 

ミカドはそれを淡白な目で見ている。やがて数瞬こちらに視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

 

「何言ってんの。あんた、えーちゃんの話聴いたんでしょ?ダービーまでは、私の本気も、努力も、青葉賞のあれも、ぜーんぶ、嘘なの。

だからあのときのあんたが私にああいう気持ちを抱くのも、私の狙いだった。あんたが気に病まなくていいの。強いていうのなら―、私の術中にハマったのを後悔することかな」

 

まだ少し引き攣るのか、ぎこちない笑みでヴィオラブライトを励ましていた。

 

「それこそ、完敗だね」

 

カオを上げたヴィオラブライトは、咲くには少し遅いスミレのように可憐だった。

 

「復帰予定はあるのかい?」

 

ミカドではなくトレーナーである此方にヴィオラブライトは訊ねてきた。先ほどまでの苦しげな表情とはうって変わって、次こそは差し切ると言わんばかりの闘志を感じる瞳である。

 

「―いいや、まだわからんね。こういう状態だから。走れるかすらまだ闇の中だ」

 

「そういうわけだから、しばらく現役最強の座は私ってことになるね」

 

冗談交じりにミカドが話に入ってくる。

 

「それは少し困るなあ」

 

「だから敗けないでよ、《びーちゃん》」

 

は?とヴィオラブライトが固まった。

 

「びーちゃん?」

 

「そ。腹割って話して、命削って戦った仲でしょ?いいじゃん、びーちゃん」

 

びっ…、とヴィオラブライトは不服そうに腹に飲み込む。せ、せめてさあ、と抵抗を試みるが、

 

「いいの。エンターノットのえーちゃん。ヴィオラブライトのびーちゃん。みんな対等で、友達。以上おわり!」

 

強引に話を打ち切られ耳を折ることとなった。

 

「あんたが勝ち続ける限り、それを破った私が実質最強おーけい?」

 

ミカドの煽りが相当トサカにキていると見える。折れた耳がぷるぷると震えていたが―、

 

「ふう―――。ま、まあいいさ。次に私が勝ったときには謝ってもらうからね。それともうちょっとサマになる渾名を考えてもらうよ」

 

大―――きく息をついて、あくまで爽やかに、ヴィオラブライトは病室を去っていった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

数十分の後。

 

にわかに外がざわついている。同時に、ヒールの音が4ほど、イヤミなほどに響くそれで周りを威圧しながら、なんとこちらに向かってきている。

 

数と、その性質から《誰と誰と誰と誰》が来たのかすぐに理解したミカドは、耳と尻尾を振り回して落ち着かない様子。―やがて控えめに扉が叩かれ、4人のブラックスーツ姿のウマ娘たちがやってきた。

 

「やあ」

ショートなのにオールバック。しかし額の三日月だけは誇らしげに揺れている、そんなけったいなヘアスタイル。シンボリルドルフが一番先に口を開いた。

 

「ルドルフさん!お忙しいでしょうからまさかいらっしゃるとは思いませんでしたよ!」

 

ミカドも明るく対応している。

 

「随分な有様だな、《みー助》。痛みはもう無いのか?」

鼻のアタマに絆創膏。シャドーロールの怪物は、纏う服をスーツに替えたとしても、隠しきれない闘志と圧を感じる。

 

「随分な有様ですよ、ホントに。ナリブの姐さんが心配する程じゃありませんから」

 

姐さんは辞めろ、と照れるナリタブライアンの影から、もうひとり出てきた。

 

かつてのシンボリルドルフを彷彿とさせるような髪型に額の三日月。しかしどこかあどけない顔つきのウマ娘は、出てくるなりミカドに抱きついて身体中を撫で回し始めた。

 

「もぉー!心配したんだよ僕達は!キミのあのとんでもない走りを見て、これはきっと後がツラいだろうなって、みんなそう言ってたからさァ!―あ、僕も思ってたからね!

