殺し屋(ヒットマン)と呼ばれたトレーナーと悪役(ヒール)と呼ばれた幸福の雨 作:tarousei
ーーーーーーーーーーー
(4月とはいえ、、、夜はまだ冷えるな、、)
仕事を終え、正志は重い足取りで帰路へとついていた。 昼間のやらかしのせいでかなりナイーブになっていた正志は、反省を全て込めたような深いため息をつく。ライスシャワーというウマ娘を調べていた頃には、休憩時間はとっくに過ぎていた。 トレーニングを見学するのに夢中になりすぎていたのか、親方の呼びかけは一切耳に入らなかったらしい。
こうなってしまったらもう止まらないと判断した親方は先に仕事へと戻っていた。
(完全にやってしまった。 親方は気にすんなって言ってくれたけど、、、結果的に仕事の邪魔をしてしまった訳だしな、、、気をつけないと、、、)
熱中してしまうと他の事が一切耳に入らなくなる悪癖は自分でも理解はしていたし、直そうと努力はしていた。 最近はそうなる事も少なくなっていたが、久しぶりにウマ娘を見てテンションが上がり過ぎたようだ。
感情に身を委ねて好き勝手に行動するのは、いい歳をした大人が気軽にすることではないと思う。
(やってしまった事は仕方がないよな、、、今後繰り返さないようにしないと、、、それにしても、ライスシャワーか、、、、)
あのウマ娘、ライスシャワー、、、初見からするとミホノブルボンなどと比べればわかりやすい怪物性があるわけでもなく、華やかな話題性がある訳でもない。 だが、あの底なしのスタミナと限界を超えた実力を出せる精神性、それを補う強い心臓は、かなり強力な武器になるはずだ。 長距離を選択し技術を磨けば、かなり良いところまでいけるのではないか? しかし、他のベテラントレーナー達の本命選手は殆どミホノブルボンをスカウト対象としていた。 ライスシャワーほどの潜在能力を見抜けないほど、中央のトレーナーは見る目がないわけではないはず。
(、、、派手でわかりやすい強みを持つミホノブルボンと違って、ライスシャワーの長所はわかりづらい。 ベテラントレーナーなら難なく見抜く事もできたんだろうが、ミホノブルボンという怪物の存在に目が向いて、ライスシャワーの長所を見落としてしまっているんだろうな。 逆に言えば、それほどにミホノブルボンには人の目を惹きつけるスター性があるって事だ。)
卓越した能力を持っているトレーナーであるほど、ミホノブルボンという将来のスターを手に入れたいと心の底から思うはずだ。 例えるなら、神の舌を持つ料理評論家がいたとしても、周りの見事な副菜を目に止めずに真っ先に頂きたいと感じさせる最高のメインディッシュ、それがミホノブルボンというウマ娘だ。 確かに自分も最初はミホノブルボンに注目を向けていた。 周りの抵抗を意に介さない彼女の圧倒的な強さに、未熟ながら、見惚れていた。 彼女をスカウトできれば、レースの勝利を得るにはそう難しくはないのかもしれない、だが、師匠からの教えと過去の出来事は、それではいけないと正志に思わせた。本当にそれでいいのか?、その前にやる事は山のようにあるはずだと。
その教えを守り同期の力のあるウマ娘を徹底的に調べあげ、理解したつもりだったが、高等部から新しく入学ていたダイヤの原石を調べるのを見落としてしまっていた、師匠の教えを守ると決意した筈なのに、、自分のやる事に後悔をしたくないと決意を固めたはずなのに、いつのまにかミホノブルボンの持つ圧倒的な力に魅せられていたのだろう。
(全く、ライスシャワーには失礼この上ないな、、、親方に偉そうに言っておきながら、肝心な所をあっさり見落とすとは、、、どこまでも救いようがない、、、)
しかし、項垂れている場合ではない事は分かっている、過ぎた事を後悔しても仕方ない、これは後程の課題として頭にしまい込むとして、今は自分ができる事を全力でやるしかない。
(ミホノブルボンにベテラントレーナーのスカウトが注目している今、ライスシャワーに関しては余りマークはされていないはずだが、、、もう少し彼女について調べてみるか、、、、)
