超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
ミシェル・オリヴィエは可憐なれど華美ではない少女だった。
両親は知らず、ファルコルム王国の片田舎の教会にて孤児として育った。
幼少期は平々凡々としか言えないような人生を過ごしつつ、教会の神父からは辺境の子としては類を見ない教育を受けさせてもらった。
もう数年も経てば、幼馴染の少年と結婚し、子供を生み、育て、死ぬ。
そう思っていた。
その淡い将来への予想は、ある日突然覆る。
王都から訪れた神父の旧友が、ミシェルのある才能を見出し、王都の学園へと推薦してくれたのだ。
それにより少女の人生は一度目の転機を迎える。
慎ましやかな田舎から、華やかな都会へ。
新生活への不安はあった。
王都の魔法学園は貴族の淑女たちの通うものであり、自分のような田舎者が馴染めるのかと。
結果的に、その心配は杞憂だった。
学園のお嬢様たちは優しく、麗しく、自分のような田舎者に様々なことを教えてくれた。
ミシェルの持つ才能を評価し、友人として受け入れてくれた。
来てよかったと思った。
だが、入学してしばらくして、ミシェルはある事実を知った。
ミシェル・オリヴィエは――――前国王の、庶子だったのだ。
晩年の前国王と女中の間に生まれた不義の子。
それゆえに母は王都を出て、片田舎に隠遁とし、ミシェルを育てるつもりだったが流行り病で亡くなってしまった。
ミシェルは今更王女としての立場などに興味はなかったが、周りはそうは思わない。
帝国との戦争はなく、国防は≪特級≫という超越者によって盤石だとしても、だからこそ国内、王侯貴族には権謀術数は渦巻いていた。
それにより在学中でありながら暗殺者が差し向けられたのだ。
ミシェル自身に暗殺を防ぐ術はなく、何も出来ずに殺されようとした。
そんな時現れたのが、マリエル・デュ・アルトーネだった。
それまでは単なるクラスメイトの一人でしかなかった。
魔法を使えない体質の彼女は日々の授業で苦戦しつつ、周りの教えを受けながらなんとか頑張っていて、同時にどこか達観したというか大人びた人だった。
そんな彼女は魔法を用いず、暗殺者を容易く殴り飛ばし、ミシェルを救ってくれた。
ただ、驚き、戸惑うだけだった。
だが、それからも暗殺者の襲来は続き、その度にマリエルに守ってもらい、そして―――、
「私は気付いたのです。その後に続く『譜宴清寓四令嬢凶』、『大清楚八嬢覇』、さらには『王帝双嬢洛陽舞踏』を通し、私はお姉様こそ私が追うべき背中だと――――!」
「ごめん、ちょっとタイム」
●
「はい、なんでしょう?」
足を開き、足を伸ばしていたフォンは思わず声を上げた。
その先は背中を押してくれているミシェルに対してのもの。
早朝、澄んだ空気の中、フォンとミシェルは柔軟体操を行なっていた。
広大な庭を持つエスオルト邸だが、その庭園は正面と両側だけであり、屋敷の真後ろは練兵場となっていた。
単純な面積でいえば庭園の三分の一ほどだが、それでも広い。
練兵場中央ではエスオルト領の騎士らしき集団が訓練を行っている。
それを横目に、フォンたちは練兵場の隅に集まっていた。
「いや……なんというか……情報量、多くない? 昨日からだけどさ。フェンシング……なんて?」
「『譜宴清寓四令嬢凶』、『大清楚八嬢覇』、そして『王帝双嬢洛陽舞踏』です」
「何もわからない」
当然のようにその難しい単語を口にするミシェルは体操服にブルマ、対してフォンはタンクトップに膝下までのレギンス。
どちらも動きやすさ重視で、ミシェルの格好は学校の運動着らしい。
「令嬢ものかと思ったら往年の武侠……? ヤンキー世界だったのにゃ……」
二人の正面で右肩を左腕で押さえてストレッチするナギサは薄手で妙な光沢のあるーーポリエステルだとかカーボンだとかケブラーだとか、近未来組特有のーー素材のハイネックのアンダーウェアの上からパーカー、短パンに加えてフォンとよく似た、ただしやはり素材に時代の差を感じるレギンスを着用している。
アイドルとしてのトレーニングウェアだとかなんとか。
「余はそういうの、嫌いではないぞ。むしろ好ましい」
ロックの方は上半身裸に質素なズボンといういつも通りといえばいつも通りな格好だった。
別の世界の王様らしいが、身に纏うものはシンプル極まっている。
「ぬぅん……! 朝の空気に我が僧帽筋も喜んでおる……!」
服装はシンプルだったが、発言と筋肉はうるさかった。
まぁ、それはもういいとして、
「つまり、ミシェルはマリエルと仲良くなったってわけだ」
「要約の天才かにゃ?」
「仲良くなったなんてとんでもない! 私は己の力不足を恥入り、お姉様に弟子入りをしたんです……! 淑女いえど、否! 淑女だからこそ立ち塞がる壁を発勁で吹き飛ばさねばならぬと!!」」
「そっかぁ」
文化差って恐ろしい。
淑女ってそういうものだったけ?
