鏡境ヘリックス   作:夢現図書館

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銀の邂逅

 

 

『……右』

 

 文理は現在進行形で頭に響く声を頼りに決死の逃亡を敢行していた。薔薇の怪物、自分以外誰1人として存在しない校舎、そして直接脳内に響き渡る声。既に理解のキャパシティを超過しかねない状態と言えた。本当の意味で何が如何なって居るんだと叫びたい衝動に駆られるが、後方から湧いてくる薔薇の怪物共がこれ以上、増えられても困る。

 

「ええい、何処まで走らせる気だ⁉︎」

 

『距離が遠いから、仕方ない』

 

——此方の声がキッチリ聞こえて居るじゃねぇか⁉︎ 高みの見物のつもりか⁉︎

 

 自分自身の声に関しても反応して相槌を打たれた。しかし、相槌を打たれても全く気休めにもならないのだが。

 

『ぎぃぃぃぃぃいいぃぃ‼︎‼︎』

 

「ちぃ。しつっこい連中だ……‼︎」

 

『撒いてくれないと、危険……』

 

「出来たら苦労しねー」

 

 異形の怪物を撒けるのならばとっくに撒いている。それが出来るならば此処まで苦労しない。無論、そんな事を叫んでも気休めにもならないし返って事態を悪化させるだけであった。

 

『貴方を追っている、ボイドは視覚が弱い代わりに聴覚が鋭い。物音を立てなければ見失い易い』

 

——それ、先に言って欲しかったな。つーか、この状況と言い、訳の分からない光景と言い、確実に知っているだろ。

 

 此処で、件の連中に関しての情報が小出しの形で伝えられる。声の主によれば『ボイド』と言う呼称が付けられており、視覚よりも聴覚を頼りにしているとの事。つまり、物音を立てなければやり過ごせるとの事。

 

「……ッ」

 

 近くの教室の扉に手を掛けて開ける。校舎の外の扉や窓は開かなかったが、中は問題なく開けた。其の儘、飛び込めば追って来るのは分かっている。入ってすぐ様、廊下側の壁際に身を伏せる。

 

——『音』だな。なら、こうする。

 

 教室に入り追って来た薔薇のボイドが丁度、横切った瞬間に、教室内の机を蹴り飛ばして音を鳴らす。その音に反応する事を見越して後ろ側の扉を開いて転進する形で教室を出て来た道を引き返した。

 

「撒けたか?」

 

 足音は聴こえて来ない。状況故に拙い手ではあったが薔薇のボイドの知能が然程高く無かった為に上手く撒けた様だ。

 

『何とかなった見たい。高位のボイドだったら難しかったと思う』

 

 声が聞こえてくる。脳内に直接響く事から周辺に音が発しない。しかし、自分の声は『音』だ。自分の声に反応して現れる可能性も否定出来ない、いや、実例がある以上注意が必要と言える。

 

「……その辺は後で良い。で、何処に行けば良いんだ? 確か、京だったか?」

 

『……気付いていたの? 声だけで?』

 

「何となく」

 

——『俺を見ていた』と言う伝聞を除けば、俺と関わりを持つ女なんて杏しか心当たりは無いからな。まさかと思って居たら、ドンピシャかよ。

 

 声の主が文理は転校生、京 六夜だと言い当てた。脳内に直接響き渡る声は多少のエコーが入るが透き通る様な声は休憩時間でも聞こえていた。

 

『……そう。教室。私達の教室、其処で待ってる』

 

 鏡で正反対の構造の学校であるが、鏡の中故に対応する場所に自分達のクラスがある。彼女は其処で待つと告げた。

 指示ありきとは言え現在地からは見事に正反対の位置関係にある。先程、撒いた薔薇の怪物、ボイド以外にも点在している可能性がある。転進したから遠回りのルートを選ばざるを得ない。

 

——……『音』が立たなければ見つかり難い、か。足音を立てずに尚且つ、視界に入らない様に進んだ方が良いよな。何処ぞの潜入工作員の様な気分だな。日本でこんなスニーキング行動を取る羽目になるとは。

 

「で、何故、こんな回りくどい真似を?」

 

 文理は『声』を介してこの状況に介入して来た六夜にそう尋ねる。人の脳内に直接声を届け、怪物達をボイドと呼び、この空間の事を知っている様子だった。女子に助けられると言うのは何とも情けない話でもあるが、伝聞の件もある。

 

『今の私は、無力(・・)だから。でも、貴方が居れば、打破出来る、筈』

 

「……そうか。気になる点はあるが、話は合流してからだ。その方が早いしな」

 

——伝聞で聞いた内容と纏めて、問い質させて貰うからな。

 

 光明が見えた気がする中、文理は一先ず彼女と合流する為に足音を殺して反転した世界の中の自分達のクラスがある教室へと向かう。

 

「何故か時間の経過が長く感じる……」

 

 反転しているとは言え自分の通う学校の校舎内での移動に凄く時間が掛かった気がした。なまじボイドとの接触を避けて音を殺して慎重に移動して居た為に、殊更長くなった気がする。

 

「待ってた、こんな形で目を、合わせるなんて、予想外だった」

 

 教室の扉を開けた先。多少のズレがある並べられた机と椅子がある教室。それは間違いなく自分の在籍するクラスの教室の光景。違うとすれば、此処には人間が2人しか居ないと言う事。

 その机の1つ。正確には自分の席の机の上に銀髪の美少女である六夜が腰掛けて待っていた。

 

「……改めて初めまして、私は京 六夜」

 

 机から降りた彼女のその灰色の双眸が文理を捉えて離さない。静かに歩いて近付いて来る。

 

「本当はもっと、ちゃんとした、場所で、話したかった」

 

「……御宅は良いからさ。如何やら、来ちまったみたいだぜ」

 

 廊下の先に例のボイドが近付いて来るのが見えた。隠れればやり過ごせるかも知れないが……2人となれば不測の事態が起きかねない。

 

「うん。でも、もう隠れる必要は、無い、から」

 

「……?」

 

 六夜はそう告げて文理に更に近寄った。女子としては少し長身で文理とほぼ同じ位の身長だ。目線と目線が合う。誰もが認める美貌の少女に至近距離から見詰められて内心では高鳴りや鼓動が早まった気がする。だが、そんな認識をして居る余裕は無かった。

 

「……コレから、私の言う通りにして。そうしたら、切り抜けられる」

 

——…………絶対に色々と知っている側の人間だな、コイツ。まぁ、右も左も分からない状況柄……道案内してくれるんなら、頼む他無い。

 

 未知の世界に進むなら信頼できる案内人がいればこれ程心強いモノは無い。文理の状況としては正しく、その状態だ。

 

「分かった。好きにやってくれ」

 

 

 

 

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