殺し屋(ヒットマン)と呼ばれたトレーナーと悪役(ヒール)と呼ばれた幸福の雨   作:tarousei

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うす


選抜レース

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 選抜レース当日、それはウマ娘達が夢への第一歩を踏む為のスタートラインを迎えるための避けては通れない重要なレース、全てのウマ娘がレースデビューを目指し専属トレーナーへとアピールするために全力を競いあう、このレースで専属トレーナーを得る事ができれば、教会に認められて晴れてグレード制レースへの挑戦権を得る事ができる。 逆に言えば、このレースで協会、トレーナーに選抜されなければ、競走ウマ娘としてのスタートラインにすら立てない、だからこそ、このレースに参加する全て

のウマ娘達は、己の持ち味を全力でアピールするために、できる事を全部尽くしてきた。

 全ては、憧れの舞台で勝利するために、一着のゴールテープを切るために。

 

 このレースに賭けているのはのは何もウマ娘達だけではない、未来の勝利バを見定めるために、トレーナー達もまた殺気だっていた。ある者は事前にチェックしていた実力のあるウマ娘を徹底的にマークするもの。 ある者はまだ見ぬダイヤの原石を掘り出そうとするもの。やり方は様々だが、その目的はただ一つ。 ウマ娘レース業界に熱狂の渦をもたらす最高のスーパースターを自らの手で育て上げる。 それだけがトレーナーの仕事、トレーナーが存在する理由である。 

 

「いやーーーはっはっはっ!! 流石は未来のスターパカ娘を見定めるレース会場!! とんでもねぇ盛り上がりようだなぁ!! なぁヤス!!」

 

そんな緊迫した選抜レース会場に、やたらと場違いな人間が大きな笑い声を響かせながら歩き回る。 全てのレース会場を整備を任される権利を持つ中央トレセンの会場整備の第一人者、親方である。 本来ならトレセン学園幹部並の高待遇を受けれるそれなりに偉い人間の筈なのだが、休日という事もあってか、まるで今にも汚い咳払いを立てて痰でも吐き出しそうなそこらへんのおっさんという出で立ちだ。 

 

「パカ娘じゃなくてウマ娘ですよ親方、あんたこの仕事何十年してんすか、いい加減名前くらい覚えなさいよ。」

 

ヤスと呼ばれた青年は、ふざけてるのか真面目に言っているのかいまいち理解できない親方の行動に当たり前のように毒づく。 

 

「だーーーはっはっはっ!! そうだそうだウマ娘だ!! 」

 

親方は親子ほど歳の離れた人間からの嫌味に、気分を害するどころか更に愉快そうに笑い声を響かせる、親方のこの懐の深さは、整備士達の繋がりの太さを安易に現していた。 実際、この整備士たちの雰囲気の良さはトレセン学園中にも有名だったりする。 ある意味で名物人間になっているのだろう。

 

「親方〜眠いっすよー」

 

「なんなんすか朝早くに叩き起こして選抜レース見に行くぞって言ってー、休みなんすからゆっくり寝さして下さいよー、、、」

 

その後ろでブー垂れてるのは若手の二人組。 ヤスとは余り年齢が変わらないように見えるが、ぱっと見しっかり物の職人肌の雰囲気を持つヤスと比べると、どこか幼さの消えない雰囲気を隠せずにいる今時の無気力な若者と言った感じだった。

 

「ごちゃごちゃうるせぇぞ、ヌケ!、サク! 今回は俺ら整備班のホープ社員!! 久場正志の選抜レースの日だからな! オメェらも目ん玉ガッぽじってレースを見とけよ!」

 

「親方、その言い方だとまるで正志がレース走るみたいじゃないっすか、正志はレースみる側ですよ、見る側、後正志別にうちの正規社員じゃないっすよ、あくまで手伝いです、手伝い。」

 

「うおおおおお!!おいヤスあれ見てみろ!!、新聞記者やマスコミまで来てるぞ!、あの記者のねーちゃんめちゃくちゃ美人じゃねぇか!!、後で声かけっぞ!!」

 