そう思ったフォンだったが、知り合いでそういう淑女系列といえば無敵のプリンセスではあるが肉欲大爆発の姉気分、腹黒ヤンデレ厨二病シスター、さらにはエレガントとかいう謎パラメーターで世界を見ている女傑やらで、冷静に考えるとまともな令嬢とかいなかったかもしれない。
トリウィアも貴族令嬢ではあるが、あれはトリウィアという別ジャンル判定なので置いておくとする。
●
【悪魔先輩:おや? 今、フォンさんから何かセメント的何かを向けられた気がしますが、まぁいいでしょう―――それがフォンさんの愛情表現だからね】
【サイバーヤクザい師:おおおおおおい! 戦闘中に電波飛ばすナよ!!】
【病ん姫:あ、ちょっと、死―――】
【唸る後輩:ヴィーテーーーー!?】
●
やかましい文言が脳裏をよぎったが、メッセージ飛ばせるなら余裕があるということだ。
再び体を前に倒し、ミシェルが背中を押してくれるのに感謝しつつ、
「王族がどうこうってのは話してよかったの? 私達はめっちゃ遠いところから来たから関係ないっちゃないんだけど」
「はい。『王帝双嬢洛陽舞踏』に私がぶちまけましたし、その後お姉様が≪特級≫を受ける時、私の身分の処理も色々してくれまして。現状、私には王位継承権等、血筋による特権は完全に排除されました」
「ほー」
「私の血を利用した場合、≪特級≫が殴り込みに来るという脅しが生まれたので、まぁとりあえず問題ないと思います」
「聞く限り≪特級≫って完全兵器扱いだし、それなら効果的ってわけかにゃ」
「なるほどなー」
色々あるらしい。
フォンの生まれた亜人連合はそのあたりシンプルだったので、未だに理解が及ばない。
「んー」
体を前に強く押し込み、背中にミシェルからの圧力を感じつつ、
「よし!」
反発で体を起こし、両足に力を込めてその場で飛び上がる。
「わっ」
ミシェルの驚く声を聞きつつ、中空で一回転して両足から着地。
両手を空に伸ばして体を伸ばす。
「……と、とても身軽なのですね」
「それが取り柄だからね。それはそうと、ミシェルはマリエルと同じ流派を使ってるの?」
「えぇ。お姉様に教えていただいていると言うべきですが。私は魔法に関しては治癒系が得意で、それでなんとか戦えるようになったという感じです」
「なるほどね。だったら、聞きたいことがあるんだけどさ」
それは、
「マリエルってさ、ゆっくり速く動くじゃん。あれ、どういう動きなんだろ?」
●
「ゆっくり速く、かにゃ?」
「そうそう。最初のローランの時とか、ミシェルと拳ぶつけ合ってた時も」
首を傾けたナギサに、フォンは頷きながら思い出す。
昨日、二度見たマリエルの挙動を。
フォンの目でも追いきれないほど高速で動きつつ、しかし肉体可動はゆるやかに。
矛盾した動きがどうしても引っかかっている。
「ナギサとかロックに聞きたかったし、同門のミシェルならなんかわかんないかな」
歌って踊るナギサだが、同時に格闘技能も長けているし、ロックは見ての通り筋肉だ。
「ふむ……それは、マリエルには聞いたのであるか?」
「聞こうかと思ったけどさぁ。昨日はほら、マリエルがあぁだったし……」
ミシェルが現れた後、フォンも聞きたいとは思っていた。
だが、
「そんなこと聞けるタイミングじゃなかったってのはあるかもにゃー」
「ぐぎぎ……!」
マリエルとローランはずっといちゃいちゃしていて、聞けるような雰囲気はなかった。
「あれは、ウィルやフォンたちとはまた違ったいちゃつきの仕方であったな」
「難しいこと言っててよくわかんなかったけど、いちゃついているのだけはわかったよ」
色々な言葉を駆使して互いを褒め合い、妙に色気のある空気を漂わせていた。
