『流石に一度に説明、しても、混乱する……取り敢えず、この『鏡面世界』から脱出、する』
今ならば逃げ回る事をせず正面突破で切り抜けられる。そう考えれば気が楽と言えようか。
「はいはい、分かった分かった。後でキッチリ説明して貰うからな」
槍の姿となった六夜を振るって構え直して正眼で姿勢を向き直す。視線の先には先程、派手に破壊し大穴を開いた場所。反対側の廊下の壁も破壊されて中庭が見える。コレが現実ならば本当に大問題だと言わざるを得ないだろう。
『ん。先ずは脱出しよう』
——こんなヤバい場所で言い争っている余裕は無いからな。今はこの状況を切り抜けてからだ。
「で、どうすりゃあ良いんだ? 鏡が入り口だったからやはり『鏡』が有れば出入り出来るのか?」
『
——今回は? と言う事は他の可能性もあると言う事か……ま、俺からしたら現状は未知の連続だ。何が起ころうとも不思議じゃなかろうな。
となれば鏡がある場所に直行した方が良いだろう。ボイドだかバイトだか知らないが今ならば強行突破も不可能では無い。
「そうか。なら、押し通るぞ」
——正直、頭が混乱して来たからとっとと脱出したい。邪魔な奴は纏めて退場して貰う。確実なのは入って来た所だな。彼処のトイレは距離的に人気が少ない傾向がある。間違って別の鏡からだと人が居る可能性がある。そんな時に鏡から飛び出して来る所を見られたら大騒ぎも必至。後が凄く厄介だ……。
『暴れ過ぎて出入り口を壊さないで』
「分かっている。当たらない事を切に願うが」
初めて使うのだから加減の保証は全く出来ない。力加減を間違えて出入り口たる鏡も粉砕しないとは限らない。
『ぎぃぃぃぃィィィィ‼︎』
廊下を走っていると音に反応したのか曲がり角から薔薇のボイドが姿を現し奇声を上げながら奇怪な腕を振り上げて襲い来る。
「邪魔だ、退け‼︎」
——懇切丁寧に相手して居られるかッ‼︎
一々、立ち止まって居られる余裕は無い。長槍を横殴りに振るって薔薇のボイドを殴り倒し頭部を廊下の壁にぶつけて昏倒させ其の儘、駆け抜ける。今は脱出する事が優先。
『仕留めて置いた方が後が楽だと思うけど』
「色々と疲れてんだよ‼︎ 精神的に」
——キャパがオーバーしてんだよ‼︎ こんな状況で呑気にそんな事、出来るか‼︎
「……此処まで妙に長い時間が掛かった気がするな……。が、ボイドとか言うのに余り遭遇しなかったのが幸いか」
『恐らく最初の砲撃で崩落を起こした際の轟音に惹かれたと思う』
「成程……そりゃ有難い事で」
合わせ鏡の正反対の構造とは言え見慣れた校舎の中を移動し漸く迷い込む元凶となった鏡があるトイレ前に到着した。此処でボイドに引き摺り込まれたのが原因だった。
「……周りに、んな⁉︎」
『グギィィィィィ……‼︎』
——な、何だありゃあ⁉︎ つーか、いつの間に現れた、あんな奴⁉︎
呻き声が聞こえた。視線を向ければ其処には下半身が軟体生物の蛸か烏賊を思わせる胴体にフジツボの様な大量のブツブツが見受けられる割れた頭部に割れた頭からは青白い光が漏洩しており、先程の薔薇のボイドよりも不気味。頭と胴体の大きさのバランスも悪く正しく奇怪と言って良い。
『マズい。アレは……危険』
「見りゃ分かるわッ‼︎」
その悍ましい姿を見て挑み掛かるのは無謀だ。この世界の理を知らぬのに勝てると慢心する程、文理は愚かなつもりは無い。此方の常識が向こう側の常識と同じとは限らないのだから。
『グォォォォォォォ……‼︎‼︎』
姿を認めたのか低い唸り声が響くと直ぐそばの廊下の床が歪み始めて別のボイドが這い出てくる。
——仲間を呼びやがった‼︎ 面倒臭いタイプだ‼︎
「チッ‼︎ 此処であんな奴が出て来んのかよ⁉︎」
咄嗟の反射的な行動で槍を構え砲撃を敢行。轟音と共に白い閃光が爆ぜ視界が一瞬だけ眩む。
『グォォォォォォォ……‼︎‼︎』
「怯みすらしねぇのか……」
轟音と閃光の跡地には大型のボイドは健在。代わりにそれ以外は散々たる惨響が広がっている廊下の床は抉り引き千切られ削り取られた様な跡。壁は粉砕されて吹き飛ばされやたらと風通しは良くなり召喚された取り巻きのボイドは消し飛ばされていた。初めて放った時もそうであったがバズーカやグレネードランチャーとかの比では無く最早、戦車砲に等しい。個人で扱う銃火器としては過剰過ぎる。
『文理。余り砲撃は多用しないで』
六夜から暗に嗜められる。言わんとしている事は分からない訳では無い。物凄く巻き込み易いと言う事は容易に分かる。普段からぶっ放して居たらいざと言う時に大損害を招きかねない。
「相手して居られるかッ‼︎」
——鏡が出入り口なら飛び込めば大丈夫な筈だ‼︎ 流石に現実でこんな機械式の大槍を持った状態で誰かに見られると在らぬ誤解を招きそうだな……。演劇部でも此処までコテコテの演劇道具は使わんだろ(予算的に)しな。頼むから無人であってくれよ……‼︎
これ以上、ボイドの連中と張り合う気は無い。追撃を受ける覚悟で逃亡しトイレの洗面所にある鏡に前のめり気味に飛び込んだ。普通ならば激突して終わるが、鏡が出入り口と言う世界である以上、激突せずに水面に飛び込む様に鏡面が波紋を打ちながら文理の身体は鏡の中に沈んで行った……。