「聞いてねぇし、、、趣旨変わってってるし、、、」

 

これでも堅実な仕事ぶりが高く評価され、中央からの信頼も厚いのだから世の中は不思議でたまらない、だが、性格は置いときながら、肝心の仕事は中央に置いて親方の右に出る者はいない、それは整備班の人間達の周知の事実。その仕事っぷりとおおらかな人柄に惚れ込み、彼を慕ってこの道を目指す人間は多い、ヤスもまたその中の1人だった。大抵の人間はその自由奔放っぷりに唖然とするが。

 

「それで親方、正志がマークしてるっていうライスシャワーってのはどのウマ娘なんですか?、今日はその子を見に来たようなもんでしょ?」

 

いい加減話が脱線しすぎると収拾がつかなくなるため、強引に話を戻してやや暴走気味の親方を宥める。

 

「おう、お米の事だろ!!、正志のやつは長距離の5番目のレースに出るっつってたな!!、そろそろ準備でもしてんじゃねぇか!?」

 

「また変なあだ名つけて、、、へぇ、長距離ですか、、、」

 

 ウマ娘達のレースは主に短距離、中距離、長距離に分けられる、ウマ娘の希望と適正によって出バするレースは事前に決められており、ライスシャワーはその中でも長距離を走るレースに参加するらしい。

 

「今やってるのが3レース目っぽいですね、この分だとライスシャワーってのは余裕で見れるんじゃないすか?。」

 

「お!、、おいおめぇらあれ見ろ!、あれが有名なミホノブルンボルンだぞ!、よく見とけよ!」

 

「なんすかミホノブルンボルンって、ミホノブルボンでしょうが。なんつー間違え方してんだあんたは。」

 

「いやでも、、確かに部分的にブルンボルンはしてるよな、サク、あれで高等部とかやばくねぇか?」

 

「そうだな、あれを拝めただけでも今日来た甲斐があった気がするぜヌケ。」

 

(くだらねぇこと話してやがんなこのヌケサクコンビは、、、、)

 

「お、なんだヤス、あいつの事知ってんのか?」

 

「知ってるも何も、トレセン関係者で名前知らないの親方ぐらいっすよ。 何かと話題になってますからね彼女、三冠馬有力候補だの、歴代最強ステイヤーだの、まだデビューすらしてねぇのに気が早ぇっすよね、」

 

「へぇ、、周りの奴らが偉く寄ってきたのも、ミホノブルンボルンが見てぇがためってわけか、通りでいつもより人が多いと思ったぜ。」

 

 ミホノブルボンがレース場に現れた瞬間、周囲の空気が一瞬で変わった。 周囲から莫大な期待を得ている彼女がこの選抜レースでどんな走り方をするのか、その目に焼き付けるためだ。 会場のほぼ全員が1秒でも目を逸らすまいと集中する状況は、先ほどまで和気藹々としてた会場の空気が引き締まったような空気の変化を親方は感じた。

 

「始まるっすね。」

 

「いやー、、このスタート前のこの緊張感、ちょっといいっすね、自分が走るわけじゃないですけど。」

 

「あーわかるわそれ、なんか気が引き締まるっていうか。」

 

 ヌケとサクの言う通り、ミホノブルボンのレースを観戦している会場の全てが最初の走り出しに特に注意を張り巡らせていた。 観客達でさえそうなのだ、レースを走るウマ娘達の緊張は想像し難いレベルだろう。 実際に、ゲートにいるウマ娘ほぼ全員が落ち着きがない。 中にはゲート入りを嫌がる娘まで出る始末だ。 デビュー前のウマ娘にとっては、それまでの自分の全てをかけたレースだと言っても過言ではないだろう、それほどのレースを前にしては、どれほど図太い神経を持っていても、大きな自信を持ったウマ娘であっても、大なり小なり舞い上がるのは当然の事なのかもしれない。 しかし、ただ1人のウマ娘を除いては。

 

