殺し屋(ヒットマン)と呼ばれたトレーナーと悪役(ヒール)と呼ばれた幸福の雨 作:tarousei
ーーーーーーーーー
芝やダートの土を整備するのは好きだ、よく整備された芝はクッションのように足を優しく包み込み、その柔らかな感触は走る気力を与えてくれる、一つの草丈の差も見逃さない精密な整備が、よりよく走れるように工夫を施されている。
ダートの土は硬いほどいい、硬ければ硬いほど踏みしめる力を実感できるし、走る気力を奮い立たせくれる。 一つの砂利の固まりもないダートには、これまた整備の人間の工夫と苦労が詰まっている。
競争場が良質であればあるほど、ウマ娘達は気持ちよくレースを走ることができる。 レース場を整備する事は、ウマ娘達が最高のパフォーマンスを引き出す土壌を作るという事だ。
俺は持っている芝刈り機を使って無駄に伸びた芝を刈り取る。
一見すると地味な作業に見えるが、生育差が出てはウマ娘の走りに影響するかもしれない。 細心の注意をはらって均等になるよう芝を刈り取る。
最初は中々難しかったが、何事も慣れと経験、今では手際よく作業を進める事ができるようになった。 流石に本職の人とは比べ物にはならないため油断はできないが、それでも少しずつ出来はよくなっていると感じる。 そう考えていると目の前にタオルのようなものが落ちる。草刈中の人間を呼ぶ合図だ、すぐにエンジンを止めて投げられた方を見る。
「おーう、正志、そろそろ昼にしようやー!」
「、、、!、、はい!」
親方にそう言われ草刈り機のエンジンを切る。
自分の作業後の芝を見てみると、それなりに綺麗に揃った芝がそこにはあった。 まだまだベテランには及ばないが、自分の成長を少しでも実感ができるのは存外心地の良いものだ。 作業の出来に高揚感と達成感を感じつつ、機械を担いで休憩所へと向かった。
ーーーーーーーーー
「しかしまぁ、、、正志もそれなりにできるようになってきたじゃねえか?」
喫煙所でタバコを口に咥えながら、親方は自分にそう言ってくれる。褒められるのは純粋に嬉しいが、自分はまだ親方達のように上手くはできない。
「いいえ、自分なんて全然」
「んな謙遜すんなって! 実際一年ちょいであそこまでできるやつは稀だぜ? 本格的にうちで働いてもらいてぇくらいだよ!」
「いやぁ、、それも魅力的ですけど、、、」
そこまで自分を買ってくれるのはとても名誉な事だが、本格的に始めるのは少し抵抗がある、何せ自分は
「わかってらぁって! ジョーダンだよ! なにせオメェはトレーナーなんだからよ! 本当だったら俺らを顎で使う側なのにな!」
ガハハと豪快に笑い飛ばす親方、そう、自分はこの中央トレセン学園のトレーナー、ウマ娘達のトレーニングを担当する役割だからだ、苦節あって昨年度のトレーナー業を休業していた自分は、少しでも知識の足しになればと、整備士のような間接的にウマ娘と関わる仕事を勉強していた。
「しかし最初は驚いたなぁ、若ぇのに中央のトレーナーなんて勤めてるやつが競技場の整備を勉強したいだなんて言い出してよ!!、最初はエリート様の道楽に付き合ってられっかなんて思ったもんだ!おめえの師匠の頼みがなけりゃ門前払いくらわしたところだったぜ!」
「はは、あの時は本当に迷惑をかけてしまいました。」
いきなり中央のトレーナーが整備の仕事をしたいと言えば、何を訳のわからない事を言い出すんだとなるのは当たり前の事だ。 しかし、その時の自分は細かい事を気にできる状態じゃなかった、若さ故の知識不足と経験不足を痛感してからは、少しでも前にも進むために、全ての基本からやり直す事を決意した。 そのためには実践あるのみ、できる事をひたすら挑戦していった。 それは、決して競技場の整備だけではない。
「明日の休みは他の連中も誘って飲みにでも行こうと思ったがよ、おめぇは確か選手の送り迎えがあるんだっけか?」
「はい、他の競技場でレースが行われるので、送迎のついでにレースを見て研究するつもりです。何か発見があればいいですね。」
「はーっ!! タフだなおめぇは、若ぇっからって無理しすぎんなよ!?
