ももレナ風タルト まなかのソースを添えて   作:ホシボシ

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宿命! 割れない胡桃(中編)

 

まなかはレナに向かって"二度と来るな"と思ったが、それはあまりにも大きな間違いだった。

彼女もまた、舌にカバーをされていたのだろう。それは黒くて、ドロドロで、深くて、自分じゃ取れない。

そもそも、そんなものが自分の舌に纏わりついていることすら気づかないのかもしれない。

でもそれは凄く淀んでいるから、口の中が汚くなって、出てくる言葉だって汚くなるに違いない。

 

それを取ってあげたのが、ももこだったのだ。

だからレナの舌は綺麗になって、より鮮明に味を感じることができた。

ウォールナッツのご飯は美味しいから、レナがあんな笑顔になるのは当然だ。

そしてきっと、彼女にとって、ももこと一緒に食べるご飯はとても美味しい。一人で食べるよりも何倍も、何百倍も。

 

まなかだって、きっと、そうなれた。

レナにとっての、ももこのように。

まなつにとっての、ももこになれたのだ。

そうすればきっと、未来のお客さんが増えた。

まなかの作った試作品を無駄にしない処理係ができたかもしれない。

そういう関係。それはきっと――

 

「………」

 

まなかは泣きながらガパオライスをほおばった。

口をパンパンにして、モグモグと咀嚼する度、ボロボロと涙が零れた。

あと少し、ほんの少し、もうちょっとで、まなかは何を食べても美味しくなくなる筈だった。

怒りが、悲しみが、後悔が、味覚を殺す。

だが、困ったことに、美味しかった。

どうしようもなく、その店の料理はすべて美味しかったのだ。

 

「シェフを呼んでください」

 

シェフはすぐに来た。

ニコニコして、飄々とした青年だった。

 

「最高に美味しかったです。どうもありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ気に入ってもらえたなら嬉しいなぁ」

 

「お世辞ではありません。まなかの心が美味しいと言っています。なので貴方をスカウトさせてください」

 

「?」

 

「まなかはやがて店を持ちます。それはもうすぐのことです。そこで貴方を副料理長として任命します」

 

「はぁ」

 

「それに残念ながら、まなかは子供なので、店をやっていく上にはいろいろな壁があります。そこをカバーしていただきたいのです」

 

青年とまなかは見つめ合う。

青年はまなかの眼をジッと見つめ、やがて笑った。

 

「いいですよ」

 

それが津上(つがみ)シェフと、まなかの出会いであった。

 

 

神浜に帰ったまなかは、ある行動に出た。

それは、二週間後のことだった。またウォールナッツにレナとももこがやってきたのだ。

まなかは料理を運んだ後、二人にこう言った。

 

「はじめまして。私は胡桃まなかと申します。突然ですが、このまなかとお友達になってくれませんか?」

 

二人はポカンとしていた。

まあ、そうなるでしょうと、まなかは笑う。

長くなりますが、そう前置きをして、まなかは二人に全てを打ち明けた。

 

 

「いいよ。今日から友達だ! よろしくな、まなか」

 

話を聞き終えた後の返事がコレだった。

即、下の名前呼び。レナはギョッとして、ももこを見る。

なんだかムッときた。自分は最初は、『水波さん』呼びだったのに。

 

「だいたい! いくらんでも、いきなりすぎるでしょ!」

 

「だめですか?」

 

「ダメっていうか。そもそもアンタ、レナのこと二度と来るなって思ってたんだ」

 

「はい。思ってました」

 

「アンタねぇ……!」

 

「愚かでした。本当に、ごめんなさい」

 

レナは怯んだ。

まなかは深く、深く、レナに頭を下げたのだ。

 

「まあまあ。許してやりなよ。レナだって一生懸命作った料理をアタシに出してさ、それでアタシが美味いの一つも言わなかったら絶対不機嫌になるだろ?」

 

「それは……」

 

一度、レナはももこに手料理を振舞ったことがあった。

いつも弟のご飯を作ってあげている手前、自信はそれなりにあったし、実際ももこは美味い美味いと言って食べてくれた。

今まで食べた弁当の中で一番美味いと言われたときは、逆に褒めすぎだと不機嫌になったが、帰った後で思い返してみるとやっぱりそれはとても嬉しいことだった。

ではここで、ももこがブスッとした表情で食べてる姿を想像してみる。

だめだ。もうムカムカが止まらなかった。

 

