超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
景は普段から雪を守るために多くの手段を講じていた。
明光グループが生み出したネオニウムを生成するクローンゆえに、彼女は常にその身柄を狙われている。
そのため、監視カメラや計測機器の類を誤魔化せるデバイス持たせたり、護身術や目立たない術を教えたり、自分がいない場合は信頼できる相手に任せたり。
出会ってから三年、それでやり通してきた。
最初の一年は家から出さず、二年目は一人で行動させず、三年目にやっと一人で活動できるようになったのだ。
だから、大丈夫だと思っていた。
数日空けることは初めてではないし、別行動するのも珍しくはない。
何よりも、だ。
景は、甘く見ていた。
魔王ラーヴァナの権能。
役者を舞台に上げ、決戦へと至る歌劇。
主役はロータス。それにいつも通りアルマとウィル。
前座の舞台に選ばれただけで、自分は端役に過ぎないと思っていたのだ。
だから、雪を遠ざければいいと判断した。
「雪……!」
それを今、間違いだったと思い知らされた。
景の位置から、壊れた壁面とそこ滞空するヘリは遠い。
明光ノノ。
明光グループの直系である科学者。
「あノ顔文字女が!」
吐き捨て、景は背のウィングを全開にした。
周囲、ルチルとの交戦と壁の爆発で工業機械は吹き飛んでいる。
だからこそ、ウィングを最大展開し、背の中央バーニアを吹かして飛び出し、
「どこに行くんだよ!」
巨大な鉄腕が右翼を掴み取った。
メチルの太い五指が機械翼をがっちりと掴みながら引き込み、景の加速とせめぎ合う。
「チッ……!」
さらに加速を重ねるが、メチルの機械腕の馬力も尋常ではない。
逆の腕を手刀にし、翼を折ろうとしたところで、
「ギブソン! パージしロ!」
『右翼、緊急分離します』
景が命令した通りになった。
「うおっ!?」
ウィングパックの右付け根から機械翼が剥離され、ルチルが派手にすっ転ぶ。
その様子を無視して景は前に出る。
残った左翼は畳んで、背のバーニアだけで加速。
いくつかの瓦礫を飛び越え、
「景さん!」
ヴィーテフロアの声も無視して、
「雪ィ!」
大穴から跳んだ。
片翼のせいで飛行するにはバランスが悪すぎて不可能。
跳躍の際、左に体を飛ばしつつ、左翼を展開して軌道修正と加速した上で、中央バーニアを最大展開することで、さらに速度と距離を稼いだ。
「ッ……!」
強引な加速による重圧の中、景の視界にあるのはヘリとその中のノノ、彼女に抱えられ意識を失った雪。
限界まで体を、手を伸ばし、
「――――『九猫の鞭尾』」
「!?」
届く寸前、全身を衝撃が打撃した。
九度響く空気の破裂音。
「ええやろぉ、景くぅん? おもろい力が天から振ってきてわろてもうたわ」
せせら笑い、小馬鹿にした顔文字を点滅させるノノ。
「ほな、また。悪いなぁ、今夜は雪ちゃんとオカルトパワーの見せびらかしや。散々逃げられたけど、これで終わりやね。鳥は地に落ちて死ぬのがお似合いや」
「くソがっ……!」
重力に引かれ、景の体が落ちていく。
両翼がなくなり、高さ百五十メートルではなすすべもない。
景は手を伸ばした。
ヘリから覗き込んできて、煽りの顔文字を連続で切り替えていくノノに抱えられた雪を。
彼女はまだ気を失っている。
景が守ろうとしていた妹。
景の甘さで奪われてしまった少女。
「俺ハ、まタ……!」
●
雪・トワイライト・黒鉄の始まりの記憶は水槽越しの自分の顔だった。
それは全く正確ではなかったのだが。
水槽の中に入っていたのは幼い自分だったし、そこに写っていた顔は自分ではなく、雪のオリジナルの女だった。
ジル・トワイライト。
明光の科学者であった彼女の遺伝子を使った人工の特異体質クローンとして生み出された。
ネオニウムによって支配された世界において、様々な体質のミュータントを人工的に作り出すというプロジェクトは明光の中では珍しくはなく、無数に製造された個体の一人が雪だった。
研究所の時の記憶はほとんどない。
ネオニウムを精製するという体質から、文字通りネオニウムの製造機として研究をされていただけなのだから。
ジルともう一人の女の二人が、雪の研究を行っていた。
だが、ある時から自分と同じ顔の女が消え、代わりにぼさぼさの茶髪とそばかすが印象的な女が顔を出すようになったことは覚えている。
ずっと、同じ日々を過ごしていた。
それは数年続き、日々、体からネオニウムを抜かれたり、どのような刺激を受ければネオニウムの精製量を増やすのか、拷問じみた扱いを受けていた。
苦痛と快楽、その他諸々。
実験の中でそのどちらも感じなくなっていた。
元よりそれしか知らず、それだけしかなかったので不感症にもなる。
空虚ということすら自覚できない日々。
それは、ある日唐突に破られた。
景・フォード・黒鉄。
雪の前に現れた時、彼は既に満身創痍だった。
彼は、雪のことを知り、明光の研究所に潜入してきたらしいのだが、そこに至るまでの色々あったらしい。
雪のことを巡り、明光とギャングと自由傭兵と景で四つ巴の抗争になったとかなんとか後々聞いた。
何もかも、後から知ったこと。
だからだろう。
後になって、思うのだ。
自分を助けに来た時の景の顔が。
助けに来たはずのヒーローが。
雪を見て――――救われた側のような笑みを浮かべていたと。
