超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
それは、フォンたちが朝食を楽しんでいる時だった。
マリエルとローランは仲睦まじく、ロックとナギサは栄養素のバランスについて語り合い、フォンはミシェルからこの世界のテーブルマナーを教えてもらっていた。
「お客様が参られました」
彼女たちにそう報告したのは侍女の一人だ。
昨日、ミシェルの来訪を教えてくれた人物でもあるが、
「なんかデジャブにゃー」
「マリエル? まだミシェルみたいな人がいるの?」
「お姉様の自称妹はたくさんいますよ」
「改めて言われると恐ろしいのですが……ローラン?」
「この時間にお客の予定はなかったかな。侍女長?」
「はい。来客の予定はなかったのですが……」
そこで一瞬、彼女は迷いつつ、
「明らかに、私の常識とは違う鎧姿の方が正門をノックされ、旦那様に面会を願っています」
「――――ふむ」
侍女の言葉に、ミシェル以外の四人が視線を合わせ、
「…………ノック?」
「このお屋敷の門って柵タイプのやつだったにゃ?」
「まぁノックできなくもないであろうが」
「随分と律儀な……いえ、ローランに面会するのに正門ノックという手段を選ばないですし、ある意味非常識といえましょうか」
フォンたちがノックという事実に声を落として話し合っている間、ミシェルが小さく手を上げて、侍女に問いかけた。
「それで、その人は何者なんでしょうか?」
「はい、シユウ、と名乗っていました」
「………………」
「変わった名前なんですね」
「変わった人……? ではありました。何者でしょうか」
「聞き覚えのある名前だね、マリエル?」
そして、マリエル、フォン、ロック、ナギサはまたもや視線を交わし合い、叫んだ。
「ラスボスだー!」
●
『――――吾が、蚩尤である』
屋敷の前、噴水を背にして、鎧が両膝を突き、腿の前に手を添えてるのをマリエルは見た。
へりくだっているというよりは、単に待ち構えていたという風合いだ。
それを前に、マリエルたちが並んでいる。
屋敷の使用人たちを避難させていた。
「……これが、例の上位種なんかにゃー?」
小さい声でナギサが呟いたが、マリエルも同感だった。
外見上は汚い中華風の鎧姿にしか見えない。
【鳥ちゃん:ていうかマリエル】
【スデゴロお嬢様:なんでしょう】
【鳥ちゃん:勢いでこう来たけど、ミシェルは連れてきてよかったの? あぶなくない? もっというとこのお屋敷で戦闘になるかもしれないのも大丈夫そう?】
【スデゴロお嬢様:あぁ……】
マリエルは横目、自分の妹を名乗る同級生を視線の端に置く。
確かに、彼女は自分たちのような戦闘力は期待できない。
だが、
【スデゴロお嬢様:問題ないです。あれで存外役に立ちますから。揉め事に巻き込まれるのも慣れていますし。危なくなったら勝手ににげるでしょう】
【暗殺王:結構シビアであるな】
【スデゴロお嬢様:そもそも勝手に来てるんですから、どうなろうと彼女の自己責任です】
【アイドル無双覇者:超シビアだにゃあ】
そういうものだと、マリエルは思っている。
姉なんて呼ばれているが、彼女を庇護してきたつもりはない。
「ふむ」
一歩、ローランが前に出る。
「蚩尤殿、どんなご要件で?」
『吾は、強者との果たし合いを所望するものである。ご領主殿』
「そのためにわざわざ正面から門を叩いたのかい? 律儀だね」
『武人故。無頼の身なれど、最低限の礼は尽くさんと願う』
「それで――――俺に喧嘩を売りに来た、ということで間違いないのかな」
薄幸の美青年はいつも通りに微笑み、蚩尤を前にしてそれは揺らがない。
『然り。汝、この世界における強者であると聞き及び、馳せ参じた――――だが』
「うん?」
蚩尤の面が、横にズレ、
「あら?」
『汝』
揺らめく眼光がマリエルへと向けられ、
『吾は、汝との死合いを何よりも所望する』
その顔面に光の剣が叩きつけられた。
●
「んんっ!?」
フォンは視界外から飛来した光剣に思わず声を上げた。
油断はしていなかった。
むしろ、蚩尤の一挙手一投足を注視し、鎧姿がいつ動いても反応できるように警戒していた。
だが、だからこそ、真横、ないしは背後からの光剣には驚いてしまったのだ。
「やれやれ、酷い話じゃないか蚩尤殿」
ローランが一歩前に出る。
「俺と殺し合いをしたいと言っていたのに、あろうことかその俺を差し置いて、俺の婚約者に目をつけるなんて」
いや、と彼は口端を持ち上げ、
「それで俺をやる気にさせたいというのなら――――実に、あなたは聡明だ」
いつの間にか握っていた短剣状の杖を軽く振るう。
