超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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カルメン・イザベラーー龍と闘士の歌――

 

 カルメン・イザベラがアクシア魔法学園に入学した時、はっきり言って調子に乗っていた。

 天狗になっていたと言ってもいい。 

 龍人なのに。

 だが龍人だからそうなっていた。

 亜人族において、例えば膂力では鬼種が最も強いと言われている。

 多様性では獣人。

 魔法の制御ではエルフ。

 頑強さではドワーフ。

 器用さではハーフリング。

 再生力ではリザーディアン。

 空においては鳥人族。

 海においては魚人族。

 七大氏族以外にも様々な種の亜人がおり、彼らには自らが最も秀でた能力を誇っているものだ。

 だがそれは真実ではない。

 あらゆる観点、能力、性能において、あらゆる種族の中で龍人族が最も優れているのだ。

 その破格さと希少さ故に「亜人の中で最も優れているのは」という文言から龍人族は外されている。

 最も強靭な生物。

 神祖であるエウリディーチェの直系であるカルメンはその中でも最高峰。

 

 ――――――そんな傲慢は、入学と共にトリウィア・フロネシスに打ち砕かれた。

 

 当時二年主席でありながら、既に戦闘力においては学園最強だった彼女に。

 入学して調子に乗っていたカルメンは、有体に言って彼女に〆られたのだ。

 あの人間、龍人族が頑丈だから平気でしょうとか真顔で言って龍体時の腹に究極魔法ぶち込んでくるのだから恐ろしい。

 一年くらいトラウマだったし、次の年に御影がウィルに同じようなことをした時はかなり引いた。

 何にしても、カルメンは龍の里を出て、知ることになる。

 龍人族は強いが、けれど無敵ではない。

 他の種族にも強い者はいるし、次の年にはウィルや御影、その次はアルマやフォン、アレスも生徒会に加わって来た。

 強い者を知った。

 そして弱い者も。

 数百年、数千年を生きるが故に周囲に遊ばれること――冷静になるとサバトみたいに十字架に磔にされるのってどうなんだろう――はあってもそれを許したのは上位者故の余裕というもの。

 そういうことにしておこう。

 ただ。

 それとは別に。

 去年、カルメンは出会ったのだ。

 エスカ・リーリオ。

 どうしようもなく弱くて。

 たまらなく強い闘士と。

 

 

 

●

 

 

 

「悲しいのぉヴェイロ。800にもなってなお、こんな扱いをされるとは」

 

 カルメンは巨大な角をその巨体ごと抑えながらため息を零した。

 鉄牛龍とは旧知であり、なんならおしめを変えてもらったこともある。

 普段は優しい老人だ。

 それが、

 

「ゴアアア……!」

 

 こんな風に狂わされ、暴れさせられているなんて。

 

「腹立たしいのぅ。―――エスカ、ちょい右に寄ってくれ」

 

「あ?」

 

 軽くエスカの小さな体を押してずらし、

 

「――――!」

 

 火柱が鉄龍の顎を打撃した。

 それは炎にカルメンの脚だ。

 種族全員が≪高位獣化能力者(メタビースト)≫である龍人族ゆえに、履いているハイヒールはカルメンの魔力と仙剄によって構成され、龍の鱗と変わらない強度を持つ。

 カルメンの龍鱗はそれ自体が鉄を溶かす高熱と灼熱を有し、靴の先端は鉄を裂く強度がある。

 炸裂する。

 

「ゴアッ―――!?」

 

 爆発と破砕が響き渡る。

 炎を纏う蹴撃が鉄龍の顎の装甲を砕き、体ごとひっくり返した音だ。

 全長十数メートル、数十トンはあるであろう体。

 それが浮いた。

 そして縦回転をし、鉄龍自身が作った轍を地響きを生みながら転がった。

 

「ん」

 

 その中、カルメンはあるものを見た。

 首元に小さな跡があるのを。

 傷、と呼べるものでもない。首周辺に何かが擦れたような痕跡。

 

「――――かはっ」

 

