超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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9話(トリウィア・フロネシス―叡智の深淵―)を読み返すと、味わいが深まるかもしれません


大いなる責任

 王都の大通りを進む馬車は大きく揺れ、尻に敷いたクッションのおかげで最低限の快適さを保てているが、この世界基準ではそれでも最高級の馬車らしかった。

 馬車の小窓から見える人々がどこかそわそわしているのをアルマは見ていた。

 行き交う人々や露天の店先で多くの人がやり取りをしているが、ちらちらと馬車を見ては、視線を外し、何かを話し合っている。

 王都の町並みを見たのは、この世界に来て≪聖なる探し家(ベート・ミドラーシュ)≫へと移動する道中だった。

 その時は、初めて見る異世界に興奮しつつ、思ったよりも地味で殺風景だったことにがっかりしたりもした。

 人々にも活気があるとは言い難く、そのあたりも反応に困るところだった。

 そして、今は活気はないが、暗いというわけでもない。

 

「うーん……?」

 

 アルマはその感覚を言語化しようと思い首を捻るが、結局上手くできなかった。

 

「どうしたんですか、アルマさん。目の下に隈ありますし、眠れなかったんです? 珍しいですね」

 

 隣に座っていたナナヨが問う。

 

「……いや、街が変な雰囲気だなって。なんかあるのかな」

 

「噂が回っているのだよ、勇者が魔王を斃したというな」

 

 答えは対面に腰掛けるカディツルムからだった。

 

「はぁ。でも、魔王討伐の話はまだ民衆には公開しないんじゃなかったんですか? これからの世の中に向けた準備がどうとうかって」

 

 禿頭の老人は鼻を鳴らし、言葉を続ける。

 

「ふん。王都に巣食う豚の都合は金と名誉と、それに金だ。おっと、ナナヨくん。君は別としておこう」

 

「いいですよ別に。否定できませんからね」

 

「……ナナヨ、貴族だったんだ? あんまりそれっぽくないけど」

 

「一応、ってレベルの弱小貴族ですけどね。それで? カディツルム翁」

 

「大した話ではない。確かに君の偉業はまだ公開前の準備中だが、それでも知っている者はいる。そして、貴族というのは口が壊れた錠前よりも軽いものだ」

 

「浪費とおしゃべりが貴族の仕事みたいなものですしね」

 

「ふぅん。そんなもんなんだ」

 

 ぼんやりと頷きつつ、アルマは視線を小窓の外に戻した。

 

 アルマが魔王を斃し、三日が経っていた。

 

 もう三日と言うべきか、まだ三日というべきなのか。

 その間、大したことはなかった。

 魔王を倒し、≪聖なる探し家(ベート・ミドラーシュ)≫に戻ったアルマは諸々の成果をカディツルムに報告し、その日は寝た。

 次の日も特にやることがなかったので、泉でぼんやりしていた。

 そして今日、王城から呼び出されていた。

 

「王様から直々にお褒めの言葉、ねぇ」

 

「名誉あることですけどね、気に入らないんですか?」

 

「気に入らないというか……」

 

 言葉を考えつつ、アルマは腕を組む。

 なんというか、

 

「僕的にはそんなに凄いことをしたって気にならないしなぁ」

 

「そうでもないさ、アルマ」

 

 カディツルムの口元は自重するように歪んでいた。

 だが、瞳はアルマを優しく見つめている。

 

「君の偉業は、我々が長い時の間やり遂げられなかったことだ。誰にも出来なかったことを君は成し遂げた。誇りに思って良いことだ。君は私なんかよりもずっと強い魔縫師だよ」

 

「ん……んんっ」

 

 まっすぐな師の言葉に、アルマは頬を赤くして小さく顎を上げた。

 彼がこんな風に褒めてくれるのは初めてのことだった。

 

「…………です、か」

 

 だから、アルマは初めて達成感を覚えることができた。

 魔王の言葉が引っかかっていてずっと気になっていたが、それでもカディツルムの言葉はすとんと胸に落ちる。

 

「ありがとうございます師匠―――――それならマントとブローチ、くれてもいいんじゃないですか?」

 

「それとこれとは話が別だ」

 

「えーっ」

 

 アルマが唇を尖らせるも、彼は肩を竦める。

 

「君は私よりも強いが、しかし≪至高の魔術師(メイガス・スプリーム)≫を名乗るには足りないものがある」

 

