終わった少女の英雄譚 作:メーメル
「やっほー!」
私は王都にひっそりと存在する路地裏に来ていた。一見、行き止まりだ。
右も左も前も、老化した壁に囲まれ先なんてないように見える。私の五感もそういっている。
だけど、ここには確実に『ある』。私はゆっくりと壁を眺めながら待つ。
「……あれ? もしかして、私本当に歓迎されてない?」
だが、数十秒たっても反応がない。ここはあの娘の店だ。今の私が入り口を見つけられないのは仕方ない。だけど、『開けて』くれないことが大変ショックだった。
「え、ごめんって! 私なにかしたかな? 嫌なとこあったら謝るからさ!
あ、もしかして昔君が学院時代のころ、レグアの店で私に──」
瞬間、私の第六感は左の壁に違和感を覚えた。一瞬四角い扉をかたどるように光ると、黒髪のだぼだぼとした服を纏った少女が現れる。
右手には赤く輝く、明らかに爆発しそうな宝石を握っていた
「──それをっ、言うなあああああああああっっっ!!!!!」
ぶん、とそれは私に向かって投げられた。その時間はやけにゆっくりと感じられた。
ピカピカと点滅するそれは、くるくると私に向かって近づいてくる。
「よ、っと」
私はそれを事もなげに右手でつかんだ。身体強化の魔術さえあれば、爆発するより先に飛んでくる宝石をキャッチするなんて簡単だ。
そして私はそれをグッ、と握ると、
「『
唱える。輝きを増し、今にも爆発しそうだったそれは、バキリを一度大きな音を立て光るのを止める。
私はそれをごそごそとポケットへしまうと、黒髪の少女へと顔を向けて笑顔を形作った。
「会いたかったよ、ヨリアノ!」
ぶん投げた姿勢で止まっていたヨリアノは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、半泣きの顔をこっちに向けると、涙声で叫んだ。
「……あたしはこれっぽっちも、会いたくなかったわ!」
◆◇◆◇
私はヨリアノの店──魔道具専門店ミシシノの応接間に座る。不審者たちはこっそりごみ置き場へ押し込んできた。
ふかふかのソファーに体を預けると、開口一番私は抗議を申し立てた。
「酷くない?! 私のこと嫌いなの?」
「嫌いよ」
先ほどの涙などなかったかのようにすまし顔でヨリアノは言う。
こぽこぽと紅茶を注ぎながら彼女は続けた。
「えー、昔はあんなに仲良ししたのに……」
「……黙ってもらえるかしら?」
怒りが滲んだ声。だが、エルフ特徴のとがった耳が真っ赤になっている。
これは恥ずかしがっているやつだ。相変わらず分かりやすすぎて可愛い。
「相変わらずヨリアノは可愛いね」
「なんっでそうなるのかしら?! 相変わらずあなたは意味が分からないわ!!」
ドン、と力強くポットが机へ置かれる。澄んだ色の紅茶が1つのカップへ注がれていた。もう一つは空。
「あれ、私の分は?」
ヨヨリアノは無言で私の後ろへ回り込む。すわ襲撃かと思ったが、鳴ったのはかちゃりと扉を開ける音。
そうして扉を閉め、何事もなく私の向かいへ座る。その片手には予想外のものが握られていた。
「……お酒?」
「そうよ、醸造酒。ワインよ」
同時、ぽん、と栓を開ける音。ヨリアノはノータイムでごくりといった。まじか……。
「ええ、君お酒飲んでたっけ?」
「
一瞬黙る。そして、私は笑った。
「あんなに純粋だったヨリアノがこんなになっちゃって……私は悲しいよ」
「最初に穢れを教えたのはあなたでなくて?」
強い。中々の論破力だ。成長を感じざるを得ない。だが私も過去ヨリアノとの舌戦では無敗を誇ったのだ。今更負けてやるわけにはいかない。
「心当たりが多すぎて、どれのことか分からないなあ」
「全部よ」
間髪入れずに返されて、私は思わず肩をすくめた。いやだなあ、そんな全否定みたいな言い方。ちょっとくらい優しくしてくれても良いじゃないか。
「まあまあ、落ち着いて。ほら、乾杯でもしようよ。再会記念」
「あなたと乾杯するくらいなら毒でも飲むわ、というかあなたが持ってるのは紅茶でしょう?」
「いくら私でも泣くよ?」
軽口を叩きながら、私は紅茶を口に付けた。ヨリアノはそんな私をじっと見ていたが、やがて深いため息を吐いた。
「……で? 何の用?」
「え、さっき言ったじゃん。会いたくなって──」
「嘘」
