鏡境ヘリックス   作:夢現図書館

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理念変相

 

 

 食堂を後にした文理と六夜。その次に向かったのは……。

 

「此処は、トレーニングルーム。ジム、とも言うのかな……?」

 

「何故、其処でも疑問形なんだよ……?」

 

 近未来的な建物だがトレーニングルームと呼ばれる大部屋は比較的、現代に近い器具が揃えられていた。サンドバッグやダンベル、ランニングマシンと言ったモノがあった。……予想とは裏腹にとは内心思ってしまった。

 

「基礎体力、身体が資本って言うから……」

 

「まぁ、道理ではあるな」

 

——此処だけ数十年先の未来だったから、ちょっと拍子抜けだ。やはりいつの時代も王道(きそ)に近道は無いんだな。

 

「でも、今は余り使われていない……」

 

「え、何故なんだ?」

 

「……私達スティグマは身体を鍛えても殆ど意味が無いの。武装に変化出来るけど、その状態では自力で動く事が出来ないから。精々、逃げる為の足の速さくらいしか……」

 

「……要するに適合者向けのトレーニングルームと言う訳か」

 

——利用者がほぼ居ないのなら致し方無い、か。

 

 その次に向かったのは多数の紙媒体の本が書架に納められた部屋、図書館と思わしき部屋だ。

 

「此処は図書館。内蔵の本は持ち出し禁止だけど館内なら自由に読んでも良い。内容は確認されたボイドの生体資料とか、そう言う情報だから」

 

「成程。資料館みたいなモノと言う事か」

 

——初見と予め情報があるのならばそれに越した事は無いだろうな……。

 

 図書館では何人か利用している少女達が見える。やはり皆、スティグマなんだろうか?

 

「紙媒体の本である理由は? 此処の様な近未来技術オンリーなら、データベースじゃねぇのか?」

 

「ネットデータだとクラッキングされて、漏洩する恐れがある、からだって……。いつだってリークをする事に命を懸ける人達が居るから」

 

「……まぁ、陰謀論とか好きな連中は居るよな」

 

——マスゴミとか。

 

「他にも色々あるけど、他は機関の職員達が使う施設かな。後回るなら寮棟とかになるけど」

 

「流石に其処は遠慮しておく。部外者がプライベートの空間に立ち入るのは少し抵抗がある」

 

——俺の場合は堂々と踏み入られたけど。

 

 その後、施設内の建物中央にある室内庭園に向かった。天窓に覆われており、陽光が差し込む温室に近い庭園。其処には噴水もありベンチもある精神的にも休息する事を念頭に入れた造りだった。

 

「……粗方、この施設を見て回ったけど……。答えは出そう?」

 

 庭園の一角にあるベンチに座り、六夜は遠慮がちにそう尋ねて来る。その内容は長官の言葉に関してだろう。

 

「…………」

 

 流石にコレは即答出来る問題では無い。未知数の超常現象。それに対抗出来る存在は限られた者達のみ。しかし、それは命懸けになるのは明白だ。

 

——……見知らぬ者達の為に戦えるか、か。大半の人間はそんは殉教者(・・・)を冀うと同時にその存在を侮蔑する。自分達は守られて当然……そして、用済みとなれば消したくなる。……こう考えてしまう俺は歪んでいるのかねぇ。性悪説を信じているのか?

 

 あの時、鏡面世界で見た。感じた。聞いた。それら全てが危険な光景である事を如実に示す現実だった。

 平凡、平和、平穏。それらとは無縁となる世界。いいや、世界とは表裏一体……見えないだけで裏では色々な事が『なかった』事にされているかも知れない。

 

「分からねぇな。……急展開が多くて整理が追いつかないって言うのが本音だ」

 

 長官は『君の判断に委ねる』と発言した。

 多感な10代後半である種の『非日常への憧れ』から早々に受け入れてしまう者も一定数出て来るだろう。大半はその代償(・・)を知らずに。

 

「…………そう、そうだよね」

 

「が」

 

 六夜は半ば予想していた為に少しか気持ちが沈んだ。その矢先に、文理は一拍をおいて続けた。

 

「この世界の片鱗でも味わった以上……。見て見ぬフリって言うのは、流石に無責任じゃねぇのか? なぁ、長官殿」

 

「アッハッハ‼︎ 少しの嗜みみたいなモノだったけど、バレちゃうとは思わなかったねぇ」

 

 ベンチの裏にある茂みを揺らしながらオトゥール長官がガサガサと草木を掻き分けながら2人の前に姿を現した。

 

