超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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パール・トリシラ――昼と夜の下に――

 

 その日、王都の民が見た異変は頭上に展開された巨大な魔法陣だった。

 都市の全域を覆うほどの巨大な魔法陣が現れたと思えば、莫大な光が弾けた。

 成層圏から飛来したテュポーンのブレスをアルマの星図魔法陣が受け止めたものによるものだ。

 次元世界最高の魔術師のそれは王都一帯を蒸発させるだけの破壊を完全に受け止め、空気の震えさえも生み出さなかった。

 次の瞬間にはアルマはル・トの召喚と同時に自分たちを位相空間を転移したので、世界が光に包まれたと同時に終わっていたことになる。

 魔法陣が生まれ。

 光が全てを包み。

 全ては元通り。

 誰もが一瞬の白昼夢とかと思うような連続で。

 

 ―――――直後、王都の城壁が轟音と共に崩壊した。

 

 北、南西、南東。

 王都アクシオスを三角形で結ぶような配置で、都市を守るはずの城壁が粉砕される。

 

 北では角を持つ三つ頭の獣が。

  

 南西では、鋭利な顎を持つ大百足が。

 

 南東では瘴気に身を犯された三体の龍が。

 

 一体一体が家屋一つ分ほどの巨大さとその十倍の破壊を生み出す暴虐が人の都へとなだれ込んだ。

 そして。

 迫る危険はそれだけではない。

 城壁の破壊は三か所。

 それとは別に、街のあちこちに滲む影があった。

 浮かんだ影は瘴気を生み、いくつかの形を取る。

 動物であり、魔物であり、瘴気で構成された生き物だった。

 一匹や二匹ではない。

 無数、と言っていい数が数十秒足らずで生まれ出る。

 その存在に対し、反応は二分される。

 なんであるか分からず、現状を理解できない者は未だほとんどが二十歳程度の若者たち。

 逆に瘴気の怪物たちを目に、稲妻に撃たれたように驚愕したのは彼らよりも歳を重ねた者達だった。

 そのうちの誰かが叫ぶ。

 

「――――魔族だ!」

 

 

 

 

 

 

「な、なんだよ……!」

 

 王都南西。

 冒険者の少年は現実が受け入れられずに声を漏らした。

 遠く強固なはずの城壁を破壊した大きな百足のようなバケモノに、それに付き従う様に出現した瘴気の生き物。

 少年は見たことがなかった。

 彼は王都に来て見ていたのは夢と現実だった。

 王国の小さな村で久方ぶりに生まれた十系統保有。もてはやされて自分なりに鍛えたがそれでも名高き王都の魔法学園に入学することは叶わなかった。

 だから王都に来て冒険者になって一旗上げようとし、現実を突きつけられる。

 冒険者なんて言ってもやることは日雇いの労働者であり、何でも屋だ。広い街で流通の中心なので街の清掃から他の街への交易の護衛等もあるが。単発の仕事が続いているのには変わりはない。

 輝く様な未来が待っている魔法学園の生徒たちを横目に、地道な日々を過ごすばかり。

 そんな少年のような者は珍しくない。

 魔法学園を夢に見て、しかし敗れた若者はいくらでもいる。

 そして今。

 見ているのは現実か―――或いは悪夢だろうか。

 

「きゃあああああ!」

 

 絹を引き裂いたような悲鳴は一つだけではない。

 恐慌と驚愕は連鎖し、伝播する。

 目に見えた危険はやはり瘴気の怪物、魔族だった。

 目の前にいるのは人間大サイズになった、蟻や蟷螂、蜘蛛のような虫の形を持つもの。六本の足と胴体にはそれぞれ刃のような角があれば、鎌のような前足がある。

 それが軍勢となって街へなだれ込む。

 

「そ、そんな、どうすれば―――」

 

 少年は動けなかった。

 けれど魔族は迫ってきた。

 

「ぎゃああ!」

 

「ま、待って、置いていかないで――!」

 

