超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「蚩尤。やつは、言ってみれば究極の偏食家だ」
出撃前、アルマはそう語った。
「≪D・E≫、ディメンション・イーター。その上位種。連中は、それぞれの形で星を、次元を食らうことを目的としている」
「例えばファブニールは物理的に星を食べていた。ゴーティアは自分の眷属で人類を駆逐しつつ、生命、大地、空間、あらゆる媒体からエネルギーを食らった。ラーヴァナなんかは自分の描いた脚本で死んだ命を食らい、結果的に舞台となる世界を荒廃させるだけだから、ちょっと特殊例。そういうのもいる」
「そして、蚩尤はその特殊例の中でもとびきりだ」
「≪D・E≫だが、やつは次元は喰らわない」
「やつが食らうのは人間の魂だ」
「それも、自分が強者と認めた者の魂、霊的なリソースを摂取する」
「問題は、その強者の判定基準だ」
「これが困ったところでね」
「特別な能力や特権ではない」
「やつの判断基準は、技術のための研鑽だ」
「それも、
「わかるかい?」
「例えば僕は千年かけて魔法を極めた。自分で言うのも何だが途方もないものだし、マルチバース最高の魔術師の自負がある」
「だけど、やつにとっては好まざるものだ」
「魔法や超能力、呪い、固有な特異体質はやつにとっては余分なんだそうだ」
「別に、見下してるとかじゃないんだけどね。研鑽自体には敬意を払うタイプだ。性格もそう悪辣じゃない」
「蚩尤自身が戦闘で特殊な能力や概念を使うわけでもない」
「徹頭徹尾、奴自身は徒手空拳で戦う」
「膂力に関しては相手や世界に合わせて調整されるようだが」
「蚩尤の持つ特殊能力は一つだ」
「不死」
「≪D・E≫上位種は不死性を持つがやつは、とびきり……とびきり変、というか」
「蚩尤は―――
「限定的な不死、不死身」
「僕の持つ不死殺しの魔法では無理だった。ロータスの≪破壊特権≫でも、ウィルの世界法則の改変でも難しいだろう」
「純粋に、肉体を、技術を鍛え上げた拳士でなければ蚩尤は殺せない」
「逆にそうであるのならば、蚩尤が認めた強者ならば、正面からの果たし合いで殺すことができる」
「………………」
「いや、うん。言葉にすると簡単なんだけど、今までそれが出来なかったからやつは今もマルチバース渡り歩いて武者修行というか道場破りしてるんだけどさ」
「だからこそ―――君たちに期待する」
「特に、マリエル。今知る限り、可能性が最も高いのは君だ」
●
「ふぅー……」
やっとスタートラインですわ、とマリエルは思った。
綺羅びやかな真紅に変貌した蚩尤からは、押しつぶされるような威圧感が発せられている。
久しぶりに浴びる、重圧だ。
この世界での魔法使い、特級と呼ばれるような強者は滲み出す魔力によって実際の圧力を周囲に撒き散らす。
だが、蚩尤のこれはそうではない。
この鎧の持つ闘争の意思が、空間すら歪め襲いかかってくるのだ。
生前、ほんの一握りの達人からしか受けなかった、或いは遥かに上回る闘気。
蚩尤が自分を認め、本気を出したということだ。
ゆえに、ここからが本番。
思い、
『――』
視界から蚩尤が消え去った。
「あ、まずいですわ」
思わず言葉を漏らしつつ、体は動いていた。
頭と胸の前に腕を掲げ、
「ッッ……!」
その両腕に衝撃が炸裂した。
瞬間、腕で円を描き、回し受けを行ったのは状況判断などではなく、生存本能による反射的行動だった。
腕が消し飛んだと思った。
だが、防御には成功し、強烈な衝撃を受け流し、逆らうことができずに背後へと吹き飛ばされ、
「!」
さらに、二つの影を見た。
ローランに手刀を叩き込み、フォンを蹴り飛ばす蚩尤だ。
分身―――否、ただの残像だった。
咄嗟に盾にされた断光剣を容易く両断されたローランは胸を切り裂かれ、同じく減衰の黒風を盾としたフォンも、それをぶち抜かれ蹴撃は直撃していた。
声すら上がらず、フォンの小さな体が庭の端へと吹き飛び、外周の柵に激突した。
それら、一連の蹂躙は僅か数秒で行われ、マリエルには何も出来なかった。
地面を十数メートル滑り、後退し、
「――――ミシェル! フォンさんの下へ! あれ、多分死にますわ!」
「は、はい!」