「はぁ、なんですかそれは」

 

「大いなる責任を背負う覚悟だ」

 

 そんなもの、アルマには分からなかった。

 不満に思いつつ、また街を眺める。

 そこで生きている人々を。

 アルマにとっては異世界人たち。

 そう言うと別の生き物のようだが彼らは特に言うことがないくらいに普通だった。

 普通に、彼らは生きている。

 笑っている人も、落ち込んでいる人も、楽しそうな人も、言い争っている人も、明るい人も、暗い人も。

 男も、女も、子供も、青年も、中年も、老人も。

 それぞれの事情なんて、アルマには想像できないけれど。

 それでも。

 彼らには彼らなりの人生があるのだろうな、くらいには。

 今のアルマでも想像ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 王への謁見は、あっけないものだった。 

 恰幅の良い立派な髭と王冠の王様。

 化粧の濃い派手なドレスの女王様。

 王や女王と同じような雰囲気の王子や王女。

 さらに数人の大臣らしき人物と四騎士や魔王を斃したことを報告し、王からお褒めの言葉を頂いた。

 数日後に魔王討伐を国民や他国に知らせ、大々的なパレードをするということも教えられて、それで終わり。

 パレードに向けた内密な談合と言えばそれまでだったが、魔王討伐してこの程度かぁ、と思うのは否めなかった。

 その後の食事も豪華ではあったが、やはり転生してきたアルマには味が合わないものだった。

 そうこうしていたら日も落ちていたので、その日は王城に滞在することになった。

 

「ふーむ……まぁ部屋は豪華……か」

 

 ペルシャ絨毯のような刺繍の細かい絨毯や天蓋付きのベッド、何のためにあるのか良くわからない仕切り。

 部屋は広く、清潔さもあるし、ベッドもふかふか。

 客人用の一室を借りたが、

 

「なんだかなぁ」

 

 居心地の悪さをどうしても感じてしまう。

 ≪聖なる探し家(ベート・ミドラーシュ)≫のアルマの私室はもっと小さく、机とベッド以外は本棚しかない。床にも本を山積みにしていた。

 この世界に来て、魔法の勉強のためにずっと本ばかり読んでいたから、本がないと落ち着かないのかもしれない。

 

「……はぁ。これから、どうしたもんかな」

 

 ベッドに倒れ込みながらアルマはため息を吐く。

 魔王を倒すためにこの世界に呼ばれ、その目的は達成された。

 そうなると、悩むのは今後の生活について。

 やりたいことは、思いつかない。

 魔法の研究をするくらいだろうか。

 しかしそれも、チートを使えば一発で終わってしまう。

 

「転生したって人生ってままならないもんかぁ」

 

 大きなため息を吐いて目を閉じる。

 眠い。

 目の下に隈が出てきてしまうくらいに、この三日間ほとんど眠れていなかった。

 気を抜いてしまえば意識はすぐに沈んでいき、微睡もうとするが、

 

「――――――っ」

 

 どこからか、小さく、けれど確かに三つの喇叭の音が鳴っている。

 初めて聞いた時は一つだけだったのに、三日経てば三つの音が重なっていた。

 それが何なのかわからない。

 耳の奥にかすかにこびり付くような音は普段は聞こえてこない。眠ろうとしてやっと聞こえるようなもの。

 

「なんなんだよ……」

 

 耳障りな音に愚痴を吐きつつ、きつく瞼に力を入れる。

 魔王が言っていたことも意味がわからなかった。

 自分自身の異変を調べる魔法や病気や呪いを解く魔法も意味を成さず、良く分からなかったから放置しているのが現状だ。

 

「掲示板は……ダメだ、あれは役に立たない」

 

 この世界に転生したのはアルマ一人だが、転生者は他にもいる。

 並行世界なのか、世界は他にもあり、転生者同士は脳内の掲示板でやり取りができる。

 できる、が。

 正直役に立たなさすぎる。

 誰も彼も自分の世界の自分の経験を自分のチートを前提に自分の自慢をする。

 誰かが自分の話をすればマウントの取り合いが始まり、それが繰り返されている。

 前世の性質の悪いインターネットとあまり変わらない。

 

「そもそも何十人もいる転生者が一つの掲示板に集まってるのがおかしいんだよな……システムが前時代すぎる……サーバーとかスレッドとかで分けろって……」

 