その短剣杖の軌道上、彼の周囲に光剣が十本出現し、
「乗ろう。殺し合おう。そして楽しもう。安心してくれ」
もう一振りすれば、その十の数が百に増えた。
「――――俺も、殺し合いは大好きだ」
まっすぐ振り下ろし、百の光剣が蚩尤へと殺到した。
●
『―――殺気、心地よく』
初手の光剣をまともに受け、しかし面を砕かせなかった蚩尤は緩やかに立ち上がり、拳を構えた。
『此れもまた良し』
自らに殺到する百の光剣を、打撃した。
同時に迫っていた二十を、同時に二十の拳打で迎撃する。
端から見れば、蚩尤が構えたと思ったらすでに剣を砕いていたようにしか見えなかっただろう。
そして、
『!!』
両腕に斬撃が炸裂し、大きく弾かれ、
「少し離れようじゃないか」
がら空きになった胴へと続く光剣が直撃。直後、無数の斬撃が蚩尤の体を吹き飛ばした。
その衝撃に逆らわず、数十メートル庭を移動した後、中空で回転し、着地。
そして、蚩尤は見た。
「さぁ、やろうか。俺の剣がどこまで届くのか試させてくれ」
天を覆うほどの、数百の光剣を。
そして、それらを従え、不敵に笑う青年を。
「――――断ち割れ、『≪
光が怒涛となって蚩尤へと流れ込んだ。
『ぬぅ……!』
『痛快……!』
あらゆる方向から飛来する光の剣に、蚩尤は喜色を滲ませた声と共に迎撃を再開する。
やることは、同じだ。
徒手空拳。
五体以外に持ち合わせるもの無し。
されど、その五体に宿るのは無窮の武練。
『墳……!』
一息に砕いた光剣は五十を超え、
『これなるは……!』
蚩尤の両拳に叩き込まれた斬撃はその半分ほどであった。
否、ただの斬撃ではない。
光剣の刃は確かに拳で砕いた。
だが、刃自体を正面から砕いたものに限定し、砕いたにも関わらず斬撃が発生していた。
対し、連撃の流れで刀身の腹を壊し、叩き落としたものはそうでもない。
初撃から何度か受けたものを加味して、一瞬以下の時間で能力を吟味。
無数のマルチバースを渡り、戦い続けた蚩尤は、その正体を看破し、吠える。
『刃が触れたものに対して、斬撃力を通しているのであるか!』
「気づくのが早いね。やるじゃないか」
膨大量の光剣生成。
それらに対する完全制御。
そして、刀身、それも刃に触れたものに対して、その刃の延長上に発生する斬撃力。
光剣の速度や重さで相手を断ち、貫くのではない。
光剣の刃が触れた瞬間に、人間を容易く両断するだけの斬撃力が発揮され、断ち割るのだ。
故に、断光剣。
『然らば、対処明朗なり』
蚩尤の選択は単純だ。
刃に触れたら斬られるのであれば、刀身の腹を殴って壊せばいい。
全方位、無数高速に迫る断光剣を一度に数十ずつ、腹を殴って破砕する。そうすれば斬撃力は空を切るのみ。
『剣群、ただ砕くのみなれば容易きこと』
「言うじゃないか」
剣群の数が減少する。
代わりに五メートルサイズの大断光剣が二十本作り出された。
「これならどうだい?」
『問わず』
蚩尤は言葉通りにした。
サイズ差を物ともせず、剣の腹を打撃。
一撃で破砕するか、押し出すように他の剣とぶつけて軌道をズラす。
『我が拳、相手を、場を、世界を選ばぬゆえ』
拳を七度振るい、それで終わりだった。
「お見事。では次だ」
そして、楽しげに展開されたのは大小入り混じった断光剣。
蚩尤もまた声に喜色を乗せ、拳を構え直す。
『善い。魔術師は好まぬが、主の気概、心地よき。麗人なれど、魄に修羅を潜ませておる』
「修羅なんてものじゃないさ。ただの獣だよ」
●
ローラン・ド・エスオルトは、自らの心が獣の形をしていることを知っていた。
領主の一族の長男として生まれ、高い魔法の才能を秘めていた彼は最初から人生は成功が約束されていた。
十代が終わる頃には特級認定を受け、その成功はこの世界において有数の物となった。
領地は栄え、領民から愛され、国からは認められた。
彼自身の容姿も整っていながら、病弱であったために、そういう意味でも人々からは羨望の目を受けた。
体が弱いが、卓越した才を持つ薄幸の美青年。
実際、様々な街では彼を主人公にした演劇や小説だって作られている。
特級として、国の様々な権利を守るために戦ったこともある。
栄光を一身に受け、世界に名を轟かせた。
それでも、彼の心はずっと飢えていた。
どうすれば満たされるのか、ずっと問うような人生だったと思う。
特級として強大極まる力は、しかし特級であるがゆえに振るう場所は限られている。
特級は国の防衛兵器であり、外交手段だ。
実際に国から戦闘指令が出ることは滅多になく、その力が大きすぎるがゆえに、存分に使うような相手もいない。