「ミホノブルボン、凄い落ち着きようですね。」

 

「ああ、、周りの目なんて一つも気にしちゃいねぇ、、若ぇのに大した肝の据わりようだ。 ああいう熱すぎづ冷えすぎづのやつは強えぞ、てめぇの力を最大限発揮できっからな。」

 

「そういうのわかるんですか?」

 

「んにゃ、今考えた」

 

(このくそボケオヤジ、、、、)

 

「けどよ、仕事もそうだろう? 変に気合い入りすぎてる時は周りがよく見えなくなってどっかでつまんねぇミスをするもんだ、逆に気合いが入ってねぇ時は、どっかで手ェ抜こうとしちまって結局つまんねぇミスをしちまう。 真ん中ぐれぇが一番いい仕事ができるんだよ。」

 

「まぁ、確かに。」

 

実際のレースと会場整備を一緒にするのはどうかとは思うが、自分も弟子入りしたての頃は周りのウマ娘達のような表情をしていたのだろうか、少なくとも、ミホノブルボンのように堂々としてはいないと記憶はしている。それを考えれば、彼女の異質さが多少理解できた。

 

「ま、そこらへんを丁度よくすんには、結構な経験がいるけどよ、ほかのパカ娘と比べりゃ、ミホノブルンボルンはそこら辺がよくできてらぁな。すげぇぜ、デビュー前だっつーのに、一端の仕事ができるって面してらぁ。」

 

「じゃあ、勝つのはミホノブルボンになりそうなんですか?」

 

「まぁ、こりゃ仕事じゃねぇ、レースだからな、似たところはあっても実際は違うんじゃねぇか? 全力を出しやすいつっても、そいつの全力がどこまでなのかはしらねぇし。 まぁ、みりゃわかんよ。 始まんぜ、、、」

 

出走ゲートの開放を示すランプが赤く点滅する。 これが青になれば、ゲートが開きウマ娘達が一斉に飛び出す。 最初で最後の重要な出だしになるだろう。 このスタートで、ウマ娘達の運命が決まる。

 

緊張しきっているウマ娘達は、極限まで研ぎすました集中力でゲートを開く瞬間を見逃すまいと鬼気迫る表情で見つめている。集中すればするほどにゲートが開く時間は長く、まるで未来永劫にまで感じる事もあるだろう。

 

しかし、その永劫は、ものの数秒で打ち砕かれる。

 

ゲートがパァンと子気味の良い音を響かせる。 その瞬間を待ち侘びていたウマ娘達は弾かれたようにゲートから飛び出す、彼女らのこれからの道をかけた運命のレースが今始まったのだ。トレーナーに目をつけてもらうために一番手っ取り早いアピールは当然、一着を取ること、それを取りさえすれば、憧れのレースに出場することができる。そのために相応の努力はしてきたはずだ、この瞬間のために、彼女達は血の滲むような特訓を積み重ねたのだ。 負けられるものか。

レースに出た全てのウマ娘の思考は一致していただろう。 

 

しかし、これから起こる最悪の出来事を想定できる者は、彼女達の中に誰一人いなかっただろう。 自分たちが必死で積み上げてきた自信を、「それ」に最も容易く打ち崩される悪夢を、自分たちがやってきた努力が、「それ」にとっては何もしてない事のようなものである事実を、なぜ、「それ」と同じ時代に産まれてきたのだろうと言う絶望を。

 

機械(サイボーグ)にとっては、生身が起こす影響などたかが知れている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「想像以上だ、、、」

 

会場内のどこかで、誰かが呟いた。ミホノブルボンが叩き出したその結果にピリついていた会場は沈黙に静まり帰り、数分後、事態の異常さをようやく理解し始めたのか、徐々にざわめき出す。

 

独走、圧勝、蹂躙、おおよそ全ての大勝利の文字が浮かぶ程の力をミホノブルボンは見せつけた。 

 

「すっげぇ、、、」

 