被せ気味に切られた。容赦がない。
「死体でしょ」
「……ばれた?」
「『ばれた?』じゃない、もろ見えてたじゃない」
ぴしゃり、と言い切られる。うーん、透明化してこっそり運んだはずなのに……まあそりゃそうか、ここまで付き合い長いし。
魔術の才能なしなしのヨリアノだが、それ以外の才能がぶち抜けていた。先ほどの魔通機を作ったのもこの娘だ。よって私の抱える大体の面倒ごとは一度ここを経由している。
慣れているのも当然だった。
「いま裏に転がってるやつら、ニィーリアでしょ」
その単語が出た瞬間、空気がわずかに変わった。私の手が、ほんの一瞬だけ止まる。
そして何事もなかったかのように、また紅茶を口に運んだ。唇を湿らす。
「……よく分かったね」
「分かるわよ」
短く返す声は、さっきまでより少しだけ低い。
「あなたが持ってくる厄介事なんて、大体それ絡みじゃない」
「ひどい偏見だなあ」
「事実でしょ」
まあ否定はしないけどさ。
私は背もたれに体を預け、天井を見上げる。少し古びた木目はあの頃と変わらない。
「……ねえ、ヨリアノ」
「なに」
「ニィーリアってさ」
言いかけて、少しだけ言葉を選ぶ。
「そんなに悪い連中だったと思う?」
沈黙。
ヨリアノはすぐには答えなかった。瓶を傾け、ゆっくりと豪快に中身を飲む。
その仕草は彼女には余りにも似つかわしくなく、そしてだからこそどこか現実から逃げるようでもあった。
「……さあね」
喉を鳴らし数秒。4分の1ほどを飲み、ようやく返ってきた言葉は曖昧なものだった。
「良いも悪いも、結局は立場で変わるものじゃない?」
「おや、ずいぶんと大人な意見だ」
「あなたと違ってね」
ぴしり、と刺される。ぐうの音も出ない。
「私はただ」
ヨリアノは視線をカップに落としたまま、ぽつりと続けた。
「あの娘たちが、そんな簡単に切り捨てられるものだとは思えないだけよ」
ああ。そういうことか。
「やっぱり、あの娘……セイント。私がニィーリアぶっ潰す前から関わってたんだ……もしかして私たちとパーティー組む前からだったりする?」
「……」
今度は沈黙が肯定だった。
私は小さく息を吐く。まあ、そうだろうとは思ってた。ニィーリア関連の襲撃が
いくら私が世界で一番人気のある最強魔術師様だとしても、常に場所を大公開しているわけでもない。
まるで中に裏切者でもいるのではと思えたほどに、襲撃は絶えなかったのだ。
「止めなかったの?」
「止められると思う?」
顔を上げたヨリアノの目は、真っ直ぐだった。
「ああいう人たち」
言葉に詰まる。確かに、無理だろうな。
セイントは……というかニィーリアは、ただの組織じゃない。あれはもっとこう……信念の集合体みたいなものだ。だからこそ厄介で、だからこそ潰した。
「……そっか」
短く返す。それ以上は、言わない。
「で?」
ヨリアノがわざとらしく話題を戻した。
「そのニィーリアの残党を、どうするつもり?」
「どうするって言われてもなあ」
私は指先で机をとんとん叩く。
「とりあえず君に押し付けようかなって」
「帰れ」
即答だった。ひどい。
「いやいや、ほら! 君ならなんとかできるでしょ? 君って解体とか、処理とか、そういうの得意そうじゃん!」
「魔道具屋をなんだと思ってるの」
「死体処理業者?」
「本気で蹴り出すわよ」
怖い怖い。でもまあ、冗談はさておき。
「……実際問題、放っとくわけにもいかないよ」
私は少しだけ声のトーンを落とした。
「あいつら、まだやる気満々だったし」
「でしょうね」
ヨリアノは肩をすくめる。
「今更止まる理由なんてないもの」
「だよねえ」
軽く相槌を打ちながら、私は内心で同意する。
あれは止まらない。止まれない。止めるなら、壊すしかない。
……昔みたいに。
空白の時間。少し気まずい時間に私は紅茶を啜り間を保つ。
ちらりとヨリアノの見ると──ぐびぐび飲んでいた。
それはもう、水かなにかと勘違いしているんじゃないかという勢いでワインを飲み干す。
ええ……。
「っはあ……」
「ワインの楽しみ方違くない?」
飲み口から口を話すと、ヨリアノは理性の灯った紫色の瞳で私を真っ直ぐ見つめる。
アルコールに強すぎる……。
「……また潰すの?」
ぽつりと、ヨリアノが言った。