でも意外と元気そうでよかったよ!」

 

「も、もういいでしょテイオーさん。私いちおうケガ人ですから!」

 

ミカドの抵抗に「そうだぞテイオー」と助け舟が出され、トウカイテイオーは強引に引き剥がされた。そのウマ娘は、4人の中では最も身体のラインが出るものを着用している。

 

学生時代―特に生徒会に在籍していた頃は《歩く校則》と呼ばれ恐れられていた女帝である。

 

「うえー。いいじゃんエアグルーヴ。師弟の感動の再会だっていうのに」

 

何が師弟か、とエアグルーヴの鉄拳がトウカイテイオーの頭上へ落とされた。

 

競技の世界に足を踏み入れたウマ娘なら知らないものは無いという以上4名。しかし、彼女らの関係はずっとこんな調子らしい。

 

「―勝ったね、ダービー」

 

暴れていたトウカイテイオーが、突然真面目に喋りだした。

 

「なんだかすごく危うい走りだったけど。キミは最強を超えて栄冠を勝ち獲った」

 

そうですね、とミカドは照れながら返す。

 

「ダービーを獲るためには、決して褒められない後ろ暗いことまでやっちゃいましたから。今にして思うと、なんかこう―、」

 

「大丈夫だよ!それだけキミが勝ちたかったってことさ!他の誰がキミのことを貶めても、このテイオー様だけはずっとキミの味方だよ!」

 

ミカドは褒められることに慣れていない。カオを真っ赤にしながら、ただただ愛想笑いに終始していて、ときおり助けを求めるように此方に視線が来る。

 

こんなことはなかなかないので、知らぬふりを決め込んだ。

 

「それにしても、見事な走りだった。―正直なところ、君がヴィオラブライトに抜き去られる瞬間までは、私には君が凡庸なウマ娘にしか見えなかった」

 

続いてシンボリルドルフが口を開く。なんだか聞いているだけで背筋が伸びる、そんな気がする。

 

「しかし君はその後ヴィオラブライトを差し返してみせた。特に最終直線急坂のアガって来かたは特異点だった。あれは―、そうだな、彼女、オグリキャップが最後の最後、有マ記念で1着を獲ったときのような、総てを投げうつ覚悟を感じた。

君は―、君は、あのレースに、あのときのオグリキャップと同等の覚悟で臨んだというのかい?」

 

ゆっくりとミカドは肯定した。

 

「はい。私が競技ウマ娘に全く興味のなかった頃、初めて映像で見たのがトウカイテイオーさんの日本ダービーでした。それから私はトウカイテイオーさんの虜。

同じ道を歩み、ほんの僅かの間でしたけど同じ釜の飯を食いました。私は、トウカイテイオーさんの目の前で日本ダービーを勝ちたかった。他は―、たとえば皐月とか、この後のこととか、どうでも良かったんです。

私は、日本ダービーに、競技ウマ娘としてのすべてを―、私の人生総てを懸ける覚悟でした」

 

そしていまいちどトウカイテイオーを見つめ、

 

「あのとき、六本木であなたが私の話を聴いてくれてから、あなたは私のヒーローです。今までも、きっと、これからも」

 

そ、そんなこともあったネ―、とトウカイテイオーははぐらかしてみせた。しかしミカドのまっすぐな視線に耐えきれなくなり、

 

「あのとき″ボク″が―、いや、ボク達が必死こいて守ったものだからね。こうしてその想いがキミに伝わって本当に良かった。だよねカイチョー?」

 

数年前のクラシック存続問題。

 

どうもこの話になると、事を起こした側のシンボリルドルフは弱いらしい。守った側に居たトウカイテイオーから視線をそらし、なにかうわごとめいた事をぶつぶつと並べていた。

 

ふと時計をを見てぎょっとしたエアグルーヴに急かされるカタチで、4人のレジェンドたちは病室を後にすることになった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

廊下。

 

「あれが命を投げうつ覚悟か」

 

病室を出てすがら、ナリタブライアンは呟いた。

 

「オグリキャップも、例の有マの後に同じような症状に襲われたそうだ。彼女は―、ほんの僅かな時間ではあるが、我々と同じところ―、少なくとも総てを捨てる覚悟のオグリキャップと同じステージへやって来た」

 

シンボリルドルフが続く。長いウマ娘の中でも本当に僅かな《此方側》へやって来た″ミカドグラファイト″。だがその表情は晴れやかではない。

 

