「追って、来ないな……‼︎」
——何なんだよ、本当に……‼︎
見た事も聞いた事も無い異形から逃れた文理は呼吸を整えながら背後を見やる。後方には何も居ない事から追い掛けて来ては居ない様であった。
「ダメだ。調子が悪いと言うか、変な夢を見ている気分だ……‼︎ と言うか此処はどうなっているんだ?」
落ち着いて来た所で周囲を見る。全体的に白く映っている。ただ、建物の構造は見慣れた物が広がっているが……。
——何だコレ。左右が反転しているけど、学校の構造、だよな?
廊下や窓ガラス、教室は見覚えあるモノ。ただ、鏡の様に左右が反転している。
「鏡の中、いやいやいや……漫画やアニメの見過ぎかよ」
——あ、アニメの類とか全然見ないけど……マジか、マジなのか?
目の前の現実を否定してやりたくなる。しかし、あの様な見た事も無い異形のバケモノを生で見てしまった以上、幻覚とか言い切りたいのが本音。試しに頬を抓るが痛いだけで終わり夢では無さそうだ。
「……杏の奴に今起きている事を話したら心底、頭の心配されそうだな」
——出来の悪い冗談な上に凍える様な視線もセットで送り付けられそうだ。うん、共感すらされねぇ。寧ろ、普通に一刀両断されるかも知れないし或いは叩き潰されるかも、性根ごと。
幼馴染の呆れた顔が思い浮かぶ。当事者じゃなければ理解はされない事だろう。そしてついでに『アンタ、馬鹿になったの?』と言う声も聞こえて来た気がした。
「そんな事よりも、如何にかこの良く分からない世界から脱出しないとな」
——放課後と雖も廊下や教室にもチラホラ生徒が居た筈だからな。で、現在は見える限り人1人すら居ない。左右が反転して居るから確実に現実の学校の中じゃない……整理しても事態は好転しないな。
あの異形の様な存在がアレ1体だけとは限らない。他にも潜んでいる可能性がある……大っぴらに動き回るのも危険かも知れないが留まるのももっと危険だ。
「……鏡の中と仮定して、やっぱ怪しいのは」
——鏡、だよなぁ。あの時のトイレの位置の所はさっきの薔薇のバケモノが居るだろうからヤバいので止めた方が良さそうだ。と、なると別の場所か。
この良く分からない世界に迷い込んで来たキッカケは『鏡』。鏡の向こう側の異形に掴まれて引き摺り込まれた形である。となると『鏡』で行き来出来るのでは無いのかと推測を立てる。しかし、確証は無いのも事実。
——事が済んだとして、警察とかに相談しても其の儘、精神病院紹介されそうだよなぁ。杏は愚か、教師連中も絶対信じないだろうし。
一先ず、如何にかして現状を打破するべく一先ず別の『鏡』を探す事にした。あるとすれば手洗い場。左右が反転している事を除けば通学している学校の構造と変わらない筈である。
「……本音を言えば、マジで夢であって欲しいよな、この状況は……」
——教室で転寝して明晰夢でした‼︎ と言うオチであって欲しいよな、あー、感触がリアルで夢だと思えないんだけど。蹴った衝撃とか割とマジでリアルだった、うん。
目の前の光景は嘘や虚構、夢だと断じたいのが本音。しかし、現実なのでは無いかと言う不安も同居している。
「……否定する材料も肯定出来る材料も無い……この世界が何なのかの情報も無い」
何も分からない。この鏡のような世界も、薔薇の怪物も、分からない。分からない事だらけだ。
——……鏡に映ったあの『槍』……アレが原因なのか? 目の錯覚かと思ったが……誰でも良いから解説役寄越せよ……闇中の中で歩くってのは多大なストレスを感じるモノなんだが。
「……ッ⁉︎」
無音が支配する世界。其処に嗚咽に近い声が文理の耳に入り込んでくる。その声は聞き覚えがあった。
——さっきの、薔薇の怪物ッ‼︎
廊下の曲がり角の先、薔薇の頭の怪物が頭を揺らしながら屯して居た。然も、2体。初めて遭遇した個体とは別の個体の様である。
「おいおい……1体でも、アホみたいな力なのに2体とは」
——オマケに連中の近くには別の洗面台があるトイレがあるんだよなぁ。まさかと思うが全部の『鏡』がある場所に奴らが屯していると言うオチは無いだろうな?
そんな嫌な憶測が思い浮かぶ。そうなれば状況は絶望的であった。如何に喧嘩自慢と雖も人知の範疇外の異形が相手では勝てる保証は無い。現時点の情報だと、華奢な身体付きの割には怪力であると言う事。力任せの強行突破は難しいだろう。
「……別の場所を探すか」
今の状況で殴り込むのは危険と判断して別の場所を目指すのだが、行く所行く所で例の怪物が目撃される。然も『鏡』がある場所に群がっている。
——マジかよ……把握する限り全部じゃねぇか……‼︎ 現状で考えられる限り最悪だ……‼︎
目ぼしい場所は全て怪物達が屯している状況、文理は最悪だと愚痴る。素手で立ち向かうのは無謀、人型の姿をしているが存在自体が未知の概念。人間と同じ動きかすらも怪しく思えて来るのが脅威だ。
「トドメに校舎の外に通じる扉は開かねぇし、あの連中とずっとランデブーしなきゃ行けねぇのかよ。死んでもゴメンだな」
校舎の外、校庭やグラウンドには扉が固く閉じられ自力では出られない。オマケに窓すらも開かないと言う懇切丁寧ぶり。そして異形の怪物が巣食っている鏡の中の世界。何処のライトノベルだと文句を告げたくなる。
『ぎぃぃぃぃィィィィ……‼︎』
その時、薔薇の怪物の1体が文理の存在に気付き雄叫びを上げた。その声は校舎内に響き渡る。
「悪い事は重なるモノだな‼︎」
その叫声を聞き付けたのか他の薔薇の怪物共が廊下の向こう側から湧いて来る。流石に丸腰の状態な上に多勢に無勢。文理は逃亡を選択した。
『こっち……急いで』
「あ?」
異形と自分しか居ない校舎内。最悪の状況の中で頭に声が響いた。それは何処かで聞いた様な声だった。
——この声。何処かで? ええい、今は何でも良い‼︎ 如何にかなれって言ったらなれ‼︎