「まあ、うん」

 

だから、まなかから目を逸らす。反論の言葉が出てこなかった。

 

「それにほら、まなかも間違えてたって反省してるんだから。だろ?」

 

「はい。まなかは勘違いを繰り返していました。味覚が全てではないんです。大切なのはきっと……、心なんですよ」

 

「っ」

 

「もちろん! タダでとは言いません! まなかのお友達になってくれたあかつきには、一生使えるウォールナッツデザート無料券を差し上げます!」

 

「い、いや、そんなのは別にいらな――」

 

「乗った!」

 

「レナ!」

 

「あ、いや……」

 

まなかは早速パフェと、口直しの山盛りポテトを持ってきた。

それをお供に三人は、お喋りをした。

まなかと、ももこが、気を遣ったから会話は弾んだ。

少なくとも、まなかにとってはとても楽しかった。

 

「安心してください水波さん。十咎さんを盗ったりなんてしませんから」

 

「は、はぁ!?」

 

ふと、まなかがそんなことを言った。

 

「お二人は親友。まなかは友達。それくらいでいいんです。十咎さんもそのつもりでお願いします」

 

ももこは珍しく何も言わなかった。

レナはというと、なんだかとても恥ずかしくなったので、ここはひとつ、嫌なことでも言ってやろうかと思った。

しかし、言えなかった。不思議な感覚だった。まるでそれは鏡を見ているような錯覚。

まなかの悲しげな笑顔が、どうにも胸に突き刺さった。

 

言葉通りの意味なのだろうが、そこにはもっと多くの意味がある気がした。

レナは人の気持ちを察するのは得意なほうではないが、それでも、まなつの気持ちは理解できる。

そして、それを打ちあけたまなかが、彼女のことを軽く見ているわけでもないということがちゃんと伝わってきた。

 

レナも、死にたくなる時があった。

何にも美味しくない時があった。でも今、目の前にあるポテトはとても美味しい。

それはやっぱり、ももこが傍にいてくれたからだ。

ははあ、わかってしまった。レナはそう察した。

まなかは、ももこになれなかったことを悔やんでいるのだと。

 

「この店さ。アタシは知らなかったんだ」

 

そこで、ようやく、ももこが口を開いた。

 

「誘ってくれたの、レナのほうなんだ」

 

「え?」

 

「美味しい店があるからってさ」

 

「ちょ、ちょっとももこ! 余計なこと言わないでよ」

 

「余計なことじゃないだろ」

 

レナとまなかは複雑そうな表情をした。

複雑は複雑だから、言語化はちょっと難しい。

ももこも、ももこで、最後の言葉が見つからず、その時は曖昧に笑うしかできなかった。

 

「まあ、親友とか、友人とかさ、そういうカテゴリ分けはよくわかんないよ。ただ、とりあえず今言えることはレナは大親友で、それはこの先なにがあっても変わらない。一方で今日知り合った、まなかとは、凄く仲良くなれそうな気がする。今はそれでどう? 悪くないと思うんだけど」

 

ももこはウインクを一つ。

まなかと、レナも、とりあえず笑顔に変わった。

 

 

その夜、まなかは家を出て散歩をしていた。

明日の仕込みをサボったのは久しぶりのことだった。

父に全てを任せたのには何個か理由がある。

 

まず一つは自分の頭の中にあるイメージを固める時間を取りたかったからだ。

何か、モヤモヤしたものがずっと張りついている感覚。それを解消するには、何か――、そう、まなか自身も分からぬ何かが必要だった。

 

あともう一つ理由がある。

感じてしまったのだ。魔女の気配を。

 

「………」

 

公園で男たちが宴会をしていた。

まなかは走った。男たちの手からそれを叩き落す。

男たちが一気飲みしようとしていたのは『醤油』のボトルだった。

他にも未開封ではあるが、アルコール消毒に使う液体がある。手などを綺麗にするために使うのではなく、胃に流し込むために用意されているのはわかった。

 

「よりにもよって、こんな殺し方ですか……!」

 

まなかは魔法少女に変身する。

衝撃波が発生して、男たちは吹き飛び、気絶した。

すると首筋にあった魔女の口づけが消える。

同時に展開される魔女空間。気づけばまなかの頭上に、魔女が現れていた。

 