「だが―、もう無理だろうな」

 

非情な―しかし現実的な言葉が、ナリタブライアンから溢れた。

 

「私もそう思う。競技ウマ娘として成熟しきったオグリキャップが今後のキャリア総てを捨ててでも欲した1着、それと同等の覚悟と負荷を、まだ本格化を終えて間もないウマ娘が背負ってしまったら―、」

 

エアグルーヴも苦い表情をしている。それにシンボリルドルフが続けた。

 

「彼女は確かに意地と覚悟の力でダイヤモンドを造りだした。―だが、それはあまりに小さく…、燃やし尽くしてしまった。もう彼女の手にそれは無い。

今後、彼女がケガを完治させレースへ戻ったところで、ふたたび《此方側》へやって来れるかは―、楽観的に考えて″わからない″」

 

そこまで言って堪らなくなったシンボリルドルフは、それの赴くままにトウカイテイオーの進路を塞いだ。

 

「なあテイオー。これは本当にお前が望んだことなのか?この1回のレースの為に、総てを投げうつ覚悟の輝きは美しい。

あのときお前が言っていたことだ。その末路がこれだテイオー。彼女のことを見てなお、それが正しいと言えるか?」

 

時間が止まる。トウカイテイオーはあのとき講堂でシンボリルドルフと対峙していたところまで戻るような感覚を覚えた。

 

《懸ける》リスクの回避。それがシンボリルドルフのいうクラシック撤廃論の大黒柱だった。

 

レースに懸けた結果、大なり小なり負傷して、最悪選手生命が終わる。極論そういうこともある。

 

しかしそれでも《ウマ娘の意思》を尊重しテイオーはクラシックを守り通した。

 

そしてその《極論》がこうして出現したのだ。

 

テイオーがあのとき掲げた理想。その闇の部分でもある。

 

《ケガなんて誰でもするよね、リスクの管理や軽減なんて個人の仕事っしょ!》

 

のような軽い答えは、至極当然ではあるにしろ、今この場では不適切である。

 

「ボクはね」

 

たっぷり数秒考えてから、トウカイテイオーは今までに無いほど強い光をもってシンボリルドルフを見据えた。

 

「あの頃はただ闇雲に理由つけてクラシックを守りたかっただけだけどさ。

確かにレースのうえに成り立つ序列もある。

結果のもたらす誉れもある。だけどそれを手にできるのは、数千にもわたる同世代のウマ娘のうちたったひとり。

そしてその殆どが、その《たったひとり》を争う資格すら無いままに終わる。だから、《たったひとり》を争うときくらいは、命を賭したっていいかなって思うんだ」

 

「あの娘みたいに強い執着かもしれない。親や家、あるいは友達から受け継いだ夢かもしれない。もしくは自分を肯定するためのひとつの手段なのかもしれない。

理由はなんだっていいんだ。そんな《他とは違う》理想や想いを抱き狂気すら持ち合わせるたウマ娘が、この先きっと、次にやって来る同じようなウマ娘たちのさきがけになる。ボクがカイチョーに、あの娘がボクに憧れたように」

 

「理想の反対はまた別の理想。僕やカイチョーの考えの、そのどっちが正しいかなんて結果論でしか語れない。そうでしょ?

―だけど、僕らの後、その後、ずっっと後に続いたウマ娘たちがきっと、僕らが出せなかった答えを見つけてくれるさ」

 

そのためのU-NIONだしね、とトウカイテイオーははにかんでみせた。

 

「だけど、決まってしまったことを今更巻き戻すことは出来ない。カイチョーの選択も、ボクの選択も。見たくない部分だってこれから嫌というほど見るだろうね。それでも、当事者たる僕らは前に進むしか無いのさ、振り返らずに」

 

シンボリルドルフは、自己の理想の正しさも、トウカイテイオーの唱える理想の正しさも理解している。故に、トウカイテイオーの独白に対し

 

「そうだな」

 

以外の言葉を発することができずに、ひとり先に階を降りていった。




トウカイテイオーのセリフにある「僕」と「ボク」は意図的なものであり誤字ではありません
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