あるいは、特級の権限としての強権を振るい、贅を尽くすこともできたが、それにも楽しみを見いだせなかった。
ならば好きに魔法を使えば満たされるかといえばそれも違う。
王国の騎士団相手や特級相手の模擬戦でもまた心が晴れなかった。
数度だけあった帝国の特級との決闘も、全力を振るえたが、しかし何か物足りない。
虚栄に飾られた、空虚な日々。
あらゆるものに満ち足りているのにも関わらず消えてくれない飢餓。
『俺は、体だけでなく心も病んでいるのだろう』
そんなことを、ずっと思っていた。
飢えは満たされる気配はなく、あらゆることを倦んでいた。
そんな彼の人生は、一人の少女と出会って劇的に変化が生じた。
彼女は、家同士の発展のために結ばれた婚約相手。
王都の魔法学園に通うご令嬢。
魔法の才能はまるでないということだが、素行は良く、何より公爵家の一人娘だ。
家の格だけ見ればエスオルト家よりも上等と言える。
しかも、何やらある貴族の起こした事件を解決し、国を守った功績さえもあるという。
最後の点だけ除けば、よくある話だ。
だが、彼女はよくいる存在ではなかった。
『つまらなさそうな顔をしていますわね、あなた』
開口一番、これだった。
思わぬ一言であり、図星であり、何も言えなかった。
だが、その後は暫くの間普通の婚約者の関係を過ごし――そもそも彼女も学園生活があった――、変化があったのは王国と帝国の学園生徒による交流試合、『王帝双嬢洛陽舞踏』だ。
舞踏、歌、演奏、料理、学問、そして魔法による決闘。
様々な競い合いに、ローランは特級として立会人として参加し、その裏で仕組まれた陰謀にも巻き込まれた。
王族の血を引く私生児。
それを利用し、国を裏切ろうとする特級と貴族。
色々あって、ローランはマリエルと共にその陰謀を打ち砕いた。
そして、その功績が認められ、マリエルは特級魔法使いとなる資格を与えられ、その試験としてローランとの決闘が決まった。
特級の資格とは、すなわち強さだから。
『特級なんて、どうでもいいんですけれどね』
立ち会いの時、彼女はそう言っていた。
『私が特級になればミシェルの保護もできますし……いえ、まぁそれは建前というかついででして』
そういえば彼女は王族の血を引く友人が、今後政治的利用ができない契約を、特級就任の報酬としていた。
だが、そんな美談をどうでもいいと笑い、
『戦ってみたかったんですの、特級と。この世界における絶対的強者と』
『それは……なぜだ? そんなことをして、何の意味がある?』
『つまらないことを聞きますね』
彼女は笑った。
拳を握った。
何故か、ローランの胸は高鳴った。
『戦いたいから。自らの武威がどこまで届くのか。自らの研鑽の価値を確かめたいから。ただ、それだけですよ。餓鬼とお笑いください。残念でしたわね、こんなのが婚約者で』
だけど、とマリエル・ドゥ・アルトーネは凄惨に笑っていた。
『私は、何もかもを忘れ、ただあなたと果たし合いたいのです』
瞬間、ローランの世界は変わった。
理由はない。
道理もない。
ただ、戦いたい。
ただ、命を刻み合いたい。
原始的な、獣の欲望。
『―――あぁ』
そうか、と彼もまた笑った。
『俺も、それでよかったのか』
●
「そう、それだけでいい」
ローランは、笑っていた。
端正な顔立ちを歪め、歯をむき出しにし、頬を吊り上げて。
獣のように。
マリエルのマルチバースの話は、一応は理解したつもりだがスケールが大きすぎる。
マリエルの友人のこともまだ自分の友人とは言えない。
マリエルの敵である蚩尤だって、汚い鎧にしか見えない。
だが、それでいい。
マリエルの話ならば信じるし、マリエルの友人なら自分の友人だし、マリエルの敵は自分の敵だ。
彼女は自分の飢えを満たす方法を教えてくれたから。
「君はどうだい、蚩尤殿」
大小入り混じり、あらゆる方向から飛来する断光剣を蚩尤は徒手空拳を以て完璧に捌いている。
素晴らしい。
だが、
「それくらいならマリエルだってできる。彼女ならもっと先に行ける」
だから、驚くに値しない。
実際、彼女は断光剣の瀑布を越え、ローランと近接戦を行った。
超広範囲空間殲滅魔法を扱う彼にとって、初めて敵と至近距離で接敵し、死を感じた瞬間だった。
そして、その境地にこそ、自らの魂が震えることを始めて知ったのだ。
「彼女と戦いたい?」
短剣杖を振るい、
「わかるよ、よくわかる」
断光剣が降り注ぎ、
「だが――――アレは俺のだ」
餓鬼は嗤う。
「彼女の命は俺のものだ。俺の命は彼女のものだ。これから彼女とは一生命を刻み合い、高め合い、良い家庭を育んでいく予定だ」
故に。
「邪魔をするなよ、来訪者」