 ぶつぶつ文句言いながら、寝返りを打つ。

 そのまましばらく、アルマはベッドの上でじっとしていた。

 眠りたいが眠れない。

 スマートフォンでもあればそれを弄っていただろうが、そんなものはこの世界には無い。

 だから、居心地の悪さに耐え、ただ時間がすぎるのを待ち続けて。

 

 部屋の扉が、静かに開かれた音を聞いた。

 

「んぁ……?」

 

 ぼんやりと呆けていた意識が浮上し、

 

「――――なんだ、起きてたのか?」

 

 思考が不理解と戸惑いで埋め尽くされた。

 帯剣をした騎士甲冑の男が三人。

 静かに入ってきた彼らは、アルマが起きていると見た途端に意外そうな声を出した。

 

「どうしますか」

 

「やること変わらねぇだろ、さっさと終わらせようぜ」

 

「……は? え? ……だ、れ?」

 

 兜を被っていないから素顔を晒しているが、見覚えのない顔だった。

 中年が二人、若者が一人。

 

「なっ……なんだこんな時間に!」

 

 夜遅くに無断で部屋へと押し入られたという状況を、アルマはやっと理解した。

 だが、その意味を考えるよりも速く、乱入者たちに向けて手を掲げ、

 

「―――――あれ?」

 

 魔法が、使えなかった。

 相手を拘束する、単純な魔法だった。

 今更アルマが失敗するはずもない。

 なのに、発動しない。

 何度も手を振って、再発動しようとしても結果は変わらなかった。

 

「なんっ……なんでっ、僕が失敗する、はずがっ!」

 

 初めてのことに戸惑い、焦り、思考が回らなくなる。

 

「――――ぷっ」

 

 そんな彼女を、

 

「ぶはははは! すげぇな、こんなにも無様かよ勇者様が!」

 

「くっ……ダメですよ先輩、くくっ……仕方ないでしょう、彼女は≪魔縫師≫ですからね。魔法が使えなきゃなにもできませんよ」

 

「はっ、だから≪魔縫師≫ってのはダメだな」

 

 最後の男の目には侮蔑が宿っていた。

 ニタニタと、二人の男は笑っている。

 彼らもアルマを見下しているが、その瞳には以上に強い感情があった。

 

「―――――ぁ」

 

 ぞわり、と背筋に感じたことのない怖気が走る。

 

「さっさと済ませよう」

 

「おいおい。せっかくの勇者様だぜぇ。もったいないだろが」

 

「はぁ? お前……ガキだぞこれ」

 

「ガキでも勇者様だ。だったら抱き潰してもおもしろいじゃねぇの。顔は随分と良いしなぁ、そうだろう?」

 

「いやー先輩、俺は案外イケますよ。このくらいでも」

 

「まじかお前、きもいな。がははは!」

 

「………………なんでも良いからさっさと済ませろ」

 

「おぉ! 努力するわ!」

 

「へへっ、約得役得」

 

 呆れ気味に一人の男は壁に持たれた。

 だが、二人はへらへらと笑いながらベットに座るアルマへと無造作に近づいてくる。

 彼女の体を、舐め回すような視線で犯しつつ。

 

「ひっ」

 

 引きつった短い悲鳴がこぼれる。

 前世から含めて、生まれて初めて発するものだった。

 自分が、情欲の対象と見られているという自覚。

 初めて会う相手が、自分の肩書と外見だけに発情し、それを処理しようとしていることがアルマには理解できなかった。

 前世では、まともな色恋の経験なんてない。

 今の体は十代前半くらい。この二ヶ月では生理も来なかったから、まだ女性として未発達な肉体で、性自認すら確立していなかった。

 

「や、やめっ……」

 

 四騎士や魔王を全く恐れなかったアルマは、初めて恐怖というものを覚えていた。

 性差から来る原始的な本能。

 レイプ、強姦といった前世では知識としてだけ知っていた言葉が過る。

 襲われたら抵抗してはいけない、なんて言葉を前世のインターネットで見たことがあった。

 抵抗すれば、殺される可能性が高まり、その方が危ないのだから、我慢をした方が良い、というもの。

 

「ぁ……ぁぁっ……!」

 

 それでも、アルマは反射的に逃げなきゃ、と思った。

 恐怖と嫌悪感。

 今から自分はこれまで考えもしなかった目にあって殺されるという予感に、無抵抗なんて選択肢は選べなかった。

 だが、体は言うことを効かなかった。

 ベッドの上で無様に体を震わせるだけで、

 

