黎芽に引っ張られて適合者やらスティグマの研究をしているとかの話を聞いた後、文理はオトゥール内の廊下をアテも無く歩いていた。
最初は長官にトレーニングフロアに来て見せてくれと言われただけで、その後は特に何も決めていなかった。つまり、暇である。
——特にコレと言ったやる事が無いな……。かと言って自分からスティグマの面々に声を掛けるってのも気が引けるよなぁ……。
何せスティグマは全員が女の子だ。流石に年齢の幅はあれど、声を掛けるのは勇気が居る。周りが女子ばかりだと少々、精神的にキツいモノがある。
前任の適合者が尻込みして時間だけが過ぎてしまったのも何となく同情込みの推測が出て来てしまうのが烏滸がましい事なのか。
「……あ」
「ん?」
廊下を歩いて居ると正面から赫黎が歩いてきた。其の儘、トテトテと軽い足取りで近付いてくる。
「あ、あの、さっきはありがとうございましたっ‼︎」
「あ、ああ……。どういたしまして、か?」
——『スティグマ』として役目を果たせるって意味なのかもな。彼女達は其の儘では無力、だからな。
「はい。コレからも宜しくお願いしますです‼︎」
スティグマとして生まれ役目がある以上、果たさなくてはならない。そう言う使命をもっている。そして、その役目を全う出来る事は嬉しい事なのだろう。
「あ、ああ。宜しく、な……‼︎」
——俺はロリコンじゃない。断じてロリコンじゃない……‼︎
「……あ、長官さんが崩空さんを呼んでいましたっ。何かお話があるのかも知れません」
「ん? 分かった。今、暇だったからな……直行するよ」
赫黎から長官が呼んでいると言う話を聞いた。今は特に用事は無い為に、其の儘長官が普段居ると言う執務室兼司令室に向かう事にした。
「やぁ、文理君。トレーニングフロア以来だね。アレからどうだった? スティグマの娘達に集られたかい?」
部屋に入るなり長官からそんな軽薄な言葉を投げ掛けられる。
「貴方は一体、何を期待しているんだ……?」
部屋には六夜も居た。無表情だが少し不機嫌そうにも見えた。
「いやいや、だって2人以上のスティグマを扱える適合者だ。3人、4人……ひいては此処、オトゥール所属の娘達全員と適合出来ちゃったりするかも知れないじゃないか。
それに、殆どのスティグマは誰とも適合出来ず今日に至っているんだ。貢献したいって言う子も多い」
長官はややハッスルして興奮している様子だ。声音も昂っている様にも見える。
「……さっきも言ったけどトンデモねぇスケコマシ野郎にしか思えないんだが」
「まぁ、初日からイチャコラって言うのは流石に高望みだね。後日に期待しようか」
——だから何を期待しているんだ、この人は。或いはアレか? 他人の修羅場を見て愉悦に浸りたい外道思考なのか⁉︎
「……長官、私達を呼んだ理由を教えて下さい」
其処で六夜が自分達を呼んだ理由を訊ねるべくそう切り出した。
「おっとと、話が脱線する所だった。大事な話に移ろうか」
咳払い1つ。長官が佇まいを正して文理と六夜の2人の顔を見て口を開く。
「何はともあれ、君の紹介は済んだ事だしね。明日から早速、調査任務をやって貰おうと思ってね」
——……来たか。カードは揃っているから組織としては動くべきだろうな。
「……でも、君達はオトゥール管轄下の学校に通学していない。公立校だから事ある毎に君達が同時に休学しては流石に不審がられるだろう」
「現に幼馴染から怪しまれているんだよな……」
——めちゃくちゃゴミを見る様な目で見られているし……その癖、京の天然発言で騒がしいしな。
「それに加えて公立校の行事と重なるのも君にとって不都合だろう?」
「ああ……特に考査の時に重なるのは勘弁願いたい」
——今は緊急の時では無いが、何れはそうも言ってはいられない事態になるかも知れない。……杏には心配かけさせたくないのだが、場合によっては覚悟を決めるしか無いかもな。