 どうしてそんな跡ができたのか気づき、カルメンは頬を吊り上げた。

 

「エスカ、狙っておったな?」

 

「あ? ……あぁ、そりゃそうだろ。龍つったら、そこだし。まぁ、全然届かなかったけどよ」

 

 即ち、逆鱗だ。

 龍の弱点。

 それを知る彼は突進を受ける度に狙いしかし届かなかったのだろう。

 

「ふふん。良い狙いじゃ」

 

 鼻を鳴らし、

 

「――――エスカ、ちょいと手伝え」

 

「はぁ? 何をだよ」

 

「アレを助けるのに、じゃ」

 

 体を揺らしながら起き上がろうとしている鉄龍を確認し、エスカへと視線を向ける。

 ボロボロになった小さな闘士。

 それでもまだ目に光は消えてない。

 

「逆鱗には神経と血管が集中しておって、十全な攻撃を通せば龍を殺すことができる……んじゃが、ワシがやったら殺してしまうからの。狂わされ、暴れさせられ取るとはいえ同胞じゃ。なるべく殺さず救いたい」

 

「あー……? なるほど? つまり、俺がちょうどいい雑魚で、アンタの助けを借りればいい感じに弱い攻撃ができるって?」

 

「わはは! そういうことじゃな! エスカは弱いしのぅ!」

 

 舌打ちつきの半目を受けながら声を上げて笑って。

 それからもう一度、鋭い牙をむき出しにする。

 爛々と輝く龍の目が、闘士の青い瞳を貫いた。

 

「じゃが―――その弱さが、龍を救う」

 

 手を差し出す。

 大地に突き刺した大剣にもたれかかり、膝をつくエスカへと。

 

「どうじゃ?」

 

「―――――はっ」

 

 闘士は笑った。

 そして立ち上がる。

 これまで通り。

 さっきまで死にかけただったのにも関わらず。

 その手を取らないわけにはいかないと言わんばかりに。

 伸ばされた龍の手を取った。

 

「『お前の盃を喜んで受け入れよう』、だ」

 

「―――ぐるる」

 

 歯をむき出しにして笑い、ある歌の詩を口にしたエスカにカルメンは喉を鳴らした。

 言葉や感情の発露よりも、先に体が歓喜を現し、

 

「では、一口」

 

 自らの牙で唇を裂き、

 

「あ―――んんっ!?」

 

 引き寄せ抱きしめ、エスカの唇を奪った。

 暴れようとする彼の体を無理やり抑え込み、そのまま自らの舌をねじ込み、

 

「―――――ごくん」

 

 自身の血を嚥下させ、

 

「―――――ゴアアアアアアア!!」

 

 鉄龍の加速突進が踏破を開始した。

 

 

 

●

 

 

 

「――――はっ! てぇてぇの波動を感じましたわ!」

 

 五感以外の何かを超えて感じたものに、思わずアンゼロットは足を止めた。

 思えば数か月前。

 社交界で出会った王国のカリスマ、クリスティーン・ウォルストーン。

 彼女との邂逅はアンゼロットは勿論、ティルにも珊瑚にも天啓だった。 

 エレガントの化身である彼女であり、新たな世界が開けた。

 即ち、良い感じのカップルの波動を感じられたり感じられなかったりするような気がするようになった。

 きっとこの状況であっても、彼女は自らのエレガントを見失わないのだろう。

 

 

 

●

 

 

 

「むむっ! 北! 北ですわ! 北から新たなエレガントを感じます! 市民を救助しながら向かいましょう! このニューエレガント、今の状況に必要なエレガントな気がしますわ……!」

 

 

 

●

 

 

 

 先日も学園時計塔近く校舎の屋上からかなり強い波動を感じたが、わきまえたオタクなので校舎の下から3人で『オタ芸』なるダンスを踊って礼賛をするなどした。

 これも数か月前に3人で街で遊んでいている時に出会ったノーズィーマンなどと名乗る不審な男から教えてもらったもの。

 不審な男ではあったが話は盛り上がって、ダンスを教えてもらった。

 専用のサイリウムとかいう光る棒もくれた。

 何故かアルマのことも知っていてアルマとウィルの話でさらに盛り上がり、どっちが攻めがいいのかで殴り合いになり、最終的にはどっちもいいよねという結論で友情を交わし合うことができた。

 自分のことをアルマのパパと名乗る不審者だったが、アルマを推す盟友だ。

 その心意気は疑っていない。

 たまに会う時はいつも近くにある衛兵の詰所を確認しているが疑ってはいない。

 いやあんな不審者はどうでもよくて。

 

「―――おや?」

 

「シャアアアアアア!

