鏡境ヘリックス   作:夢現図書館

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普通の糸

 

 

 

「…………」

 

——生きている、よな……?

 

 夜を灯す月光が差し込む世界。既に校内には誰一人として居ない時間帯。その場所に文理は立ち尽くしていた。手には大槍の姿となったままの六夜が握られている。空いている方の手を握ったり開いたりする。コレは紛れも無くなく現実だ。

 

「…………‼︎」

 

 すっかり日が暮れて夜の時間帯になった現実を見て疲れが一気に押し寄せて来る。あの奇妙な鏡の世界から脱出出来た事に安堵する。

 

『……最後は危なかった』

 

 その言葉と同時に大槍が眩い光に包まれたかと思えば光の粒子が舞い再結集し六夜の姿が再構築された。月光に照らされる銀髪は発光している様にも見えた。

 

「……夕方から結構時間が経っているな。体感的には30分位しか経って居ない気がするんだけどなぁ」

 

「時間の流れが、異なるから……彼方では30分でも、此方では数時間と言う事もある……。そして鏡面世界が同じ流れとは限らない」

 

「そうなのか?」

 

「鏡面世界が全部……同じと限らないから」

 

「……成程な」

 

——まぁ良いや。今日は疲れた。肉体的にも精神的にも疲れた。説明云々はまた今度にさせて貰おう。

 

「今日はもう遅いだろうから説明は明日以降にしてくれないか?」

 

「うん、分かった。そうする」

 

 正確な時間は分からないが未成年がこの様な時間帯で外を彷徨くのは誤解を招くだろう。しかも男女2人だけだと殊更に。

 

「じゃあ、明日……」

 

 六夜はそう短く告げて一足先に歩き出して行くのを文理は見送った。その後ろ姿を見て自身も反対方向に踵を返して歩き出し帰路に着く。

 

——今日は朝から疲れた……。色々と常識の埒外の事が起こり過ぎて頭も痛い。

 

 六夜が転校して来て天然発言から始まり幼馴染の冷たい視線。そして鏡面世界と言う場所での未知との遭遇からの六夜の正体(?)。1日で此処までのトラブルが自身の中で立て続けに起こる日が来ようとは思っても見なかった。

 

——……って、コレ……明日。エラい目に遭うんじゃね?

 

 日中では六夜に対する野郎共の告白祭が巻き起こっており六夜に告白した全員が見事に玉砕したのだ。中には口説き文句すら言わせて貰えず両断された者もいる。哀れではあるが六夜の目的からすれば、それ以外は有象無象であり興味の欠片すら持たれない事を意味していた。

 かと言って六夜の事情は理解されない……と言うか言えない事情な為にそんな事情を知らない連中から集中砲火を浴びる羽目になる。

 

——英雄とは民衆に殺されるとは良く言ったモノだ。俺が英雄なんてギャグも良い所だけどな……。そも、アイツが此方の事情に考慮してくれると良いのだが……あの天然が其処まで考えてくれるか甚だ不安だ。

 

 そして目下の懸念は幼馴染の杏だ。自分がこんな状況なのは伝えるのは憚れる。確実に心配するだろうから。幼馴染だ、自分が彼女の小さな変化に気付く様に向こう側も此方の挙動の違和感に気付くだろう。然も普通に家へ侵入しているのだから尚更だ。

 

——気が、気が重い……。どうしようも無い事実が目の前にあると笑えなくなるモノだよな。

 

 帰路の道の最中、文理は対策案が全く浮かばないまま家である分譲マンションに帰宅。やはりと言うべきか灯りが付いている。早速、難題が目の前に突き付けられた。家に帰るまでが遠足と言う言葉があるが文理からすれば家に帰っても全く気が抜けないのだ。

 

「……覚悟を決めるしか無いか」

 

 何が悲しくて家に居るのが嫌なサラリーマンの様な心境に至らなくてはならないのか。殆、容赦の無い1日である。

 

 玄関を抜けてリビングに行けば其処にはさも当たり前の様に杏が(然も晩御飯を用意して)座って居た。

 

「……文理、遅かったわね」

 

