ウマ娘百合の間に割り込みダービー 作:百合に交わる男殺しの剣
あるウマ娘の話題が、天下のトレセン学園を席巻していた。
かのリギルに大型新人が加入したという話は、もはや学園生徒たちの記憶の彼方であった。人の噂も七十五日という諺もあるが、さまざまなトレンドが錯綜しているうら若き乙女たちには、噂も三日あれば十分のようであった。
道理ではあるが、私が納得しているかどうかは別である。
話題となっているのは、スペシャルウィークというウマ娘であった。
北海道の片田舎からトレセン学園に転入してきて早々、デビュー戦で鮮烈な勝利を飾ったという。ウイニングライブにはかなり課題が残っていたようであるが、それはこれまで指導を受けていない、つまり地方のトレセン学園にも所属していなかったことを意味していた。新星のごとく現れた無名の大型新人スペシャルウィーク氏は、「日本一のウマ娘になる」と豪語して、三冠路線を表明しているともいう。新たなスターウマ娘の誕生を予期させると、一部ウマ娘専門紙はすでに期待を寄せているようであった。
金の卵となったスペシャルウィーク氏を担当しているのは、「日本統一」に出演しているのかという風貌をした黒沼トレーナーであった。かつて、トレセン学園で一般的ではなかった坂路トレーニングの重要性を説き、徹底したスパルタで知られていたトオヤマなにがし氏(トヤマだったかもしれない)に師事していたという黒沼氏は、厳しいトレーニング方針で有名なトレーナーである。
渦中のスペシャルウィーク氏も、黒沼氏に相当シゴかれているようであったが、トレーニングのあとは食堂でもりもりと食事をしているという。スペシャルウィーク氏は、「よく食べて、よく走る」という、名バオグリキャップ氏の至言を体現しているようなウマ娘であり、それをするだけの素質があった。これが簡単なようで難しいのである。オグリキャップ氏レベルとなればなおさらであった。
グラスワンダー氏の同世代ともなれば、いずれ私と対戦する可能性も十二分にある。マークしてしかるべき、油断ならないウマ娘であった。
休養日の私は、坂路コースでトレーニングしているスペシャルウィーク氏を双眼鏡で偵察していた。黒沼氏のチーム「ダビー」はだいたい坂路コースでトレーニングしているので、探すのは簡単であった。テイエムオペラオー氏も休養日であったが、偵察に向いていないのは明白であったので誘わなかった。
「ふむ」と、私は双眼鏡片手にあんぱんを齧った。斥候は私の仕事である。王の役目ではない。
早々に結果を残したスペシャルウィーク氏は、すでにダビーの中心的存在となっていた。並大抵のチームなら、スペシャルウィーク氏の才能に嫉妬したウマ娘たちによるドロドロのヒューマンドラマが描かれたかもしれないが、ダビーは黒沼氏の厳しいトレーニングに付いてこられるかどうか、一に根性、二に根性を重視しているチームである。誰も彼も柔なメンタルではないし、素朴な田舎娘というスペシャルウィーク氏のキャラクター性は、都会の荒波に揉まれ、ささくれたダビーの屈強なウマ娘たちのマスコットにもなっているようであった。
「ダビーか……」双眼鏡片手にパック牛乳をちうちうしながら、私は呟いた。
リギルのような華々しい結果は残していないが、要警戒である。
「マスターになにかご用ですか?」
「いえ、ただの偵察ですので」
「偵察?」
「!」
まさか私の完璧なスニーキングがバレるとは、やはり侮れないチームである。
三十六計逃げるにしかずである。「ジュワッ!」と叫んだ私は、栗毛のウマ娘が呆然としている隙に、坂路コース脇にあるスタンドから一目散に遁走した。逃げウマにとって重要なスキルのひとつ、「脱出術」である。これはかの有名な「孫子」にも書かれている。
スペシャルウィーク氏はまたの機会として、私は栗毛のウマ娘に追跡を警戒して物陰に隠れながら、セイウンスカイ氏の偵察へと向かった。
○
後日。
セイウンスカイ氏の偵察はほとんど空振りに終わっていた。チーム「アルビレオ」に所属しているという話であったが、トレーニングしているアルビレオにいつもセイウンスカイ氏がいなかったのである。仮想敵の研究がはかどらないのではグラスワンダー氏に申し訳が立たぬ。面目次第もない。
