ウマ娘百合の間に割り込みダービー   作:百合に交わる男殺しの剣

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 作者の好きな作品は、
 ロバ娘:ファンディングストライプ
【完結】大人のためのウマ娘 プリティーダービー
 夏目漱石「吾輩はウマである」
「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」
 です。


《切り込み隊長》

 繁華街を一人のウマ娘が颯爽と歩いている。

 まるで貴腐ワインかのように瑞々しい、艶のあるブロンドヘアー。ウルフカットは一見無造作ながら、ヘアアレンジが緻密に計算されている。絹糸のように繊細で美しい睫毛とは裏腹に、綺麗な常磐色の瞳は実に怜悧で、さながら狼のように力強い。額から左頬まで、左目を縦断するように大きな古傷があるが、彼女は堂々としていて、美貌に翳りは一切なかった。冬でも眩いほどに焼けた浅黒の肌と、古代ギリシア彫刻のように鍛えられたハリのある肢体は、彼女がどれほどトレーニングを積んでいるか、素人でも容易に想像できるはずである。

 三六〇度、どのような角度からどれほどアクロバティックに観察しようとも、まさに前途有望を体現しているようなウマ娘が、つまり私であると読者諸兄はご理解いただきたい。まさか信じていない愚昧な諸君らではあるまいが、いかに前途有望であるかの証拠に、私は「リギル」から、直々にスカウトを受けているのである。

 かのシンボリルドルフ氏やマルゼンスキー氏をも擁する、あのリギルからである!

 非常に聡明で才能ある私をスカウトするとは、東条ハナ氏もやはり才覚あるトレーナーなのだなあ。

 

「聞いているのか、キリコミタイチョー」

「あ、はい」東条氏に一喝されたが、なあに、才能ある私に問題はない。「大丈夫です」

「我ながら不安になってきたな……」と、東条氏はなぜか目頭を揉んでいた。

 

 ともあれ、なぜ私がリギルにスカウトされているのか。

 それはサイレンススズカ氏がチームを移籍したからである。つまりはリギルに空きができたということであったが、なぜ彼女が移籍を決断したのか、私には分からない。噂では、指導方針が合わなかったとか、東条氏との確執があったとか、神のお告げがあったという話らしいが、どれも憶測の域を出ていない。私も紳士淑女として、出歯亀のように詮索するつもりはなかった。

 

「とても光栄です。もしよろしければ、私である理由を聞かせてもらってもいいですか」

 

 私は泰然としながら、東条氏のありがたいお言葉を一言も漏らすまいと、誰をも魅了する愛らしいお耳をダンボのようにした。

 東条氏の話によれば、どうやらグラスワンダー氏の推薦が大きかったようである。

 グラスワンダー氏がクラシック級でライバルになると睨んでいる一人が、中、長距離の逃げウマ(ジュニア級での戦績から、グラスワンダー氏はマイラーになると思っていたが、違うようであった)らしい。セイウンスカイという名である。レーススタイルが似ている、仮想敵に相応しいとグラスワンダー氏が熱心に推してきたとのことである。

 これがなにを意味するかわからない読者諸兄ではあるまい。私が「ジュニアの怪物」のお眼鏡に敵ったということに他ならないのである。

 グラスワンダー氏の慧眼に脱帽するとともに、私は鼻高々になった。

 ほかにも、じきにトゥインクル・シリーズに本格的に参戦する予定のテイエムオペラオー氏の併走相手としても期待できるという判断があったようである。リギルは「トレセン学園」内でもかなりの大所帯であるが、生徒会副会長であるエアグルーヴ氏を筆頭に、ほとんどがシニア級であるし、シンボリルドルフ氏とマルゼンスキー氏はすでにドリームトロフィーリーグに活躍の場を移している。実力や日程が違うともなれば、ときには練習に付き合うのも無理が生じてしまう。中、長距離路線の若き実力者を探していたリギルの思惑ともマッチしたのである。

 リギルが選抜レースをするという噂も学園に広がっていたようであったが、いやはや、浮かれていた生徒諸君には申し訳ない次第である。

 

「私でよければ」私は鷹揚に頷いた。「お力になりましょう」

 

 私は東条氏とがっちり握手をしたが、彼女は嘆息していた。お疲れのようであった。やはりトレーナー業は激務のようである。

 

「バクシンオーを相手にしているような気分だ……」

 

 ○

 