夜も二人ですぐに寝室へ消えていったし。
「久しぶりに会ったらしいし、そこの時間は尊重したいよね」
フォンとしてはウィルと長い間離れ離れになったことはないが、ここ三ヶ月はそれぞれ王都の復興のために忙しくて、のんびりする時間がなくて寂しかったのは記憶に新しい。
「ま、そんなわけでまずは自分で考えて……みたけど、よくわからなかったから、詳しそうな三人に聞いてみようってわけさ」
「なるほどのぅ」
ロックは右手を顎に添え、
「うむ、フォンよ」
「うん」
ニッカリ、と白い歯を見せて笑った。
「全くわからん」
「あっれ」
「私もわからないにゃー」
「すみません、私も覚えがありませんね」
「あっれー!?」
●
ナギサはフォンの話を改めて、詳しく聞きながら、自分から見たマリエルの挙動を思い出す。
「そのゆっくりだけど、速い? やっぱりよくわからんにゃー。私からしたら、コマ送りって感じで見えてるし」
「おっ、我もそのようなものだな」
「私としてはお姉様の動きは目にも止まらない、風光明媚で疾風迅雷のよう……」
「目にも止まらないのに風光明媚なのは変じゃないかにゃ?」
言いつつ、ナギサは腕を組んだ。
「うーん、推測込みになるけど、いいかにゃ?」
「おっ、もちろんもちろん」
「そうだにゃあ」
ナギサの近接格闘技術はプロデューサーである大和猛から教わったものだ。
かつては獣のようにしか戦えず、自らの傷を厭わなかったナギサに、彼女自身のみを守るための技術として彼が教え込んでくれた。
ナギサの世界、アース572において≪シンフォニウム粒子≫を用いなければ人類最強の一角である益荒男。
そんな男の弟子であるからこそ、推測できることがあった。
「フォンは奇妙なスロー再生、私と王様はコマ送り、ミシェルはまともに目で追えない。この違い―――私たちの動体視力の差だと思うにゃ」
ナギサもロックも近接職だから動体視力は高い。
だが、超音速、時にはそれ以上の速度帯で戦闘を行うフォンほどではないだろう。
拳士としては未熟であろうミシェルはまだそのあたりが育っていない。
だから、見えるものが違う。
「私や王様は全部を目で追いきれないけど、コマの部分部分から行動を予測とか理解することができるにゃ。経験とか知識とかからにゃ。だけど、フォンは格闘戦を学びだしたのは去年からだし、そもそも種族としての経験の違いもあるから、目で追えるけど、頭の中で処理ができないってことじゃないかにゃ?」
「えーと……私は目では追えてるけど、動作が理解できてないから変に見えるってこと?」
「つまりそういうことだと思うにゃ? 言ってみれば目の錯覚って感じかにゃ」
「ふーむ?」
「あまり納得は出来ていなさそうであるな」
「まぁ、なーんかやたら気になったから錯覚だった、ってのはね」
「気持ちはわからなくもにゃいけど。そもそもマリエル、魔法とか使えないし、体術の原理的にはさほど難しいことはしていないと思うんよにゃ」
「あ、それはお姉様もよく言っていましたね」
小さくミシェルは手を上げ、
「『私のしていることは誰でもできることで、私はそれをちょっと上手く、効率良くやっているだけですわ』、と。正直、私や私の友人も含め誰も納得できませんでしたけど」
「武、ってそういうもんだからにゃ」
人間が研鑽した技術は、極論誰でも再現可能なものだ。
才能の多寡は武においては、強さには直結しつつも、武という研鑽には関係ないと、ナギサは思う。
「まー、フォンがどうしても気になるとするんだったにゃら、それはその妙な見え方が、フォンにとってはなにか重要な気付きになり得るってことかもしれないにゃあ」