そう思考をめぐらせる久志の隣を、誰かが追い抜く。
「あ?」
その人影を何気なく目で追うと、自分を追い抜いた正体に思わず変な声をあげてしまった。 競争ウマ娘としては非常に小柄な体、腰まで伸びたくせっ毛のある黒い長髪を持つその正体は、今まさに注目していたウマ娘、ライスシャワーだった。
(なんてこった、、、、)
ジャージを着て走っている事から、自主練の最中なのだろう、しかし、こんな偶然などあるのだろうか、ライスシャワーというウマ娘を知る絶好のチャンスなのかもしれない。
少し様子を見ようと後を追うが、よほど走りに集中しているのだろうか、相当のスピードを出している彼女との距離はさらに遠くなる。
走りではウマ娘に叶うはずは無いのは分かりきっていたが、思わず駆け出した。 今ここで行かせてしまえば、折角のチャンスを棒に振ってしまうと思ったからだ。
(あれだけトレーニングで走ったのに、まだ自主トレをする体力があるのか、、、やはり体力は凄まじいな、、、)
距離は離れていくが、追いつくのは案外難しくはなかった。
街中の信号で、彼女は見事に赤信号に引っかかっていたからだ。
(赤、、信号、、? いつもだったら間が悪いと思うが、、、)
予期せぬ出来事に完全に不意をつかれたが、ひとまずは追いつけた事に安堵する。 乱れた呼吸を安定させ、流行る自分を押さえつける。
(街中で外周か、、、、学園内にはもっとマシなトレーニング施設があるはずだが。 彼女は使わないのか?)
思えば、トレーニングを観察していた時もそうだった。 彼女は明らかに周りの輪から一歩離れた距離でトレーニングを行っていた。 周りとのウマ付き合いが苦手なのか、それとも他の理由があるのか、ぱっと見、そう言うのが得意なタイプには見えないが、、、
「きゃっ!?」
そう考え込んでいると、信号が青へと変わった。 変わる瞬間まで走る準備はしていたのだろう、青になるや否や、彼女はすぐさま走り出すが、運悪く足を滑らして前のめりに倒れそうになってしまう。
(おっ!?)
その瞬間を目撃した正志は、思わず手を伸ばし、倒れ込む寸前に手を掴んだ。 なんとか転倒はせずにすんだが、予期せぬ接触をしてしまった。
「、、、大丈夫ですか?」
「あ、、、、」
ライスシャワーは何が起こっているのか理解しきれてないようで、目を白黒させて固まっている。
「あ、、、ありがとうございます、、ご、ごめんなさい!」
少しの沈黙の後、状況を理解したのかそう返事をしてくる。ただ、相当狼狽していたのだろう。感謝の言葉と謝罪をほぼ同時に使ってきた。
「、、、、信号、わたりましょうか。」
いつまでも信号のど真ん中で突っ立っている訳にはいかない。 とりあえず信号を渡り、向こうの道へと渡っていった。
「あの、、、ありがとうございました。」
信号を渡り切ってすぐ、彼女は正志に対して感謝の意を伝えてきた。
言葉遣いからして、かなり礼儀正しいタイプの娘のようだ。
「、、、気にしないでください。 それよりも、気をつけて下さいね。」
「は、はい、、、本当にありがとうございました。」
そう言い再び走り出すライスシャワー、みるみるうちに距離は離され彼女の姿は小さくなっていく。
(、、、しまった)
ついその場の流れで本来の目的が飛んでいってしまった。もう彼女は遥か彼方に行ってしまっている、今から追いつくのはほぼ不可能だろう。 というよりも、高等部の生徒を得体の知れない大人がつけまわすのは、町の中でやるには多少リスクがありすぎる行為だと今更ながら感づいた。
(帰るか、、、)
正志は再び帰路につくべく歩き出す、、、が
その先で見たのは再び赤信号に引っかかっているライスシャワーの姿だった。
(、、、、マジかよ。)
その後も赤信号、それを過ぎた後も、その後も、、、量自体はそこまではない筈の赤信号になんども引っかかるライスシャワー。
(運が悪い、、、というか、、恐ろしい程に間が悪いな、)
20年と少し、大した年月は生きてはいないが、ここまで赤信号に引っかかる経験は正志の覚えている中では一つもない。