 

 眼前頭上。

 風龍が翼を強く震わせ、羽鱗の雨をアンゼロットへと放っていた。

 数十にも渡る鋭い刃。

 

「―――!」

 

「あ、ごめんちょっと止まってた!」

 

「てぇてぇを感じましたよ!」

 

 親友たちも同じように脚を止めていたから、

 

「フッ―――!」

 

 一番最初に復帰していたアンゼロットは瞬発する。

 バレリーナのように。

 つま先立ちで回転し、剣先と指先、そしてブーツの爪先に仕込んだ詠唱代替魔法具の三つで帯状魔法陣を展開。

 三度回り、

 

「――――≪不動に鳴らす爪先(アンベヴェグリッヒ・リィン・ツィーン)≫!」

 

 細剣を大地へと突き刺した。

 刹那、展開される防御魔法陣。

 氷結と鎮静、拡散、封印を主軸にした青と白が混ざった防壁だ。

 石造りの建物くらいなら容易くハチの巣にする羽鱗が障壁に突き刺さり、砕けず

 

「っ―――カバーお願いしますわ!」

 

 背後の二人へと叫ぶ。

 風龍の攻撃を数秒なら耐えられる。

 だが十数秒は無理だ。

 故に背後の2人に声をかけ、

 

「キシャア!?」

 

「――――!?」

 

 頭上の風龍を打撃する赤を見た。

 

 

 

●

 

 

 

「あれは――――」

 

 珊瑚はその色に目を見張る。

 風龍に対し、横から体当たりを喰らわした巨体。

 赤い龍だ。

 発達した四肢と大きな翼。

 燃えるような鱗。

 

「カルメン前会長―――!?」

 

 前生徒会長、カルメン・イザベラの龍体だ。

 数度だけ見たことあるが、以前よりもサイズが小さい。

 全長10メートル程度だろう。

 だがその威圧、存在感はまるで損なっていない。

 火炎を纏った体当たりは風龍を突き飛ばし、大地へと落下させた。

 勢いのまま火龍は空に舞い上がり、

 

「――――ぁ」

 

 珊瑚は見た。

 龍に、太陽を背負い、大剣を握る少年がいることを。

 そして思い出す。

 龍とはおとぎ話だ。

 もっとも強靭にして偉大な生物。

 遥か昔から世界に息づく、生きる幻想。

 そして、龍の物語には伴うものがある。

 例えば龍を殺す英雄譚。

 強大な悪龍を殺し、英雄となる騎士の物語。

 或いは。

 龍と絆を結び、誇り高き生命の背に乗ることを許された戦士の物語。

 即ち、

 

「ド(・)ラ(・)ゴ(・)ン(・)ラ(・)イ(・)ダ(・)ー(・)……!」

 

 カルメン・イザベラと、その背に乗るエスカ・リーリオだ。

 

 

 

●

 

 

 

「ツッコミたいことが多すぎる! なに飲ませた!? なんでこっち来た!?」

 

 風龍と鉄龍の気配を感じながらも、カルメンは背のエスカに答えた。

 

『仕方なかろう。あの3人も学園の生徒だ。見捨てることはできん。そしてお前に飲ませたのは我の血よ』

 

「……その姿のアンタの口調、なんか調子狂うな」

 

『変えたほうがよいか?』

 

「いやまぁいいよ。アホ3人娘を助けたのも分かるけど……血はなんでだ?」

 