「ああ、そうしよう。その為、先日も言ったかも知れないけど活動時間は放課後から午後10時までの時間帯に絞るとしよう。……ただ、君も自覚はあるだろうけど『鏡面世界』は危険だ。
何が起こるか全て予測は出来ないし日を跨ぐ可能性もある」
そう言う意味でも本音を言えばオトゥール管轄下の学校に転校して貰いたいのが長官の言。
しかしながら現状では、色々な都合で難しいとの事。
「その時はその時で考えるよ」
「……確かに、今考えて講じてもその通りに動ける保証は無い。取り敢えず明日以降の1ヶ月単位の分かる範囲での学校関連の予定を教えてくれたまえ。それを元に日程を組もう」
「…………」
小型の空間ウィンドウを眼前に展開されて日付を示す数字の箇所に備考を入力して行く。
「うむ。それでは早速だが……明日、2人ともデートに行って来なさい」
「は?」
投影された空間ウィンドウが消えた後、長官は唐突にそんな事を言い出した。
「何惚けた返事をしているんだい。2人の仲を深める為にも遊びに行くのは当然じゃないか。
安心したまえ、デートに最適な場所は此方で決めている。2人の学校終わりに迎えにも行かせるし、経費も此方で用意するよ。何分、開店休業みたいな状態だったから予算は余りまくっているのでね」
「いや、いきなり何言ってんの⁉︎」
「冗談で言っている訳じゃない。君が彼女達、スティグマを扱う上で1番必要なのはお互いの信頼だ。その為にはお互いの事を良く知らなければならない。この辺は黎芽ちゃんから聞いたと思うけどね」
——何処で聞いていたんだよ、この人。地獄耳?
「……文理は嫌、なの?」
隣に立って聞いていた六夜が、萎れた様な声音で訊いてくる……。心なしか眦が下がってて捨てられた子犬みたいな雰囲気が伝わってくる。
「嫌って言う意味じゃない。理解が追いつかないだけ‼︎」
「ハッハッハ、六夜ちゃんのコロコロ変わる表情を眺めるのもオツなモノだね。昔は感情が凍りついてて心配していたけど、うん。良い変化だ」
その光景を見て長官はニヤニヤしながら眺めている。殴りたい、あの笑顔……と言う感情を押し込んで続きを促す。
「……デートに最適な場所って何処なんだよ?」
「今言っちゃネタバラシになっちゃうじゃないか。コレも任務の一環だと思って遂行してくれたまえ」
「……失礼しました」
司令室から退室した2人。長官の要請で明日の放課後にデートする事になった。デートと言うか遊びに行けと言う意味な気がするが。
「場所は決めてある、ねぇ……京は「六夜。六夜って呼んで」……六夜」
「何……?」
「長官の言う場所に心当たりは無いか?」
「……多分、鏡面世界の入り口の懸念があるけど調査が出来ていない場所、かも。鏡面世界の入り口は何も鏡だけじゃないから」
——そう来るのか。行方不明事件が発生するには何かしら原因がある。鏡面世界絡みならば其処に入り口がある、って訳か。
「仮に入口を見つけても戦闘員じゃなければ、入った瞬間にオジャン、だな」
——仮に機関の人間が発見してもボイドに引き摺り込まれた挙句に殺されるってオチも見えて来る。
現状、ボイドに対抗出来るのはスティグマを扱える適合者のみ。それ以外が遭遇すれば勝ち目は無い……。
「つまりデートしながら鏡面世界の入口を見つけろ……と言う事か。情報を纏めればデート先は不可解な行方不明が発生した場所、か」
普通に考えればそんな所でデートするのかと正気を疑うのだが、既に非常識に片足を突っ込んでいる以上、割り切るしか無い。
「ん。多分、そう……。でも、長官の事だからその可能性は杞憂かも知れない」
「…………」
——何はともあれ、初任務なのに変わりは無い。
「でも、デート、楽しみ……」
——緊張感もクソも無いが……此処は振り回されるしか無いようだ。
六夜が心なしか、はにかんでいる様にも見えたので水を差すのは止めておこうと文理は考えるのだった。