おっかなびっくりなオトゥール本部への訪問を経て自分の家に戻って来たのは午後4時半頃だった。今の時間帯なら学校は放課後直前の時間帯。精神的な疲れからか、其の儘ソファに腰を沈めた。机の上には書類の類が散乱している。
「……疲れた。物理的じゃなくて精神的に」
その後、長官室にて色々な書類を渡された。必ず全て確認して欲しいとの事だった。ざっと見たが大概が機関に関する守秘義務だった。まぁ、言わんとしている事は理解は出来たが。
京 六夜の出会いを経てこう言う状況になった。しかし、自分が決めた事だ。今更、後悔は無い。
「一先ず、この書類絡みは何とかするか」
——間違っても杏にはバレる訳にはいかない。アイツも刃物店娘だけど、完全な部外者。……俺が隠れて贔屓目に見てヤバい環境に居るとなれば首突っ込んで来そうだしな……避けたい、それだけは避けたい。親父さんに殺される。
機密情報の塊の書類を隠しておく。出来れば送り返したい所だが、流石にポストに投函とか出来る筈も無い。なら、機会があれば自分で返却するしか無い訳だった。
「……取り敢えず、今日はもう寝よう。疲れた、本当に疲れた……」
翌日になってまた別のトラブルが眼前に飛び込んで来る事を文理はまだ知らなかった。
——何回同じ事を繰り返せば気が済むんだ己ら……‼︎
翌日の昼休憩開始のチャイムが鳴り響いた直後、クラスに詰め掛けて来たのは大勢の他クラスの
「お」
「ごめんなさい」
「チクショーォォォォ‼︎‼︎」
期待の美少女転校生である六夜への告白祭であった。各時限節目の休憩時間では間に合わない為、長めの休憩時間である昼休憩を狙って告白しようと詰め掛けたようである……。
しかも同じ事を考えているバカがこんなにも居ようとは。お陰で教室の出入り口が寿司詰めのようであり移動する事もままならない。本音を言えば今すぐに退散したいのだが……コレでは動きようが無い。
——……相変わらず、1文字しか言わせて貰って無いな。
一昨日とほぼ同じ光景が広がっている。深窓の令嬢の如く座っている六夜に告白するも敢えなく撃沈。立て続けに死亡報告が寄せられていく。
「チクショー‼︎ 何故だ⁉︎ 何がいけなかったと言うんだ⁉︎ 京さんの好みに合わせて来たって言うのに⁉︎」
慟哭の叫びを上げるも当人たる六夜は視線すら向けて居ない。……何と言うか興味すら持たれていないようで、哀れにも思える。
「邪魔だ。か「ごめんなさい」……ば、バカな……⁉︎」
更に追加の死体報告。こんな光景を何回も繰り返している。
—— 一昨日の爆弾発言から『それは自分だ‼︎』と殆どのバカは意気込んでいるんだろうな。
噂は噂。信じている奴は多くは無いとは思いたい。だからこうしてその噂の正体は自分だと言う自負を持って勇んで告白しに来ているんだろう。
「ねーねー、京さん」
そろそろ辟易して来るだろうタイミングで女子生徒の1人が割り込んで来る。
「何……?」
「昨日、京さんと崩空君。揃って学校を休んでいたよね?」
——あ、ヤベ。その可能性を忘れてた。
2人が全く同じ日に欠席していた。コレだけなら単なる偶然と片付けられるのだが……。
「それに一昨日、京さん。授業中、ずっと崩空君の方を見ていたし……。今日も、じーっと見ていたよね? そんなタイミングで2人一緒に欠席……怪しくないかな?」
——すわ、殺気⁉︎
物音と共に教室全体に此処に集まっていた
「ほう、それは聞き捨てならないなぁ。スポーツマンがモテて当然だと言うのに……‼︎」
「どうやって京さんの意中を射止めたか、是非ともこの俺には似合わないが肉体言語で聞きたい所存だ」
「バカな。何故、俺じゃなくて帰宅部の野郎に……⁉︎」
「あの噂はガチだったと言うのか⁉︎ 何故だ、一体どこで間違えたと言うんだ⁉︎」
——うわぁ、一昨日のボイド連中に負けないレベルの殺意に晒されているよ、俺。ええい、誰だか知らんけど余計な燃料を投下しやがって、どうする?
「ん、唯の挨拶しに行っただけ」
——それ、誤解しか生まねぇ⁉︎
「「「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎⁉︎」」」
「「「何ィィィィィィィィィィィィィィィィ‼︎⁉︎」」」
流石に鏡面世界の事は言わないが他に誤魔化し方は無かったのだろうか。
女子生徒の歓声と男子生徒の咆哮が同時に響き渡る。もう、ダメだ。制御不能だ。
「え、もう⁉︎ もう、挨拶に行ったの⁉︎ 初日の次の日⁉︎ 早くない⁉︎ フィアンセって言ってたし」
——流石にこれ以上は耐えられん‼︎
比較的、人数が少なかった前側の扉から逃亡を敢行。流石にこれ以上、此処に留まるのは精神的にキツすぎた。
「……針の筵って言うのはあの状況を言うんだな。めっちゃ居辛いぞ……アレは」
時間が経てば騒ぎは静まると信じたいが早々にそれは起こりそうにないだろう。六夜の天然みたいな言動は止めようが無い。
一先ず、屋上にまで逃げて来たは良いのだが、後を考えると怖くなって来る。
「アンタ……。何やらかしたのよ」
「って、か、杏⁉︎ 何で此処に居るんだよ⁉︎」
「気分転換よ、気分転換。そう言うアンタこそ、慌てて何したのよ。今度は何? またあの白い転校生絡み?」
——どーしたものか。ガッツリ関わっている以上、説明し難いぞ。
「……アンタって結構、巻き込まれるタイプよね」
——巻き込む側の言う台詞じゃねぇ……。
「……此処に居た」
その時、文理の背後から騒動の発端を作った六夜がいつのまにか立っていた。気配の断ち方とかそんなレベルじゃない。
「……へー、随分と仲良さそうねぇ?」
——あ、メッチャ機嫌悪そう。思えば初日から杏って六夜に対して敵愾心持っていたような……?
「ん、だって『フィアンセ』だから」
抑揚の無い声音で誤解をまた広げそうな発言をしながら後ろから自身の顎を此方の肩に乗せて来る。同時に背中に柔らかい感触が伝わって来る。
「……文理。これは一体、どう言う経緯でそうなったのかしら?」
「え、えーとだな……‼︎」
——ヤベ。如何やって説明したら良いんだ⁉︎