「動くなよぉ勇者様!」

 

「うぁっ!?」

 

 平手打ちがアルマの頬を叩く。

 視界が揺れ、ベッドから転げ落ちた。

 

「ちょっと先輩、せっかく顔が良いんですから傷つけないでくださいよ」

 

「ばっかお前。だから興奮するんだろ」

 

 鎧のパーツを外しながら、男たちは笑う。

 残った一人もつまらなさそうに壁際で退屈そうにしているだけ。

 

「さぁて、勇者様はどんな声で鳴いてくれるのかなぁ!」

 

 男が倒れたアルマへと手を伸ばし、

 

「ぶべっ」

 

 その頭に、横から剣が突き刺さった。

 

「――――下衆が」

 

 声は、扉からだった。

 低く、冷たい声。

 誰にも気づかれることなく、ナナヨは扉の前に立っていた。

 剣を投げつけたナナヨは、アルマに手を伸ばしていた男が彼女の隣に倒れた時には既に動いていた。

 桃色の髪が揺れる。

 

「おまっ……掃除屋のっ……!?」

 

 壁にもたれかかっていた男は慌てて腰の剣に手を伸ばす。

 だが、彼が抜剣するよりも速く、ナナヨはその頭を鷲掴みにし、壁に叩きつけ、

 

「――――」

 

 声が上がるよりも先に、掌から放出した魔力で頭部を粉砕した。

 続け、振り向きざまに手刀を最後に残った一人へと振るった。

 放たれたのは魔力の斬撃だった。

 魔縫師のように、魔力を糸で紡いで術式を作るのではない。

 手刀を振った軌道に、魔力を線として放つ。

 それがこの世界の、魔縫師ではない戦士の戦い方だった。

 

「はぁ、なに――――が、あ?」

 

 そして、戦士としてナナヨは極めて質の高い戦士だった。

 放った魔力の線は最後の一人の首だけを綺麗に切断する。

 ごとり、と首が落ちた。

 

「――――ふぅ」

 

 一瞬で男たちを殺したナナヨは一つ息を吐き、

 

「アルマさん、大丈夫ですか!?」

 

「っ……な、ナナヨ……?」

 

 震えながら、アルマは見知った少女を見た。

 良く見れば、革鎧の少女はあちこちに返り血を浴びている。

 明らかに、今のやり取りで付くはずのものでないものあった。

 

「何が、起きて……? 僕、魔法が、使えなく、て」

 

 自分が喋っているのが信じられないような、たどたどしい喋り方。

 体もまた、同じように勝手に震えてしまっている。

 

「っ……すみません、遅れてしまって。まさか、こんなことになるなんて……」

 

 ナナヨは唇を噛む。

 

「ですが、すみません。今すぐカディツルム翁と合流しましょう。一先ずここに来るまでの道は片付けましたけど、危険が無くなったわけではないです」

 

「なにが……」

 

「………………こんなこと、アルマさんに言うなんて、厚顔無恥も甚だしいんですが」

 

 ナナヨは一度目を伏せ、今にも泣きそうな顔で言った。

 

「この国は、あなたを殺そうとしています」

 

 

 

 

 

 

「アルマさんが魔法を使えないのは、城の全域に≪糸絡み≫の呪いが展開されているせいです」

 

 アルマの手を引き、人気のない廊下を進みながらナナヨは言葉を紡いだ。

 途中、何度か騎士と遭遇したがナナヨが全て殺していた。

 

「魔力を編む≪魔縫師≫の魔法とは違う、古代のアーティファクト……カディツルム翁のマントやブローチと同じようなものの力のせいで、魔力を編むことが出来ないようにされているんです」

 

「なんで、そんなことを」

 

 アルマは現状を受け入れきれないようだった。

 無理もない。

 彼女は何も知らない。

 この世界に召喚され、この世界のために魔法を学び、この世界に魔王を斃したはずなのに。

 殺されるなんて。

 そんなことを、自分が生まれた国が行おうとしているのが、ナナヨには信じられないし、許せない。

 

「……アルマさんとカディツルム翁を殺すため、です」

 

「どうして」

 

「≪アイルトメギ教団≫とこのスーセフィエ王国は、アルマさんが考えるよりずっと関係が険悪なんで……いえ、今はそれどころじゃないです」

 

