「失礼しました……」
長官の執務室から退室した後、廊下を2人で歩いて行く。
「…………はぁ。あの長官の言いたい事に加えて理解の先の状態ばっかだな」
——スティグマやら鏡面世界とかボイドとか、分からない事だらけだ。いや、本当に訳が分からん。と言うか、昨日一昨日からそうだけど頭が混乱して来てどうすりゃ良いんだよ。頭の整理が追いつかねぇ。
「京は其処ら辺はどう考えているんだ? 最初に君はスティグマだとか言われたらさ」
「うん……。私も最初は君と同じ位、動揺した……と思う。私が、人間じゃない事も……ショックだったと、思う……」
「……何故、疑問系?」
「…………色々な事が起こり過ぎて動転して居たんだと思う。その時、立て続けに色々な事が起こったから……情報量が多過ぎて良く覚えて居ない……」
「そうか……。まぁ、俺でもアヤフヤな理解になるわな。と言うか現在進行形で」
——……ああ、そうだ。
「……そう言えば聞きそびれたんだが」
「何?」
「あの長官が言うには俺みたいなスティグマとやらを扱える奴は発見例が少ないそうだが……そのもう1人の奴だとダメだったのか?」
「……ん。相性の問題……」
その言葉に六夜はそう答えた。相性、成程……そう来るか。
「相性、か。ありきたりな理由だな」
——実例は京しか居ないから何とも言えないが……スティグマを扱うにしても前提としてその変身する武装の扱いの心得が無ければ意味が無い。いきなり餓鬼に刃物を渡して十全手前程度に扱えるかと言われれば無茶だとしか言えん。
「……ん。後、人間関係、かな」
そうなのだ。武装の扱い以前に彼女達との関係性にも相性と言う物がある。そう、人間関係である。大前提として彼女達、スティグマとの人間関係が構築出来なければ意味が無いのだ。武装の扱いの相性が良くとも啀み合う関係ではパフォーマンスもクソも無くなるだろう。
「……だよなぁ。そのボイドに相手取ることが出来るのが、スティグマと言う君らみたいな存在だもんな」
——コレが普通に決戦兵器だのならば話は少しは単純になるが、彼女達は人間だ。武装に変身出来る……人間。そうなれば自らの意思があって然るべきだ。オトゥールってのが一枚岩……って訳じゃ無いだろうなぁ。組織ってのは複数の思惑が混ざり合う集合体。必ず離叛する意見が生まれる。例えば……武装に意思は不要、とかな。
真面目に自衛隊とかの類に出来る奴は居なかったのが問題なんだろうな……。まぁ、俺がアレコレ考えても仕方ねぇけど。
「……文理?」
「いや、少し考え事をしていただけだ。如何にも深く考え込んでしまうのが俺の悪い癖だな……」
黙り込んだ文理を見て六夜は前屈みになって不思議そうに覗き込んで来る。
「……さて、この後は如何する……つーか、朝っぱらからこっち来たから学校の類は如何するんだよ⁉︎」
——何の連絡入れてねぇ⁉︎ 一人暮らしだから欠席する際は自分でしなきゃならねぇ筈だ。
「……ん、大丈夫。既に連絡入れて居るから」
「君の場合はな⁉︎ 俺の場合、赤の他人がやると違和感MAXになるんだがねぇ⁉︎」
「でも、文理はご両親は健在で親元離れて居るから偽って、連絡を入れるのは容易い……。本来は半日の予定、だったけど……長官の提案の都合上、昼までには帰れそうに無いから終日にしておく」
「論理的に問題アリアリだと思うのは俺だけか⁉︎」
超法規的ズル休みが決まった瞬間だった。
「……気にしたら、負け。ね?」
——此処でその顔は少々、反則と思うのだがなぁ。
過ごして来た時間は短いが京 六夜と言う少女は基本的に無表情だ。だが、常に無感情と言う訳じゃない。感情表現がぎこちないだけなのだろう。だから、不意打ちの様な綻びの表情の破壊力は抜群だった。
「ああもう、こうなりゃ如何にでもなれってんだ」
——明日の事は明日に回す‼︎ 確実に杏が不審感を抱くだろうが、如何にかなれ‼︎ なれっつったらなれ‼︎
ヤケクソになった。タダでさえ色々な意味で怒涛の状況だと言うのにこれ以上、面倒極まりない状態に放り込まれるのは勘弁願いたいが現況は待ってくれそうには無かった。と言うか午前中に回り切れないと言うオマケ付きでもあった。
「それじゃあ……案内、する。長官に、そう言われていた、から……」
——ああ……そういや、そうだったな。
「分かったよ……もう好きにしてくれや……」
この時点で最早、後戻りは出来ない気がするのだが……考えるだけ時間の無駄だろうと内心、諦観しつつあった……。
半ば強引な状態で六夜に案内されて連れて来られたのは本部の南側に位置する大食堂であった。良くある安っぽい古惚けた食堂のイメージは全く無く、オトゥールの技術力の高さを前面に押し出した内装が其処に広がっていた。
「何つーか、技術の無駄遣いと言うべきか……」
——未来都市の一部分を垣間見るなー。良くあるサイバーパンクだとこんなイメージを抱くな。
オトゥールの玄関口からして数百年は先の技術力と言わんばかりの光景を目の当たりにしていたので半ば予想は出来ていた。
だとしても此処まで行くとは予想外。何せ、白を基調とした無機質な空間にファミレスの様なロングソファやテーブルが並んでおり、ミスマッチ感があれど洗練されている様にも思える。その癖、かなり広い。テーブル数も50は有りそうだ。既に何人か利用しているのか複数人の少女達の姿が遠目に見える……。
「ん、此処は食堂」
「見りゃ分かる……。食堂と言うよりも近未来系高級レストランにしか見えねぇよ……」
——……本当、此処だけ未来に先行してねぇか?
メニュー表の代わりに何回か見た空間投影のディスプレイが小型化されて表示されている。其処には数秒おきに画面がスライドして切り替わり数々のメニューが表示されていた。
「と言うかヒトがやってんのか?全自動ロボットの類が作ってんのかね……」
「何の予想をしてるの? ちゃんと人がやってる……」
無表情だがジト目を向けられた気がした。今回の流れからして、その様な可能性も抱いたが杞憂らしい。
「いや、何となく……」
「むー……」
——何で、むくれられなきゃ行けないんだ……。
「アレが、新しい適合者?」
「そう見たい……。あの、京さんと一緒に居る……」
遠目から囁き声が聞こえる。やはり、スティグマと言う少女ばかりな所為か目立つ様だ。しかし、気になる単語が交ざって聞こえて来た。
「なぁ、京。さっき聞こえた『適合者』ってのは何だ?」
——断片からしか判断出来ないが、恐らくは……俺の事を指していたのか?
「ん。私達、スティグマを扱える人の事をそう呼んでいる、の。長官はまだ、貴方が決断を保留に、している、から……その表現を、避けていた、と思う」
「……成程」
——当事者ではあるが、正式では無い為に公式表現を伏せたと言う事か。要するにまだ未確認状態だから『かも知れない』と言う形と言う訳か。彼方も彼方で何かしら理由があるんだろうな。しかしながら、上層はそう認識しても末端のスティグマ達が全員、その認識が浸透している訳では、無い訳だ。組織の規模が大きくなれば情報の伝達が拙くなるのは何処の世界でも同じと言う訳だな。