「せめてこの子だけでも助け……!」

 

 逃げ惑う人々は声を上げ、しかし容赦なく蟲たちがその命を刈り取る。

 角で腹を貫かれ、鎌で胸を裂かれ、顎が頭を食らう。

 ほんの少し前まで活気に満ちていた町の一角があっという間に地獄絵図へと変貌していた。

 

「あ、あ……あぁ……!」

 

 少年は動けなかった。

 目の前の惨劇に思考が追い付けなかったから。

 魔物と戦ったことはある。

 だが魔物とは魔という言葉が付いている通り、魔法を使える動物のことだ。

 こんな瘴気を発し、それでいて生命を感じさせないものではない。

 変わらず動けず、どころか震えるだけで。

 迫って来た虫型魔族が振り上げる鎌のような前足を見ているだけだった。

 

「―――何をしとるか!」

 

「!?」

 

 瞬間、少年は誰かに掻っ攫われた。

 

「こんな時に呆けておるとは死にたいか!」

 

「っ……あ、アンタは……!?」

 

 少年を担いで飛び退いたのは知り合いの老人だった。

 行きつけの食堂で日がな一日酒を舐めるように飲む、ぼんやりとした昼行燈。そんな彼がかつてない鋭い目で、声を上げる。

 

「魔族が出たらシェルターに逃げる、そんなことも知らんのか!」

 

「しぇ、シェルター……? そんなのあんのか……?」

 

「かっー! これだから若いもんは! とっと逃げい!」

 

「じーさん、アンタ一人でそんな……!」

 

 言って気づいた。

 少年を庇う様に現れたのは老人だけではない。

 

「小僧、詰所だ詰所。衛兵の詰所の地下にゃこういう時の為のシェルターが街のあちこちにあるんだよ」

 

「二十年前に作られて、結局使われなかったからなぁ。知らなくても仕方ないのか? けどガキだって知ってるだろ」

 

「王都出身ならそうでしょうがね。地方から出て来た若い子は知らなくても無理はないでしょう」

 

「おーい、まともな武器持ってきたぞ! 鍋やら棒切れ振るうよりはマシだろ!」

 

 大通りで八百屋や武器をやっている男たちがそれぞれ前に出た。

 普段、普通の日々で、普通の生活を送っている者たちはしかし魔族を前にしても落ち着いていた。

 彼らは皆、四十を超えた中年から老年になる男たちだった。

 

「なんでそんなに落ち着いて――」

 

「ふん、若造じゃのう」

 

 鼻を鳴らす老人は数打ちの長剣を握る。

 その姿は妙に似合っていた。

 

「お主のような若輩は王都に夢見て来たんじゃろうが―――わしらのような老骨は、戦うために来て、戦いが終わったが故にこの街にい着いたのじゃ」

 

「おいおい団長! 俺らはまだだいぶ若いだろ! 五十だぜ! せいっ!」

 

「私はまだ五十超えてませんが……はっ!」

 

「やかましい! 大して変わらんわ! あと元団長じゃ! 今は宿屋の酒舐めおじいちゃんじゃ!」

 

「それもそれでどうかと思う―――がっと!」

 

 言葉を交わしながら彼らは迫る魔族に対し連携を取りながら倒して行く。

 老人でさえ、驚くほどに機敏な動きで剣を振るっていた。

 魔族の襲撃に、普段は店の親父という人たちが戦っている現状にまたもや少年の思考が止まり掛け、

 

「おい、小僧!」

 

「は、はい!」

 

「ミリアとハリーに伝えてくれ。愛してるってな。嫁と息子だ」

 

「―――」

 

「あ、俺も頼むわ。ミディとフォーン、それに子供たちにもな。せっかく嫁さん二人でウハウハだったのによ」

 

「私はハロルドに。……まぁ彼も戦っているかもしれませんが」

 

「おめーせっかく帝国からこっちに移って法律的にも結婚できたのになぁ」

 