私はグラスワンダー氏に頭を下げたが、どうやらアルビレオに所属する以前も、セイウンスカイ氏は教官による全体トレーニングを何度もサボっていたという。実際はひとりでトレーニングを積んでいたらしい。
「手の内を隠したかった、ということでしょうか?」
「それもあるかもしれませんが……、たぶん、努力しているところを、あまり知られたくなかったのだと思います」
「なるほど」グラスワンダー氏の言葉に、私は納得した。「テスト前に全然勉強してねえって言っておきながら、実はコッソリしているような方ってことですね」
「違うような、違わないような……?」
私の他愛のない冗談にも真面目に悩んでいるグラスワンダー氏のお姿は、愛らしいの一言である。
よもやグラスワンダー氏のライバルとなるようなウマ娘が、「努力とかダセーよな」という思春期にありがちな思考をしている凡百の輩でないのは、無論、私も百も承知である。もしもセイウンスカイ氏が手の内を隠しているような策士ならば、私の偵察がバレているという可能性も考慮しなければならない。グラスワンダー氏のライバルは、どうも一筋縄ではいかないウマ娘ばかりのようである。
中、長距離の逃げウマとして、セイウンスカイ氏の練習は私も参考にしたかったが、残念である。
私はグラスワンダー氏、テイエムオペラオー氏とリギル専用の(!)トレーニングルームで筋力トレーニングに励んでいた。グラスワンダー氏は負荷の低いチューブトレーニング、私とテイエムオペラオー氏は、体幹トレーニングが中心である。私はふくれる癖のあるコーナーリングを克服する為もあるが、十分に筋肉が発達していないと「本格化」したあとの肉体に自分自身が耐えられないという、競技ウマ娘特有の問題もあった。
本格化なる現象は、ウマ娘として肉体的に成熟したときに現れるらしいが、デビューしたウマ娘は本格化に至っているのが一般的であるとか、競技者としての全盛期を本格化と表現するのが妥当であるとか、厳密な定義は専門家の間でも決まっていないという。読者諸兄は、漠然と「このウマ娘、状態が上がってきたなあ」程度に思っていただければ、それでよい。ヒトの第二次性徴のようなはっきりとした変化もない上に、時期も個人差がかなりあるという、トレーナー泣かせの難儀な代物である。ウマ娘はさながらの天啓のように本格化したと感覚で分かるというが、私にはいまだない。私がただのニブチンである可能性は、考慮しないものとする。
ひいこらトレーニングしている私の隣では、テイエムオペラオー氏がハンギングレッグレイズ(片足二十五キログラムのアンクルウェイトつきである)をしていた。額から幾許の汗が流れていたが、表情は涼しい。インターバルでぶっ倒れている私とは、実に対照的であった。
普段は辻斬りのようにオペラを上演しようとする、道化師かなにかのように騒がしい自称世紀末覇王テイエムオペラオー氏であるが、トレーニングしているときはただの凛々しいイイ女である。黙っていればもっと人望もあったと思うのだが、覇王とは孤高たるべしという信念でもあるのかもしれない。
知らんけど。
「すまない、遅くなった」と、トレーニングルームに入ってきたのは、東条氏であった。
「もっと遅れてもいいんスよー」
「……サボっていないなら、それでいい」と、ぶっ倒れている私に、東条氏はやや呆れているようであった。
「タイチョーちゃん、おハナさんを困らせたらダメですよ」
「うス」
私は姿勢を正した。グラスワンダー氏は怒らせると怖いのである。
シンボリルドルフ氏を筆頭にリギルの面々は重要なレースを目前にしているが、東条氏は右脚の不調が続いているグラスワンダー氏、新人である私とテイエムオペラオー氏を中心にトレーニングに就いていた。トレーニングメニューがルーティン化されているほかのメンバーは、問題ないと判断したようである。
最前線で活躍しているトレーナーともあり、黒沼氏ほどではないものの、東条氏のトレーニングはやはり厳しいので、私の身体は嬉しい悲鳴ばかり上げている。入学したばかりの頃は、私の素質ある身体も歴戦のトレーナーである東条氏にはもやし同然であったようだが、近頃は「ごぼうにはなったな」というお言葉を頂戴している。
きんぴらごぼうにされないよう、トレーニングに精進する日々であった。
○
ウマ娘は、トレセン学園に入学して早々にデビューすることもあれば、高等部に進学してからデビューすることもある。ほとんど稀ではあるが、高二、高三になってから、という事例もあるので、先輩後輩の垣根が薄いという風土がトレセン学園にはあった。