妹を名乗る同級生が走っていたのを確認することなく、拳を構え直す。
『ご領主と翼の娘は、見事であるが吾は好かん』
蚩尤もまた悠然と拳を構えていた。
思わず惚れ惚れしてしまうような佇まい。
一部の隙もなく、どう攻めていいのか途方に暮れてしまうほどだ。
『故、これよりは吾とお主による神楽に興じ――――』
言った瞬間、空から降ってきた雷が蚩尤へと命中した。
●
「ん、んんん……!?」
唐突な落雷に、流石にマリエルの思考が停止する。
いつの間にか空に雷雲が集まっており、真っ暗だ。
蚩尤の攻撃かと思ったが、そんな力あるとは聞いていないし、雷は蚩尤へと落ちていった。
ならば誰がと思い、
「無論、余である」
「何が無論なんですの!?」
マリエルの隣に並んだのは筋肉だった。
ただの筋肉ではない。
褐色の裸体の周囲、空気が震えている。
ロックは目を伏せ、自らの眼前に拳を掲げ、
「全能なりし我が父よ。その愛が世を超えるほどのものならば、今一度余にその雷霆を授け給え――――ぬぅん!」
天を突き上げた。
先程より強烈な落雷が、ロックに直撃する。
だがそれは彼を焼くものではなく、彼に宿るかのようにその身に宿った。
開眼した両目は青白に染まり、全身の肌に刻まれた幾何学模様の入れ墨からはスパークを宿していた。
蚩尤の闘気や魔力の類でもない強烈な存在感がロックの全身から発せられている。
それを見て、マリエルは思わず叫んだ。
「き、筋肉が帯電している……!」
『ぬぅ……吾を焼く稲妻、神気を宿したものか』
雷撃を受け、鎧を僅かに焦がした蚩尤が感心していたが、マリエルは気にならなかった。
筋肉とは逆隣に現れたアイドルがいたからだ。
ナギサは胸元に手を当て、
「トリニティ・ユナイト―――起動」
それまでのこの世界における服装から一瞬で変身を完了させた。
これまで見たことのある水色と白の制服をベースにしたアイドル衣装ではない。
アイドルらしい可愛らしいものではなく、肌に張り付くような無駄な装飾のない戦闘用のインナー。
常日頃、貼り付けられていた笑顔は欠落し、皮肉めいた笑みで頬は釣り上げられ、瞳は暗く淀んでいる。
黒のインナースーツと相反するような明るいピンクと水色が全身を包み、
「行く、よ。
科装によるバトルドレスとして形成された。
普段、私服だろうと水着であろうと隠していた喉元と胸元が露わとなり、傷跡が晒されていた。
最後に両手両足にガントレットとグリーブが装着され、
「―――≪一つ星アンリーブ≫」
変身は完了した。
「私も、参加させて……もらうよ、マリエル」
はつらつとした常とは違う、ぼそぼそとした喋り方にマリエルは一瞬呆然とし、
「…………いや、キャラ違いすぎません!?」
「こっちが、素。ウィルと、アルマにだけは……秘密、で」
「あとなんですかその姿! ロックさんも! 新形態あるならもうちょっといい感じにかっこよく来てくれませんか!? なんでそんなぬるっと変身してるんです!?」
「いや、余のこれはこっちで使えると思って無くての。なんとかなれーと思ったら我が神父に次元を越えて祈りが通じて雷が落ちてきたのである」
「さっきまでは……混ざる余裕、なかったし、そもそも……変に演出で、変身ながら、突っ込んだら……死ぬでしょ、あれ」
「それはまぁ確かにそうですが!」
『…………』
蚩尤を見れば、ロックの稲妻でついた焦げを払い除けているだけだった。
待ってくれているのだろうか。
『…………問わず。吾は、強者と戦えれば良い。マリエル、お主が吾と立ち会うならば、他に増えようと望むところである』
「寛容な、鎧……だ」
「武人たる者そうでなければならぬ」
「……独特のノリで生きる人たちですわね」
苦笑混じりのため息の後、マリエルは頬を釣り上げた。
「まったく頼りになる人たちですわ!」
「うむ! ……それはそれとしてあっちで転がっている婚約者殿は助けなくて良いのか?」
「あれくらいで死ぬならとっくに死んでいるのでそのうち勝手に復活しますわ! 私の愛する婚約者なので!」
「愛の形が……独特だね」
三人揃って笑って。
ナギサは拳を打ち鳴らし、息を吸い。
ロックは双眸から稲妻を迸らせ。
マリエルは全身に気を巡らせ、拳を握った。
「第三ラウンド―――行きますわよ」
『何度でも。共に死合おうぞ』
●