"大魚の魔女ザボラ"。

 

文字通り、大きな魚がそこにいた。

ザボラはまなかを押しつぶそうとするが、まなかはダッシュで巨体から逃げて、武器であるフライパンを出現させる。

何度かあおるとフライパンの上に炎が生まれて、振ることで発射される。

 

炎弾はザボラをわずかに怯ませたが、あまりダメージを与えているようには見えなかった。

事実、ザボラは炎弾の中を飛行して、突進を仕掛けてきた。

スピードは速いが、避けられない程ではない。

しかし、まなかは避けようとしなかった。むしろこれはチャンスである。

 

まなかが構えたフライパンが巨大化し、姿を隠すほどになった。

ザボラはもう止まれない。固いフライパンの底に直撃した結果、打ち弾かれた

 

さらにそこで、まなかは固有魔法・『伝播(でんぱ)』を発動。

顔部分にあった衝撃が全身へ拡散して、ザボラは身を震わせながら地面に墜落する。

まなかは大きくなったままのフライパンでザボラを叩いた。

一度、二度、そして三度目を食らわせようと思い切り振り上げた時だ。

ザボラが口を開くと長い舌が飛び出してきた。

ただの舌じゃない。先端が少女の形をしていた。目を覆い隠した少女は笑っている。その手には長い『銛』が握られていた。

 

「しま――っ!」

 

油断した。刺される。

そう思った時、まなかの体がフワリと浮き上がった。

 

「感謝してよね!」

 

「水波さん!?」

 

レナはまなかを抱きかかえて跳躍する。

一方で、銛を弾いたのは、ももこだった。

 

「うらァア!」

 

ももこは燃える拳を振って、裏拳で舌先の少女を何度も打つ。

さらに大鉈を逆手に持って切り抜けた。ザボラの体に刻まれた斬痕がわずかに発光している。

"ドラミングチャージ"。ももこの魔法技だ。攻撃を当ててから少しの間、『Kポイント』と呼ばれる光が残る。

これはいうなれば『爆弾』だ。レナは着地すると、変身魔法を発動して、まなかに変わる。

 

レナは固有魔法そのものをコピーすることはできないが、そこから派生した応用技や、属性は模倣できる。

ゆえに、フライパンから炎弾を発射して、舌先の少女の顔へ命中させた。

すると頬に宿っていたKポイントに着火。

凄まじい爆発が起きて、舌先の少女が消し飛んだ。

 

まなかはその一瞬で全てを理解した。

伝播の魔法を使って、炎を全身へ伝達させることで、体に刻み付けられていたKポイントも発火する。

だから巻き起こった大爆発。ザボラは粉々に砕け散り、グリーフシードを残して魔女結界もろとも消え去った。

 

「よっしゃ! 勝ったなレナ」

 

「……ん」

 

ももこと、レナはハイタッチを決める。

そのまま、まなかにも手を向けた。

 

「まなかもサンキュー! 魔法、使ってくれたんだろ? おかげで楽に終わったよ」

 

「いえ、こちらこそ助かりました。本当にありがとうございます」

 

決まるハイタッチ。

 

「まさかお二人が魔法少女だったとは」

 

「こっちも驚いたよ。指輪はほら、消せるしさ」

 

魔法少女は基本的にソウルジェムを指輪形態にして、左手の薬指につけておく。

しかしこのおかげで魔法少女だとバレたり、日常生活に支障をきたしたりする場合も出てくる。

ポケットや鞄にしまう者もいるが、指輪を盗まれると変身できなくなってしまうし、距離が離れると肉体が活動を停止するし、なんらかの事故で破損する可能性もあった。

 

故に、少し魔力を込めることになるが、指輪そのものを消せるのだ。

まなかは料理人であるため指輪は邪魔だし、ももこたちは学生が指輪をしていると先生に見つかった時に面倒だし――

 

「前にペアリングだなって言ったらレナ拗ねちゃってさ。消すー! って」

 

「……フン!」

 

レナは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

とにかく、そういう事情で消している魔法少女も多いのだ。

 

「あの、すみません」

 

まなかは、まずそう言った。

いろいろ言いたいことはあったが、それよりも強い衝撃があった。

背中を押してくれる最後の一手が、そこにあったのだと。

 