『さっきまでのお主の今の体では、流石にな。故に、我の血を与えたのだ。龍の血は時に薬になる』

 

「マジで? 通りで体が軽いと……」

 

『場合によっては飲んだら体が破裂するがな』

 

「おいいいいいいいいいい!?」

 

 叫びを背に受けながらカルメンは翼を広げ、破壊された街を旋回。

 突き飛ばした大地に転がっているのを確認する。

 風龍の体は比較的脆いのでダメージを修復させ、飛び直すのに少しだけ時間はあるだろう。

 

『場合によるが、お主なら大丈夫であろうよ。頑丈だしの』

 

「……まぁ確かに。なんか体の調子は良くなったし……いっか!」

 

『―――ぐるる』

 

 楽観的な言葉に思わず喉が鳴る。

 普通ならそれで済まして良いものではないだろうに。

 彼はそういう性格なのだ。

 

「んでも、この二体はやるとしてもう一体はいいのか?」

 

『んむ。問題なかろう、アレを見るが良い』

 

 鼻筋で戦場の一角を示す。

 離れた所では蛇型の水龍を複数人の騎士が囲んで戦っている。

 自然界では極めて目立つ鮮やかな赤と黄色の鎧騎士たち。

 衛兵ではない。

 王国における対魔物専門家である≪不死鳥騎士団≫だ。

 彼らは互いに連携を取り合いながら、水龍と互角に戦っていた。

 カルメンの耳には彼らの声も届く。

 

「はっはー! 龍だ龍だ! ドラゴンスレイヤーの称号は俺のものだ!」

 

「馬鹿者ぉー! リーチェ……上から達しが合った通り彼らは魔族に操られているのだ! 逆鱗部位にダメージを与えて行動不能にさせるだけでいい!」

 

「隊長! あの≪天宮龍≫とマブってホントだったんですかい!?」

 

「≪天宮龍≫と大戦で肩を並べたとか!」

 

「同じ男を取り合ったとか!」

 

「それでどっちも振られて四十手前でもまだ未婚で男の気配ないとか!」

 

「ハーフエルフでもう何十年は見た目は二十歳そこそこだから新しい出会い待ってるとか!」

 

「貴様らぁー! そこに直れ! この龍より先にたたっ切るぞ!」

 

「ロロロロロロ!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぎならも水龍と戦えている。

 わめき合いながらも完璧と言っていい連携で危なげもなく、あれならば時間は掛かるだろうが

 

『………………うむ、問題はなかろう!』

 

「まじか。流石だな不死鳥騎士団!」

 

 会話が聞こえていなかったのは幸いだ。

 ウィルにもあまり聞かせたくない。

 そういえば去年あたりに魔物の大量発生で不死鳥騎士団と連携を取ったハーフエルフの騎士団長はウィルと距離を取っていた気がしなくもない。

 

『ま、良いか。お爺様の交友関係には触れたくない』

 

「ん。そいやアンタの爺さんもいるんだろ。何してんの』

 

『王たちと一緒にいる。状況が状況故にな』

 

「あー……そっか。龍神様いりゃあ王様たちも安心か」

 

『んむ』

 

 ことはそう簡単ではないらしいのだが。

 戦いが始まってすぐにエウリディーチェから念話を貰ったが、王たちを守り、見張るとのことだった。

 守ると見張るはかなり違う。

 カルメンの知りえない厄介事が起きているのは明白だ。

 

『……ま、良い。今はこっちじゃ。エスカ」

 

 カルメンが翼を広げ、

 

『―――――行くぞ』

 

「あぁ!」

 

 彼の答えを原動力に、加速を生み出した。

 

 

 

●

 

 

 

 カルメンは翼を後方に流し、矢のように空を駆ける。

 眼前には飛び上がろうとする風龍。

 右下方には瓦礫を蹴散らしながら接近してくる鉄龍。

 

『―――!』

 

 まず鉄龍にめがけて牽制を放つ。

 ブレスだ。

 喉から炎が珠状となり、形成された火球は三発。

 

「ゴアァァ!」

 