「ち、長官……‼︎」

 

「うーん、僕として六夜ちゃんみたいなリアクションが欲しかったんだけど……君には通じなかったか」

 

「まぁ、我流なりとも何かしらやってたもんで。気配の断ち方は素人すけどね」

 

——むしろ、白地なまでもある。要するにヘタクソだと言う事。

 

「ハハハッ‼︎ こりゃあ手厳しいね。じゃあ、続きを聞かせて貰おうかな?」

 

 文理の返答の続きを促す。前置きは要らない。最高権力者に直接、聞かせる為に表に引き摺り出した事を長官も理解している。

 

「……幾つか質問を交ぜるぞ」

 

「ああ、構わない。続けたまえ」

 

「先ず、俺みたいな『適合者』ってのは数が少ない。それは事実だろ?」

 

「ああ、長官室で話した通り、10年程昔は5、6人。今は君を含めて2人」

 

世界で(・・・)、何人?」

 

「……っ」

 

 此処で質問が投げられる。それは『適合者』の人数はこの国で何人か、或いは全世界で何人か?と言う質問だった。

 

「鏡面世界。まだ俺の推測に過ぎないが、日本国内だけ(・・)の現象では無い筈だ。……となれば、他にも名称の差異あれど対処する機関がある筈だ」

 

 その推測に長官は軽く拍手しながら答えた。

 

「其処はまだ話して居なかったけど、その推測は当たっているよ。確かに鏡面世界は日本国内だけの現象とは言えない。オトゥールは日本政府直属の超機密機関。

 海外でも相応の機関があるのは当然だ。それらを踏まえて君の質問に答えよう……日本国内で2人、だよ。世界規模だと、私が把握している限り君ともう1人を合わせて4人かな」

 

——マジで少ねぇ。その情報を合わせりゃ……別の憶測も立てられるな。適合者とスティグマ……なら、外国人でそう言う連中が居ると言う事。双方の関係性に精神的なモノを除けば他意は無い筈。

 

「続けて質問。仮に俺が当方の提案と言うか要請かな。それを蹴った場合……他の鏡面世界に対処する機関が出張って来るか?」

 

「何度も言うけれど『適合者』の人数はスティグマより少なく極めて希少。……人数確保は急務だから昨日も今日も明日も草の根分けて血眼になって探しているだろう。我々も今も君以外にも他に居ないか探しているよ。そう言う形で基本は自国内で探すだろうけど、国外で在野が判明している場合……引き抜きと言うか獲得に動く可能性は大いにあるね」

 

「……最後の質問。長官殿の言う自己判断に委ねると言うのは貴方の独断か?」

 

「ああ、私の独断だよ。他の対策機関だとそうは行かなかっただろう。君に話した通りの常套手段で迫るだろうね。無論、日本政府もそんな真似を黙って見過ごす筈が無い。自国民だからね」

 

 今回の件を蹴ったとしても鏡面世界の発生は他の対策機関も把握していないとは限らない。

 

「…………正直に言えば、理解出来ない事は多々あるが、俺が『適合者』と言う事実は変わらない。そうだろう?」

 

「ああ……。『適合者』自体、人数が少なく希少。扱う能力に関して10代が最も高く20代を迎えるとほぼ出来なくなり喪失すると考えられている。スティグマに関しては20代前半なら何とかなるけどね。いずれにせよ情けない話でもある」

 

——前門も後門も崖っぷちとはな。

 

「……はぁ、分かった。入るさ、オトゥールに」

 

「「!」」

 

「言っておくが、知らん連中の為に戦うとかそう言う高尚な精神は持ち合わせていないからな。……精々、知人程度だ」

 

 ちゃんと断りも入れておく。自分は超人的な精神を持ち合わせている訳では無い。偶々『適合者』だっただけの人間だからだ。

 

「いやいやとんでもない‼︎ 寧ろ自己犠牲の精神だったら思わず落胆していた所だよ。

 まぁ、色々と君も精神的に疲弊しているだろうし、積もる話は延期しようか。兎も角……改めて歓迎するよ。崩空 文理君。

 我々、オトゥールは君の参入を心より歓迎しよう。今後とも宜しく頼むよ」

 

「…………」

 

——……何故、自分が『適合者』になったのか……。その理由を知りてぇ。鏡面世界の先に行けば分かるだろうか? まぁ、関係性があるそうだが、確信は持てない。なら……自分で探すしか無いな。非現実的な事を知るには非日常に自ら飛び込むしかない。

 

 

 

 

 

 

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