●
「………………っ、さい、あく」
雪が気づいた時、両手両足が拘束されていた。
椅子の肘掛けや足に手首足首が括り付けられている。
周囲は荒れた研究室だ。
部屋は広いが、備え付けの照明や機材も大半が動いていない。
代わりに、持ち込まれたのであろう照明スタンドや電子機器類が光を放っている。
雪には見覚えのある場所だった。
雪の正面、スーツ姿の女が椅子に座って向き合っている。
茶髪のショートカットに頬のそばかす以外には大した特徴のない、可愛らしい童顔の女。
だがそれは顔の右半分だけだ。
顔の左半分は見るも無惨に火傷の痕で爛れていた。
「……明光ノノ」
「懐かしの再開やなぁ。どうや、うちのこの顔」
「腐った柿同士でヤッたらそんな出来損ないが生まれそうね」
「口悪いなぁ。お兄ちゃんの影響かいな」
雪の罵倒に、しかしノノはからからと笑い、膝に乗せていたヘルメットを撫でる。
「ひどい顔やろ? 三年前、あんさんを奪いに来た景はんのせいでこうなってん」
「はっ、兄貴も中々やるわね。おめでとう、兄貴に傷物にされた女軍団に仲間入りよ」
「どんだけいるねん。お前さんが、その筆頭のつもりかいな」
問い、雪は鼻で笑った。
「お生憎。私は、兄貴に傷つけられたことはない」
「はぁん。そのお兄ちゃんは気絶したアンタに手ぇ伸ばして地面から真っ逆さまやったけどな」
「―――」
思わず雪の体が動き、拘束がガチャリと震えた。
だが、雪はすぐに考え直す。
「……でも、兄貴は死んでない。死んでたら、あんたがわざわざ昔の場所で私とお喋りしてるはずがない、そうでしょ?」
「賢いなぁ」
ノノが肩をすくめる。
「確かに。ちょいとお兄ちゃん煽りに行ってみたら、焦って空から落っこちてくれたまではよかったんけどな。アレの仲間らが速攻で改修してもうたわ。煽りはできたから満足やけどなぁ」
彼女は姿勢を崩しながら、足を組む。
「色々棚ぼたやったで。ヘクセンナハトちゅーオカルト儀式。これまでずっと見つけられなかったアンタのことを見つけることができた。≪夜の欠片≫はどーも固有の周波数を発しててなぁ。それを探せば既存の探知技術とは別枠で、あっさり見つけられることができたわけや」
ヘクセンナハト。
雪の体に入り込んだという≪夜の欠片≫集めの儀式。
日中、景の家を出た直後にそれは覚醒し、奇妙な儀式についての知識を植え付けられた。
そのことに混乱していたら、ノノに捕まってしまったのだ。
三年間一度も捕まっていなかったのに。
運が悪いというには悪すぎる。
「アンタのお兄ちゃんの話をしよか」
景・フォード・黒鉄。
「明光の
いくつか、雪には聞き覚えのない単語があった。
自分と会う前の彼の功績なのだろう。
「功績としては華々しいなぁ。あれより強い『薬座』はまぁそこそこいるやろうけど、これだけの達成力を持つ者はそうはいないやろな。ま、女癖が悪くてあちこちこから狙われてるちゅうのが玉に瑕かいな。うちはぶっ殺したろ思ってるけど、親族にゃあなんとしても明光に引き入れたい思うてるのもおるんやで?」
「……」
「ネオニウムに対する完全耐性の他に変なフェロモン出とるんちゃうかなぁ。どうやろ? 殺し損ねたんやから、次は捕まえて研究してみよか。捕まえたなら殺すのは勿体ないしなぁ。うちと同じみたいにあの顔の半分焼いて、お揃いになるのも悪くないと思わん?」
「……」
「そこんとこどうなん? アンタ三年も一緒にいたんやろ? やっぱ手ぇ付けられたんやろ? うちは研究ばっかで色恋なんて縁なくてなぁ。ちょっと怖いし。まーでも、明光の人間として子供作らないと行けないちゅー話もあって、景はんならそれも悪くないかと思うたりして――」
「さっきから聞いていれば」
雪はノノの言葉を鼻で笑った。
だって、あまりにも可笑しかったから。
「言ってること、兄貴への執着じゃない。人間性なんてあんたら科学者に期待していなかったけど、随分なことね。発情期?」
「―――」
目を見開いたノノに対して、雪は長く息を吐き、
「この一年、兄貴の動向は全部モニタリングしていた。戦闘中の会話とかね」
たまに戦闘中に何か虚空を見つめてたかと思えば急にニヤケだすとかいう謎の奇行はあったが。
これは二年ほど前からなのでもうそういうものだと思っている。
「どいつもこいつも。捨てられたとか、自分のところに来いとか、そういうことを言う女ばっか」
ネオンキラーを筆頭に、そんなのばかりだ。
ノノみたいな愛憎入り交じった女も、何度も見てきた。
女癖が悪いというのはそうだ。
それは間違っていない。
自分が外に出歩くようになって、帰ってきたら景が女を連れ込んでいて、一週間後にはその女が殺しに来るなんてこともあった。
ならば、景は女が好きなのか?
好きではあるだろう。
だけど、女を、快楽を必要としているのか?
違う、と雪は思う。
「誰も彼も、兄貴を分かってない。自分が捨てられたり、自分が手に入らないことばかりに目がいって、兄貴の本質を見てない」
「せやったら、教えてほしいなぁ? 景はんの本質ってやつを」
「ハッ!」
雪は身を乗り出した。
そして、頬をつりあげて嘲笑う。
「教えるわけ無いでしょ。負け犬が」
「…………」
ノノの顔から表情が消えた。
彼女はスーツから端末を取り出し、数度タップすると、
「ッ―――」
雪の体に、死にはしないが激しい痛みを与える電流が流れ込んできた。