 本来なら鉄を溶かすほどの高温だが、龍の甲殻を溶かすには至らない。

 着弾時の爆発による衝撃で鉄龍を足止めするためのものだ。

 生み出した時の間に、風龍を無力化する。

 

『オォォ……!』

 

 喉から炎ではなく音が漏れた。

 龍の咆哮。

 龍人種にとっては様々な意味を持つが、この場合、

 

「キシャアアアアアア!」

 

 風龍に対する挑発だ。

 案の定風龍は咆哮を以て応答し、風を纏いながら空へ舞い上がる。

 速い。

 飛翔速度、旋回能力においてはカルメンを上回るだろう。

 攻防の強度においてはこちらが勝るが、背にエスカを乗せている以上気安い被弾はできない。

 加えて前提として無力化というのは難易度が高い。

 だが、

 

「――――お前の盃を喜んで受け入れよう」

 

 背から聞こえてくる歌に、さらに速度を上げた。

 

「――――龍よ、龍よ。なぜならお前は我々へと解り合える」

 

 きりもみで突っ込んできた風龍を躱し、

 

「――――共に戦いに行くことを望むのだから」

 

 背後から追いかけると共に空中戦を開始した。

 

 

 

●

 

 

 

「――――祭りの日、誰もが皆集う。祭りの日、誰もが皆見ている」

 

 エスカの喉から低く歌われるのは、彼の故郷の歌だった。

 亜人連合との国境に近い王国西部。

 故に、連合の文化とある程度入り混じり、そして龍人に関する伝承も多くあった。

 そしてこれは、共に戦う人と龍の歌だ。

 

「――――大衆は声を張り、叫び、震え、騒ぐ。それはまるで嵐のように」

 

 風龍と空で渡り合うカルメンに、今のエスカができることはない。

 ただ音楽は得意だ。

 トリウィアのバンドに認めてもらうくらいには。

 だから彼は歌う。

 

「――――なぜならばこれは契約の祭り」

 

 せめて彼女を力づけられないかと。

 

「――――これは我等の祭りだからだ……!」

 

 火と風を纏いながら二体の龍が駆ける。

 

「オオオオオ!」

 

「キシャアア!」

 

 赤龍は火を吹き、緑龍は風を起こす。

 やはり速度は風龍が速い。

 風龍が先行しながら攻撃し、火龍がそれを追う形だ。

 

「――――早く、早く! 構えろ、構えろ!」

 

『オォ……!』

 

 歌が、カルメンの背中を押す。

 咆哮が、エスカの声に重なる。

 龍の翼から陽炎が生まれ、それは加速となる。

 周囲の大気の温度を上げ、気流を生み、乗りこなすのだ。 

 

「――――闘士よ! 気を引き締めろ! 龍よ、龍よ!」

 

『ぐるぅ……!』

 

 熱と歌が相対距離を縮める。

 高速できりもみと旋回を繰り返す為に風圧がエスカを襲うが構わなかった。

 彼が跨った首の付け根あたり、さらに言えば彼が足をかけた二箇所だけに明確な重みがある。

 重量操作の魔法で重心を低くすることで、吹き飛ばされないようにしているのだろう。

 カルメンを気遣っているのだ。

 それが嬉しくて、

 

『オォォ……!』

 

 赤龍はさらにその身を進ませる。

 速度による加速、全身で生み出した上昇気流に乗りカルメンが風龍を追う。

 風龍は真上へと飛翔した故に闘士の歌に押し出され、瞬間的にさらに加速して同じ軌道を駆け抜けた。

 赤い顎が、緑の尾に届き、

 

「キシャッ!」

 

 風龍が大気を裂いた。

 ほぼ直角、減速無しの軌道変更だ。

 風を操る龍だからこそできる物理法則を無視した飛行。

 火龍であるカルメンにもそれは不可能。

 故に、カルメンの牙と牙の間を尾はすり抜け、

 

「――――戦いの中で私は忘れない」

 

「キシャ――!?」

 