「何で居るんだ……。流石に自分の家に帰れよ、近所に誤解されるぞ」

 

——近所付き合いは無いとは言え噂話を立てられるのは勘弁願いたいんだ。幼馴染とは言え一人暮らしの野郎の所に女子高生が入り浸っている光景なんて見られたら目も当てられない。

 

「……アンタ、私生活がズボラじゃない。毎日、インスタントのカップ麺ばかりだと早死にするわよ」

 

 その癖、食事を抜く事が多いのに。とも付け加えられた。確かに文理は事実上の一人暮らしで食事絡みは昼を除いて抜く事が多い。

 

「……いや、その」

 

「大きなお世話だと思うけど、私が好きでお節介を掛けているわ。勘違いしない事‼︎」

 

——…………。

 

「ほら、突っ立って居ないでさっさと食べちゃってよ」

 

「あ、ああ。分かった……」

 

 完全に杏に主導権を握られて促されるままに用意された夕飯を摂る。如何やら一緒に食べたいのか待ってくれて居た様である。

 

「……全く、こんな時間まで何処ほっつき歩いて居たのよ。ま、どうせ大方、其処らの不良連中に絡まれて殴り倒していたのでしょうけど」

 

 その話題を振られるが杏は自己完結して終わらせた。必ず踏み込まれると思った為に勘付かれない様にどう取り繕うか考えていた矢先。幸いとして合わせる事にした。強ち……少しだけ間違いでは無い。嘘と言うのは真実をほんの少し交ぜるだけで真実として押し通せてしまう時がある。

 

「あー、まぁ……そんな感じだな、うん。中々、しぶとくてな……」

 

——間違っても奇怪な姿をした怪物……ボイドとか言ったか……そんな連中の相手をして居たなんて口が裂けても言えねぇ。

 

「ふぅん。ま、タフな奴って結構居るだろうし……。でも、高校生にもなって何時迄も喧嘩するんじゃないわよ、見っともないから」

 

 杏に何故か説教される。勝手に勘違いしてくれるのならばこの際は目を瞑るべきだろう。不良との喧嘩とは話が違って来るのだから。

 

「はいはい、分かったよ。以後気を付ける」

 

「はいは一回よ、馬鹿」

 

 その後、食事を終えた後。杏は身支度を済ませて自分の家に帰った。こんな夜更けに女1人で……と言いたくなるが刃物店の娘。其処らのアホ連中が手を出せばエラい目に遭いかねない(過去に人傷沙汰を起こした事がある)為に何も言えなかった。

 

『アンタに私を襲う度胸があるとは思えないけど』

 

 帰る直前、最後にそんな捨て台詞を残して帰った。何気に酷い台詞だった。ヘタレだと言われようがその通りなので言い返せなかった。

 

「……取り敢えず、バレずに済んで良かった。絶対に首突っ込んで来るからな、アイツは」

 

 刃物店の娘で親から我流剣術を仕込まれているとは言え、今回の自分自身の周りで起きた光景……対応するには相手が悪過ぎる。とても現実の事実とは思えない……此方の常識が通じるか怪しい。そもそも人間が武器の姿に変貌するなど現実だと今でも信じたくなかった。武器の構造自体も見た事も無いし思い返せば質量的に片手で振える代物では無い筈だ。

そして自分が当事者になる事も……。

 普通の人間よりは剣術と言う比較要素があるがそれがプラスに働くかは未知数だ。

 

——現時点では分からない事だらけだ。京の奴からの説明してくれないと纏まらないな。そして、やはり……杏を巻き込みたくない。

 

 幼馴染だから。と言う理由もある……。傷付いて欲しくないと言う理由もある。正直な所、今回のこの一件でコレっきり……と言う訳には行かなさそうな気がする。六夜は探していたと言う体であった。

 

「………………………ダメだ、情報過多だ。考えが纏まらない。今日は、もう寝るか……考えても深みに嵌るだけだ……」

 

 これ以上考えても埒が明かない。そう考えて今日はもう寝る事にした。嫌でも明日は来る……その時、また考える事にした。

 

 

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