無理は毒だからよ! たまにはパーって遊ばねぇとおっさんになってから後悔するぞ!」
「あ、休むんじゃないんですね、、、そうかもしれないけど、、、、」
「まっ、お前が満足できるんなら好きなようにやればいいんだよ!!トレーナー復帰もそろそろなんだろ? 後悔ないようにやりゃあいい!!、でもたまには飲みにも付き合えよ!」
親方は自分の背中をバンバンと叩きながら愉快そうに笑う。親方のこの笑い方は、細かい事は気にせず自分のやりたい事をやれという思いが込められているのかもしれない。 意外と親方のそういうところには救われている。 だからこそ、この人の応援に応えたいと、決意をより固める事ができた。
「親方、ありがとうござ、、、」
「あーおい正志!!、あれ見てみろあれ!!」
「熱い熱い熱い!!」
突然叫び出した親方、指を指した方の手にタバコが握られていたのだが、よほど驚いたのだろう、勢いよく離れたタバコが自分の顔に飛んできた。 とんでもない温度に思わずのたうち回る。
「なんですか親方!!」
「あそこにパカ娘がすっげぇいるぞ!!」
「なんですかパカ娘って! ウマ娘でしょうが!」
親方が指を指した方向、そこには数十人のウマ娘が芝に入り、トレーニングに勤しんでいた。 全員かなり集中してるようで、その走る様は真剣そのものだった。
「なんかみんないつものトレーニングよりやたら気合い入ってねぇか? 正志、なんでだ?」
「ああ、、、彼女らは今年の高等部の新入生ですね、本戦を掛けたデビュー戦を控えてますから、それはもう気合いが入るでしょう。 トレーナーからスカウトを受け、デビューを迎えて本戦で勝利するのが、トレセン学園に入学した一番の目標でしょうから。」
「ほーん、デビュー戦ね、、、てことは正志もあの娘らのだれかから選ぶのか?」
「そうですね、選抜レースには俺も復帰するので。 彼女らの誰かから一人、ついて来てもらう事になりそうです。 まぁ、彼女らのうち誰か一人でもついてきてくれればの話ですけど。」
「んじゃ今のうちに目星つけようぜ! 俺と一緒によう!! あいつなんてどうよ!! すんげーガタイだぞ。」
と言って親方が選んだのは一人のウマ娘、確かにその娘は集団の中でも頭ひとつ抜けた実力を見せつけていた。 ずば抜けて早いのもあるが、それだけの圧倒的な力を見せつけながら、その表情は眉ひとつ動かない。
その動きは、まるでロボットに蹴散らされる人間のようだった。
「うへー、、、すんごいのがいるなぁ、、、、周りのパカ娘をごぼう抜きしまくってんのに真顔だぞ。 メカか何かか?」
「ええ、彼女はミホノブルボンですね。 元々は中等部の短距離走で無類の強さを誇っていましたが、高等部進学に連れて長距離走に転向、体力的にはかなりタフなウマ娘でさえ、思わず音を上げる程のトレーニングをあの無表情のまま軽々とこなす事から、「サイボーグ」なんてあだ名をつけられています。」
「へー、やたら物騒なあだ名だけど、あながち間違いでもねぇなありゃ、元は短距離なんだろ? そんなんがいきなり長距離に出て大丈夫なのか?」
「そうですね、確かに最初は色々と批判もあったようですけど、練習を見る感じ、長距離への対応は完璧になってますね。恐らく今年の新人で一番期待されているウマ娘でしょう。 スカウト争いも熾烈なものになりそうですね。」
「へー」
「他には地方で結果をだして高等部からトレセン学園に入学したカイテイリュウオー、地方とは言え、長年長距離を走っていたのでレースの経験ならダントツです、彼女が中央の猛者相手にどこまで奮戦できるか、地元の人達はかなりの期待をよせているようです。途方もない夢でしょうが、オグリギャップの再来を期待する声も多いですね。 次辺りに期待されてるのはカミノクラッセ、中等部時代はミホノブルボンなどの強豪の影に隠れていましたが、その下で黙々と結果をだす名脇役の名に相応しいウマ娘です。