「うぅぅぅぅ、、」
ライスシャワーは体を震わせて俯いている、それもそうだ、体力を強化するための外周がこんなに何度も何度も中断されてしまうと、良い効果は期待できなくなってしまうし、やる気も削られてくるだろう。そもそもなぜよりにもよって街中で外周などしているのだろうか。 最初は少し様子を見るはずだったが、段々とライスシャワーに対する興味は増してきた。
(もう少し、観察してみるか、、、)
その後ライスシャワーは何度も何度も赤信号に引っかかっていた、いやそれだけではない。 犬からは突然吠えられる、吐き捨てられたガムは踏む、雨など降らなかった筈なのに何故か溜まっている水溜りを通った車に水をかけられる、不運と呼ぶにはあまりにもついていない事が起こり続けた。 結局、それが一つ一つ重なっていき、夕方には出たはずの学園にたどり着く頃には、あたりはすっかり日が暮れてしまっていた。
ライスシャワーはというと、度重なる不幸により普通に外周をこなす以上に消耗していた。
(不憫な、、、)
その姿は、痛まし過ぎてもはや見ていられないほどだ、多少鈍臭いと思われる部分だけはあるかもしれないが、明らかに避けようにない事も起きているのでそこにはどうにも言えない。
彼女は少しでも自分の能力を高めようと努力していた筈なのに、これではあんまりではないか。 だが、ライスシャワーに注目してしすぎたせいか、正志は自分自身の鈍臭さには気づいていなかった。 暗いトレセン学園の門前は人が少なく、学園前にはライトがついて明るく見晴らしもいいためどこに誰かいるのかはすぐにわかる事を。 そこに人がいれば、確実に目につくであろう事を。
(あ、やべ。)
自分の考えの甘さに気がつく頃には時すでに遅し、しっかりと観察対象と目を合わせてしまった。
「あ、、、さっきの、、、」
(うーわ、、、、)
正志の頭の中には既に「不審者」として警察にお縄についているヴィジョンができていた。 こうなるなら最初から声をかけていればよかったと心の底から思ったが、何を考えた所でもはや後の祭りに過ぎない。
「あ、あの!!」
(怒られるか?)
「ご、ごめんなさい!!」
「、、、は?」
やった事を考えれば、軽蔑され、罵倒される事も必然だと覚悟していたが、飛んできたのはまさかの謝罪だった、どう考えても立場は逆の筈なのに。
「、、、何であなたが謝るんですか?」
「だって私のせいで、お兄さんが学園に戻ってくるのが遅れちゃって、、私が何度も何度も赤信号にしちゃったこら、お兄さんまで巻き込んじゃって、、、いつもそうなんです、私がいると、さっきみたいに周りの人に迷惑をかけちゃう、、、今日は大丈夫って思っても、結局悪いことが起きちゃって、周りを不幸にしちゃうダメな娘なんです、本当にごめんなさい!」
「、、、?」
一通り言い分を聞いてはみたが、結局の所、何故ライスシャワーが謝っているのかは理解しきれなかった。 正志が何度も赤信号に引っかったのは、ただ間が悪かっただけで、ライスシャワーとは欠片も関係がない。 そもそも、ライスシャワーを観察しようと、無断で後をつけたのは他でもない、正志自身だ、学園に帰るのが遅くなったのは間違いなく自分の責任であり、ライスシャワーはただトレーニングをしていただけにすぎない。
「、、、あなたは何も悪くないですよ、間が悪かっただけです、、、強いて言うなら、卑怯な事をした自分にバチが当たったのかも知れませんね。」
「え、、、?」
「最初から、こうしておけばよかったんでしょうけど、いまいち後一歩が踏み出せませんでした。 これ、よろしければ受け取ってください。」
正志は懐からあるものを出してライスシャワーに手渡す、トレーナー復帰のために新調した名刺だ。 手渡すのは、ライスシャワーが初めてになる。
「えっと、中央専属トレーナー、、、久志正志、、さん、、え!?、、、トレーナー、、さん!?」
