「……文理。これは一体、どう言う経緯でそうなったのかしら?」
「え、えーとだな……‼︎」
——ヤベ。如何やって説明したら良いんだ⁉︎
眦を吊り上げた杏の後方に猛虎の幻影が見える(本気で幻覚だと信じたい)。コレまで杏の不機嫌顔は幾度と無く見て来たが、此処まで分かりやすい『怒ってます』みたいな表情は見た事が無い。此処が彼女の家の道場だったら間違いなく霜刃が飛来して来た。此処が学校で良かった……いや、大して変わらないか。
「ん。言葉通りの意味」
「……だからと言ってくっつき過ぎじゃないかしら?」
「ん。フィアンセだから、肉体的接触は繰り返すべき」
——少しは此方の心境を汲み取ってはくれませんかね⁉︎ 後、腕を絡めて来、ああああ⁉︎ 杏の額に青筋が⁉︎
六夜は更に油をぶっ掛ける。もはや、この状態で彼女を止める事は不可能レベルに煽ってしまっている。
「フィアンセって……。アンタ、その京さんとはほぼほぼ初対面だったでしょ? まさかとは思うけど、何処ぞで不良に絡まれていた所を助けたとかそんなノリでバカみたいな展開になるとは到底、考えられないのだけど?」
——微妙に核心を突いているよ⁉︎ 流石にヤベェよなぁ……。
「それとも……何か言えない理由でもあるの?」
「………………そう、だな。言えない、な」
——流石に鏡面世界の事は話せない。話す訳には行かない……巻き込みたくないと言う感情はあるにはある。
「…………アンタ、結構頑固よね。少なくともフィアンセって言うのは冗談よね?」
「寧ろ本気だと思ったのか?(言葉通りの意味で)」
「そんな筈は無いでしょ。アンタみたいなヘタレがフィアンセの約束を契る筈が無いし、京さんの様子からフィアンセの意味を理解していなさそうだしね」
「…………」
「……文理。本当に変な事に巻き込まれて居ないわよね?」
変な事に巻き込まれては居る。先程の怒り顔から心底心配した様子を見せる。嘘を吐くのは心苦しいが……余計な心配は掛けさせたくは無い。嘘の重ね塗りはしたくは無いがコレ以外に切り抜ける手段が思いつかなかった。
「ああ、フィアンセ云々の話はな……。京の両親に見合い云々を諦めさせる為のブラフだよ。コイツの見た目からしてお嬢様って雰囲気だろ? 早い話が恋人のフリをしてくれって話だよ」
それは居る筈も無い婚約者を捏ち上げる事だった。六夜は雰囲気から良家の令嬢と言う雰囲気な上に世間知らずの天然。そんな上級社会ともなれば見合い等の婚約と言う関係も発生し得る。そう勘違いさせた方が心情的に楽だ。代わりに精神的に辛いのだが。
「成程、そう言う事ね。でも、他にも候補あったんじゃないの?」
「む、文理が良かったから」
そう言い更に抱く力を強めて来る。フリと言うフリとは言え、本気過ぎだと思われやしないか?
「……だから昨日、半ば無理矢理に近い形で拉致られたんだよ」
間違っては居ない。間違っては居ないが……。
「……あー、そう……。分かったわ……変な事に変わりは無いけど、危ない目には遭ってなさそうで良かったわ。でも、余りイチャコラするんじゃないわよ? その首、落としたくなるから」
——怖ぇよ⁉︎
「……何とか誤魔化す事が出来たな。杏にツッコまれた時、流石に肝が冷えた」
放課後を迎えた後、家に帰った途端に又しても車が寄越されていた。理由は大体分かる。放課後はオトゥールの活動と言う訳だろう。
その車内で文理は嘆息した。自分でも上手く機転が利いたと考えている。
「京も、人目がある所ではああ言う真似は止めてくれ……。誤魔化すのも大変だ」
——つーか、明日からサバイバルが始まりそうな気がするんだけど。
主に非モテ軍団による強襲戦が。そう考えると頭が痛い。
「……でも、フィアンセとして肉体的スキンシップを重ねるのは良い事。お互い知っておくのが前提……。鞘と刃は一心一体、だから」
「……考え方が違うとこうも噛み合わないモンなんだな」
その時、2人の眼前に小型の空間投影ウィンドウが展開される。其処に映っているのはホスト長官だった。
『やぁやぁ、2人とも』
「どうも、長官殿。昼間は学校で夕方はオトゥールで良いのか?」
『本来ならオトゥール管轄の学校に転校云々となるのだけど……君の場合、少し難しそうだからね。今はそう言う形を取ろうと思うんだ。流石に六夜ちゃんが転校して来て直ぐに転校ってなると色々とマズいしね』
「……その辺の話はまた時間ある時で良いだろ。で? 直ぐに鏡面世界に行けって事か? こんな形で連絡を取ると言う事は」
『オトゥールをそんなブラック企業みたいな存在だと思わないでくれたまえ。ただでさえ日本はブラック企業大国だと言うのに政府直属機関がそんな真似をしては国家破綻を招いてしまうよ。
六夜ちゃん。本部に着いたら其の儘、トレーニングフロアへと案内してくれたまえ。……まだ君達の勇姿は六夜ちゃんの伝聞しか知らないからね。軽く見せて欲しいんだ』
「分かりました」
確かに長官としてもその様子を直に見て把握したいと言うのは至極当然だ。現場を知らない管理者と言うアホみたいな構図が蔓延している世の中でこの態度は好感が持てる。
『文理君』
「何だ、長官殿」
『鏡面世界は危険な空間と言う認識が大半だ。勿論、バックアップは万全な形でサポートするつもりだ。昨日話したもう1人は実は活動限界が間近でね……。即ちもうすぐ20歳を迎える。オトゥールの規定で活動限界間近の人は鏡面世界に突入させない決まりなんだ。故に頼りになるのは君だけだ』
「……ソイツは責任重大だな」
——もう1人って言うのは定年だったか。なら、昨日の説明に矛盾は無い。まだいけるとは言え、仕方ない話だな。
『…………済まない。君にこんな使命を背負わせる事になって……。
鏡面世界に棲まう『ボイド』に対する抗戦は現状、適合者に頼らないと如何にもならない』
「謝らないでくれ。自分で決めた覚悟の上だ。それ以上は無粋だ」
やると決めた以上、後戻りはしない。
『……! ありがとう。では、トレーニングフロアで待っているよ』
書き直しました。