名脇役と言えばもう一人、目立った結果は出していませんが少しづつ力をつけているマチカネタンホイザが」
「正志、わかった。少し落ち着け」
「、、、すみません、少し熱くなりすぎたみたいです。」
話している内に、どんどんヒートアップしてしまったそうだ。
呆れ顔の親方をみてようやく我に帰った。
「いや気にすんな、にしてもよく見てんなぁ本当に、俺なんか一応パカ娘関連の仕事してんのに、全然しらなかったぜ。やっぱトレーナーってすげぇんだな。」
「いえ、、誰かがスカウトに応えてくれれば、かなり長く関わる事になりますからね、それなりに調べないと彼女らに失礼ですよ。」
「そんなもんかねぇ、、んじゃおめぇが言ったうちのだれかをスカウトするんだな?」
「実は、、決まってないんですよ」
「は?」
親方は今言ったウマ娘をスカウトのするのだろうと思ったのだろう、だが実際には誰をスカウトするのかは、明確には決まっていない。 正確には、「選べない」と言った方が正しいか。
「彼女らは今期の勝利を期待されてるの選手ですから、あらかじめどのトレーナーが担当するかはほとんど決まってるんです。 次世代を担う期待を受けた選手は、実績を残したベテラントレーナーが担当する。
トレーナー界隈の暗黙の了解ってやつですね。 ごく一部の例外を除けばですが。」
「、、、まぁ確かになぁ、、、彗星のように現れた新人トレーナーが期待の新人を勝利させるってのは中々ロマンのある話だが、そういう訳にもいかねぇって訳だ。」
親方は複雑な表情を浮かべながら相槌を打つ。舞台こそ違うが、親方も似たような経験はあるようだ。
「まぁ、オメェが結果が約束されてるような勝負に手ぇだすほど器用なやつとも思わねぇしな。 正直な話、何がなんでもミホノブルンボルンとかをスカウトしたいとは思ってねぇだろ?」
「(ミホノブルンボルン?)、、、、やっぱり見透かされてましたか、、、?」
「まぁ、おめぇの師匠とは長ぇ付き合いだったからな。 あいつもそうだったよ、誰が担当だろうかは大した問題じゃない、たとえどんなウマ娘だろうが、全力で担当して結果を出させる。 それができるトレーナーってもんだって。 あいつの口癖だったよ。 あいつは正志の事を特に目ぇ掛けてたからな。 当然お前もそういう考えだろうなって思ってよ。」
「ええ、、、何百回も言われました。」
自分にトレーナーとしての心構えを叩き込んでくれた尊敬すべき人、今自分がトレーナーを続けていられるのは他でもない、あの人のおかげだ。だから絶対にあの人の教えを守らない訳にはいかない。
「かと言って、いつまでも決めない訳にもいきません。新人のトレーニングを見学できたのは幸運でした。 この機会に大方絞り込めればいいんですが、、、、ん?」
ふと、練習場の隅を見た、黒い髪のウマ娘が一心不乱に走っているのが見えた。 他のウマ娘よりも頭一つ分小柄で、体の線も非常に細く、長い髪を束ねたウマ娘だった。その儚げで健気な風貌は、とても競争するのに向いているようには見えない。 それよりも気になったのは、他のウマ娘がグループでトレーニングを行なっているのに対し、その娘はたった一人で黙々と走り続けていた。
(走りのフォームがえらく硬いな、関節が異様に硬いのか?だがスピードは出てる、、、珍しいな。)
これでも長いことウマ娘を見ている、ウマ娘の体の事はそれなりに勉強してきたが、ああいうタイプの娘は余り見た事がなかった。
物珍しさから来る興味から、一旦観察してみる事にした。
(他の娘と並走するわけでもなく、ただ黙々と走っているだけ、、、か、、、長いな、、、もう1時間くらいは走っているが。)