「仕方ないですね」

 

「―――あ、あんたら」

 

 そんな、遺言みたいな。

 なんてことを思いながら理解してしまう。

 みたいなではなく。

 遺言なのだ。

 彼らはこの魔族たちの群れに立ち向かう。

 死ぬと分かっていても。

 

「小僧」

 

「じ、爺さん、アンタも――」

 

「いや、わしはいらん。言うべき相手は先に逝っちまったからの」

 

「―――」

 

「逃げるのじゃ。詰所の下、シェルター。そこなら衛兵やら騎士団やらがいるはずじゃ。あっちの大物はサンドワームだから地下のシェルターも安全ではないかもしれん。やつらは大地を掘り返すからの。なるべく足止めするとだけ、シェルターの責任者に伝えい」

 

「で、でも――」

 

「やかましい! 行けっ!」

 

「……!」 

 

 言葉は有無を言わせなかった。

 そこにあったのは決意なのか諦観なのか分からない。

 ただ余りにも重い何かに突き飛ばされるように少年は走り出した。

 

「っあ、あ、あああああああああああ!!」

 

 喉から声が溢れ出す。

 言われた通りに一直線に。

 背後から野太い声と何かが何かを切り裂き、断ち切る音。

 そんなものが、街のあちこちで生み出されていた。

 子どもを庇おうとする母親も。

 自分よりも幼い子供も。

 魔族を食い止めようと武器を手に取る誰かも。

 どこからか沸き上がる魔族が逃げ惑う人々を殺し、それに抵抗する人々が武器や魔法を振るう。

 駆け抜けながら少年は見ていた。

 魔族。

 親から聞いてた言葉の意味を知る。

 人類の敵対者。

 倒す為に全ての国が力を合わせなければならなかったバケモノ。 

 少年が生まれる前に滅ぼされ、人々からその記憶が消えて行こうとしていたはずなのに。

 

「くそっ……くそっ……なんでだよ……!」

 

 吐き捨て、走り、涙が滲み。

 果てに、老人に言われた詰所に辿りつき。

 少年は見た。

 

「くそっ! なんとしてもここで食い止めるんだ!」

 

「不味い、エレンがやられた! 誰か後方に!」

 

「ダメです、下がってください!」

 

「いやぁー! まだ私の子供が外にーっ!」

 

 また新しい惨劇を。

 詰所は並ぶ建物の角にあり、三階立てのそれなりに立派な石造りだ。

 これでも王都のあちこちにある衛兵の詰所としては平均的な、或いは少し小さめのものであるという。

 衛兵たちは戦っていた。

 多くの虫型魔族に囲まれながら。

 

「……そ、そんな」

 

 どう見ても魔族の方が数が多い。

 5人ほどの兵に20体近い魔族が群がっている。

 鎧を纏い、剣と魔法を振るう衛兵たちは勇敢に戦い魔族を倒して行くが、そのスピードが追い付いていなかったのだ。

 怒号と悲鳴、魔法の発動音が木霊する。

 

「こんなの、どうすれば―――」

 

 絶望を口に漏らした瞬間だった。

 

『―――雨は火天の槍が如く(アグニ・マハートミャ)

 

 炎のように苛烈に。

 流水の矢が全ての魔族を貫いた。

 そして気づく。

 詰所の屋根の上。

 カラフルな布で構成された聖国の儀礼服を纏い、弓を握る少女がいることを。

 

 

 

 

 

 

「戦士団は散開! 魔族の討伐、大楯と瓦礫でバリケード設置、要救助者の確保を同時並行! ここに一時的な防衛ラインを構築する!」

 

「昼と夜の下に!」

 