「折り入って……、相談があるんです」

 

レナも、ももこも、まなかの真剣な表情を見て茶化すなんて選択肢は思いつかなかった。

 

 

 

「ごめんくださーい」

 

元気のいい、まなかの声に、まなつの母は少し怯んだ。

とはいえ事前にアポは取ってある。もう一人、まなつの友達がいて、仏壇を参らせてほしいと言っているので、お邪魔してもいいかという内容だった。

そしてもう一つ、まなつから、ボロネーゼの話は聞いていた。

どうか、ぜひ、食べさせてはくれないだろうか? と。

まなつの母は少し困惑したが、まなかのお願いならばと招いたのだ。

 

「本職のコックさんに食べてもらえるほどのレベルじゃないんですが……」

 

「いえ、そんなことはありません。ねえ?」

 

「そうそう。頂けるだけでありがたいっていうか。ははは……」

 

十咎ももこは、申し訳なさそうに頭をかいた。

母親がパスタを湯がいている間、まなかたちは、まなつの映像を見せてもらった。

母親の携帯に保存されていた、高校入学当時のちょっとした映像だった。

 

まなつは笑っていた。途中、ももこはチラリと、まなかを見る。

彼女はひたすらに、まなつを見ていた。ジッと、ただジッと。やはりその瞳には怒りに似た覚悟のようなものが宿っていた。

やがてパスタが二つ、まなかたちの前に置かれた。

いただきますを言って、口へ運ぶ。

 

「とても美味しいです」

 

まなかは本心でそう言った。ももこも、同じことを言った。

 

「それは……、どうも、ありがとうございます」

 

弱弱しいお礼が返ってきた。まなかとももこは見つめ合い、頷きあう。

 

「今から話すことは、ここだけの話、今日だけの話でお願いします」

 

「え……?」

 

「少しだけ目を閉じてくれませんか? 見せたいものがあるんです」

 

まなつの母は、言われた通りに目を閉じる。

 

「もういいですよ」

 

ももこが、まなつの母の後ろに立って肩に手を置いた。

それを合図に、まなつの母は目を開ける。

声を失った。ももこが座っていた席に、まなつが座っていたからだ。

 

「――っ」

 

母親はすぐに立ち上がろうとしたが、ももこが肩を抑え、まなかもまた、手を前に出して彼女を制した。

 

「落ち着いて聞いてください! 実は、そこにいる十咎さんは有名なシスターでして」

 

「え? え? え……!?」

 

「彼女の所属している教会の宗教的技術によって、ほんの少しではありますが、まなつさんの魂をこうして現世に降霊させたんです」

 

それっぽい適当なことを言う。

 

「決して触れてはいけません。触れれば彼女はすぐに消え去り、規律を破ったとして成仏できないのです!」

 

母親は頷いた。すぐに涙が溢れ、声は出せないようだ。

 

「彼女がなぜここにいるのか。それは、謝りたかったからです」

 

まなかが、まなつを見る。

まなつは頷き、やさしい声を出した。

 

「ごめんね。私、酷いことを……。せっかく作ってくれたのに」

 

まなつは、ボロネーゼを一口食べると、母親に微笑みかけた。

 

「とっても美味しい!」

 

とうとう母親は声を出して泣き始めた。

俯いてくれたのは助かった。その間に鍵を開けておいた玄関から外に出ればいいのだから。

だから母親が再び顔を上げた時、もう、まなつはいなかった。

 

「これ以上は……、すみません」

 

「いえ、あの――っ、ぅぅ……!」

 

「天へ昇る間際、彼女は言っていました。生きてくださいと」

 

ももこに言われて、母親は何度も頷いていた。

何度も何度も、頷いていた。

 

 

 

「これで、本当に良かったのかな……?」

 

夕焼けが街を照らしてる。

オレンジ色の世界で、まなかたち三人はビルの屋上に立っていた。

レナは、景色を見ているまなかの背中を見つめている。

 

変身魔法で、まなつになったはいいが本当に正しいことだったのか?