もう動けないかも、とフォンは思っていた。
「ごぶっ! かはっ……!」
吐き出したのはバケツでもひっくり返したんじゃないかと思うほどの大量の血。
「ごほっごほっ……っつ、ぁ……かひゅーっ……かひゅっ……ひゅ……っ」
一通り吐血が終われば、呼吸は掠れ、不規則だった。
死ぬ。
素直にそう思った。
蚩尤の一撃は目で追えていた。
マリエルに正拳突きを放った直後、瞬間移動のような歩法でフォンの下に来て無造作な蹴りを放った。
少なくともフォンには大して力を入れているようには見えなかった。
だが、その一撃は彼女が展開した減衰の盾を突き抜け、フォンへと致命傷を負わせている。
これまで、それなりの戦いをしてきたつもりだった。
何度か死と隣合わせになったこともあるが、今回のこれはそれまでの比ではない。
痛いとか苦しいとかいう話ではなく、
「くっ……あっ……」
なんとか体を動かそうとして、自分が鉄柵にめり込んでいるのに気づく。
その奥には妙に硬い壁があり、霞んだ視界で見上げれば薄い膜のようなものが広がっている。
「……けっか、い、か」
いつの間にか広大な屋敷全体を覆うような巨大な結界が展開されていた。
そんなのがあるなんて知らなかったが、マリエルとローランが出会い頭に殺し合いするし、練兵場だってある。
二人が戦っても問題ないような結界くらいあるだろう。
「こほっ……うぇ?」
歪んだ柵を支えにして立ち上がろうとして、しかし体が動いていなかった。
「ま、ずいな、これ――――」
体が思うように動かない、というのが思いの外、心理的にダメージだった。
空を飛べないという鳥人族にとって致命的な、またその理由の発覚の仕方が乙女的に最悪な経験もあったが、体そのものが動かないというのは初めての経験であり、ストレスだ。
「ぁ」
ダメージ、ストレスという認識。
体が動かないという事実。
そのことに気づいてしまえば一瞬だった。
そして、何もかもが真っ黒に染まる。
●
「やぁ、死んじゃうのかい?」
「!?」
気づいた時、自分が自分を覗き込んでいた。
エルランド邸にはいない。
どこかの森の中。
フォンは眼の前に泉を置き、大きな樹にもたれて座り込んでいる。
その場所にフォンは見覚えがあった。
「――――ジンウ」
「フォン」
同じ顔、同じ姿。
違うのはフォンの瞳は鳶色で、ジンウは金色であることだ。
「ここは……≪龍の都≫の時に来た、あなたの……」
「そっ。私と私の彼の思い出の場所さ」
「…………なんで私はここに?」
「君がこんなに死にかけてたからね。ちょいと顔を見たくなって。君が君の翼を広げて、こんなことがあるなんて思わなかったし。まさかあんなとんでもないものを相手にするなんてさ」
言葉とは裏腹にジンウには悲壮感はなかった。
からからと笑い、腕を広げて飛び跳ねている。
フォンは大きな樹に背中を預けたまま、動きにはなれない。
「私は……あれ、これって臨死体験みたいなやつ? 普通に死んじゃった?」
「とりあえずは生きてると思うけど。わっかんない」
「わかんないかー」
あっけからんとした先祖に思わず笑ってしまう。
だから頭上の葉を見上げ、
「私には何が足りないんだよう」
ぽつりと言葉を零す。
「誰よりも速く飛べると思う。みんなも、アルマやロータスだってそれを認めてくれた。だけど……だけど、なにかが足りないと思うんだ。だから体術を学んでいるけど、それもしっくり来ない。違うとは思っていないけれど、正解な気がしない。真っ黒な雲の中を飛んでいるみたいに」
ずっと、オクタヴィア事変からあった心のしこり。
だからマリエルに稽古を頼んだり、彼女の動きに目が行っていた。
「ふぅん。飛べるだけじゃだめなわけ?」
「だめってわけじゃないと思うけど」
だけど。
「私は、もっと色々なことができるようになりたい。私には、飛ぶことしかできないから」
それでいいと思っていた。
≪龍の都≫の後、武術を覚え始めた時は、まだ明確ではなかった。
だけど、オクタヴィア事変の後、街の復興を手伝う中で気持ちは変わっていったのだ。
御影のように他人を率いることができるわけでもない。
トリウィアのように多くの知識があるわけでもない。
アルマのように万能でもない。
復興時、フォンに出来たのは大きな建造物を運ぶ時に加速や減衰をかけて手伝うくらいだった。