 引きつれた聖国の戦士団に命令を飛ばしながら、パール・トリシラは詰所の屋根から飛び降りた。

 王城大広間における出来事は判断の連続だった。

 アルマが消え、すぐにヴィーテフロアも消え去り、世界が光に包まれた。

 そして、破壊された城壁と出現する魔族だ。

 状況は誰も把握しきれなかった。

 王権から切り離されたとはいえ王女であるヴィーテフロアの宣戦布告なんて大問題。

 本来ならば王国に対して糾弾と調査が必要だった。

 だが、各国の王たちはそれを選ばなかった。

 アクシオス王ユリウスへの監視は行いつつ、判断を行った。

 王として。

 魔族に対する判断を。

 

「―――即ち、『民を守れ』よ」

 

 誰かの血が流れた大地に降り立ち、愛用の()()()を握りながらパールはそれを口にする。

 そうしなければ、魔族には勝てない。

 パールは知らない過去の大戦でそれが証明されている。

 特に聖国は足並みを揃えず、足を引っ張り合った経験がある故に。

 ユリウス王とアクシオス王国や共和国への疑念はあれど、動かざるを得なかった。

 

「あ、あの! すみません、貴女がシェルターの責任者、ってやつですか!?」

 

「あら?」

 

 声をかけて来たのは聊か貧相な皮鎧の少年だった。

 彼は無傷のようだが目じりに涙を浮かべて震えている。

 

「あの、その……俺……俺、あ、貴女に伝えないと、いけな……いけないと……他にも託されて、それで……!」

 

「……えぇと」

 

 惨劇のショックのせいか言葉が支離滅裂なことになっている。

 パールは懐からシュシュを取り出して、慣れた手つきで髪をサイドテールにする。

 そして、

 

「―――わぁ!」

 

「わぁ!?」

 

 大きな声で少年を驚かせた。

 

「え、なに? なんですか!?」

 

「ちょーっと落ち着いてねー? 大丈夫ー? はい、深呼吸、吸ってー、吐いてー?」

 

 掌を上下させて呼吸を促す。

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 

「落ち着いたかなー、君?」

 

「は、はい!」

 

「ならよぉーし! それで? 私に何か用かな、言いたいことってなんだろ?」

 

「っ……城壁を壊したやつなんですけど、あれはサンドワームだから――」

 

「―――大地を掘り返すって?」

 

「は、はい、そうです!」

 

 驚いた少年ににっこりとほほ笑み、

 

「ありがとう。他にあるかな」

 

「他は……その、俺や周りの人を庇ってくれた爺さんたちが、きっとまだ戦って……っ」

 

「―――――」

 

 一瞬、パールは目を細め、

 

「りょーかいっ! ありがとね、君は勇気がある! あとは私たちがやるから、街の真ん中の方に逃げて。中央はまだ魔族がいないから」

 

「お……俺にも何かできることはないですか!?」

 

「んー、じゃあお年寄りとか子供とか、途中で動けない人がいたら運んであげて欲しいな」

 

「分かりました!」

 

「よろしくねー!」

 

 少年ははじき出されたように飛び出した。

 きっと、何かをしたかったんだろう。

 無力ゆえに生かされたから。

 できないことだらけだと、何か代わりのできることをしたくなる。

 それが、パールには分かった。

 

「―――さてと」

 

 視線を変える。

 遠く、サンドワームへと向き直り。

 刹那、眼前に魔族が飛びかかって来た。

 

「――――」

 

 広がった鎌のような刃が付いた前足。

 抱きしめるように広げ、そして数瞬後にそれが閉じられればパールの体は両断されるであろう。

 パールのアメジストの瞳が見開かれる。

 そして、次の瞬間、

 

「―――――何をしている、愚鈍な女よ」

 

 魔族の頭部に短剣が突き刺さった。

 それは細かく高速で震え、刺さった箇所から振動が広がり魔族を爆散させた。

 残るのは瘴気の残滓だけ。

 

「………………何って、生存者から貴重な情報を聞いていただけだけど?」

 

 嘆息をしつつ、シュシュを外す。

 学園ではキャラクターのスイッチとして使っていたけれど、なんだかめんどくさくなってきた。

 