ヤスは思わず呟く、驚いているのはヤスだけではない、ヌケとサクもそのレースに圧倒されている。 レースの事は余り詳しくない彼らでも、圧倒的な実力がわかるレース内容だった。

 

「殆どのトレーナーがこぞって三冠バを夢見る訳だ、、、あんな化け物ここ最近じゃ見たことないっすよ、、、」

 

「ぱねぇ」

 

「ぱねぇ」

 

ヌケとサクに至っては完全に語彙を失っている。 

 

「とんでもないのが出てきたっすね親方、もしかしたら、本当にシンボリルドルフ以来の三冠バになるかもしれないですよ、正志もミホノブルボンを狙っていくなら、とんでもない指名争いに、、って親方?、、」

 

そこまで喋った所で、違和感に気づく、こういう時一番騒ぎそうな親方が偉く静かにしている事を、それどころか、レースに夢中になっていたヤスは、親方が忽然と姿を消した事に気づいていなかった。

 

「あ、、あのおっさん、、いつのまに、、、」

 

またもや親方の突発的な行動に、ヤスはただただ唖然としていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ミホノブルボンのレースが始まる数時間前、選抜レース開始前の事だ。

中央トレセン理事長室、本来なら立ち寄る必要のない部屋に、久場正志は立っていた。 目前には理事長室の椅子に座っている中年の男性、秋元理事長だ。中央トレセンの一番偉い人、簡単に言えばそんな感じか。 そしてその隣には、制服を着たウマ娘が佇んでいた。彼女の名はシンボリルドルフ。 中央トレセンの生徒会長を務め、トレセン学園の生徒達、ウマ娘に関わる仕事の全てを任される、理事長に次いでトレセンの実権を握っていると聞く、現役の際にも史上四人目の三冠ウマ娘という偉業を競走界にもたらし、その圧倒的な力量から、「皇帝」の異名をつけられている、、、中央に携る者なら知らない人間などいない程の大物二人の前に、正志は立っていた。 

 

「そうか、決心はついたようだね。」

 

「はい、この度はご迷惑をおかけいたしました。」

 

正志は理事長の問いかけに短く返事をする。 

 

「いやいや、久場君がトレーナー業に復活してくれるなら心強い、最近はトレーナー不足も問題になっていてね、かといって、試験の難易度を下げて粗製濫造しても意味はないしね。 君のような優秀な若手トレーナーが復帰してくれるなれば、こちらは大歓迎だよ。」

 

「、、、ありがとうございます。」

 

 一度は潰れかけた自分をまだ使ってくれる理事長には感謝しかない。その意を込めて礼を言う。 

 

「何がともあれ、今日から君は晴れてトレーナー復帰だ。今日の選抜レースで担当ウマ娘を見定めるといい。 活躍を大いに期待しているよ。 久場トレーナー、、、さぁ、選抜レースに見に行ってきなさい。」

 

「はい、それでは、失礼致します」

 

短く返事をし、理事長室を後にした後にこ部屋にはシンボリルドルフと理事長のみとなった。

 

「久場正志君、、ぶっきらぼうな性格は相変わらずのようだね。あの状態ならもう心配はなさそうだ。」

 

理事長はふとそんな言葉を口にする。隣にいたシンボリルドルフにはその言葉には安堵の感情が混じっているように聞こえるが、それとは別に、理事長の前でもその無愛想な態度を隠そうともしない久志の態度は、目上の人間に対してはあまり適切な行動ではないと感じた。 以前の彼を知る身としては、それもまた彼の個性なのだと理解はできるが。

 

「もう少し態度が柔らかくなれば尚更良い事だと思います。」

 

「ははは、彼は以前からあんな感じだよ?、確かに少し人付き合いが苦手な面もあるが。 それは彼が幼い頃からウマ娘一筋の人生だったからだろう。なに、彼のトレーナーとしての実力は本物だよ。 新人トレーナーの頃からG 1勝利のウマ娘を育て上げた手腕は伊達ではないさ。」

 

理事長は苦笑いをしながらそう語る。 

 