「私にとっては重要な……、か」
鳥の少女は数秒空を見上げ、視線を戻して破顔する。
「ありがとね、ナギサ。参考になったよ」
「いってことにゃ。私達はいつだってフォンたちの力になれることを何よりとしているからにゃ……!」
「うむ……!」
「その気持ち、わかります! 私もお姉様の力になりたいといつも思っていますから……!」
「うん、そのノリはちょっと困るけど……」
フォンは苦笑し、ふと、小さく首を傾けた。
その動きがウィルに似ていて、ポイントが高い。
「にしても、ナギサも思ったより詳しかったね」
「アイドルというのは歌やダンス、外見以外にも何かしらの専門がないとやっていけないものにゃ。私の場合はアイドル式武術だったというわけにゃ」
「へぇ、アイドルってすごいんだね!」
●
「ほ、本当にすごいんですよね、あなたは……?」
クーフェイは不審げに問いを口にした。
背の低い草が生えた、小高い丘という車椅子には適さないような場所だが、車椅子の少女は気にした様子はない。
『悪しからず』
答えたのは、みすぼらしい鎧姿だった。
二メートルほどの大きな全身鎧はアース785で一般的な西洋風のものではなく、どこか中華風の装いがあるものであり、明光鎧と呼ばれるものによく似ていた。
だが、細かい装飾は泥や埃、錆のような汚れによって覆われている。
頭部も兜を被っていて、顔には牛のような面がはめられ、隠してしまっていた。
ただ、本来目が見えるはずのところに、鈍い赤い光が二つ揺らめいているだけ。
『
声は低く、歪んでおり、声の主の性別や年齢を感じさせないものだ。
「は、はぁ……」
やはり、どう見ても小汚い鎧姿にしか見えない。
だが、そうだとしても、
「だ、≪
『然り。其が吾を示す名である』
世界を食らう埒外の超常存在であることに間違いはない。
クーフェイはラーヴァナとウィリアムの手引きにより、あっさりと邂逅することができた。
意思疎通に関してもまるで問題なく、やたら距離感を詰めてこようとする魔王に比べれば、どこか朴訥とした蚩尤の方が親しみやすいとさえ言える。
いくつかの街を経由してきたが、鎧の形の物珍しさと汚さから奇異の目を向けられることもありつつも、他人に危害を加えるようなこともなかった。
「あ、あまり……世界を食らうっていう謳い文句のわりには、大人しいですね……?」
『愚問。もはや吾は、魔王の理に囚われている。これが初めてではない』
面の奥から淡々とした声が響く。
『なれば無駄な足掻きは不要。魔王の舞台の演者となれば、奴の認めた勇者と、その仲間と死合うことができるのならば吾に異論はない』
「け、結構ノリがいいんですね……」
『吾が望むのは暴食や破壊に在らず。――――ただ、武の果てである』
「は、はぁ……」
なんかかっこいい気もするが、言っているのはボロ鎧なのでなんとも格好がつかない。
「ま、まあいいですよ……。そ、それで今から向かうんですよね……?」
クーフェイが視線を向けたのは丘の先。
そこには、エスオルトの町並みが広がっている。
『左様、少女よ。ここまでの案内、感謝する』
「ど、どうやって登場するんですか? ラ、ラーヴァナは派手に天を割りましたけど……」
『無論、正面から』
「しょ、正面から殴り込むわけですか……?」
『……? お主、何を言っているのか』
蚩尤はクーフェイを見下ろし、不思議そうに続けた。
『貴様が示した相手は、この地一帯の主であるという。ならば、まずは拝するのが礼。彼の屋敷に赴き、正面から正門の戸を叩く所存』
「………………の、ノックするって言ってます……?」
『然り。のっくするのだ』