恐る恐ると受け取った彼女は、その内容に驚愕している。なぜ選抜レース前の、過去に目立った実績の一つも挙げてない、トレーニングで目を引くようなパフォーマンスをしている訳でもない、そんな自分の前にいきなりトレーナーが現れたのだろうか、驚きを隠しきれない様子だ。
「今日はもう遅いですし、寮の門限があるでしょう? 早く帰宅しなければ罰則を食らうかもしれません、また詳しい話は学園を通して計画します、名前だけでも頭の片隅に置いてくれれば幸いです。」
「え、、、はい、、、」
「それと。」
「は、はい!!」
「赤信号の時は、足を止めないほうがいいですよ、足に血流が溜まって重く感じてしまうので、効率が悪くなります。 赤信号などで止まっている時はステップの要領で軽く足を上下させるのをおすすめしますよ。」
「え、あ、はい、、」
「ようは考えようという事です、あなた自身が悪いように思ってしまうと、些細なことでも過剰に意識し、それが重なってしまい自分が不幸だと思い込んでしまいます。その心境ですと、どれだけ厳しいトレーニングをしてもネガティブに捉えてしまい、本当にためになる良いトレーニングはやりにくくなります。」
「考えよう、、、でも、、、」
「例えば、なんども赤信号に引っかかってしまったでしょう? あれも考えようによっては、待っている間に正確なフォームを再確認できる時間が与えられたと思えばいいと思います。 時間があれば余裕が生まれます、余裕が生まれれば、トレーニングを見直す事ができます、自分にとって何が必要なのか、何が必要なのか、より深く考えることができます、焦る必要はどこにもありません、ゆっくり、ゆっくりでいいんです」
「あ、、、」
ライスシャワーは多少思い当たる点があったのか、何かに気づいたような声を上げる。
「それじゃあ今日はこれで、入浴と就寝前にはストレッチを念入りに、後日の疲労は大分マシになる筈です。それでは。」
そう良い残してライスシャワーから離れる、少し、余計なお世話がすぎたか? まだ担当トレーナーとして決まった訳でもないのに、何故ここまで助言する気になってしまったのだろうか。
(似てる、、からか?)
過去に未熟な自分のせいで何度も辛い目に合わせてしまった過去の担当ウマ娘に、不幸に苛まれながらも自分なりに受け入れて必死にもがいているライスシャワーを重ねてしまったからだろうか。
だとすれば、随分と勝手な話だ。
(しょうもない、、、)
「あ、あの!!」
その正志の葛藤を吹き飛ばすかのように、ライスシャワーの大声が響き渡る、その声に正志は思わずライスシャワーの方を振り返る。
「あ、ありがとうございます!!」
その感謝の言葉を最後に、ライスシャワーは学園へと戻っていった。正志はというと、その言葉を理解しきれずに、数十秒唖然としていた。
(、、、は?)
散々ライスシャワーを驚かした正志だったが、今回ばかりは逆に正志が驚かされた。何故、自分をつき回していた、得体の知れない男にそんな言葉がかけれる? 突然訳のわからないお節介をかけてきた相手にそんなことが言える? 勢い任せでやった自分の行動は、人から見れば不審者にさはか見えない筈だろう。 自分だってそう思う。
多分、彼女は思いやりのあるウマ娘のようなので、社交辞令のつもりで礼を言っただけ、そんな所だと、正志は思う事にした、彼女の「ありがとう」が、どういう意図だったのかは、どれだけ考えてもわかりそうもなかった。
ただ、ただ一つ、なんとなくわかった事がある。
(やっぱ、似てんな)
本当に似ている、あの娘に、こんな自分についてきてくれた、かけがえのない担当ウマ娘に、しかし、正志はそんな良い娘を、あんな目に合わせてしまった。ライスシャワーにここまで執着したのは、ただ才能を見出しただけではない。 昔の担当ウマ娘に重ねて、あの日の過ちを贖罪するためだ。 あの日の過ちを、ライスシャワーを立派な競走ウマ娘にする事で、あの時の未熟な自分ではないと、自分自身を納得させるためだ。
(今度こそ、、、もう二度と、あんな言は起こさせない、、、)
そう決意を固めて、ライスシャワーへのスカウトを固く決意した。
あびゃあ