また、デビューしてからジュニア、クラシック、シニア級の三年間がウマ娘たちには重要ではあると言われているが、デビューが遅かったウマ娘は必然的にトレセン学園を卒業してからもトゥインクル・シリーズを走ることになる。ドリームトロフィーリーグに所属しているウマ娘や、何年とシニア級で戦っている一部のウマ娘となればなおさらである。彼女たちは、数に限りのある寮は引き払うが、トレセン学園に籍は残されており、ほかの生徒と同じようにトレセン学園の施設を利用できるという制度になっているようであった。来春卒業のマルゼンスキー氏もすでに学外のマンションで暮らしているという。さすがはトップスターである。
何年とシニア級で戦っているウマ娘として近年で有名なのは、コンツェルン*1というウマ娘である。長年善戦していたコンツェルン氏はファンの間で四着ばかりの「ヨンツェルン」などと呼ばれ、愛されていたが、シニア五年目にしてついに悲願のGIタイトルを獲得したウマ娘である。
かくいう私もコンツェルン氏のように長年トゥインクル・シリーズで活躍することが目標である。
なにせ私がトレセン学園を志すきっかけとなったウマ娘は、かの有名なトウカ――、
「タイチョー! レースしよ、レース!」
私のモノローグを邪魔するとは、なにやつ!
「ツインターボか」
ツインターボ氏であった。
ツインターボ氏は、なぜかトウカイテイオー氏を一方的にライバル視している同級生である。トウカイテイオー氏とよく一緒に話している私にもついでとばかりに絡んできていた。当のトウカイテイオー氏はツインターボ氏にあまり興味がない(一向に名前も覚えない有様であったので、お説教をしたこともある)のか、私ばかりがツインターボ氏の相手をしていた。いわば友達の友達という微妙な関係になるかと思われたが、私はいつも無邪気で能天気で愛らしいツインターボ氏に絆された格好である。トウカイテイオー氏へのライバル視は続いていたが、ツインターボ氏と私はそれなりに友人関係を築いていた。
ライバルと思われていないのでは、という可能性には目を瞑っていきたい。
ツインターボ氏は逃げウマである。ただ、私がいわゆるペース逃げをするのに対し、ツインターボ氏はひたすら大逃げをする。
大逃げはレースの定石ではないと言われて久しいが、ツインターボ氏は、逃げウマである私のいわば天敵でもあった。逃げようとしているのに、さらに先で逃げられるのは、当然ながら逃げウマにとって苦しい展開である。私ほどの才能あるウマ娘が簡単にペースを崩されるとは思わないでいただきたいが、対策は必須である。よくツインターボ氏に勝負を挑まれるが、私にはありがたい話でもあった。
「テイオーも勝負だ!」
「また今度ね」と、トウカイテイオー氏は鰾膠もない。
「絶対だよ!」
たぶんであるが、トウカイテイオー氏は大逃げでペースを崩されるのが苦手なのである。
トウカイテイオー氏にいつものように断られていたが、ツインターボ氏も素直すぎやしないか。
「なら……三時に、北Aコースで走ろう。リギルで借りているが、チーム練は半からだ。ちょっと使わせてもらうぶんには怒られんさ、たぶん」
「わかった!」
「え、ズルい」
「テイオーには使わせてあげません。さっき断ったではないか」
「だから友達いないんだよ、タイチョー」
「なんだと」図星を突かれ、私は慟哭した。「い、言っていいことと悪いことがあるんだが?」
「へへ」と、トウカイテイオー氏は笑った。とてもかわいい。
「へへへ、じゃないんだよ」
ともあれ放課後、ツインターボ氏との合同練習である。
トレセン学園は午前の座学が終われば、ほぼほぼ実技や自由時間になる。私にはリギルのチーム練習までの隙間時間であり、自習や自主トレをしたり、ときにはルームメイトで先輩のハッピーミーク氏と一緒にボケーッと過ごしたりしている。ハッピーミーク氏の泰然自若ぶりは筋金入りで、あのいつも騒がしいツインターボ氏ですらボケーッとさせるほどである。三人でボケーッとしてから、私はツインターボ氏と北Aコースに向かった。