「なら……」

 

 アルマが立ち止まった。

 手を繋いでたからナナヨも止まることになり、振り返り、

 

「ナナヨは、僕の味方なの……?」

 

 怯える少女を見た。

 魔王を斃し、世界を救った勇者には見えない。

 命を狙われ、力も使えないただの少女。

 そこに込められた悲痛さに、噛み締めたナナヨの唇から血が流れ出す。

 

「っ……!」

 

 本当のことを言えば―――――ナナヨはアルマを殺すために、アルマの付き人になっていた。

 

「私は……」

 

 特務執行騎士。

 それがナナヨの肩書であり、騎士とは付くがその実態はただの暗殺者だ。

 騎士道も正義もない。

 国の邪魔になりうる存在、或いは王家にとって都合の悪い貴族や商人を殺す掃除屋。

 悪人を助け、善人を殺してきた。

 逆になることは、少ない。

 そこにあるのは王家にとって利害の生むであり、ナナヨはただ任務をこなすだけ。

 

 ナナヨの家は、貴族としては格が低く、そこで生まれた女はどこか他の家の第二だか第三婦人になるくらい。

 腕っぷしだけは際立ったナナヨに増やせた選択肢は、その戦う力で国に仕えることだけだった。

 

 そういう生き方しか、できなかったのだ。

 だとしても。

 

「私は、アルマさんの味方です」

 

 それでも、ナナヨはアルマの味方であることを選んだ。

 召喚された勇者が役に立たなかったり、邪魔になるのなら殺すように命令を受けていた。

 でも、アルマはそういう人間ではなかった。

 魔法の研究に没頭し、それ以外のことに興味は無く、居眠り癖もあるけれど。

 

「あなたはこの世界を救ってくれました。なのに、この世界の都合で殺されるなんて、あっていいはずがない」

 

 この世界が、この世界の都合でアルマを排除するのなら。

 自分は、自分の都合でアルマの味方になろう。

 ただ、そう思っただけのことだ。

 

「だから、助けさせてください」

 

 縋るような言葉が出てしまっていた。

 傷ついた少女を安心させたかっただけなのに。

 ただ命じられたことを、命じられたままに受け流されてきた彼女には、どうして良いか分からなかった。

 なのに、

 

「……わかった。今は、ナナヨを信じるよ」

 

 アルマは、小さく笑っていた。

 

「アルマ、さん」

 

 自分が醜く思えてしまうほどに、彼女に優しく笑っていた。

 

「ぁあ―――」

 

 喉が震える。

 そう、アルマ・スペイシアは勇者だけれど。

 この世界を救った救世主だけれど。

 それでも彼女はどこまでも無垢な少女なのだ。

 アリナトアの事情や所属の立場を知らず、ナナヨも自分のことを話しているわけではない。

 彼女はただ、今のナナヨの言動から信じてくれたのだろう。

 不安で潤んでいながら赤く輝く瞳は、宝石のように綺麗だった。

 彼女はまだ、穢れを知らない。

 だから、思わず泣きそうになって、

 

「行きましょう」

 

 彼女の手を引き、歩き出す。

 せめて、その信頼に応えるために。

 

 

 

 

 

 

「やぁ。君たちも生きていて何よりだ」

 

「師匠!?」

 

 廊下の角、彼は壁に背中を預け、血で濡れた剣を片手に、カディツルムは座り込んでいた。

 口元と胸からは大量の血を流し、顔色は酷く青い。

 周りには、騎士の死体が数人転がっている。

 

「なんでっ、何があって……!?」

 

「まだ理解していないのか? 魔法が封じられて襲われた。だから徒手空拳で反撃したまでだ。相手の剣を奪ったりしてな。≪魔縫師≫だからといって白兵技能をおろそかにしてはいけない」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ! ナナヨ、応急処置とか、手当とか……!」

 

 だが、ナナヨは動かなかった。

 

「……アルマさん、彼は、もう」

 

 目を逸らしたナナヨの声は、なんとか絞り出したというようなものだった。

 

「そんな……!」

 

「いいんだ、アルマ。最早仕方ない」

 

「何がいいんですか!? なんで……なんでこんな事になって……!」

 

「君が思うほど、教団と国の関係は良いものではない。信頼できない味方なんぞ、持つものではなかったな」

 

「なんですかそれ……!」

 