先ほどの奇行からは考えられない理性的な論調のその言葉に、私は一瞬だけ言葉を失う。普通に怖い。
「さあ?」
そして、いつもの調子で笑った。
「どうだろうね」
「……」
ヨリアノは何も言わなかった。ただ、真意を見透かそうとじっとこちらを見ている。
正直、実力的な面ではもう無理だろう。私に残された力は
多分、私の弱体化がバレたらすぐにセイント達は動き出す。そしてそれを止める術はこの国には、私の知る限りない。弱くなっても、セイントのいないこの国では私の最強は揺るがない。
今の私が抑えられない時点で、どうにかしてはったりであっちの動きを抑えるしかないのだ。
目の前のこの娘経由で情報が流れる可能性もある以上、うかつに話すわけにはいかない。
考え込んでいる私に声がかけられた。
「ねえ」
静かに呼ばれる。
「あなた、本当はどう思ってるの?」
「何が?」
「ニィーリア」
間。
ほんの一瞬、空気が張り詰める。
私は目を細めて、天井から視線を戻した。
「別に」
肩をすくめる。
「嫌いじゃないよ」
「……は?」
ヨリアノが眉をひそめる。
「いや、だってさ。言ってることは割とまともじゃん?」
指を折りながら数える。
「格差なくそうとか、弱い人もちゃんと生きられる世界にしようとか」
「それを潰したのが誰よ」
「私だね」
胡散臭いものを見る目でヨリアノは私を見る。
「でもほら」
私は少しだけ前に身を乗り出した。
「正しいこと、ってさ」
言葉を選ぶ。
「そのままやると、大体ろくでもないことになるんだよね」
ヨリアノの表情が、わずかに強張る。
「……それ、言い訳?」
「うーん、どうだろ」
私はカップを持ち上げるフリをして、空なのに気づいてまた置いた。
「結果論、かな」
「……」
「うまくいく未来もあったかもしれないし」
ぽつりと続ける。
「でも、そうならない未来もあった……かもね」
「……あなたは、それを見たの?」
鋭い。流石に付き合いが長いだけある。
「さあね」
私は笑ってごまかす。
「企業秘密ってやつ」
「ふざけないで」
ぴしゃり、と叩きつけられる声。
ヨリアノの手が、テーブルの上で強く握られている。
「あなたはいつもそう」
低く、抑えた声。
「肝心なところは全部隠して、軽口で流して」
「そんなことないよ、いつも私は女の子には誠実だ」
「あるわよ! だって、あの時──」
思わずなのか、ヨリアノの声が大きくなる。
そして、はっとしたように口をつぐむ。
少しの沈黙。
「……ねえ」
今度は小さな声だった。
「本当に、それで良かったの?」
その問いは、まっすぐだった。逃げ場がないくらいに。
私は一瞬だけ、言葉に詰まる。
ほんの一瞬。
「良かったよ」
でも、いつもの調子ですぐに答えた。
「だって、今世界は平和じゃん?」
「……」
「大きな戦争もないし、街も壊れてないし」
肩をすくめる。
「結果オーライってやつ」
「……それで納得できるのは、あなただけよ」
ヨリアノは静かに言った。
「失った側は、そう思わない」
「だろうね」
あっさりと肯定する。
「だから今こうして、襲われてるわけだし」
軽く笑う。その笑いが少しだけ乾いていたのは、多分気のせいだ。
「……バカ」
ヨリアノがぽつりと呟いた。
「ほんと、どうしようもないバカ」
「ひどいなあ」
「ひどいのはあなたよ」
即答だった。まあ、それもそうか。
私は立ち上がる。ソファが軽く沈み、元の形に戻る。
「さて」
伸びを一つ。
「とりあえず、死体の処理お願いしていい?」
「断る」
「えー」
「えー、じゃない」
でも、ヨリアノは立ち上がっていた。ため息をつきながら、扉の方へ歩いていく。
「裏、燃やすなりなんなりでいいから、ちゃんと片付けてから帰りなさいよ」
「手伝ってくれるの?」
「見張るだけ」
「ケチだなあ」
軽口を叩きながら、私は後を追う。
扉の前で、ヨリアノが一瞬だけ立ち止まった。
「……ねえ」
「ん?」
「また、来るの?」
振り返らずに問われる。
その背中は、小さく見えた。
「そりゃあね」
私は迷わず答える。
「だってここ、居心地いいし」
「……」
「あとヨリアノ可愛いし」
「黙れ」
即座に扉が開け放たれる。
その先には、いつものように現実が転がっている。死体と、血と、面倒ごと。
私は肩をすくめて、ヨリアノに続きその中へ足を踏み入れた。