「それで隙を晒すとは……愚鈍は訂正しよう。愚劣と言うべきだな」

 

「うるさいわよ不敬者。気づいてなかったわけないでしょう」

 

 言い捨てて、声の主を見る。

 地面に落ちた武骨な曲刀を拾う、鉄の男。

 黒の質素な儀礼服の下には褐色の肌があり、顎から頬に掛けた髭があり、無機質な黒い瞳は遠くサンドワームを見ていた。

 パールもまた今度こそ視線を向けた。

 巨大な大百足は城壁際で蜷局を巻いているだけで、その場から動く様子は今の所はない。

 

「……見たことのない種だ。加えて言えばかなりの大物だな。そうそう見るサイズでもない」

 

「エウリディーチェ様曰く、≪シャイ・フルード≫……おとぎ話の大きなサンドワームに連なる子らしいわよ。それが連れてこられて暴れさせられているみたいね。どう倒す?」

 

「おとぎ話が現実に出ようとも、一見してサンドワームとわかる。ならばやることは同じだ。早々見ない大きさだが、見たことが無いわけではない」

 

「なるほど」

 

 頷き、

 

「パール様! バルマク様! バリケードの設置が完了しました!」

 

 部下の報告が届いた。

 詰所から大通りに設置用の大きな盾と瓦礫を置いた上で土系統の魔法で補強した促成の防衛陣地が作られていた。

 

「結構。半分はここに残って防衛線を死守、もう半分は分散して民衆の救助を」

 

「はっ! 昼と夜の下に!」

 

 戦士は一度額に手を当てた後、左手で胸の中央に手を当て頭を軽く下げる。

 そしてすぐに命令を周りに伝達し、実行に移る。 

 彼らはやるべきことをやってくれるだろう。

 ならば、

 

「あの大物は私たちでやるわよ、頑固者」

 

「命令をするな、不遜な女」

 

「残念。貴方は私の部下ということを忘れたかしら? 次いで言えば各国会議が終わるまでは一番下っ端よ」

 

「………………ここで戦死しておくべきかもしれん」

 

「あはははは!」

 

 苦々し気にバルマクは呟き。

 らしくもなくパールは高笑いをし。

 明るい少女と暗い男は、全く同時に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 踏み出しが同時なら、使用した魔法もパールとバルマクは全く同じだった。

 それは足音から生んだ高周波だ。

 バルマクからは重く低く、パールからは高く澄んだ音が鳴り渡り、大地を踏みしめるごとにそれは連続する。

 

「――キチチ」

 

 続いた音は、魔族たちが漏らした鳴き声だ。

 周囲にいた魔族がその音に反応して集まってくる。

 二人が用いた魔物寄せの魔法によるものだ。 

 本来、砂漠で魔物や食料になるような生き物をおびき出すための魔法であり、固い地面で同じ効果を生むのは難易度が高いが、二人は当然のよう行使する。

 結果的に周囲一帯の魔族が二人へと殺到した。

 節足動物特有の()()()()とした生理的嫌悪感を生む機動。

 建物を、地面を這い回り人を殺すことに特化した怪物が迫りくる。

 

「――――」

 

 その群れをバルマクとパールはそれぞれが握る双剣で突破した。

 バルマクは体をコンパクトに、最短直線の動きを以て魔族たちに切り込む。

 パールは体を大きく伸ばし、最大曲線の動きを以て魔族たちを押し込む。

 高速で突っ走ることで前に進みながら、だ。

 

「ハッ!」

 

「シィィィィッ!」

 

 その呼気は短く重い。

 その呼気は長く鋭い。

 バルマクの斬撃は衝撃波を生み、魔族の体を崩壊させ、眼前に道を作り。

 パールの斬撃は炎を纏い、魔族の体を燃やし、撃ち漏らしを掃除する。

 或いは、時にパールの炎刃が道を生み、バルマクが放った衝撃波が掃討を行う。

 数メートル進むことに十に近い魔族が迫り、消滅させていく。

 前後を入れ替え、左右にすれ違い、前へ前へと。

 二人が振るう二対の刃が一本の道となる。

 