「ドクターサポーターの皐月賞優勝、地方出身のウマ娘としては二人目の優勝者という快挙ですね。 新人でありながら飛び抜けた実力を持った久場トレーナーとの地方ウマ娘のコンビは、界隈でも有名でした。 ですが、、、」

 

「ルドルフ君」

 

その先を言おうとした所で理事長に静止される。 その一言だけで、あの時間の事を掘り下げるのはトレーナーとしての人生を再開しようとしている正志には必要のない事だと理事長の心理をシンボリルドルフは読み取った。

 

「あの痛ましい事件は我々も忘れてはいけない、だが、あれに関して一番責任を感じているのは他でもない、久場君自信だ。彼自身が過去を乗り越えようとしている大切な瀬戸際に、我々がわざわざ口出しする事はないよ。」

 

「、、申し訳ありません、少々口が過ぎたようです。」

 

「大丈夫さ、確かに悲しい出来事だったが。 久場君はまたこうしてトレーナーとして戻ってきてくれた。新たに自分を見つめ直してね、我々はただ協力しようじゃないか、新たな若い力達が、伝説を作る瞬間をね。

楽しみじゃないか、サイボーグ、ミホノブルボンが新たに伝説を作るか、予想外の場所から伝説が現れるか、久場君には、そんな予想外の実力者を育て上げる事ができると私は思っているんだ。」

 

理事長は窓の前に立ち尽くし、トレセン学園の外を歩く正志を優しい表情で見る。

 

「その伝説が生まれるきっかけを作るのは、君たちの役目だ、若人達よ」

 

ーーーーーーーーー

 

(、、、あの人は良い人だけど、話が長いのがたまに傷だな。)

 

理事長室を後にした正志は、少し駆け足気味に選抜レースの会場へと向かっていた。 レースが行われるのは学園の敷地内だが、トレセン学園は数多くのレース場とトレーニング施設が存在するため、非常に広い、徒歩では選抜レースの開始に間に合わないと判断した。 理事長の話は短めに済まそうと考えていたが、復帰したての自分の身を案じていたのだろう。 予想以上に長く話し込んでしまっていたらしい。 

 

急いでいる理由は他にもある、まずは殆どのトレーナーが注目する、「サイボーグ」ミホノブルボンの初レースをこの目で見定める事、どうしても彼女をスカウトしたい訳ではないが、彼女は自分が担当するウマ娘からすれば、ぶつかる事を避けられない強大な壁になる事は避けられない。 彼女が選抜レースでどのような勝利を見せるのか、参考のためにこの目に焼き付けておきたかった。

 

もう一つは、ライスシャワーのレースだ。 むしろ本命はこちらだと言っても良い。

 

(競走バとしては他のウマ娘に引けを取らない体力、あれは大きな武器になる、基礎能力もトレーニングで形にはなっている、、、今の彼女なら、一着を目指すのも難しくはない、、、ただ彼女の場合、メンタル面での不安が高い、レースで思い通りの結果を出せるか、、、)

 

 あの日出会って以来、数日間彼女のトレーニングを拝見させてもらったが、やはり最初の見立て通り、小柄ながら彼女は強い心臓をもっている、正志の見立てでは、長距離でこそ輝く生粋のステイヤーだ。 あれほど心臓が強ければ、体力が切れる寸前でも良いパフォーマンスができるだろう。 問題は身体の話ではなく、むしろメンタル面での方向にあった。 彼女は相当の不幸体質のようで、練習中だろうがプライベートだろうがお構いなく不幸な事が起こる。そのせいだろうか、彼女の自己評価はとても低い。 それだけならまだしも、自分の不幸に周りが巻き込まれてしまうと考えてしまっている。 それが彼女の自身の薄い性格を作りあげてしまっているのだろう。

 

(それにしても、、、少し付きまといすぎたか。)

 

