「なぁ……京さんや」
「何?」
リムジンの客室車内。人気の少ない早朝の公道を行く中、文理の声が静かに車内に流れる。車内は想定した様な造りで客室の席は向かい合わせの形となって居る。だが、文理の向かい側には誰も座っていない。
「……如何して反対側の席に座らないんだ?」
文理は思わず顔を逸らして窓の外の光景を眺めつつそう告げる。文理の隣に六夜が座って来ていたのだ。対面に座ろうとせず、態々隣に。
「貴方の『フィアンセ』だから」
「……答えになっていない。それと、使い方間違っているからな……」
——そして、まだ引き摺っているのかよ。その表現……。
「で、そのナントカ機関ってのは鏡面世界とかやらの調査とか、ボイドってのは悪魔か妖怪と言った類の連中を倒す正義の味方とかそう言う連中なのか?」
文理は取り敢えず昨日得た情報を統合して分析した。
「ん。概ねその通り。鏡面世界は異世界。時折、繋がってしまう事がある。貴方が昨日、鏡面世界にいたボイドに引き摺り込まれた。あの学校の鏡面世界のボイドは干渉力が強かったみたい」
「……行方不明事件の何割かはソレなのか?」
——TVの類は殆ど見ないが新聞で時々、行方不明事件を取り上げた記事を見掛ける。その殆どが未解決となっているのを覚えている。
「ん。年間5000人位、は鏡面世界関係の、行方不明者が出ている。恐らく……今後はもっと増えるかも……知れない」
「ソイツはおっかないな……」
5000人は相応に多い数字だ。世界人口から見れば少なく思えるが……。
「簡単に言えば、オトゥールは、鏡面世界の調査及びボイドの排除が、目的の国家機関」
「……成程な。大体は理解した。意味分からんとしか言えないが無理矢理理解した」
「驚かないの?」
「……内心では結構、驚いているさ。昨日、現れた転校生が実は世界の裏側で発生する超常相手に活動するエージェントだなんて展開、何処のライトノベルだと言いたい光景が目の前で現実として起きれば嫌でも納得するしかねぇだろ」
眼前の光景を否定する口は幾らでも出来る。ただ、現実の光景として現れた以上……幻想は現実と化す。世界とは常に不完全なのだから。
「ありがとう……」
六夜はそう口にした。何故、お礼を言われるのか分からない。そう話している内に2人を乗せたリムジンの窓から見える光景が全く異なる風景へと切り替わる。
夥しく物々しさを隠そうともしない検問の前に差し掛かった。窓から見えた検問官はこの国の光景とは思えない程の重武装で銃火器で武装し完全なフルフェイス。国際テロリストと戦うのかと言いたくなるくらいの物騒な出立ちだ。恐らく肉声では無い気がする。
「……明らかにヤバさ全開な気がするんだけどよ」
「オトゥールは表向きには、存在しない事になっている機関。内包する活動の都合上、政府直轄地に本部がある」
「ああ、成程」
——組織である以上、報告義務が生まれる。それに鏡面世界だのボイドだの……俺が知ったのは昨日。恐らく規模的に世間体に知られても可笑しく無い規模。内容から一般人には知られたくないから秘匿している。その機関も存在しない事になっている訳か。
物々しい検問を潜り抜けて抜けた先には森林地帯が広がっている。高い木々が生い茂る木陰道を走って行く。
「アレか……?」
森林地帯を抜けた先には近代的な建物が建っていた。ドームらしき建物も見受けられる。リムジンは玄関前に横付けされる形で停車した。
「到着したよ、行こう。長官には連絡を入れて居るから」
降りた先の玄関口は珍しい三重の自動ドア。そのドアの近くには据え置きの端末が置かれてあり六夜はその据え置き端末に顔を覗かせた後に空間に投影されたコンソールに指を滑らせる。
——半透明の空間投影のキーボードなんて映画の類でしか見た事無いぞ……。顔認証からのパスワードか……世界観が間違っている気がするぞ。
此処は秘匿された政府隷下機関。セキリュティは厳重。その後も数分、指を滑らせた後に漸く自動ドアが開き通過する事が出来た。
「なぁ、毎回アレをやるのか?」
「ん。パスワードは5種類以上用意するのが通例だから」
——うわぁ……此処まで行くと相当だな。正面玄関を抜けるだけでも億劫になるな。
その煩わしさにウンザリしながら三重の自動ドアを通過して歩き出す。何処に向かうかは六夜に完全に任せる形なので彼女の後をついて行く。エントランスの造りも内部構造も其処まで複雑では無く政府の秘匿機関だけあって市役所とかと行った堅苦しい雰囲気を感じる。
「…………」
だが、視界の隅や擦れ違うのは皆、少女ばかり……然もかなり目立つ髪色の者達ばかりなのが眼を惹く。金髪や茶髪ならば兎も角、水色や赤色と言うのはかなり異様に思えてしまう。
そして少女ばかりな所為なのか何とも奇異な視線が向けられる。やはり目立つのだろうか。
「京。彼女達も、なのか?」
「ん。私と同じ、ボイドに対抗する武器に変身出来る……。『スティグマ』と呼ばれているの」
如何やら六夜達は『スティグマ』と呼ばれている様だ。
「……あら、六夜。予想よりも早かったじゃない」
その時、知らない声が聞こえて来た。視界の先に現れたのは小柄な体躯の少女だった。中学生、いいや小学生と言われても違和感が無い程の身長しか無い。そして水色の髪をツインテールにしているツリ目の少女は六夜に声を掛けて来た。
「……うん」
「で? 其方の彼が
「そう」
「ふーん……?」
その水色髪の少女は上目遣いで品定めするかの様に見て来る。こうして間近で凝視されるとは。
「……見た感じあんまりパッとしないわね。それともただ
「鏡面世界で、私を使ってボイドを、薙ぎ倒した。初めてなのに、上手だった」
六夜のその言葉に水色髪の少女は目を見開いた。余程、衝撃的だったのか動揺している様にも見える。
「……一応、聞くけど本当なの?」
「ん、事実。反射で砲撃を行う程に」
「…………うわぁ」
今度は呆れの声と視線が向けられた。彼女の中で文理はどんな認識を持ったのだろうか。
「それよりもターリア。長官は、今何処に居るの?一応、連絡は入れたけど……」
「長官なら司令室に居るんじゃない?事務処理は大方、終わっているでしょ」
「ん。分かった」
ターリアと呼ばれた少女と別れて六夜の案内で司令室へと向かう。何回か角を曲がり目的の司令室を発見する。長官、即ちこの機関の長と言う事。抑揚が無く感情が薄い六夜でも佇まいを正している。彼女でも緊張するのだろう。
——何気に結構、スルーして来たけど……大将にいきなり会うってのはリスキーじゃね?
然しながら此処まで来たのならばやるしか無い。佇まいを正し襟元を直した六夜は司令室の扉を静かに開けた。