そういったことは他の魔法でいくらでも代用できる。
それで、満足して終わりたくない。
だって、
「私は……ウィルさんの隣にいて、恥ずかしくない自分でありたい」
彼はどんな自分でも受け入れてくれるけれど。
彼はフォンにとって最愛の止まり木だけれど。
自分だって彼の支えになりたいのだ。
「でも私は勉強もまだまだ足りないし、花嫁修業もまだ途中で、オクタヴィア事件のようなことがまた起きても、今回みたいな戦いの時のために頑張りたいと思うけど……それでも、ジンウ、あなたからもらった白と黒だってまだまだ上手く使えていないし……」
「ん? 君の風は私の力じゃないよ?」
「だからもっと強く………………うん? ……え? なんて?」
「あの加速と減衰の白黒のでしょ? 私は知らないなぁ」
「…………………………………………」
秘めていた様々な葛藤が吹っ飛んだ。
「え?」
「いやだって、白はともかく遅くなる黒はどう考えても私の力じゃないでしょ。遅くしてどーするん?」
「どうすって……戦いには結構便利だったけど……」
「私そもそも戦うことなかったしなぁ」
「いやいや!? じゃあなんで≪正名≫した時に使えるようになるの!? 今更!?」
「それは君が君だからさ」
ジンウは金色の目を細め、
「まったく、君は本当に鳥人族らしくない」
破顔した。
「そんな風に自分の価値を問う鳥人族なんていない。私達は飛ぶだけでいいんだから」
かつてはフォンもそう思っていた。
でも、それはずっと前のことだ。
「あの二色の風は、君が私から決別したことの証だ。私から受け継いだものはなにもない。全部が全部君のものさ」
ジンウが掲げた掌に集まった風は、金色をしていた。
フォンのそれとは違う。
「名を正す。君がやったのはそういうこと。君の正しき名を空に唱えた。君だけの権能があの黒白。君が悩み、迷い、それでも選んだ愛と翼の形――――ふふっ、それって、とっても素敵だと思わない?」
「…………そう、かもね」
フォンは頷いて、
「……………………あれ?」
「どうしたの?」
「いや結局私の悩みの答えには何もなってないのでは……? なんかちょっと感動しちゃったけど……」
「いやー、それは知らないよ。君の力、君の翼、君の愛、君の問題だ。頑張りなよ後継者ちゃん」
「生死の境でわざわざこんないい感じに再開して何のアドバイスもなく丸投げ!? そんなことある!?」
「そうなるね」
「うわーっ!!」
フォンは思わず頭を抱えたが、同時に納得もした。
鳥人族、こんなもんだよな。
色々悩みすぎな自分がちょっとおかしい。
脳裏に、御影がイイ笑顔で親指を立てている姿が浮かんだ。
彼女も色々悩んでいた時期があったみたいだし。
トリウィアは知らない。
悩みとかないだろう。
「ははは」
ジンウは三度笑い、
「ま、いいでしょ。君は君だ。迷いながら、立ち止まりながら、愛と共に飛ぶといいさ」
「ちょっと! なんかそれっぽいことでまとめてない!? というか、私どうなるの!? このまま死んじゃう感じ!? 死ぬならウィルさんと一緒じゃなきゃダメなんだけど!」
「あ、そろそろかな」
「ここに来て無視!? そろそろって何が―――」
「じゃ、頑張れ」
瞬間、フォンの視界がぐるりと回転した。
●
「頑張れってなんだーーぁ!?」
「きゃあ!」
「あ? ……あれ、ミシェル?」
フォンは叫びながら跳ね起きた。
場所はさっきまでいたエルンスト邸の端っこ。
眼の前にはミシェルがいて、
「……んんんん?」
体に違和感があった。
というより、逆だ。
ついさっきまでほとんど死んでいたのに、痛みはなく、むしろ好調。
よくわからんご先祖様との出会いを除けばベストコンディションとさえ言ってもいい。
「ミシェル、これは……」
「フォンさん! 今はともかく、あっちですわ!」
彼女が指さした先、屋敷の中央で激しい戦闘が見える。
見覚えのある筋肉とアイドルが見覚えのない格好をしているがなんなんだろう。
よくわからん。
「戦えますか?」
それでも、彼女の問いに対する答えは一つしかない。
「当然」
背に広がる白と黒の翼。
結局、先祖との邂逅で得るものはあんまりなかったが、
「仕方ないさ。私は私らしく―――迷ったまま、それでも飛ぼう」