 刹那、追い付いた牙が風龍の尾に食らいついた。

 カルメンにはできないはずの動きだった。

 風龍に追いつくために限界まで速度を発揮し、首と頭部を伸ばしていたのだから。

 龍といえどできないことはある。

 だからこれはエスカが行ったことだった。

 荷重魔法だ。

 カルメンの首に捕まっていたエスカが自身の体重を重くする。

 速度を落とさないギリギリの重量に。

 それにより重心が僅かに変化し、角度が変わる。

 龍は多くのことができるが、決して万能ではない。

 人にできることは少ないが、それでもできることがある。

 そして今、カルメンとエスカは共に戦う。

 ドラゴンライダー。

 闘士をに背に乗せた龍と龍を駆る闘士であるが故に。

 

「―――赤い瞳が私を待っていることを!」

 

『オォォ―――!』

 

 喰らついた尾を、赤龍は思い切り振る。

 真下へと。

 

「キシャアア!?」

 

 龍として比較的体重の軽い風龍は振り回され落下した。

 羽鱗をまき散らしながら墜落し、

 

「キシャアアアアアアア!」

 

 姿勢を取り戻し、しかしそれだけではなかった。

 舞い散った羽鱗が宙で螺旋を描く。

 魔法であり、仙術。

 それは人間が行う魔法とは違う。

 生命そのものが術式発動の手順であり、それゆえに発動までは一瞬だった。

 

『キシャアアアアアアア――――――――!』

 

 咆哮が大気を打撃する。

 風の息吹は羽鱗を通過すると共に螺旋を描き、鋭利な刃を含んだ竜巻となって天上を駆けあがる。

 眼下から迫る暴風。

 

『――――』

 

 龍は僅かに身を震わし、

 

「――――」

 

 人は軽く踵で龍の体を蹴った。

 応えるように。

 そして。

 

『纏え仙火』

 

 翼を一度大きく羽ばたかせ、

 

『駆けろ、龍炎……!』

 

 全身に灼熱を纏い、暴風へと突っ走った。

 

 

 

●

 

 

 空に炎の螺旋が描かれる。

 風龍のブレスに、炎を纏った火龍が突っ込んだ故に生まれた異常気象だ。

 それを目にし、

 

「ど、ドラゴンのドルネケバブ――!?」

 

 ティルがそんなことを叫んだ。

 そうはならなかった。

 

「――――戦いの中で私は忘れない!」

 

『オォォォォォ……!』

 

 歌と咆哮と共に紅蓮の竜巻を突っ切って火龍が飛び出した。

 龍と人の体には纏っていた仙術による炎の残滓が残っていた。

 竜巻とそれに紛れた羽鱗によって生じるはずの裂傷を、炎の膜で防いでいたのだ。

 そのまま進む。

 

「キシャアアアア!?」

 

『オオオオオ!』

 

 赤い龍が緑の龍に組み付く。

 前肢と両翼で風龍の体を抑え込み、

 

「―――赤い瞳が私を待っていることを!」

 

 火龍の背から、闘士が跳んだ。

 握る大剣を振りかぶり、一瞬動きが止まっていた風龍へと落ちる。

 重力を重ね、

 

「――――愛が私を待っていることを!」

 

 さらけ出された喉に切っ先を打ち込み、

 

「――――龍よ! お前が抱いている愛を!」

 

 瞬間的に増大した質量による衝撃が逆鱗と、その奥の神経系を打撃した。

 衝撃は全身を伝播し、強制的に意識を打ち砕く。

 空に響く衝撃音。

 余剰の威力は大気を破裂させ、

 

「キシャ――――」

 

 風龍の声が宙に消えて行く。

 

『――――見事だ、我が闘龍士(ミ・マタドール)』

 

「はっ、アンタの背に乗ってし損じたらそれこそ末代までの恥だよなぁ!」

 

 力を失い落ちて行く風龍を視界に収めつつ、カルメンはエスカを背に回収。

 小気味の良い彼の言葉と重さに頬を緩め、

 

「―――――カルメン前会長! 後ろです!」

 

 地上の珊瑚の声を聴くのと同時に、後方から大質量の打撃を受けた。

 