よく、わからなかった。

 

「死んだ人間は、もう何も食べられません」

 

ビルの下ではそれなりに生きている人間たちが移動をしていた。

チラホラと見つかる飲食店の看板。まなかはフェンスを掴む。

 

「しかし、生きている人たちは今日も何かを食べるんです。それは美味しいほうが素晴らしいに決まっているんです」

 

それが今回の行動の意味でもあった。

もちろん、まなつのためでもあるが、一番は生きている人間のためだ。

まなかのためであり、あの母親のためである。

 

「信じよう」

 

ももこが、まなかの隣に並んだ。

彼女の固有魔法は『激励』だ。励まし、奮い立たせること。

それをあの母親に与えていた。だからきっと彼女は強く生きていくのだろう。娘のいないこれからを。

 

「レナも頑張ったな。知らない家庭の味、食べるの苦手って言ってたろ?」

 

「まあ、ね。でも本当に……美味しかった」

 

レナはしばらくして頬を桜色に染める。

 

(なんていうか、間接キスもできたし)

 

夕焼けのせいで皆の顔が赤いため、誰にもバレない。

ふと、レナは真顔になった。

きっと、まなつも生きていれば、こういう感情を抱けたのかもしれないのに。

 

「食事ができる回数は決まっています。誰と食べるか、何を食べるか、限られたものなのだから毎回毎回を、まなかは大切にしていきたいんです」

 

まなかはフェンスを乗り越えてビルから飛び降りた。

ももこと、レナも後を追う。

集団自殺ではない。彼女たちは落下する中でドレス姿に変わる。

着地したのは地面ではなく、魔女結界だ。

三人は武器を構え、大口を開けて迫ってくる魔女とぶつかりあった。

 

 

『現在』

 

 

「わあああ、なんて広いお部屋なんでしょー!」

 

タルトは目をキラキラと輝かせて部屋の中央まで走った。

 

「ほ、本当にココに泊まっていいわけ?」

 

「はい。もちろんです」

 

まなかはカバンを放り投げると、ソファにどっかりと座り込む。

テーブルの上にあったシャンメリーのボトルを開けると、素早く人数分のグラスに注ぐ。

 

「部屋っていうか、もはや空間ね」

 

レナもソファに座るとグラスを一気にあおる。

 

「うまっ!」

 

思わずのけ反る。さすがはスイートルームといったところだろうか? 今日のお礼にということで、深海が部屋を取ってくれたのだ。

料理長のまなかと、皿洗いのレナ、ウェイトレススタッフだったタルトとももこの四人だけでは余りある広さだった。

 

「女子会したいとは言ったけど、このレベルになると怯むな……」

 

せいぜいカードゲームとか、ボードゲームとか、テレビを見たりするくらいなので、正直こんなに広くなくていいのだが、まあいいだろう。

気分がリッチになってくる。四人はとりあえず乾杯をして笑った。

 

「ジャグジーがあるんですよ」

 

「わあ! あのボコボコのお湯ですか!」

 

「ええそうです。どうですか? 後でみんなで入ります?」

 

「お、いいじゃん。なあレナ」

 

「れっ、レナは無理!」

 

「えー、なんでだよー」

 

「む、無理なものは無理なの!」

 

そういうのはまだ、ちょっと違う。

まだ早い。入っちゃうと、ちょっと違う気がする。

長文で反論しようと思ったが、我ながら気持ち悪いのでやめておく。

 

「では、レナさん以外で入りますか?」

 

「それはもっと無理!」

 

「はぁ……」

 

「それよか、今はなんか食べようよ。パーティで料理見てたらお腹すいちゃって」

 

ももこは、持ってきたいなり寿司をテーブルに並べるが、しばし沈黙した後に蓋を閉じた。

 

「い、いかん。この部屋とはミスマッチすぎる。我ながらしょぼすぎて死にたくなってきた」

 

すると蓋に添えられる手。

タルトは、いなり寿司を一つとると、パクリと口にする。

 

「そんなことはありません! ほら、とってもおいしいですっ!」

 

「くぁー! さすがは聖女様! ありがてぇ!」

 

「パーティの料理は多めに作ってますから、ホールに出してないものを後で持ってきてもらうように言ってあります。それでは、まなかたちの女子会を始めましょう!」

 

すぐに楽しげな声が聞こえてきた。

まなかは、そこでふと、タルトのほうを見た。

 

 

【過去】

 

 