実際この数日間、あの時の自主練の接点から、ライスシャワーの許可を取って何度か彼女の練習を観察させてもらったが、良く考えてみれば言い方も悪かったような気がする。 「よければ君の練習を見せてくれないか」とだけ言ってひたすらに練習を見るだけ、選抜レース前のウマ娘にはトレーナーの指導は原則禁止されている。 だから彼女の練習にはあえて口を出さないで、ひたすらに身体能力と精神を見定めていた。 側から見ればとても怪しい状況に見えるだろう。

 

(思えば、スカウトなんてトレーナーになってからした事ないな、、上から薦められたウマ娘ばっかり担当してたしな、、、こういうのに慣れないのもまぁ当たり前か。)

 

「誰も期待していないようなウマ娘こそ指導のしがいがある」 自分にトレーナーとしての道を示してくれた師匠であり、歴戦のトレーナーだった恩人、吉田琢也、彼の口癖だったが、正志はその言葉の本当の意味を理解していたのだろうか。 師匠はどんなウマ娘を担当しても正確な指導と、確実性のあるレース計画で幾人の優秀なウマ娘を世に出していた。 そしてその表情は、どんな時も楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

(少なくとも、今の俺の現状を振り返れば、あの言葉の意味を理解しきってないのは確かだ。)

 

今の自分のこの情けない現状を見て、師匠は何と言うだろうか。今となっては確認しようもない。 だが、現状のままでは絶対に答えは出ないのは確かだろう。今までのやり方を変えていかなければ、自分を信じてトレーナー業へと送り出した師匠の期待に報いる事はできない。 

レースの勝敗に関わらず、ライスシャワーはスカウトする。 

そう決意を固めて正志はレース場へと向かった。

 

ーーーーーーーーー

 

(なんなんだあのおっさんは、急にどっか行きやがって。)

 

ヤスは突然消えた親方の行方を追って思わず周りを見渡す。 ミホノブルボンがゴールする所までは確かにいたのだ。 だとすれば自分達がその圧倒的な強さに見惚れている間に移動したのだろう。 本当に油断も隙もないオヤジだ。

 

「いやぁ凄かったですねミホノブルボン、とにかく強ぇわ」

 

そんなヤスを他所に、ヌケは呑気にレースの感想を語っている。 実際にこういう親方の暴走は今に始まった事ではない、こういう事に反応するのは生真面目なヤスだけだったりする。

 

「んー、、、」

 

 しかし、サクは何か気になるという素振りで俯く。

「んだよサク、なんか変な所あったか?」

 

「いや、確かにミホノブルボンはすごいよ、すげぇんだけどさ、なんつーか、普通って感じなんだよな。 ほら、他にも無茶苦茶強いのはいっけど、なんかこうみんな近寄り難いっつーか、、、大物感っつーの?、大体結果出したウマ娘ってそういうイメージだけど、なーんかミホノブルボンにはあんま感じねぇなって。 なんか意外と一般人に近いっつーか」

 

「あんな美人でボインのねーちゃんがか? 目ん玉腐ってんじゃねーのお前、あんなんが街中に普通にいてたまるかっつーの。」

 

「いやそういう意味じゃなくてよ、、、」

 

「サクの言い方もわからねぇ訳じゃねぇぜ。」

 

「お、親方」

 

(戻ってる、、、、)

 

「おめぇがそう思うのは仕方ない、何せミホノブルンボルンはメジロ家や

サクラ達と違って有名どころ出身でもねぇ、片田舎の生まれだ、遺伝子的にも恵まれてる訳じゃねぇ。母親は当然ウマ娘だが、そいつが現役時代は対した結果は出してないんだな、あくまで一般家庭の出身、サクが言ってた大物オーラーがあんま感じないのはそっから見えるんだと思うぜ。」

 

「随分詳しいっすね、また適当に考えたんですか?」

 

「んにゃ、知り合いのトレーナーに聞いた。」

 

「相変わらずの顔の広さで。」

 

「一般家庭の出身ですかぁ、、、通りでなんか名家の品みたいなやつを感じなかったんすね。」

 