 

 

●

 

 

 

『がぁっ――――!』

 

 破壊がカルメンの龍鱗を伝っていく。

 正確に言えば右斜め後方。

 右下から巨大な質量がカルメンをぶち上げた。

 

「ゴアアアアアアア!」

 

 鉄龍だ。

 展開した全身の甲殻から陽炎を昇らせ、宙を泳いでいる。

 

『っこやつ……!』

 

 何したのか、即座に理解する。

 鉄龍が噴出加速により、空へと跳んだのだ。

 膨大な質量を飛ばすだけの推力を生むのにどれだけの速度を生み出すのかは計り知れないが、それを当然のように可能にするのが龍という生命体だ。

 見れば一部の甲殻が砕け、二つあった角の片方が折れている。

 おそらく、風龍と戦っている間にティルたちが負わせた手傷だろう。

 それを行ったのは賞賛したい所だが、

 

「――――エスカ……!」

 

 一緒に吹き飛ばされた彼が問題だ。

 龍体を解除し、人の姿に戻る。

 再度噴出加速された時、少しでも当たりを減らす為だ。

 空に落ちていくエスカは一瞬意識を失っているように見える。

 足裏から出す炎で宙をスライドし、彼を抱きかかえ、

 

「すまぬ、エスカ。ワシのミス―――」

 

「――――なぁ、知ってるかよ。カルメン」

 

 脱力しながらの彼の声を聴いた。

 カルメン共々落下しているというのに、彼はそんなことを感じさせない長い吐息を零し、

 

「さっきの歌さ。うちの地元じゃあ元々は龍と戦う闘士の歌だったらしいぜ」

 

 目を細く開く。

 青い目は優しく、龍を見ていた。

 

「龍を相手に戦う歌が、龍と一緒に戦う歌になったんだ。ずっと不思議に思ってたけど……アンタと出会って、理由が分かったぜ」

 

 だって、

 

「かっこいいもんな」

 

「―――エスカ」

 

「そりゃそうだよな。きっと俺のご先祖様は思っただろうぜ。龍を倒すより、龍と倒したいってな。こんなにすげー存在の隣人でありたいってよ。自分たちはちっぽけだけど、それでも一緒に戦いたいってよ」

 

 だから。

 

「行こうぜ、カルメン。俺の龍(ミ・ドラゴーン)―――アンタの同胞を救うために」

 

 彼の目は諦めなかった。 

 攻撃を受けたことへの非難も、危機感もなかった。

 ただカルメンを眩しそうに見ていた。

 

「―――あぁ」

 

 喉の奥が震える。

 フォンが鳥の歌をウィルへ歌おうとしていたのはこういう気持ちだったのだろう。

 彼女との違いは、

 

「――――オ」

 

 歌ではなく。

 

「――――オオ」

 

 龍としての咆哮だということだ。

 

「オオオオ……!」

 

 燃えるような情熱と共に、カルメン・イザベラはその身を龍へと変生させた。

 

 

 

●

 

 

 

『オオオオオオ―――!』

  

 天空に、街に、戦場に。

 ありったけの歓喜が籠った咆哮が響き渡る。

 それに伴って生み出されたのは、やはり加速だった。

 前に進むという力。

 それを以て頭から鉄龍へと激突する。

 

「ゴアアアア!」

 

 だが、風龍と違って重量もあり、四肢も短い鉄龍を抑えることはできない。

 肩に食らいつき、牙を食い込ませるが、鉄龍が噴出加速を行えば振り払われるだろう。

 

「――――戦いの中で私は忘れない!」

 

 故に咆哮に続き、闘士の歌のリフレインが巻き起こる。

 小さな闘士は赤龍の尾に掴まっていた。

 それまでの様に首筋に掴まっていたら、頭突きの衝撃に巻き込まれるから。

 

「―――赤い瞳が私を待っていることを!」

 

 尾から背へ、背から首へと闘士が駆けあがる。

 龍と共に戦うことを願う歌と共に。

 龍という存在を救うために。

 一切臆さず、前へと進みながら。

 