「ウマ娘」という存在に奇妙な違和感を抱いたのは、私が白雪姫の幼少もかくやとばかりに愛らしかった頃である。

 かくいう私もウマ娘であるが、己のレゾンデートルに疑念を抱いたというような哲学的境地、または思春期特有の錯乱に至ったという意味ではない。「ウマ娘とはいったい……?」という、もっと素朴で根本的な疑問である。「どこ行ったんや、馬は」

「馬」は四つ足の獣であって、断じて「ウマ娘」などという私のように麗しい少女たちを意味するものではなかったはずであるが、馬は麒麟か、はたまたクトゥルフ神話のような、想像上の産物でしかないようであった。「馬はどこじゃ」と向かいのホームや路地裏の窓、桜木町(野毛山動物園である)を血眼になって探し、「ウマ娘ってなんやねん」と鏡の前で仏頂面をしてにらめっこしていた愛娘を、かつて両親はどう思っていたのか。想像するだけで、私はガキんちょにつつかれたダンゴムシのように深々と布団を被って悶絶することになる。

 ほかにも、私は「ヒト」であったのではないかという感覚に襲われるときもあった。

 ウマ娘がヒトよりも身体能力に優れているのは、山奥で霞を食っている仙人様でもご存知であるが、ヒトならばあり得ない身体能力に、「もしや私は特別な人間なのでは?」と錯覚して、私がウマ娘である事実も忘れて有頂天になったことは一度や二度ではない。前世があるという意味では特別かもしれないが、思春期特有の錯乱と思われるのがオチである。勉学も、進研ゼミに入会した記憶もないのに、どれも一度勉強したよなあという感覚が常にあった。デジャヴと表現するにはいささか鮮明であったので、特に勉強もしていないのに成績は上々である。これも「もしや私は特別な人間なのでは?」という錯乱の一因になっている。もう、私に前世というものがあったと仮定するほかないように思われた。「やっぱヒトだったと思うんだよなあ」とずるずる引きずって、ウマ娘とヒトの谷間をふわふわ生きている愛娘を、両親はどう思っているのか。

 知らぬが仏というものである。

 

「うああああ」

「ぐおおおお」

「ほんまにさあ」

「なんやねんもお」

 

 恥ずかしい人生のむにゃむにゃを振り払うかのように、私はいつも、近所にある寂れた海岸をやんややんやと走っていた。ウマ娘だからかわからないが、走ると頭がとてもすっきりするし、街路灯にぶつかる蛾のように布団でどたばたと悶絶しているよりは、よほど健全である。人類では至れぬウマ娘のスピードに、嬉々としてガキんちょのように浮かれていただけではないのかというご意見があれば、否定はしない。

 実にありふれた青春を過ごしていたと思っていただきたい。

 

 ○

 

 二月。

 デビューできていないウマ娘にとって、将来有望な新入生が入学する前にチームに所属しておきたい重要な時期である。しかし、実情としては、これから入学する新入生に期待しているチームがほとんどであるし、有力バは三冠、春シニア三冠路線に向けて追い込む大事な時期でもある。チームとして、当然ながらトレーニングに集中したいはずである。それでも、この時期にすんなりと所属できたのは、それだけ私の実力が本物である証左にほかならない。サイレンススズカ氏が移籍しなかったら、という仮定の話は建設的でないのでご遠慮いただきたい。

 狭き門を突破して、トレセン学園に入学してきたウマ娘たちは誰も彼も優秀であるが、中、長距離レースを満足に走れるような者は稀であった。私はそれがやや奇妙に思われたが、ヒトも、五〇〇〇メートル、一〇〇〇〇メートル競走などのいわゆる長距離走は、専門的なトレーニングを積まないとまず碌に走れないので、納得もしていた。

 しかし私は、入学する数年前から、なかばスピードを度外視して、長距離をも走れるようにスタミナを徹底的に鍛えていたのである。それには理由もあるのだが、これは別の機会に話すとしよう。肝心なのは、私が入学当初から頭角を現していたという事実である。嘘ではない。本当である。スピードがなかったから別の意味で注目されていたのではというご指摘も、所詮はあなたの感想である。なにかデータでもあるのか。

 

「ボクの威光に埋もれぬよう、精進したまえよ!」

 

 東条氏から話があったように、しばらくはテイエムオペラオー氏と二人で練習するのが基本的な方針のようであった。ほかのメンバーと併走や、さらに都合が合うようであれば、ドリームトロフィーリーグ所属の両氏とも練習できるという。さすがは天下のリギルである。サポートカードも充実していた。

 

――……サポートカード?