「――――腕は落ちていないようだ。教えた者が良かったらしい」

 

「いいえ、教えたアホが悪かったから私が頑張ったのよ」

 

 軽口を叩き合いながら、しかし視線が交わるわけでもない。

 互いを庇う様子はないのに、連携として完成されている。

 かつて聖女として聖国の宮殿に招かれた少女とその少女に対して戦い方を仕込んだ男だから。

 そんなことを言ったらパールは笑顔で怒りを爆発させ、バルマクは呪詛のように否定するだろうが。

 パールが魔法学園に入学するまで毎日のように口論をし、口論で済まなければ武芸で競い合った過去は変わらない。

 

「―――――ぁ」

 

 途中、パールはあるものを見た。

 それは子供ごと体を貫かれた母であり。

 一緒にバラバラにされた老夫婦であり。

 腹を食い荒らされた子供であり。

 そして最後まで戦い、抗ったのであろう老人や男たちだった。

 パールの胸の奥に燃え上がるものがある。

 それは怒りであり、義憤だ。

 こんなこと光景は許してはならない―――烈火のように燃え上がる激情。

 

「無粋者」

 

「言うな、感傷の女よ」

 

 魔族の群れをぶち抜きながら、しかし二人の言葉は静かだった。

 

「これが魔族だ。これが戦だ。これが死だ。潤沢な井戸がある日枯れる様にそれは無慈悲に訪れる。違いは、これから訪れるものを止めることができるということだけだ。ならば、そうする他ない」

 

「――――そうね。そうだわ」

 

 心は燃え上がる。

 だが思考は冷徹に。

 程度の差はあれど二人が信仰する双聖教の教えのように。

 相反する二つの極点の中心に自らを置くのだ。

 そして。

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 鼓膜を破る様な甲高い絶叫。

 それまで城壁近くにいたサンドワームの方向だ。

 サンドワームという魔物は体表に水分を奪い劣化させ砂状に変える魔法を展開している。

 それにより砂漠の海を自在に泳ぎ、通常の地面であっても砂漠に変えてしまう。

 そんなものが放置されたらどうなるか。

 王都の三分の一は瞬く間に砂の海に沈むだろう。

 魔法による戦闘を行えない者なら満足に逃げることも叶わない。

 故に止める。

 

「キシャアアア!!」

 

 サンドワームは自らが生み出した砂道を泳ぐように迫る。

 その速度はパールとバルマクの疾走速度を超え、ほんの数秒で辿りつくだろう。

 砂を泳ぐサンドワームは固い地面を走る馬より早い。

 全長三十メートル近く、幅は一メートルと少し。大量に分かれた節には鋭い棘、頭部の顎は二メートルを超える巨大なギロチンだ。

 轟風すら生み出しながらパールとバルマクに突っ込み、

 

「――――やるわよ、合わせなさい」

 

「お前が合わせろ」

 

 二人は足を止めた。

 数秒後には巨大な顎と巨体に引き裂かれ、押しつぶされるだろう。

 そうさせないために、

 

『―――≪聖戦儀(ジハーラスラマ)≫』

 

 二人は同時に自らの持つ全ての系統を発動させた。

 王国の≪究極魔法(アルテマ・マジック)≫。

 帝国の≪魔導絢爛(ヴァルプルギス)≫。

 皇国の≪神髄≫

 亜人連合の≪絶招≫。

 そして聖国では≪聖戦儀(ジハーラスラマ)≫。

 個人の保有する魔法系統の同時発動に他ならない。

 

「――フン!」

 

 バルマクは双曲剣を大地に突き刺し、

 

『――――≪神が鉄を下し(アル・ハディード)人は授かるだろう(・アンザルナー)≫』

 

 振動が波の様に伝播した。

 

「キシャア!?」

 