『―――』

 

 そう、彼はそういう人間なのだ。

 去年の入学試験。

 カルメンは言わば邪魔役だった。

 試験会場となる森を気ままにさまよい、遭遇した試験生に襲い掛かる。

 ある意味運試しであり、どう対処するかを見る為の者。

 当然、龍人という存在を前に誰もが逃亡した。

 それが正しい。

 脅威に対し、立ち向かうだけが全てでは無い。時に逃げることが最善だ。

 だが、エスカは逃げなかった。

 強くないのに。

 何度も叩きのめされたのに。

 彼は何度でも立ち上がり、何度でも向かってきた。

 戦いながら何かに目覚めることもなく。

 それでも決して心が折れること無く前を向き続けた。

 結局それによってカルメンはエスカにくぎ付けになり、彼は本来の試験をクリアすることはできなかった。後からカルメン自身の推薦で合格になったのだが。

 案の定、学園でも良い成績を出すわけでもなかった。

 それでも彼は折れず、腐らず、諦めず。

 

「――――愛が私を待っていることを!」

 

 今もまた、龍の体を駆け、龍へと立ち向かう。

 弱い力のまま。

 強い心を以て。

 それが、誕生の時点で上位種であったカルメンには眩しくてたまらない。

 

「――――龍よ!」

 

 カルメンが知る最も強き闘士が跳ぶ。

 愚直に大剣を振りかぶり、

 

「―――――お前が抱いている愛を!」

 

 鉄龍の逆鱗へと切っ先を叩き込んだ。 

 そして。

 

「っ…………!」

 

「ゴアアアアア!」

 

 僅かに逆鱗を割りながら、奥へと届かない。

 風龍の時の様にはいかない。

 そもそもの逆鱗の強度、風龍の時は重力を味方に着けていたから荷重の全てを叩き込めたというのが大きい。

 エスカ・リーリオという人間単独では届かない。

 そう、彼だけでは。

 

「―――はっ。熱烈な歌だったからのぅ」

 

 だからカルメン・イザベラが共にいるのだ。

 人の形に戻った彼女はエスカを背後から、片腕で抱きしめた。

 自らが宿す熱が少年と溶け合えばいいなんて思いながら。

 それからもう片腕を振りかぶり、

 

「ワシの抱く愛、くれてやろう―――――!」

 

 剣の柄を打撃した。

 

「ゴァァァーーー!」

 

 突き刺さる衝撃。

 昇る絶叫。

 一瞬、全ては静止し、

 

「―――――ゴァ」

 

 最後に声を漏らし、鉄龍から力が抜けた。

 落ちて行く。

 その身に宿した狂気が抜け落ちながら。

 エスカとカルメンもまた重力に従い落ちて行くが、

 

「――――とっ。グラシアス」

 

『うむ』

 

 龍体となったカルメンが彼を背中に乗せる。

 大地には倒れた二体の龍。

 空には一人の人間と一体の龍。

 太陽を背に人間を背に乗せた龍は翼を広げながら咆哮し、龍に乗る闘士は剣を突き上げ、

 

「成し遂げたぜ、龍助け……!」

 

『オオォォォォォォ―――――!』

 

 二つの勝鬨が空に嘶いた。

 

 

 

 

 




エスカ・リーリオ
カルメン・イザベラ
一人と一体のドラゴンライダー。
筆が乗り過ぎて1万字超えてしまいました

ティルアンゼ珊瑚
スーパーエレガント人の薫陶を受け、スーパーてぇてぇ人になりつつある。

不死鳥騎士団団長
ハーフエルフ
パパ世代敗北者七本槍の一人

感想、評価、推薦、お気に入り追加いただけるとモチベになります!!!
もうちょっとで総評価900なので、評価いただけるとありがたいです!

余談ですがハメで投稿してカクヨム経由から応募した別作品の『簡単なことだよ、愛しい人』が電撃大賞の一次選考を通過しました。
どうなるか分かりませんが、今後良い報告ができたらと思います。

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