 アルマは分かっていなかった。

 ≪アイルトメギ教団≫は国家の垣根を超えた≪魔縫師≫ギルドであり、時に国家を上回る力と歴史を持つということの意味を。

 魔王の存在がアリナトアの七つの国家に、≪アイルトメギ教団≫の存在を許しせざるを得なかった。

 だが、その魔王が無くなってしまったのだ。

 そうなってしまえばスーセフィエは教団の存在を許してはおかない。

 

「……ふっ。私の認識が甘かった。まさか、ここまでするとはな。情けない」

 

 或いは、信じたかったのかもしれない。

 この世界の問題に、異世界から召喚したただの少女を巻き込むなんて。

 

「アルマ、君は逃げろ。身を隠して、自分の世界に帰る方法を探すといい」

 

「師匠、そんなこと言わないでくださいっ。師匠も一緒に……っ!」

 

「やつらの狙いは僕と君だろうが、私の首さえ獲った上で、君が表舞台に出なければ国も満足するだろう。どうせ別の人間を勇者に仕立て上げて、話を盛り上げるだけだ。連中は、自分たちが魔王を倒したという大義名分が欲しいんだから」

 

「なんですかそれ! そんなことしても僕は……僕、は……?」

 

 アルマの言葉が止まり、赤い瞳が揺れる。

 

「――――僕の、せいなんですか?」

 

「違う」

 

「僕が、魔王を倒したから、こんなことに? 僕が……僕の、せい? それで、師匠がこんな、風に。師匠が言っていた、大いなる責任、って、そういう……!?」

 

「違う」

 

 思わずカディツルムは苦笑してしまった。

 ついさっきまで分かっていないと思ったのに。

 理解をしたというよりも、ふと思いついてしまったのだろう。

 この世界を知らないというだけで、馬鹿ではないのだ。

 そして、追い詰められてしまっているから悪い考えをしてしまっている。

 

「いいか、アルマ・スペイシア」

 

 彼は、彼女を見つめた。

 まっすぐに。

 その赤い瞳を。

 

「君は強い。私よりも。間違いなくこの世界最強の≪魔縫師≫だ」

 

 だが、

 

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 伝えなければならない。

 

「力があるから、何事かを成さなければならないのではない。何事かを成す強き者が尊く、何もなせない弱き者が卑しいわけではない。あるのはただ、結果だ。選択と決断の果てだけが全てを語る」

 

 いいか、と死にかけの老人は未だ幼い少女の頭を優しく撫でた。

 震える手で、震える少女を。

 

「君は、この世界を救った。もう、やり遂げたんだ。やる必要のない使命をな。だから、君はもう自由だ。何を為してもいいし、何も成さなくてもいい。周りの人間のことなど忘れろ」

 

 だから、

 

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「し、師匠……」

 

「……あぁ、だがまぁ疲れたな」

 

 カディツルムは胸にぶら下がっていたブローチを外し、

 

「これは君にやろう。選別だ、これから始まる君の楽しい人生に」

 

 アルマの首に掛ける。

 ≪流れ出づる瞳(アイン・アツィルト)≫。

 ≪アイルトメギ教団≫の主である≪至高の魔術師(メイガス・スプリーム)≫だけが持つことを許された至高の魔法具。

 だが、ただの少女が持つならば、それはただの道具に過ぎない。

 

「あぁ、それとマントもだな。彼女を頼む」

 

 羽織っていた赤いマントがするりとカディツルムの形から抜け、アルマの肩に優しく降り立つ。

 言葉は話せなくても自我を持った魔法具だ。

 彼女の今後の助けになるだろう。

 

「師匠……っ」

 

 彼女は泣いていた。

 人形のような顔を歪め、泣いている。

 申し訳ないな、と思う。

 勝手に召喚して、勝手に戦わせて、勝手に命を狙われて、勝手に泣かせるなんて。

 

「……すまない、アルマ」

 

 それでも。

 それでも願わずにはいられなかった。

 

「どうか、君の未来に――――希望が溢れんことを」

 

 あぁ、全く、最後の言葉でさえも勝手だなぁ、と思いながら。

 命が尽きる瞬間まで、彼は彼女の魂が救われることを願っていた。

 

 




アルマ
泣いている少女

ナナヨ
ただ、アルマの幸福を願う

カディツルム
その言葉は、彼女の中で生き続ける



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