 

 ともあれ、無事にリギルに所属することとなった私は、自信家テイエムオペラオー氏にペコペコと挨拶をした。リギルとしては先輩になるが、仮にも同級生である私にもこの尊大な態度たるや、さすがはテイエムオペラオー氏である。「へへえ」と、下僕のように平伏した私に、東条氏はやや呆れているようであった。

 リギルでのトレーニングは非のつけようがなかったが、グラスワンダー氏の右脚の調子が芳しくないのが、やや残念であった。ジュニアの怪物がいかなる実力なのか興味もあったが、こればかりは仕方がない。グラスワンダー氏は、東条氏の徹底した管理の下、軽い調整に終始していた。

 推薦していただいたグラスワンダー氏の為にも、仮想敵セイウンスカイ氏にたるべき力を付け、ご恩に報いなければならぬと誓った私は、テイエムオペラオー氏や、「タイマン張らせろ!」と突撃してきたヒシアマゾン氏に併走でぶち抜かれながら、トレーニングに邁進した。

 毛穴の隅々まで筋肉痛になった。

 

 ○

 

 翌日。

 私はクラスで注目の的になっていた。トレセン学園最強たる、あのリギルに期待の新人が加入したともなれば、噂になるのも当然である。クラスメイトに遠巻きにされているのも、リギルへの畏敬の念が顕れているからであって、愛らしいお耳から尻尾の先まで、全身から湿布の匂いが芬々としているからとか、もともと友達がいないからという、低俗な理由では断じてない。

 強者とは、孤高であるのが世の常である。

 

「強者とは、孤高であるのが世の常である、とか思ってないよね?」

「おも……、お、思ってないが?」

「ホントにぃ?」と、トウカイテイオー氏は意地悪に笑った。

 

 勘のいいガキは嫌いである。それが強者ともなれば、なおさらである。

 クラスメイトであるトウカイテイオー氏は、私の希少な話相手のひとりでもある。これは高いレベルにある私についていけるウマ娘がほとんどいないという意味であり、友達がいないと判断する表層的かつ短絡的な思考の諸君らではないと信じている。

 シンボリルドルフ氏に憧れているというトウカイテイオー氏は、常日頃から「無敗の三冠ウマ娘になる」「無敵のテイオー様」と豪語しているが、実力は本物である。私と同様に、入学当初から頭角を現していたひとりである。孤高を貫いている私とは対照的に、天真爛漫なトウカイテイオー氏は実力、人格ともに同学年で次世代のスターとして慕われていた。

 軟弱者どもめが。爆ぜればいいのに。

 

「どう? カイチョーに会った? カッコよかったでしょ?」

 

 よほどシンボリルドルフ氏に憧れているらしいが、これではただのファンである。それならばリギルに入ればいいではないかと思ったが、「たぶんボクには合わないから」と、以前すでに断っているという。随分と贅沢で我儘なお子ちゃまである。きっと好き嫌いしているからちっこいままなのだ。

 

「会ったが、どうと言われても挨拶をしただけだ」

「えー」と、淡白な私に、トウカイテイオー氏はご不満のようであった。

 

 シンボリルドルフ氏は実に多忙なお方である。スプリングドリームトロフィーも間近な時期に、ご挨拶できただけでも私は幸運であるが、毎日のように生徒会室にお邪魔しているお子ちゃまトウカイテイオー氏には分からなかったようである。「キリコミタイチョー、体調には充分に留意するように」という、シンボリルドルフ氏のありがたいお言葉を胸に、私はより一層奮励努力する次第である。

 

「ともあれ、私はリギルに入った。一足お先だ。いまだチームに入ろうともしないテイオーとは違うのだよ」

「カッコつけてもさあ……、」トウカイテイオー氏は鼻を抓んだ。「湿布臭いよ、タイチョー」

「やかましい」

 

 いやはや、生意気なお嬢ちゃんである。

 だが、呑気にしているのも今のうちである。リギルという恵まれた練習環境があれば、まさに鬼に金棒。のんべんだらりとぬるま湯に浸かっているトウカイテイオー氏など、赤子も同然である。もはや私の敵ではない。最後に笑うのは、このキリコミタイチョーである。貴様のように愛らしい小娘は、ぬくぬくと炬燵でニンジンを貪っているのがお似合いである。ぶかぶかのどてらを着れば、さらに愛おしいと思うが、いかが。




 作中、四月からの学年は、
 高三(シンボリルドルフほか)
 高二(サイレンススズカほか)
 高一(グラスワンダー、スペシャルウィークほか)
 中三(キリコミタイチョー、テイエムオペラオー、トウカイテイオーほか)
 中二(ウオッカ、ダイワスカーレットほか)
 という設定にしています。
 独自設定ではありますが、ご了承ください。
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