 変化は劇的だった。

 サンドワームが生み出し、自らが泳ぐ砂の道。

 それの砂が鋼鉄のように固まり、押し潰される。

 ザハク・アル・バルマクの≪聖戦儀(ジハーラスラマ)≫とは広範囲、指向性を持った砂の固定化と荷重・圧縮だ。

 広大な砂漠において自在に動き回る魔物を拘束し、その上で潰すもの。

 もとよりバルマクとは魔物殺しの部族出身であり、聖国でも導師候補として認定されるまでは対魔物討伐部隊の隊長だった。

 ウィル・ストレイトとの戦いでは全力であり、本気であったが使わなかったのはその為に。

 彼の≪聖戦儀≫は対大型・多数の魔物に向けたものであり、対人に使うようなものではない。

 あの時に使っていたら宮殿が砂に沈んだ上で押しつぶされていただろう。

 だから使わなかった。

 だから今は使った。

 長大な体の半分近くを砂粒に埋めていたため、サンドワームの動きは必然的に停止する。

 節々は砕かれ、青緑の体液が圧縮された砂の大地に染み渡る。

 

「キシャアアアアアアアア!!」

 

 それでも、サンドワームの命は尽きない。

 大概の砂に住まう生物ならこれで十分。

 しかし神話に連なるこのサンドワームには、半身を破砕させるだけでは足りなかった。

 

「ここまでお膳立てすれば問題なかろう、不足な女よ」

 

「私のどこが不足してるって言うのかしら、不毛者」

 

「主に肉付きだ。後輩を見習え。そして私は剃っている」

 

「――――アンタごと巻き込んであげる!」

 

 額に青筋を浮かべ、パールは刃弓に、矢を引き絞った。

 それは曲刀の柄を繋げた弓だ。

 トリウィア・フロネシスの握る拳銃のような複雑な機構を持つものではない。あんなのは彼女くらいにしか扱えない。

 ただ柄同士をかみ合わせ、魔法で補強したもの。

 それで十分であり、曲刀の先端同士を魔力の糸で繋げている。

 二刀は弓となり、番えられた水の矢が炎を纏う。

 烈火。

 流水。

 相反する二つを宿した極矢。

 二の腕に血管が浮かび、刀身が軋むほどに引き絞り放つことで二つの相反する性質による対消滅エネルギーを放つ。

 放った。

 

『≪矢は女神の威光が如く(ディーヴィー・マハートミャ)≫――――!』

 

 水火の極矢は一瞬でサンドワームの頭部で到達。

 接触したと同時には顎と頭が爆散。

 さらにはそこから余剰の貫通力のみで地表に露出していた残りの体をぶち抜いた。

 断末魔すら上がらず。

 神話の砂蟲は現代に生きる者たちに討伐された。

 

「………………妙ね、なんでお前も生きているのかしら」

 

「お前にだけは殺されたくないからだ」

 

 愚痴を言うパールに、表情を変えずにバルマクは返すけれど。

 バルマクは最初から射線から避けていたし、パールもまた真っすぐにサンドワームを狙っていた。

 

「―――ふん」

 

 二人はそれぞれ左右に首を振りながら鼻を鳴らし、

 

『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 何かが崩れる音と甲高い絶叫を聞いた。

 

「………………」

 

 二人は見る。

 今しがた倒したはずのサンドワームとよく似た怪物が、追加で二匹現れたことを。

 首を戻し、二人は一瞬だけ視線を交わして、

 

「……………………戦えるわね、不敬者」

 

「こちらの言葉だ、愚劣な女よ」

 

 それぞれが一体づつ、サンドワームへと刃を向けた。

 戦いは終わらない。

 それでも戦うのだ。

 何もかもが終わるまで。

 




少年
夢破れたモブ

じーさんとおっさんたち
大戦時代傭兵とかだったけど、生き残って平和な暮らしをしていたのでしょう


パール&バルマク
仲良し
ギャル&オッサンの喧嘩ップルに需要はありますか!?


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