リギルの面々は生徒会役員や寮長であったりと多忙の身がほとんどなので、チーム練習でコースに一番乗りするのは暇人の私やテイエムオペラオー氏、真面目なグラスワンダー氏、あとは普段なにをしているのかよくわからないマルゼンスキー氏の誰かである。今日は私が一番乗りであったので、コースには私とツインターボ氏、それと教官の全体トレーニングを受けていた生徒がわずかに残っていただけであった。チームに所属していなかったり、トレーナーがいなかったりするとコースを借りるのも一苦労である。「うおおおおお!」ほとんど貸し切りの広いコースにツインターボ氏が興奮していて、実に愛らしい。
「それで……、距離はどうする? 一八〇〇か、二〇〇〇……、」
「三〇〇〇!」
皐月賞はまだしも、菊花賞はやや無茶がある。
「まだ早いと思うんだが……」
「イケる!」どこからツインターボ氏の自信が生まれているのか、私にはいつも疑問であった。「ターボ、できるよ」
二〇〇〇ならホープフルステークスの練習にもなるからと私は説得しようとしたが、早々にツインターボ氏が「なるほど!」と頷いた。ご理解いただけたのは幸いであるが、ツインターボ氏が素直すぎて心配になってきた。
マイル以下の短い距離であるが、大逃げするツインターボ氏を捕まえられずに逃げ切られたことがこれまでに何度かあった。スピードのない私には、スタミナで強引に追って掛からせるか、一杯になるまで粘るしかなかった。ツインターボ氏も油断ならないウマ娘のひとりである。
ウォーミングアップ(ツインターボ氏はなぜかいつも全力疾走をする)をした私は、発走役がいなかったので、隣にあるダートコースの状態を確認していたスーツ姿の優男のトレーナーにお願いしてから、用意していた簡易ゲートに向かった。せっかちなツインターボ氏はすでに準備万端の様子である。いつもの勝気な笑顔が浮かんでいた。
私がゲートに入って、たっぷりと三呼吸ほど置いてから、優男トレーナーの手がパッと下ろされた。
○
「うがぁ!」
私から三バ身ほど遅れて、ツインターボ氏がゴールしていた。私の完勝である。
序盤、なかば強引にツインターボ氏と並んで突っついたのが功を奏していた。中盤には、序盤の展開を嫌ったのか、ツインターボ氏が掛かっていたようなので、私はやや下がってじっと機を窺っていた。最終直線手前で一杯になったツインターボ氏を躱して、私が先着した。私はまだまだ脚を残していたが、「本番」ならどうなっていたか、微妙なラインでもあった。読者諸兄も重々ご承知かもしれないが、「中山」の直線は短いのである。
「タイチョー、もっかい! もっかい勝負!」と、ツインターボ氏はいつものように元気である。
私としては構わないが、優男トレーナーにもう一度付き合ってもらうことになる。私はコースの脇で待っている優男トレーナーと話をしようと思ったが、彼の隣にはエアグルーヴ氏が立っていた。エアグルーヴ氏は生徒会業務がお忙しいのか、いつも重役出勤のはずであった。
エアグルーヴ氏は、どうやら随分とご立腹のようであった。
「ご機嫌麗しゅう、エアグルーヴさん。お早いですね」私はえへえへ笑った。「肩でもお揉みしましょうか」
「今日は案件が少なかったのでな」と、エアグルーヴ氏は私の愛想を一切合切無視した。「ほかのチームと合同で練習することもある。我々で借りたコースにほかの者を入れたとしても、別に規則には反していない」
「左様でございましょう」
「……が、ツインターボはチームに属していない。友人だから、とコースを使わせてあげたということになる。無断で、だ。これでは学園の皆に示しがつかないと思わないか? なあ、キリコミタイチョー?」
「……」
エアグルーヴ氏は実に理路整然としていたが、これで怒っていないと思うのはよほどの阿呆であるか、エアグルーヴ氏にゾッコンであるか、あるいはエアグルーヴ氏にゾッコンの阿呆である。
三十六計逃げるにしかずである。「ジュワッ!」と叫んだ私は、優男トレーナーが呆然としている隙に、コースから一目散に遁走した。逃げウマにとって重要なスキルのひとつ、「脱出術」である。これはかの有名な「五輪書」にも書かれている。
「逃がすと思うのか?」
「ぐえー」
襟首をエアグルーヴ氏に掴まれ、私は悶絶した。
「タイチョー! ゴメーン!」と、すでに数十メートル先に逃げていたツインターボ氏が叫んでいた。それでいい。私にかまわず逃げてくれ。
唐突な茶番劇に、蚊帳の外の優男トレーナーが困ったように苦笑していた。