ウマ娘の中でも特に華奢な方だが、見た目に反してかなりの体力を持っているようだ。
(インターバルは、、、、取らないか、、、そろそろ体力的にもきつくなってくる頃だな。)
その予想が的中したのだろうか、殆ど同じタイミングで彼女の表情は強張ってきた。 本来ならばここで一旦休憩を挟むころだろうだが。
「!?」
その予想とは裏腹に、細い体は止まる事なく、一気に駆け抜けていった。体力的には殆ど限界を迎えているだろうに、一体どこからそんな力が出るのだろうか。 体力もさることながら、かなりの根性を備えている事がわかった。
結局彼女が止まったのはその30分後、、、トレーニングの時間が終了した時だった。
「凄いな、、、」
思わず本音が溢れた。 多少オーバーワーク気味な所もあるが、トレーニングの数時間を休憩なしでひたすら走り抜くという体力と気力、そして数時間ただ走り続けるという途方もないトレーニングをこなす集中力を備えていた。 あの華奢な体からは想像もつかない力を彼女は秘めていたという事だ。
(有力選手の中には上げられてなかったが、、、他のトレーナーはは気づいてるのか?、、、高等部からのエスカレーター選手は大方チェックしたが、、、確かその中にはいなかった、、、いや、でもどこかで見た事はあるんだよな、、、高等部からの新規入学者か!)
中央トレセンは殆どの生徒がエスカレーター式だ。 中等部の時点で大方の人数が頭角を現すため。 カイテイリュウオーのように地方で結果を出している娘以外は高等部から転入してもあまり高い評価を得られる事は少ない。
(確か高等部からの入学者のリストは手に入れてたはず、、、あの娘の名前を確認しなければ、、、)
直ぐに仕事用のスマートフォンを取り出しフォルダを確認する。
かなりの量のフォルダがあるため、あまり重要視していなかった高等部入学者のリストが入ったフォルダが中々見つからない。
(確か、どこかにあったはず、、、、)
正直な話、何故ここまで焦りながらあの娘の事を調べようとしているのかは、自分でもよくわからなかった。 特別才能を感じた訳でもなく、勝利を得る可能性を秘めているようにも思わなかった。 当然、一目惚れなんて事もない。 そういう感情に左右されないように生きていたと勝手に思っている、本当は多分、もっと複雑で見苦しい理由なんだろう。
あの娘の走る姿が、過去に酷い目に遭わせてしまった元担当ウマ娘と重なって見えたのだから。
なぜ突然あの娘の情報を得るのに必死になっているのか。 それは、過去に犯した、絶対に許してはいけない罪を、醜くもがく事で、少しでも贖罪をしようと考えてしまったのだろうか。
「あった、、、」
とても見苦しく、気持ちの悪い話だ。 過去を清算し、新しくトレーナーとして生まれ変わろうと決意しながら、結局の所、過去に繋がれていなければ、トレーナーとしての使命を全うする気にもなれない。
有望なウマ娘にスカウトに行かないのも、師匠の教えがあるだけではない、ただ積極的にスカウトに行くのに躊躇っているだけだ。 将来を期待されたウマ娘を、あの娘のように潰してしまうのをただ恐れているだけだ。 そんなやつに、スターの座を約束されたウマ娘がついてくるはずがない。
だからこうして、ダイヤの原石を見つけたフリをして、その娘は周囲から期待されていないと勝手すぎる決めつけをして。 その娘の助けになろうとする事で、もうあの時の過ちは繰り返さないと証明する事で、自分の犯した罪を少しでも償おうとしている、なんて事はない、自分が楽になるためだ。
どれだけ償おうと思っても、どれだけ謝っても、自分を信じてくれたあの娘は、二度と戻ってこないのに、許される事なんて、永遠にないのに。
「ライスシャワー、、、幸福の雨、、、か、、、」
どこまでも、救いようの無い話だ。
親方は仕事に戻りました