胡桃まなかに挫折というものがあるのなら、それは二回であると記憶している。

一つめは、まなつを救えなかったこと。

そしてもう一つは、タルトのことである。

 

その日、貸し切りのウォールナッツに聖乙女学園の生徒たちがやってきた。

 

もともと辞めた理由は誰にも言っていないので、まなかの腕前を知っている生徒たちからは以前からも度々そういう依頼はあった。

まなつの事があった手前、忙しいだとか、出張料理の依頼があるだとかで断ってきたのだが、ももこやレナと話している内に前に進まなければという想いが湧き上がってきた。

それもあって、今回はOKを出したのだ。

依頼主はオスヴァルトという男性だった。生徒の一人の執事らしく、お嬢様たちの食事会の場を設けてほしいと。

 

「ようこそおいで下さいました! このウォールナッツへ!」

 

まなかは笑顔で生徒たちを出迎えた。

聖書研究会というクラブの集まりらしい。

リズ、メリッサ、エリザ。

そして、タルト。皆、とても美しく、可憐な少女たちだった。

まさに聖乙女学園に相応しいような、そういうオーラを感じた。

 

彼女たちは礼儀正しく、楽しそうに食事をしていた。

料理にも舌鼓を打ってくれたようで、しきりに美味しいとか、素晴らしいとか、賛辞の言葉が聞こえてきて、まなかも満足だった。

 

しかし、一つだけ気になった点があった。

まなか一番の自信作であったメインディッシュ、炭火で焼いたステーキを、タルトは友人たちに譲っていたのだ。

お腹がいっぱいなのかと思ったが、どうやらそういうのではないらしい。

タルトは代わりにデザートを追加で頼んだのだ。

確かにコース以外のデザートだって食べてほしかったからmその点はいいのだが――

ステーキも、どうしても食べてほしかった一品ではあった。

 

しかし同時に少し不安があったのも事実だ。

ちょっとわざとらしい程の炭火感を出し過ぎてしまったところはあったのかもしれないと個人的な反省点があった。

まなかはそれが好きだったので押し通したが、好みを客に押し付けた結果の失敗であれば、それは料理人としてはどうなんだろうと。

 

(いやいや、しかししかし、まなかとしては美味しいと思って……! うぅぅう!)

 

料理のことになるとメンタルがガタガタになりがちな所があった。

その結果、翌日、まなかは聖乙女学園の校門前にいた。

ステーキを食べなかった。たったそれだけの事で、まなかはタルトに会いに行ったのだ。

 

それだけ、あの料理に自信があったのだ。

あれを食べれば皆が笑顔になる筈だった。

なのになぜ? それがどうしても気になったのだ。

 

まなかは、部活終わりのタルトを発見した。

自分でもヤバイことをしているのはわかっていたが、タルトが一人になったのを見計らって声をかけた。

 

「こんにちは!」

 

「あ! コックさん! こんにちは!」

 

タルトは少しも怪訝そうな顔をすることなく、まなかに笑顔を向けた。

 

「もし、よろしければ、あのー……、少しお話しませんか?」

 

「はい! いいですよ!」

 

タルトは笑顔で即答した。

二人は近くにあった喫茶店に入った。まなかはコーヒーを、タルトは紅茶を注文する。二人はそれぞれ昨日のお礼と、簡単な世間話をしつつ――

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「え?」

 

まなかは早速、本題に入った。

 

「いえ、あの、お肉を食べなかったようなので……。もし何か気に入らなかった点がありましたら、遠慮くなく言っていただけないかと……」

 

「ごめんなさいっ、そういうつもりじゃ……」

 

そこでタルトは気づいた。まなかは既に気づいていた。

二人の左手、中指にある指輪に。

 

「魔法少女はいつ命を落とすかわからない。だからこそより美味しいものを食べるべきであると……、まなかは思っています」

 

自信なくうなだれるまなかに、何かを感じたのか、タルトは優しく微笑んだ。

 

「ごめんなさい。でも、本当に気にしないでください。悪いのはわたしなんですから」

 

「え……?」

 

「実はわたしの名前はタルトの他に、もう一つあるんです。ジャンヌ・ダルクっていうんですけど……」

 

「へぇ、あのジャンヌダルクと同じ名前ですか」

 

「同じなんです」

 

「?」

 

「わたしが、そのジャンヌダルクなんです」

 

 

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