「そんな血統的にも環境的にも恵まれてないやつが、凄まじい強さを発揮しやがったんだ、とんでもないスカウト争いがはじまんぜ、他のパカ娘は気の毒だけどよ。 ミホノブルンボルンの同期はかなり気の毒だぜ、あんな怪物と一緒の時代になっちまったんだからよ。」

 

(確かに、、、)

 

ヤスはミホノブルボンに破られたウマ娘達の表情を見る。 ほぼ全員息を切らしながら青白い顔色で項垂れいた。それもそうだろう、今日のために、必死の思いで努力をしていたのだろう、レース開始前の表情を見ればなんとなく理解できる、それをいきなり現れた無名の怪物に看破なきまでに引きちぎられてしまった。もはや負けた事を嘆く暇すらなく、ただただ、ミホノブルボンの怪物性に頭が追いついていないようだった。

 

(気の毒にな、、、)

 

どれだけ全力で走っても追いつくどころか、近くにすら追い縋る事もできない力の差を突きつけられた。 自身の培ってきたモノが、何一つ通じない。それは勝負の世界にはよくある話なのかもしれない、だが、それを蚊帳の外の人間が思うのと実際それを間近に体験するというのは全く違う。

「勝つ」ために走っている彼女らウマ娘からすれば、この結果は相当応える、下手をすれば心が折れるウマ娘も出てくるはずだ。 だが、そんな事など関係ない、自分の全力でもって相手の実力ごと叩き潰す、他の追随を許さない強力で無慈悲なサイボーグ、ミホノブルボン、同期にとってはこれほど絶望的な壁はないだろう。

 

「こんなのに、正志は勝つつもりなのかよ、、、」

 

 親方は正志はミホノブルボンのスカウトは考えていないと言っていた、それがどういう事なのか、正志は理解できているのだろうか。 あの怪物を相手取るというのが、どれほど困難な道なのか、いくら正志が優れたトレーナーと言えど、自力からして抜きん出ている実力、それに確実に担当になるであろう優秀なトレーナーの指導があれば、彼女はもっと強くなる、ヤスの背筋に思わず寒気が走った。 そうだ、あくまで彼女は選抜レースを終えたばかり、これから更に伸びる事になるだろう、今の時点ですら他よりも強すぎると言っても過言ではないのに、まだまだ強くなる可能性を秘めているのだ、ヤスはその可能性に魅せられるどころか、恐ろしさすら感じた。

 

「ーーーーーーーーそれでは、長距離部門第五レースを開始します。」

 

「お?、お米が出るレースじゃねぇか。 もうそんな時間かー」

 

親方の言葉にヤスは我に帰る、思考にふけっている間に、目的のレースが始まってしまったようだ。

 

「正志が目を付けてるライスシャワーのレースですね。 ミホノブルボンを蹴ってまで目を付けてるウマ娘ですか。 どれだけのものなんでしょうかね?」

 

「んー、、、そうだな、正志が言うにゃ根性が半端じゃねーらしいぜ。 なんでも他と比べて体力と心臓が異様に強いんだと。」

 

「心臓が強い、、、ですか、、あんまりわかりやすい強みって感じじゃないですね。」

 

「まぁ、あんまり派手な方ではないらしいな、んでもその分野に関してはミホノブルンボルンにも引けを取らないって言ってたな、、、育てようによっちゃすげぇ武器になるってよ、、、ま、見りゃわかんだろ。」

 

「そうですね。」

 

正志が見出したウマ娘、ライスシャワー、果たしてあの怪物に対抗できるだけの力を持っているのか、ヤスはパドックをジッと凝視するが、次の瞬間スピーカーから音声が流れる。

 

「ーーー観覧の皆様にご連絡します、第五レースに参加予定だった4番、ライスシャワーは本人の不在によりレースに不参加となりました。皆様には大変ご迷惑をおかけいたします。」

 

「はぁっ!?」

 

その衝撃的な内容に、親方、ヤス、ヌケサク達は思わず驚愕の声を上げた。

 

 

 

 




親方は顔が広い
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